第32話「譲れない理由と語れない言い訳」
無架の血を吸い、彼女を救うために躍起になる天袖。彼に残された時間は残りわずか。その僅かな時間で彼女を救いきることはできるのか!
無架が獲物を仕留める為、目的を達成するために武器を使うのには理由がある。
……いや人間なのだから武器や兵器を使わなければ猛獣に勝てないのは当然だが、それでも「武器や兵器を使ったところで」な域物を相手にちぎったりもぎったりしてきた無架が、手元に無かったり壊れたりしてしまう武器をわざわざと使う理由。
便利だからというのは確かにある。……だが、最も深い理由としては。
それは命を刈り取るために、自らの手は決して汚したくないという穢らわしい思いが根底に潜んでいるため。
そしてその根底を外殻としたさらに中心。
人間のカタチをした自分が人間の武器を使うことで、久那無架は「人間である」という証明をしようとしていた。
空中に噴き出す血液。天袖の視界いっぱいに広がる赤。ヒトが死んでしまう血液の損失量は何リットル、なんて考える間もなく彼は歯を食いしばり、天袖の体は動いていた。
「……はやくっ、死んで……!」
無架が大剣の中から取り出し、新たに構えた刀『柳刃』。数ある武装の中でも特に彼女のお気に入りだ。
本当はもう一つの『裂創』と共に二刀流で戦うのが無架の本気モードであり完全体というわけだが、生憎と『裂創』を格納している大剣の『柳牙』とは反対側の射出口は、天袖の戦枝で塞がれてしまっていた。
「……まだ、しな……っ!」
無架の振りかざす二撃目を、振り下ろされる前に全力で地面を蹴ってギリギリで回避する。ほとんど転ぶような体勢だ。それでもって彼がぶつかるのはコンクリートともレンガともつかない地面。柔らかい土ではないのだから、自然と彼の出血は増えた。
逆でんぐり返しのように二回転したあと、すぐに起き上がり、天袖は無架を見つめる。天袖が地面を転がる間彼女は、壁から迫ってくる戦枝を振り払うのに、手一杯になっていた。
「……くっ……!」
半径五〇メートル。でも円の中に元々あった建造物なども取り込んでいるから、動き回れる面積はせいぜい七割ほど。……しかし、その領域内は天袖の支配する空間だ。
戦枝の行使に閉じ込め空間の構築。力操作の難易度や展開される規模をどう考えても普段の天袖が扱いきれる代物ではないが、今の彼は最期の身だ。『死を目前にした』という条件下でのみ外れるリミッターは、のほほんマスコットな彼を、限定的かつ瞬間的ながら、最大級成長させていた。
(全身を固定して、一回で血を吸い切る!)
既に戦枝は無架の全身を掴み、拘束している。体だけでなく、足や腕、手首に至るまで関節の動きを徹底的に阻んでいた。
天袖の覚醒も、もってあと数十秒。今際の際にしか使えない力なら、もうちょっとは使えてもいいだろうにという無意味な悪態は、目的の裏に霞んで消える。
「……! 天袖……っ!」
駆け寄った天袖を無架は睨みつけ、わずかに動く眉と口元で精一杯の怒りを表現する。だが彼女にはもう何もできない。武器を手にしたまま、丸ごと全身を拘束されているのだから天袖の視覚の外から武器が飛んでくることもない。
天袖の勝ち、いや彼の目的は達成されるというだけで彼の勝ちではない。全てが終わったあと、倒れているのは天袖の方なのだから。
「……いただきます」
天袖は無架に駆け寄り、その首に狙いを定め——右腕を失った。
「……!? ぐっが、ああぎっ!?」
それと共に天袖の体を駆け抜ける、熱烈な痛み。ただ斬られた方が何十倍楽なのか天袖には想像もつかないが、天袖の体験したそれは、まるでマグマに素手を入れたかのような、熱のこもった痛さだった。
「——ナメないで。わたしが咄嗟に引き寄せた〝武装〟をわたしの手に持たせたまま捕まえるなんて、何を考えているの?」
無架を拘束していた戦枝が、ドロドロに溶解している。
そして片腕を失った天袖は、何よりもその熱による痛みに耐えかねて、地面を転がっていた。彼の腕は斬り飛ばされて、転がっていた。
「……あ、が…………」
申し遅れたが、無架が『柳牙』と『裂創』の二振りを気に入っていたのには理由がある。
それらは単なる刀ではない、遠距離の敵を狙い撃つこともできる銃剣として扱えるから。——だけでなく、本人の力をエネルギーとして装填することで、当たったものを切断することができる斬撃を弾丸として発射できる点が、優れている。
そして何より無架が好んでいる点として、刀身に纏わせる事も可能なエネルギーの刃はマグマを蒸発させるほど超高温で、その上斬れ味が物凄く鋭いということ。
戦枝が熱に弱いというのは無架にとって想定外だったけれど、これで——完全に形成は逆転していた。
転がる天袖に向かって、無架は問いかける。
「なんで……わたしに攻撃しなかったの?」
その問いは、無架が彼を背後から刺した直後から今に至るまでに無架の体にかすり傷ひとつ与えようとしなかった天袖の行いに対する問いかけだ。彼は無架の動きを制限しようとしても、押さえつけようとはしていなかった。
返答を期待してのものではなかった。でも、燃えるような痛みの中で、やっと無架が自分に言葉を投げてくれたことが嬉しいのか、仰向けになる天袖は天井を見つめながら答えた。
「……攻撃なんて、吸血以外しない」
「……なんで? まさかわたしが女だから? それともまさか誰も傷つけたくないなんて——」
無架の感情に火が付く。命の危機にあるというのに、無架には命を馬鹿にしたような答えであるように聞こえていた。
「恋人だから」
「————」
しかしその怒りも、天袖の答えで凍りつく。
「雪蕎麦天袖は」
途切れつつ、それでもちゃんと言葉にして口にする。その視線は相変わらず戦枝の天井を見つめていた。
「…………人にやられて嫌なことを他の人にしちゃいけない、大切な人を傷つけちゃいけないって教わったから」
自分の命を守る行動でさえ「自己中心的だ」と、どこまでも命そのものではなく、命の〝価値〟を捨てている。
「——によ、それ」
何よりも無架を優先し、無架のためなら命を投げ捨てる。それは潔くて美しい覚悟かもしれないが、信念ではなく……正しい在り方でもない。無架はそう思っていたし、それは間違いではない。……だけど、無架は天袖の言葉に対して否定をぶつけられなかった。
僅かにでもそう思っていたから、ではない。その資格が無架には無いのだ。
「……何か、最期に言い残すことはある?」
天袖の腕を巻き込むように太ももで挟み、体に馬乗りになって……喉元に『柳牙』を突きつける。一〇秒待って何も反応が無ければ、無架はその刀を振り下ろす気でいた。
一。
二。
さん……。
「……ひとつ」
痛みを堪えて、天井を眺めながら天袖は呟いた。
「聞きたい……ことが、ある」
「……なに?」
ゆっくりと、天袖は口にした。
「なんで、殺す……の?」
——突きつけられた気がした。
天袖が問いかけたのは、殺される彼が持つ当然の権利。状況が変わるわけではないが、彼を手にかけた無架は、その問いに対して答えなければならないだろう。
「……それは」
「あなたが〝域物〟だと判断されたから」——そう答えればいいだけだが、その事実を毅然と口にすることが躊躇われる。「大義があるから殺しをしても良い」という傲慢に、それを天袖に伝えることに、無架は耐えきれない。
でも、……幸か不幸か、その理由を無架が天袖に伝えることはなかった。
「————んっ」
「……!?」
無架の背後から『柳牙』を握る手に天袖が噛みついた。




