第14話「全てを肯定する物語的確率と突き刺さった事実」
三章開始!ついに天袖の正体が確定する!
天袖はただの人種魔妖か、……それとも!?
レッテル「サリカ支部」科学部特査室。
薬品の香りが漂うそこは、サリカの外部より持ち込まれた異能を解析するための設備品が所狭しと並んでいる。発光したり動いたりしているのは、解析中だからだ。
ここはあくまでも解析。取り込んだ素材の情報を詳しく記述する場であり、素材自体の匂いも解析用カプセルに密封されて運ばれてくるため、匂いはしない。
なので、解析結果を狂わせることのないように、香水ですらこの場所には持ち込み禁止となっている。……でも、この場所には薬品の匂いが漂っていた。
しないはずの場所に匂いが満ちている。そしてその匂いを嗅ぎ取るのはその場に新しく現れた人間のみ。これはある種の結界なのだ。
特査室には決して盗まれたくはない解析機器が所狭しと置かれている。
ひとつが億単位の価値を持つ。……盗みたいと思う人間も必ず出てくるものだ。
勿論、質量・温度……金属探知機や赤外線センサーなど、質量を持つ普通の人間相手であれば……部屋に備え付けで置かれている『存在感知システム』で九九パーセント検知される。
だが、世界にはそれらの感知を無効化する手段も種族も存在する。
自らの重さを失くし、体温や質量すらも異能によって感知させない——そんな異能を持つ存在が。
或いはシステムを乗っ取られても終わりだ。感知する機能が失われれば、普通の人間が侵入しても気付かれることはなくなる。
今までにそれら異能の脅威に晒されたことは無い。……だが、これから襲われないとも限らない。「かもしれない」という可能性に怯えていたレッテルの解析班は、今でも万全と言える体制の一歩先を見ることにした。
それが、物理手段——科学技術に寄らないセキュリティシステム。そのひとつによってこの匂いが漂っているのだ。
漂う香気自体に害はない。金属を腐食させるものでも、静電気に反応して衣類や皮膚に付着して、赤外線ライトに反応をする——といったこともない。
吸い込まれたこと、つまり室内の空気中に漂わせている香気量が減少することで何かが侵入したことを検知する。
そして、匂いはすぐに部屋の中の水分を凝結させ一滴の水滴が垂れる。——水滴ひとつぶんの重さが部屋の中に追加されたことで、他システムが緊急事態を悟るというわけだ。
それは科学技術に寄らない、目に見えないものを絡めとる最後の手段。
……ちなみに、物質や温度を持たない霊体は先の『存在感知システム』で感知可能だ。
そして、検知——つまり侵入者があるとどうなるか。……他の検知手段でも同じことが起こるが、システムが部屋の中に入ってきた〝何か〟を検知すると、部屋の中に露出している機器の全てが即座に一〇〇〇ミリの分厚さがある保管庫の中へと三秒以内に緊急収納される。
大事なものが全て収納されたそこは、文字通り何ひとつ置かれていない、まっさらな空間となる。
つまり何者であろうと、侵入した時点で何も盗れない。
そして、そんな侵入者を特査室で迎撃するのは——特査室に棲み、全ての機器の管理権限と管理責任を持つ——彼女だ。
「ふんふふんふふんふふん〜」
解析班使用中。この文字が特査室から消えることなく、サリカにレッテルの支部が設立された時以来、これは光り続けている。
解析結果が記されている「木玉端末」。それを手のひらの中で宙に放ったり返したりしながら、その少女は呟いた。
「……〝エニモニスタ〟たぁ驚いた。まさか【エニモミスト】かもしれないと聞いた時もそりゃびっくりしたけど、これでも十分すぎる厄災ネタだぜ」
彼女が手に握るのは、先日持ち込まれたばかりの解析依頼の結果。
解析したモノは既に別の場所へと保管されていて、彼女が知るのはその情報のみ。
だけど少女は、まるで実物を眺めているかのように恍惚とした表情を浮かべていた。
虚玉〝エニモニスタ〟。【エニモミスト】とよく似た名前で実際カタチも似ているそれは【エニモミスト】の模造品だ。純度、美しさ、エネルギー貯蔵量の全てで劣る偽物で、大掛かりな機械を用いた錬金術で作ることが可能な点が、唯一本物に対して優れている点か。
本物と偽物を見分ける方法は簡単で、手に持ってみるだけで判別可能だ。
ヒトの生命エネルギーに反応して軽くなるのが【エニモミスト】の特徴だが、本物と違って〝エニモニスタ〟にはヒトは重みを感じるので、それで見分けられる。
さらには性能が良ければ良いほど〝エニモニスタ〟は重くなる特徴があり、人類が記録している限りの最高性能は拳大の大きさで二一三・八九グラム。時価にして一〇億エンの価値がある——というより、たったそれだけを生成するのに一〇億エンも投入されたのだから、それくらいの価値がなければおかしいという理屈だ。……それが今回、調査隊が接触した人種魔妖からもたらされたものによって記録が大幅に更新された。
四八九・三五グラム。人種魔妖が調査隊の血液を体内に取り込むことで生成されたと聞くが、吸血鬼にそんな能力があるなんて少女は知らなかった。
そもそも〝エニモニスタ〟が作られたキッカケは、とある仮説が唱えられたこと。
ほぼ無限のエネルギーを放つという宝玉【エニモミスト】。その存在は、御伽噺の中から始まった。
人魚の命を救った船乗りが命のお礼にと人魚から譲り受けた宝玉であるとか、嵐の中を三日三晩遭難した漁師が港に帰るといつの間にか船の中にあっただとか、海にまつわる御伽噺の中から。
それが時代が進むにつれてエネルギー源としての仮説を帯びるようになり、ついには御伽噺の中のそれっぽいものを再現するに至る時代にまで来てしまった。
製造法が確立されてからというもの、それらの御伽噺は語られなくなってしまったが……少女は、御伽噺に嘘は無いと思っていた。
人造物でも無いのに、御伽噺には完全な球体として描かれている。……そして、自然界で生成される球体、そして海に関連するモノといえば、思い浮かぶのは「真珠」。
人魚はセイウチやトドを見間違えたものという説も聞くし、恩返しか何かで持ってきたのも、嵐の海、海流に揉まれて偶然船の中にあったという可能性も無きにしも非ずとは考えていた。
吸血鬼がそれを生み出すなんて、思いもしなかったが。
「……くっ、ふっふ」
新たな見地だ。開拓のしがいがある。
場合によっては「実験協力」してもらうことも視野に入れながら、端末を懐にしまう。
そろそろ解析結果が出る頃だ。
「……さあって、無架チャンの採ってきた人種魔妖くんのサンプル! 解析しちゃうよーん!」
一回目の邂逅、そして二回目のデート。
それぞれの時に摂取した天袖の生体(体液)を取り込み、解析する。生体の中の遺伝子情報を調べ上げ、さらには域物に含まれる特有の物質を検知する。これで天袖の正体が正確に理解るのだ。
二回検体を採取した理由は、正確性を確保する為。
例えば一回で〝域物〟としての判定が下された場合、それは当然討伐任務が発注され、対象である天袖が討伐されることになる。……でもその場合、検査機の誤診やそもそも全く別の個体のデータだった場合が考慮されず、実行した後にそれらが判明すれば取り返しがつかない。
それらの事故を防ぐため、対象から採取する回数を最低でも三回以上、そして奇数回採取する。その後、全てのデータを統合、平均した値こそを対象が「域物であるか」の答えとして、算出する。
解析は全て同時に行われ、それぞれの差異も確実にわかりやすくなる。例えば食事中に採取したものだとか、それ以外の時だとか。
——検査終了。検査結果、出力。
緑色の端末が、解析機械の中から現れる。解析の中で製造され、情報がインプットされたものだ。
データの書き換えができないように検査結果は毎回別の「木玉端末」として出力され、端末から情報をダウンロードすることはできても、それが可能なのは一度きり。パソコン等に接続して内容を表示すると、接続を解除する時に中身が消去されるので、証拠としては二度と使えない。
今回は中身を確認するだけなので別に中身が消えても構わないし、必要になるならまた出力すればいいというだけの話だ。
「……ふむ」
木玉端末をコンピュータに接続し、解析結果を表示する。
「えーと……淫魔、吸血鬼。おっと、人間の血も多少混じってるのか」
一回目と二回目、生体情報に差異なし。ということはこの結果は間違いなく正しいものを呼び起こすはずだ。
それにしても——と、少女はため息を吐く。
(……キメラどころの話じゃない。何処かの国の実験体か?)
人種魔妖は世に知られた存在ではあるが、実際に彼らを見かけることは稀だ。
人によっては一生に一度、場合によっては生きているうちに一度も彼らと遭遇しないままということも珍しくはない。
特に、人種魔妖の中でも異種族の巡り合いはほぼ奇跡のようなもの。
「んん、これは無架チャンの体液だね。この二人何してたん、——悪魔……?……はは、とんでもないクォーターだ」
絶対に偶然ではあり得ない、偶然であればそれこそ創作されたとしか思えない「物語的確率」。
絶対に何者かの意思が、この少年の存在に絡んでいる。
間違いなく、これは域物の発見よりも重大なニュースだ。
すぐにでも報告を——と。
「……ん?」
立ち上がろうとして、すぐさま画面に視線を落とす少女。
「…………」
そしてすぐに立ち上がる。
そこには衝撃の結果——いや、彼女達はそれを調査していたのだ。
疑念が確信になったところで驚きはない。
……だが。
「他にも色々気になるけど——域物だと?」
域物。……即ち、人類の敵。
しかし、元々域物であるという疑いを理由に彼を調べていたが、彼には過去があり、人間として生まれていたことがわかった。だから域物では——
「……まてまてまて。人間として生まれた? 血を吸ってる時点で人間じゃないのは確実だろ。少なくとも三種の血が混じった混血であることは間違いない……はず」
取り違え子、という単語が少女の頭をよぎる。
だから両親は普通の人間で、彼だけが吸血鬼の特性を——
「……いやそれより、域物の反応があった。域物なのは絶対……まさか」
あり得ない可能性に、少女——基貞は辿り着く。
「〝人種魔妖と人間のキメラ〟って設定の域物だってのか……!?」
それと。
「成長する〝域物〟……?」
あり得ない。今までに例がない。……〝だから現れた〟というのか。
「……まずいまずいまずい! 知性を持つどころか、成長する域物だって!? こんなの、すぐに対処しないと……!」
これからの目標は、天袖の討伐——だけではない。
(赤ん坊の域物を、人間のと取り違えさせた奴がいる。そいつを突き止めないと……!)
椅子を蹴って、すぐさま〝木玉端末〟の追加出力に移る基貞。〝彼女〟は、報告のために久しぶりに研究室から出た。
『……………………』
その解析結果を、椅子に巻き込まれて床を転がる……生体情報を運んできた青色の球体が見つめていた。




