第27話「命を抉る感触と、最悪の再会」
暗殺と銃殺に違いはない。
手段は違えど同じ結果をもたらす。そして、終われば気分が楽になるということはない。つまり気持ちに変化はない。
であれば、これから人を殺すのか、すでに人を殺しているのか。
その二つに違いは生まれないのだろう。
「……目標発見」
深夜の商業エリア。
中心部、売り上げのトップのみが出店を許される店舗をぐるりと囲む歩道に姿を現した少女を目視し、無架は歯噛みをする。
(……逃げてくれれば良かったのに)
明らかな罠だ。この場所に現れなければ、生命を害されることはない。……だというのに。
屋根上に音も無く降り立つ。無架の視界の十数メートルちょっと下に標的を捉えた。
オートロが呼び出したその少女は、しきりに辺りを見回していた。
ラスノマィ・フェルノ・ニェーバー。ただの人間でありながら〝魔術〟に近い異能を保有し、天袖を殺害するに至って最も邪魔な障害となる人物だ。オートロの戦闘記録では意思なき人形部隊「コラカゲ」を相手に一蹴、天袖を連れ去ったと無架は聞いているし、人類の天敵域物を仕留める程の戦闘力は折り紙付き。
だが、たとえ〝黎術〟というヒトが手にした魔術の亜種が使えて都市を滅ぼすことなど造作もない強さの域物を殺せたとしても、無架との戦力差は比べものにならない。
相対すれば決着は一瞬。そうなると無架は思い込んでいるし、それは紛れもない事実だ。……でも。
「————」
到着するまでの途中で拾っていた石を、ラスノマィに向かって投げた。標的の頭を射抜くように鋭く、ではなく柔らかく、できるだけ大きな音を立てるように高く、ゆっくりと弧を描かせる。
石はやがて地面に落ち、その存在をラスノマィに知らせる。そして、
「……っ!?」
その音に反応し振り返ったラスノマィを背後から襲うのだ。
「…………ごめんね」
「……、……!」
そしてそれはすんなりと、驚くほど計画通りに成功した。
ラスノマィの胴体を無架の構えた刀「無悪」が貫く。
狙う場所は心臓、ただ一点のみ。背骨と肋骨の間をすり抜け、鼓動を繰り返す小さな心臓を破壊する。
無架の腕には、感じるだけで思い出したくもなくなるほど嫌な感触が伝わっていた。
吸血鬼としての異常な回復力を持つ天袖でさえ致命傷を避けられない。それがただの人間なら、助かりようもないのは明らかだ。
「……、…………」
無架に胸を貫かれて、叫び声もなくラスノマィは立ち尽くしていた。
「……本当にごめんなさい。できればそのままでいて。あなたの体を傷つけたくはないから」
無架の言葉がラスノマィに届いているかはわからない。だけど間違いなく殺されたことは理解していて、言葉はなくてもラスノマィは無架のことを憎んでいる筈。……そう、無架は思い込んでいた。
「……、」
震える体、震える手でラスノマィは背後の無架に触れる。……その指に攻撃の意思はなく、無架はラスノマィの行動を拒絶しなかった。仮にあったとしても、今際の際の行動は受け入れたに違いないけれど。
「……、」
ラスノマィが何か言葉を発そうとしているのか、呼吸を整える音を無架は聞いた。
……でも、ラスノマィが口からこぼれ落ちるように洩らした一言が、弛緩していた無架の表情を強張らせた。
「……やっと、また、会えた……ねえ?」
肩越しに見えるその表情。そして、何一つ嫌悪感を覗かせない声。何より、最初から攻撃の意思を見せていなかった。
彼女は、……いや〝彼〟はただ探していただけなのだ。自分の命よりも大切だと言った、無架の姿を。
「——」
言葉を失う無架のすぐ前で。
「……だいじょうぶ。すぐ、終わるから」
彼女に致命傷を負わされ血を吐く天袖は、優しく微笑んだ。
△◯
『…………』
無架がラスノマィを殺すのを遠くから観察していたオートロは、無架の刃がラスノマィを刺し貫くと同時、一人思考する。
(……終ワッタカ。マァ案外、トイウカ意外ニ人間ラシイ感情ヲ天袖ノ家族ハ持チ合ワセテイタナ。……ダケドソレクライジャナキャ、アノ天袖ガ迷惑ガカカルナンテ思ウ訳ガ——)
……その、直後だった。
『……ナン、ダ?』
最初は、無架とラスノマィの周囲をぐるりと円形に囲む線があるように見えた。
いつの間に、何のための——そう考えているうちにそれは線から変化した。
『……!』
地下から噴き上がるマグマのように勢いよく、噴火を思わせるほどの速度で線は壁になり、円の中心に向かって閉じていく。
『ナンダコレハ!? 黒曜石!?』
照り輝く黒色の壁。それは、二人とそれ以外をわかつ、拒絶の壁だ。
(セメテ中ニ——!)
無架と分断されるのはまずい、とオートロも円の中に入ろうとする——が。
「……オイ、お前の言う通り来てやったんだから、相手しろよガラス玉」
『……ッ!?』
掴まれて、円とは真逆の方向に投げ飛ばされる。
屋根の上を転がりながら、オートロは混乱していた。
この場所には無架とオートロ、そして標的であるラスノマィ以外に存在しない。味方を連れてくると邪魔になるから援軍なんてものは無いし、一般市民は全て避難させた上での作戦だ。いるはずがないというのに。
落ちそうになるのをアームで堪え、上を見上げる。……そいつは、オートロを覗き込んでいた。
『……! オマエ……!』
オートロを掴み飛ばした人物は、してやったり顔で嗤う。
「まさか〝ボクだけどわたしだって〟が馬鹿正直にやってくるなんて、思っちゃいないよなぁ?」
ラスノマィ・フェルノ・ニェーバー。
たった今無架に刺された筈の人間が、オートロの目の前にいた。




