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【クロウディプレート】「全ての終焉を司る樹」を体に宿す少年は、世界を憎む少女達と共に深呼吸をする。  作者: 絹鍵杖
滅國の再帰姫 第三章 吸血鬼の少年の、正体

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第17話「予想外の代償と、戦力外通告」

 翌日の早朝。無架は特に理由もなく、レッテル支部の屋上を訪れていた。

 今日は昨日天袖と約束した、天袖に吸血をさせる日。……だが、昨日とは事情が異なる。

 統括長から下された、天袖の殺害命令。

 期間は一ヶ月。……その間に、無架は天袖を殺さなければならない。

 今までは調査という名目でのらりくらりやってきた。——しかし、これからは。

 確実に、彼を違う目で見ていかなければならない。……無邪気に自分を信頼してくれる、天袖を仕留める日まで。

 だが……少なくとも、今日決行でなくてもいいだろう。

 彼の為に、早朝に起きて弁当まで作った。それを食べさせて、感想をもらって——その思いを抱きしめる。たぶん、一生に一度の彼氏だ。あと数日くらいは、彼との時間を楽しんでも罰は当たらない。

 だから無架がここに来たのは、今日のデートを楽しむための気分転換だ。


「……いつ、やるかなぁ……」


 今はまだ階段を登りきったばかりで日陰にいる。暗い場所にいるからか、日差しが降り注ぐ中庭が輝いて見えた。


「……晴れてるね」


 少し前まで雨が降っていたのか、中庭に設置されたベンチは濡れている。

 風の音が少しうるさいが、その風は技術によって生成された肌触りが良いだけの人工現象ではない、気温や気圧の機嫌で好き勝手に吹く、本物の自然現象。

 サリカの中に吹く風は、肌当たりが心地良すぎるが故に、なんだか身体中を舐められているような感覚がして、無架はあまり好きではなかった。

 支部の屋上——ここは、サリカの中で唯一「本物の太陽」を拝める場所だ。


『キモチイイー?』


「……うん。風も」


 オートロの問いかけに無架も頷く。

 サリカの中にいるというのに、本物の陽光に身をひたせる理由。それは、レッテルの支部がサリカの階層内ではなくサリカの上、つまり階層都市サリカという施設の屋上に在るから。

 一部では厄介者扱いされて屋上に追いやられたという噂も立っている。だが実際は、サリカが域物の侵攻に遭った時に直接外から飛び降りた方が駆けつけやすいためだ。

 サリカによる宣伝も人の声も聞こえない。

 聞こえるのは、屋上に吹きつける風の音だけ。

 心の整理をするにはぴったりと言える。

 ゆっくり、のんびり。


(そういえば、日光の下に出るのは最後に狩りで出かけたきりだっけ——)


 長らく本物の日光を浴びていない。そう考えながら、日が差す場所へ歩き出した時だった。

 ……ジ——ジュ——ゥアァァァッ!


「……!?」


 突如、無架の視界が燃えた。


『ムウカ!?』


「あ、……ぐうっ!?」


 遅れてやってくる、燃えるような痛み。

 何かの攻撃——? などと考える暇なんてなかった。

 否、違う。燃えているのは無架自身。

 髪の毛、肌。陽の光に当たった箇所が燃えている——

 足がよろけて、体勢が崩れ……後ろに、倒れる。


『…………』


「……う……あ」


 日陰に身体が隠れると、無架の体を灼く炎はおさまる。……だが、発火した部位は爛れて……どう見ても重症だった。


『……ドウイウコトダ!? 吸血鬼化ノ対策ハシテイタ筈ダッタノニ!』


 オートロはすぐさま支部の医療ルームに通話コールをかけ、無架が重症を負ったことを伝える。そして——無架の姿に変身し、彼女を抱きかかえた。


『今、医療室ニ連レテッテヤルカラナ!』


 階段を駆け降りる。……だが、無架の体に負担をかけないよう、慎重に。衝撃は全てオートロの体で吸収する。


「……あ゛、り゛……」


『黙ッテロ! 舌噛ムゾ!』


 走りながら、もう一度通話コール。相手は統括長だ。


『——なんだ? まさか、今更嫌にでもなっ』


 相手は一応、自分達よりも二階級以上も偉い。給料をもらっている分、舐めた口を利ける相手ではない。


 だがそんなことは押し退けて、オートロは叫んだ。


『ソレドコロジャネエッ! ムウカガ吸血鬼化シタ!』


『——』


 オートロの怒号に統括長の返事は無い。


『医療ルームニ運ブカラ来テクレ!』


 しかし、それはオートロを無視していたのではない。部下の無礼に震えていたのではない。ただ言葉が無かっただけ、体はすでに動いていた。

 がちゃん、という何かが割れる音と共に返事。


『すぐに向かう』


 通信が切れる。動きが、速くなる。


『ムウカ、死ヌナヨ……!』


 今はただ、医療ルームへと急いだ。







△◯







「…………とりあえず、命が無事で良かった」


 医療ルーム。処置室から出てきた無架に、統括長が安堵のため息を吐く。

 だが……その見た目は、昨日統括長が認めた姿とはまるで違っていた。

 無架が運び込まれると同時に処置が開始され、火傷した部分には包帯が巻かれた。火傷は日光に晒された無架の肌全てを爛れさせたが、処置が間に合ったために四肢を欠損することはなかった。運動機能も、数日待てば回復するとのこと。……ただ。


「……右眼をやられたか」


「……はい」


 最初に触れた日光がまぶたを焼き、その下の眼球を直撃したせいで、無架は右眼を失明していた。

 ……だが、これでも軽症。

「すぐに日陰に戻ったのが幸いした」——無架を治療した医師の言葉だ。

 あとほんの少し、数秒でも太陽に体を晒していたら——無架は死んでいたという。


「……すみません、統括長」


 麻酔が効いて痛みが引いているのか、無架が喋る。……だが、その表情は暗い。


「謝るな。おまえの行動にミスがあったとは思えん。……対策はしていたはず……だな」


 天袖と接触する直前、吸血されることによる眷属化を防ぐ処置を無架は受けていた。だから、吸血鬼化する筈はない……というのに。

 球体に戻ったオートロが、ピポパと電子音を鳴らす。


『タダノ吸血鬼ノ力ジャナイ。コレハ恐ラク——』


「域物の影響か……!」


『……オソラクハ』


「……すみません。何日か、休みます」


 辛そうな顔をする無架に、統括長は声を和らげる。


「ああ、傷が治るまで休め。……しかし、こうなると、場合によってはこの作戦の離脱も——」


 だが。


「ふざけないでくださいよ」


 ……無事だった方の左手で、無架は統括長の制服の袖を掴んでいた。

 鬼気迫る——鬼すらも斬殺しそうなほどの冷酷な瞳。それは、憎しみを宿した瞳だ。


「……久那。しかしだな」


 統括長の言葉を遮って、無架は続ける。


「せっかく繋がりを得たんです。……わたし以外に、わたしほど彼に信頼されている人間はいますか? 余波で建物を消し飛ばす人種魔妖に、殺されてもいいと言わせる人間は?」


 心火を燃やすその熱意は狂気のレベルだが、瞳の奥底に何か、冷たくて重いものがある。

 それを見た統括長は、無架の腕を振り払いながら問いかける。


「……それは、誰のためにだ」


「……わたしの復讐のためです。わたしの、わたしと共に死んだ国民のための復讐です」


 確固たる意思。冷徹で揺らぐことのない、絶対零度の使命。


「わかった」


 変わる様子のないその態度に、統括長が折れた。


「……だが無茶はするな。火傷が治るまでは絶対安静に務めること。……わかったな?」


「……、任務の期間は」


「療養にかかった期間だけ伸ばす。……だが、最高でも一年以内なのは変わらないからな」


『都市殺シハイイノカ』


 無架の状態を確認しその後についても決まり、もうここで話す事はない、と執務室に戻ろうとする統括長の背中に、オートロが言葉を投げる。——が。


「片眼を失った久那を、ヤツに当てられるとは考えていない」


 戦力外。言外に、統括長室に戻る統括長はそう言っていた。







 統括長と別れ、無架は彼女に割り当てられた病室にいた。

 歩いたりは可能だが、包帯の取り替えをしなければならないため、数日間は病室で寝泊まりしなければならないことを看護師から伝えられていた。


「……まだ、昼過ぎか」


 天袖と約束した時間は夕方からだから、まだ間に合うということではある。


「さて……と」


 天袖とのデートに行くため、立ち上がろうとする無架を、オートロが二八本のアームで押さえる。


『マテ、何処ニ行ク気ダ』


「何処って、天袖のところだけど」


 きょとん、とする無架にオートロは詰めよる。


『安静ニシテイロト言ワレタダロウ』


「戦いに行くわけじゃないよ。今日はデートをするって約束なんだから」


 根拠のない言い訳をする無架に、語気を強めてオートロは言う。


『ヤツハオマエガ弱ッテルノヲ知ッタラ襲ッテクルカモシレナインダゾ』


「……大丈夫。天袖はそんなこと」


『オマエガ恋人ノフリヲシテ天袖ヲ殺ソウトシテイルノニ、何故「天袖ガオマエヲ殺ソウトスルカモ」トハ思ワナイ! 天袖ノ能天気ガ感染ッテルンジャナイカ、オマエ!?』


 怒号。無架を心配している——その一心で言葉をかけているというのに、肝心の無架は自ら危険に飛び込もうとしている。


『オマエハ今日ハ行カサナイゾ』


 それを許せるオートロではなかった。

 隻眼と一つ目の睨み合い。


『代ワリニワタシガ行ク。ソレデ我慢シロ。……ソレニ、ソンナ怪我ダラケノ姿ヲ恋人ニ見セラレルノカ?』


「…………それも、そうだね」


 ……今回は無架が折れた。


「それじゃあ、ひとつだけ頼みごと、いい?」


『……ヒトツダケナ』


「おーとろ、天袖に渡す予定だったお弁当、まだ持ってる?」


『アルヨ』


「わたしの代わりに、渡してくれないかな。『頑張って作ったから食べて』って」


 あまりにもな言い分に、オートロは言い返す。……あまりにも、自分を押し潰している。


『オマエ、自分ノ心ヲ殺ス気カ』


「わたしが天袖のせいで『こうなった』って天袖が知ったら、天袖がどんな行動に出るかわからないと思うけど」


 オートロに「お前のせいで」とは伝えるなと、無架は言っている。


『……ワカッタ』


「あと、天袖に、謝っておいて。デートのやくそく、破ってごめん、って」


『ヒトツダケダロ』


「じゃあ二つ」


『……ハァ、ワカッタ。ワカッタヨ……ダガイイカ、オマエハ絶対ニ安静ニシテルンダゾ』


「わかった。誓います」


 念を押して、オートロは部屋を出ていき、病室のドアが閉まる。


「……、」


 そして無架は————泣いた。


「……ふ、……っぐ、……ぅああ……!」


 オートロは知らない。無架が、天袖に吸血される時に何を見ていたのかを。

 その時流れ見た天袖の心に比べれば、……こんなもの、痛くもないというのに。







△◯







 病室を後にして、オートロは通信コールをかける。


『ワカッタヨ、無架。……無架ニハ悪イケド、作戦ハ変エサセテモラウヨ』


 ……通信先は、対人種魔妖部隊「コラカゲ」。


『キミニ憎マレテモイイ』


 今日——オートロは、天袖を仕留める気でいた。





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