第16話「無情なる判断と与えられた命の猶予」
『お呼び出しをいたします。調査隊、第四部隊隊長。至急、統括長室へお越しください』
そんな放送が支部内に流れたのは、無架がオートロと【エニモミスト】について話していた直後のことだった。
「……おーとろ、わたし〝になって〟行ってきて」
自分を呼び出した人物と呼び出した目的。それが一体何であれ、無架はその人物と顔を合わせたくなかった。
オートロの持つ「百機能」の一つ「代替擬態」。これで人の形をとることができ、生身の人間さながらに動くことができる。
顔や声を似せれば、本人に成り代わっていたとしても……気づかれることはないだろう。
『……フム』
だが。無架のお願いに、オートロは頷かない。
「おーとろ?」
無架の呼びかけに、オートロは送られてきた命令画面をそのまま表示させて、オートロの意思を返す。
『アキラメナ。ワタシノトコロニモ必ズ本人ヲ出頭サセルヨウニトノ来タカラネ』
〝代理を使う事を禁ず。必ず本人が来るように〟
悪寒が、無架の背中を撫でた。
△◯
「……え」
統括長室。そこはレッテルの中で唯一、レッテルの行動における全責任を負うものが座す場所だ。一番偉い者のいる場所ではなく、責任を負える者がいる場所。
無架はそこで下された命令を、ただ呆然と聞いていた。
〝域物〟「雪蕎麦天袖」の討伐命令。——天袖が、域物だと判断された。
「異論があるか?」
レッテルサリカ支部の統括長。……いわゆる支部長の、無架に向けられる視線は鋭い。
何より、統括長は実力で言えば無架と互角。レッテルの戦力が統括長に付けば、無架が統括長の決定を覆せる道理はない。
「いえ……ありません」
それに、元々その命令込みで無架は動いていた。殺せないということはない。……でも、彼女の中には疑問があった。
「ですが、質問を許可願えますでしょうか」
「拒否以外であれば許可する」
「ありがとうございます。……では、なぜ今なのです? 調査完了までは一ヶ年、と決められていた筈です」
椅子に座る統括長の、空気が変わる。——より剣呑とした、危ないものへと。
「それは反抗か?」
ばき、と音を立てて机に置かれた湯呑みにヒビが入る。
「拒否ではありません」
「…………」
睨み合う二人。数秒間の攻防のあと、統括長が視線を外した。
「……おまえに、新しい任務がある。『鴉木奈』が動き出した」
衝撃——それは、無架の体を駆け抜ける。天袖の殺害を早めるというあまりにも強引な手段。その理由によっては反抗も辞さないつもりだった彼女を強引にせざるを得ないと納得させる、そんな理由だった。
「……被害は、どれくらいなのですか」
湧き上がる震えを押さえて聞く。……怒りに震える、体を。
「『成層圏都市グリアネ』が消滅。七〇万人が一瞬にして……。【都市殺し】の名は健在らしい」
「……空庭都市を堕とした……!?」
苦々しく話す統括長。
サリカという都市をたった一人、その威厳で見下ろす彼女をもってして——脅威だと言わざるを得ない存在。
無架達が追うクロウディプレートを、人類にとっての脅威たらしめた凶悪犯。
単純に人殺しが出たのとはワケが違う。
世界人口の〇・一パーセントを葬り去った、人滅ぼし。
一刻も早く取り除かねばならない、ガン細胞のような者だ。
「——ついては当初の目標期間を一ヶ月に切り上げ、その後君には鴉木奈を追ってもらうことになる」
「……承知しました」
新たな脅威が出現した。……だが、レッテルにとっては天袖も放置できない存在であるのは事実。
「……殺せるか?」
「攻撃が身体に当たって危ないのは、統括長も同じでしょう。……正直なところ、触れれば殺せます」
話は既に天袖の対処に戻っている。統括長が訊いているのは、先日の『攻撃の余波で店舗を消し飛ばした』という報告を懸念しての科白だが、無架は自信を持って頷いた。
「……よろしい。ならば退出したまえ」
「最後に質問よろしいですか」
「なんだ」
「——命令が『今すぐに殺せ』、ではなかったことに感謝します」
「……質問じゃあないじゃないか。……一ヶ月も持たせた理由か? おまえがそう話すって事自体が理由だよ。……何の感情もなくお前がストイックに対象と恋をしてるなら、私もすぐに殺してこいと言えたんだが」
この時の無架が統括長に抱いた感情。——不愉快、だろうか。
「理由は聞いてませんでした」
「じゃあ何を聞いたんだよ」という統括長の言葉には何も返さず、無架は失礼します、と言って部屋を後にした。
「……さて」
自室に戻ってきた無架。
支部内にある個人用ルームの一室は、無架が暮らす部屋として完全に私物化されている。
しかし、趣味というものが何もない彼女にとっては、ただ寝たり昼食を食べたりするだけの場所。テレビすらも置いていない。滅多に使わない部屋に新たに何かを置いておくことに気が引けて、今まではインテリアや雑貨というものをひとつも置けていなかった。
だが今は違う。部屋には天袖と撮った写真が飾られている。……それだけだが。
『マルデ片想イヲスル乙女ノ部屋ダナ』
無架と同じ部屋を使うオートロが、部屋に置かれたオートロ用のクッションに着地する。
部屋に戻る途中、自販機で買ってきたお茶を机の上に置き、一息ついたあと。
「……さて」
飾ってある写真を眺めながら、無架は呟いた。
「どうやって——七四垓エンを返すか」
完全に休みに入り、あとはもう入浴して寝る——それだけ。それまでは明日へ向けて準備を進めるだけの筈だった中で、突然の無架の独り言にオートロは起き上がる。
『イヤ話聞イテタカ? 今カラ殺ス相手ダゾ?』
「聞いてたよ」
なら、どうしてそんな発想に至るのか。
『返サナクテ良イダロ』
「そういう訳にはいかない。わたしの任務は彼を殺すことだけだし」
殺すことだけ。まさか「天袖を殺すこと」と「天袖が死ぬこと」は別……なんて考えているんじゃ無いだろうな、とオートロが聞き返そうとすると、無架はさらに続けた。
「彼を殺すこと以外は、誰にも何にも奪わせない。……彼女だから」
その台詞を聞いた時。……オートロに皮膚があれば、その肌はじっとりと冷や汗をかいていたことだろう。
『彼女だから』殺す権利があるという。……本当はそんなものなんてあるはずが無いのに、まるでそんな権利が実在しているかのように……自信たっぷりと。
『……歪ンデルネ』
オートロは、無架がそう思考するようになってしまった原因、彼女に訪れた異変を……言葉の裏で割り出した。
(……混乱シテルノカ)
現在、無架の中に天袖に対する恋愛感情は無い。……だが、綻び始めてはいる。
それは良くない。良くない感情だが、その前に無架が天袖を殺してしまえば、それでいい。
ため息……のような音を、オートロは吐いた。
殺される彼にしてみれば、全てを奪われる。
タマッタモノジャナイ。
(……トカ、言エレバ気楽ナンダケド)
いずれにしても、天袖を殺すことに躊躇いがないのはいいことだ。
『デート代ハ全部持ツ、トカデ良クナイカ』
無架の意向に、オートロは反対しない。
「当たり前でしょ。こっちは人生買われてるようなものだし」
彼女の目的は、今のところオートロの目的に沿っているからだ。
無架をこの道に誘ったのはオートロ。彼女がこうなることも、多少の計算はしていた。……だが、予想していたよりも変化は乏しい。
ならば今のうち、できるだけ早くに天袖を始末しておきたい。これ以上の変化を無架にもたらす前に。
『…………人生ヲ買ウ、カ』
……あの時の少女が、そんな事を言うとは。
その、恐らくは何気ないつもりで口にしたひと言は、オートロに、無架との出会いを呼び出させた。
……あの場所は、人が過ごす場所としては何処よりも過酷な空間だった。
〝雹が降る〟〝槍が降る〟——生き抜く可能性が、見るからに皆無だった。
三六〇度、見回す限りの敵。
言葉など通じない。
互いが互いを貪り合う、そんな地獄。
生きるつもりなど毛頭ない、相手を滅ぼせればそれで勝ち。……だがその時の勝者も、いつかは他の敵に喰われてしまう。
終わりがないから地獄。……だったはずなのに、闘争の激音はいつの間にか消え去っていた。
その〝穴〟は未だ閉じられていない。——にもかかわらず、その日から域物達は、その領域内に入ってこようとはしなくなった。
『……「国内」ニイタ〝域物〟ノ数ハ五〇〇ハ下ラナカッタ……ソレヲ、一人デヤッタノカ』
『……あな、たは……?』
『オルトロス……イヤ、ソウダナ。「自律型機体」ト、呼ンデクレ』
「……わたしはもう、どう生きたら良いのかわからない。……いっそのこと、わたしの人生を誰かが買ってくれたらいいのに」
『……奴隷ジャナインダ。好キニ生キレバ良イダロウ。何ヨリ君ハ——』
『…………』
その日の光景を脳裏に描きながら、オートロは零した。
『黙ッテレバ、バレナイト思ウケドナ』
「もちろん、全部をバラしたりはしない」
確かな意思を持って、敵を穿つ。恋人であろうと、そこだけは変わらない。
外見に騙されるな。
クロウディプレートは世界の敵だ。




