第13話「デコレーションされた復讐の刃と惰性の幸福理論」
この道を選んだことに後悔は無い。
……失敗だった、とは思うけど。
だから……というわけではないが、任務上の都合で自分に恋人ができた時は、ある意味清々した。
不幸だったわたしへの復讐心。それが僅かばかり、満たされた気がした。
本来の立場であれば、わたしは王国の姫。
血に手を染める事もなく、国を統治し、家族と穏やかに暮らしていた筈なのに。
全てはあの日。
たった一体の〝域物〟の出現。それが全てを奪った。
あの日、あれを域物だと判別出来てさえいれば。
父は、母は、姉は、妹は。
……いや考えても仕方ない。復讐なんて既に終わっているようなものだし、何より復讐相手は既に死んでいる。くだらない復讐なんて抱えるだけ、くだらない。
『無架って、——だよね』
…………。
……そういえば、自分の恋人である彼がそんなわたしを見透かしたような言動をしていた時があった。
ええと、なんだったか。なんて言ったのだったか。
自分がデートと言って彼を連れ回していた時の、その中にあった彼の台詞。妙に憶えている。……妙に、というところからほぼさっぱりわすれていて、しょうもないが。
あれは確か、……そう、ゲームセンターというところで遊んでいた時だ。
金銭を入れて遊ぶ。すると一定時間操作ができる。音が出たり、生き物を模した人形が出たり。
……だけど、時間がくればそれで終わり。目に見えて得られるものは何も無い。
はじめにその存在を知った時は何が楽しいのかとさえ思っていたのだが、彼と一緒にプレイとやらをしてみたら、それを好むことに馴染めた気がした。……あくまで、気がしたというだけだが。
彼もよくわからないとは言っていたけれど、内容は関係なく……どうやら、一緒に遊ぶことは楽しいらしい。
遊び相手といえば、わたしにとっては光って喋るボールくらい。自分が想像しない行動をする相手など誰もいなかったわたしには、新鮮な体験と言える。
彼とは既に恋人という関係だが、わたしにとっての友達とは彼のようなものなのかとも思ったりした。
「……少し、休憩しよ」
ああ、そうだ。目が痛くなって、休憩を自分が提案したんだ。
それで、何か話そうとして出た話の中に彼が言った言葉がある。
「この街に住んだらダメになる、って言われてるけど」
「目が?」
それと、何故か自分の不調を彼が把握していたんだったか。
「……そんな局所的に不調になったりしないから。そうじゃなくて、ヒトの心の話」
「……発展階層のこと?」
発展階層。階層都市サリカにおける象徴とも言える場所だ。
吐き気を催す成金趣味とむせ返るほどの善意によって創り上げられた、理想郷。
そこに住むものは働く必要がなく、全てを無償で享受することができる。
衣食住は勿論、医療や嗜好品、娯楽に至るまで。
好きなものを好きなだけ。その時ばかりは楽しいだろう。もしかしたら、数日、数ヶ月は楽しいままでいられるかもしれない。だが、いつかは気づく。
理想郷にも飽きはくるということを。
「幸せに飽きちゃうんだよ、きっと」
ただの自分語りがしたいだけじゃないか。
問いかけておいて、ちゃっかり答えなんてもってやがるし。
「だから、自分は現状に満足してるから死んでも生きてても構わないと思うんだ」
自分の甘々な妄想に吐き気がする。
「本当は幸せなんてそんなものじゃないのに」
まるでそれを見てきたかのような口ぶりだ。見てきたのは地獄だというのに。
「どういうこと?」
彼は首を傾げた。こんな与太話に付き合わせて、すまないな。
「幸せがここにあるものに限定される。……ここにあるものが全部なんだって、勘違いする」
掌を彼に見せる。……そして、閉じる。
「幸福理論押し付け施設なんだよ、あそこは」
幸せを破棄しているような自分の言葉に、彼は首を傾げる。
「発展階層には行ったことがないけど、……ひどいところなの?」
「天国だよ。……でも、人は天国にある幸福に耐えられない。下にやってくる人がいるのは、無意識の防衛本能が働いたからだと思う」
住みやすくて、何ひとつ不自由がなくて、隣の人がいなくても自分は困らない。
「それがダメなんだ」
そんなの、死体と何が変わらないというのか。
「この世の幸せに飽きちゃったら、あとはもう死ぬことくらいしか興味が無くなるんだよ」
惰性で死ぬ。興味があるから死んでみる。
死にたくて死んでしまうより、……その方がずっと救われない。
人と出会うことで得られる幸せ。何かを成し遂げて得られる幸せ。
「そういう幸せがあるのに、もっと先を見ようとしなくなる」
……ああ、そうだ。そうだった。
しばらく考えるフリをした後、彼は言ったんだ。
「無架って」
己の言い分の素晴らしさに酔いしれる自分に、彼はこう言ったんだ。
「恋人になりたい、じゃなくて、誰かを好きになりたい、じゃないの?」




