第23話「唯一無二の特性と決める覚悟」
「……なら、陽月鬼に弱点は無いってこと?」
「特別な意味での弱点なら、無い。けど死なないってわけじゃない」
ラスノマィは首を横にふる。「太陽の下に出ても平気」どころかさらに力をつけて戦えることに、天袖が無敵であると勘違いしそうになるのも、わからなくはなかったが。
「太陽も月光も何も無い室内はそれらの恩恵を受けられないし、体力が回復するそれぞれの光の下でも心臓撃ち抜かれりゃ死ぬ。何も無い部屋に閉じ込められたりして吸血できなくても終わりだ。あとお前泳げないし、……対策なんて色々しようがあるだろ? だからお前は、多少変でも決して特別じゃない。他人よりほんのちょっと丈夫な程度なんだから」
「……うん」
どんな能力を持とうとも、決してひとりぼっちにはならない。……それをラスノマィは天袖に噛みしめさせる。
次の説明をしようとしたところで、碌亡が手を挙げた。
「そういや陽月鬼は世界で一人なのに、なんでそんな事がわかるんだ?」
碌亡が口にしたのは話を聞いていたら自然と思いつく疑問だ。
ラスノマィは陽月鬼を「世界で唯一の存在」であると最初に説明しているのだから、天袖以外にその特性を確かめる手段はない筈なのに。……そう思う碌亡の瞳は、自分を意味ありげに見つめるラスノマィの瞳に気づいた。
「確認することは不可能でも、可能性を測る事はできる。『将来こんな種族が生まれてくるかもしれない』っていう推測だけどな」
「……で、その可能性の存在が天袖だったと」
「それが確認できたのはたまたま。そうでなきゃ、いきなり太陽の下に吸血鬼を引きずり出そうなんて思うわけないだろ」
「…………」
とは言うものの。
碌亡は、ラスノマィの言葉をそのままに受け取ってはいなかった。
(……天袖に内緒で確かめたな? それでアビリティニアとか連れてってたのか)
いくら元々推測していて、たまたまその能力を知る事ができたのだとしても、その幅を絞り込むことには限界がある。
「……何で教えてくれなかったの?」
その言い訳はどうするのか。碌亡はラスノマィの説明を待った。
「……いつか時が来たら話そうと思ってたんだよ」
「時?」
「今話した陽月鬼の能力はどっちも戦闘向きだろ? 日常生活において特に必要なものじゃない。わざわざその能力を役立てる場所で戦わなきゃいけないってことも無かったしな」
(……)
普段の生活に陽月鬼の能力は必要無い。
普段の暮らしができるなら、知る必要はなかった。つまり、ラスノマィが天袖に対して彼の詳しい能力を説明する気は最初から最後までなかったのだ。
全ては彼のため。天袖自身の力を過度に使わせず、それによって彼の力が狙われないようにするためだ。
それ程話すことに対して慎重だったというのに、今回は天袖に話した。……話さなければいけなくなった、ということだ。
「ここからが問題なんだけど……陽月鬼であることは別として、天袖は血を吸った人間を吸血鬼化させることは無いんだ」
ラスノマィが、天袖が血を吸った人間を「吸血鬼にしない」と断言したことに、天袖も碌亡も引っかかった。
「何で確信が持てる?」
理屈を求める碌亡にラスノマィは、
「ヒトが吸血鬼になるのは一度死んでから。天袖はどう足掻いても、一回の吸血で致死量どころか必要量まで血を吸うことができないからだよ。碌亡だって天袖に何回か血を分けてるけど、吸血鬼になってないだろ?」
「……そういや、そうか」
碌亡自身、今まで天袖に吸血させたりしている。その度に妹の恨みを買ったりしたものだが、今になって考えてみれば、何度も血を吸われた碌亡が吸血鬼になっていないというのに、たった一度で無架が吸血鬼化したというのがおかしい。
今度は天袖が手を挙げた。
「なら、何で無架は吸血鬼になったの?」
天袖は誰の血を吸っても誰も吸血鬼化させたりしない。ならば、無架が吸血鬼化することはない筈なのだ。……それなのに、陽光は無架の身体を灼いた。
その理由が知りたくて、天袖はラスノマィに詰め寄った。
「それはあいつが事前に吸血鬼化していたからだ。……まぁ、計算外のことが起きたのは事実だろうけど」
「……?」
吸血鬼化していた。無架が天袖と接触する前に。……どういうことか。
「つまりだな——」
ラスノマィが天袖に語ったのは、人間が血を吸われても吸血鬼にならない方法。天袖に吸血鬼化させる意思はなく、その力も無かったとしても、吸われる側である無架にとってそんなことはわからない。
そのため、吸血鬼化を防ぐ手段として「一時的に吸血鬼になってしまう」という手法があるのだ。
「効果時間は数時間程度しか保たないけど、弱体化させた吸血鬼の因子を取り込むことで吸血鬼になれる。あらかじめ吸血鬼になっておけば、後から血を吸われても問題はないってわけだ」
「それじゃあ、時間が経ったら元に戻るの?」
「そうだ。だから普通はあり得ないんだが、久那無架が仮吸血鬼化していたことと、彼女の血を吸ったのが天袖だったことで久那無架は吸血鬼化してしまった」
「天袖だったら何も起こらないんじゃないのか?」
「……天袖は、血を吸った相手の身体能力を覚醒させる。天袖に血を吸われた後なんかは調子良かったりすると思うんだけど」
(……そういや前に、言ってたか)
碌亡が以前二日酔いで苦しんでいだ時「ちょうどいい」とラスノマィに言われ、天袖に血を吸われる事で体調が回復したことがあった。それは事実だ。
「……身に覚えはあるな」
「それと同じで、本来なら数時間で消え去る筈の吸血鬼因子が活性化し、元に戻らなくなってしまったんだろうな」
「……なら、無架は吸血鬼になっちゃったけど、もう心配はいらないってこと?」
「ところがそうもいかない。天袖の力によって無理矢理に活性化させられた吸血鬼因子は、本来の宿主ではない無架に制御されることがなく、暴走して、やがて宿主を死に至らしめる」
「……そんな」
「まぁ、向こうも何か企みがあって天袖に近づいたんだ。自業自得だろ」
それは事実。天袖は、ラスノマィの言うことを理解している。……だが。
「吸血をしなきゃ、無架は苦しまなかったのに」
「自業自得だって言ってるだろ。それにおまえ、命狙われてたんだぞ」
「……で、も……っ、」
泣く。泣いてしまう。とめどなく溢れる涙は、自分のためではなく——自分のせいで傷ついてしまうヒトがいるために、流れていた。
その姿を見たくなかったのだろうか。渋々、といった様子でラスノマィは口を開く。
「それを止める方法は一応、あるけどな」
「教えてっ!」
天袖の行動はほぼ条件反射に近いもの。ラスノマィが「ある」と発言した時点で天袖は彼女に食いついた。
その体勢は天袖がほぼラスノマィに密着するカタチで、顔を赤らめながらもラスノマィはこほん、と咳払いをして落ち着きを取り戻す。
「……おまえが久那無架からの吸血をきちんと完了させる。そうすれば吸血鬼因子は久那無架の体から無くなり、命の危険もなくなるというわけだ。……ただそれは、久那無架を陽月鬼にするということでもある」
無架を助ける道があると知って、天袖の表情から悲壮感が消えた。
「唯一無二の存在が二つになる。レッテルのことだから精密検査で彼女の変化にはすぐ気づくだろう。世界中から追われる立場になるかもしれない」
命のある無しが選べるのなら、当然ある方を。命があることによって彼女が苦しまなければならないのなら、……天袖は。
「——護る」
そう、ラスノマィに言い切った。
「世界を相手にか?」
「どんな相手でも関係ない。そもそも吸血しなきゃ無架が苦しむことはなかったんだから、ちゃんとする」
「ならしっかり責任を取れ。それがお前の今回の罪だ」
元々ラスノマィは、天袖が独りで勝手に動いていたことを怒ってはいなかった。無架に近づくなと言っていたのは彼の安全のためで、天袖がこの後無架を見捨てようとするならば、それも構わないと思っていたほどだ。
「——言われるまでもない」
だけど天袖は、責任を取ることに決めた。
……なら、彼のやりたいようにやらせてやるべきだ。
彼の存在がではなく、彼が選択し、歩んできた道こそ最も尊いものだから。




