第25話「不安要素の排除と階層封鎖作戦」
天袖が無架を助けるために覚悟を決めた頃、無架の方でも動きがあった。
微動だにしない——移動する気配が無いにもかかわらず微小の駆動音が響く匣の中で、しきりに呼吸を繰り返す無架にオートロが声をかけた。
『調子ハドウダイ、無架?』
次元移動エレベータ内。各階層を自由に行き来できるエレベータは二種類存在するが、無架とオートロが使用しているこれは一般用とは異なるレッテル職員専用機だ。目立つところに設置された大型のエレベータとは違い、エレベータが設置されているようには見えないように偽装された施設や場所へと通じている。
そんな匣の中にいる無架の姿は、天袖と初めて出会った時や彼とデートをした時とは雰囲気がまるで違った。
防御力よりも機動性、隠密性に優れた消音スーツに身を包み、それに見合わない身の丈ほどもある大剣を担いでいる。
が……。
「……、なんかじゃま」
煩わしげにスーツを脱い——破いていく。
オートロ以外に誰の視線もないからか、そのまま下着姿に。
『……イイノカイ? 作リ直シタバカリノ新品ダゾ?』
「パワーアシストがじゃま」
装着者の戦闘をサポートすることが目的であるそのスーツの性能が、彼女のパフォーマンスを妨げており、無架にとってはこの上なく邪魔だった。
『キミノ体ヲ守ル為ノモノダゾ』
オートロのお小言を聞き流しながら、近くに置いていた鞄の中から無架にとって消音スーツよりも動きやすい衣服を取り出し、着替える。
「わたしの肌より脆いアーマを着る意味はあるの?」
天袖とデートした時と似た服装だ。
防御力は言うまでもなく低いが、無架にとって消音スーツと洋服の違いなどアクセサリーの形の違い以下なので、彼女は気に入った方を着る。というか、
「……ん。ばっちり。前よりも動きやすいかも」
『アハハ』
乾いた笑い声は、無架の為に用意された消音スーツが役目を果たせなかったことへの悔し笑いか。
髪をかきあげる。無架の瞳は両方とも、爛々と輝いていた。
日の光によって潰れていた右眼や火傷を負っていた箇所は、オートロがラスノマィから聞いた血を飲む対策によって傷が癒えて、快復していた。
『吸血鬼ノチカラガ加ワッテイルンダカラ、当然カモネ。……マ、コレナラ任務モヤリヤスイ——』
無架の構えた刀の鋒がオートロに突きつけられた。
『…………』
短刀『無悪』。大剣の中に収納されている、小回りを利かせる為の刀だ。
大剣を振り下ろす、もしくは別の〝二振り〟で大体が事足りる対域物戦闘では、肉の剥ぎ取りくらいにしか役立たない。
主に対人戦闘用として使われる、……いや殺人用の剣だ。
オートロの言葉を遮って、無架は続けた。
「……勝手に天袖を殺そうとしたことは許した訳じゃないから」
鋭い、それこそ敵に向けられるような瞳で無架はオートロを睨んだ。
オートロが独断で行動したこと、無架が見かけの上だけでも回復できたこと、そしてオートロが天袖を殺そうとしたこと。
天袖の言葉を伝えてくれたこと以外、無架は何一つオートロを許してはいなかった。
『デモ仕方ナイダロウ? 無架ノ体ハ吸血鬼化シテイテ、ソレヲ止メルタメニハソノ〝力〟ノ源デアル天袖ヲ殺サナキャイケナインダカラ』
「……それは、わかってる。……でも、今のわたしがおーとろを憎んでパフォーマンスが上がるのは事実だから、我慢して」
オートロに顔や首、肩……上半身があれば、肩をすくめているだろう。オートロはふるふると左右に揺れた。
『仕方ナイネ』
オートロの言葉を最後にして、二人は次元移動エレベータを出た。
暗い。……でも無架がその場所に出ると、それまで真っ暗だった室内に灯りが点いた。
『……目標ガ姿ヲ現ス階層ハホボ決マッテイル。アトハウチノ隊員達ガ見ツケ次第、現場ニ急行スル』
……軽く見回すと、無架が出た場所はとあるファーストフード店の店内。キッチンスペースの奥の扉から出てきたということだ。
今は無人だから、というかレッテルの作戦に使用されるから点検中か改装中ということになっているのだろう。業者の人間も店の責任者も誰一人いない。
客席側の柱の一本に寄りかかり、無架はオートロに視線を向ける。
「この場所で待機する理由は? 他の階層に行くなら支部からでも大して変わらないでしょ」
『コノ階層ガ一番標的ガ現レヤスインダ。ソレニ、標的ハ空間ヲ跨グ技術ヲ持ッテル。ココカラ逃サナイ為ニモ発見シテ直グニ次元ヲ固定シタイカラ、デキレバソノ中ニイタ方ガイイッテコトサ』
離れた場所を一瞬で移動する手段は、世界に二つ存在している。
離れた空間同士を作成した門で繋ぎ、門をくぐる技術と対象者自身を異なる点へ跳ばす技術の防ぎ方はそれぞれ違う。
前者は移動に異次元を挟むため、空間を次元ごと障壁で囲むことで干渉を防ぐことができる。だが後者は、異次元を経由しないためにその移動を妨げることは通常はできない。
通常は——サリカの中は別ということだ。
サリカの中は、独自に区切られた異次元空間の中に各階層が存在している。
要するに、区切ろうとしている空間が他の場所と同じ次元で繋がってはいないので、前者の対処法である障壁を置くだけで簡単に後者も防ぐことが可能となっている。
他に異次元空間から脱出される手段もなく、より強固に障壁を築くことができるのだ。
敵を逃さないために。
「そもそも、今日も現れるって確証はあるの?」
無架としては天袖を襲撃し、天袖の保護者を警戒させてしまっている時点で、待ち構えても敵は出てこないと考えている。
『サァ。確カニ警戒ハサセタシモウサリカニモイナイカモシレナイ……ダガ、手ハ打ッテアル。アレデ現レナイヨウジャ、奴ハタダノ人デナシトイウコトダロウネ』
「……、」
どんな挑発をしたんだ。そう聞こうとして、しかし無架は尋ねる余裕もなかった。
『——バカガ。ノコノコ現レヤガッタ』
オートロの言葉に遅れて、階層内に警告を示すサイレンが響き渡る。
『次元遮封障壁作動。これより三時間、次元間の移動が不可能となります。ご注意ください』
オートロの悪態、そして街中に響き渡る警告音声。それはあるものの出現と、この階層が完全に封鎖されたことを告げていた。
『……、マズハ不安要素ノ排除カラダ』
オートロが反応し、無架に呼びかけるよりも先に彼女は店を出ていた。
「……風が冷たい——」
サリカには事前にこの場所で域物を殲滅することを伝えている。でなければ、階層を封鎖することなど不可能だ。
サリカの中に吹く風。それは今までにないほど冷たく、強く吹いていた。
階層ひとつを丸々封鎖し、とある対象を殲滅する作戦。その対象は、
『ラスノマィ・フェルノ・ニェーバー。天袖ガ今マデ頼リニシテイタ血液ノ提供相手ダ』
天袖にとって、命よりも大切な家族。




