第12話「確かめたい実力。引き出してはならヌモノ」
「…………————」
そいつの顔はわからない。完全にフードが隠していて、厚めのコートは体格すらもあやふやにさせている。
身長は無架と天袖の中間くらい? それくらいしか、わからない。
ただ立っているだけ。ただ、彼らの後ろにいるだけ。
「天袖……どうしたの」
自分達の後ろに何かある。そいつはそれを見ている。そう思ってしまいたくなるほど、フードの人物は天袖達を見ていた。
天袖は見つめられたら目を逸らすタイプの人間ではない。
見つめられれば見つめられるほど、見つめ返す。それは天袖としての礼儀——というより、体に染み込んだ恐怖。
だが、その性質が今回は天袖の体を動かした。
「……っ! 無架!」
見えれば反応する。フードが腕を振り上げようとしたのを、天袖はいち早く察した。
そして、振り上げた腕には——刀。
明らかに「握手しよう!」としている腕ではなく、明らかに、目の前の無架を切り刻もうとしている。
天袖は無架の腕を掴み、思いきり引き寄せようと——その前に、フードの振り下ろす刃が、それ以上の速度で振り上げられた無架の手刀によって砕かれた。
「…………——!」
側面に当てて軌道を逸らすとか、弾く——などではない。真正面から。
最もよく斬れる角度で振り下ろされた刀に対して、さらに斬られやすいよう、垂直に。
掌の切断は少なくとも免れない攻撃だった筈なのに、斬鉄に生身が勝った。
「……鋭いの、いくから」
「…………——、」
自分の体を守った——敵の攻撃を砕いた無架は、振り上げた左手はそのまま、……構えていた右拳をフードに向けて振り抜く。
ごきっ。……その攻撃がフードの顔面を捉えた瞬間、天袖の耳には首の骨が外れたような、あるいは骨そのものが死を悟り、悲鳴をあげたような。とにかく耳障りな嫌な音が届いていた。
「——っ!」
「……——!」
フードの体が吹っ飛ぶ。店内に突っ込む程の衝撃にはならなかったが、外に置かれた看板を吹っ飛ばして店と店の間の柱に激突、鋼よりは柔らかいコンクリートに亀裂を入れて凹ませた。
場合によっては、ただ店に突っ込むよりも深刻なダメージを負ったことだろう。
——相手が生身であれば。
「……ん、天袖は大丈夫? 怪我はない?」
そう思い、声をかける。……だが無架は、数秒のうちに自分の失敗を悟った。
——天袖は、頬を上気させて興奮していた。
しきりにブンブンと腕を動かす。無架を引っ張ろうとして手を払われ、落ち込んでいた一瞬はどこへやら。
「か、かっこいい」
漏れ出た言葉。抑えようとして、でも止められなくて。
「!?」
フードを睨みつける無架は思わず天袖に振り返り、
「…………——『エ゛』」
すぐに立ち上がり地面を蹴って向かってきていたフードも、無架と同じタイミングで何か呻き声のようなものを上げ、無架に攻撃をする事なく——そのままの勢いで激突した。
「……かっこいいっ。無架、かっこいいっ!」
「……あ、ありがと」
まるでファンに手を振るヒーロー。襲われても怯えた表情のない天袖に笑みを返して、無架はフードの人物に向き直る。
(……まずい)
相手は今どんな顔をしているだろうか。……顔があれば、自分と同じ顔をしているのかもしれない。
当初の目論みでは、無架が天袖に護られる筈だったのに。
目の前のフードは『テメェガ刀砕イタカラダロ』なんて言っていそうだし……。
そう思いながら、どうにか軌道修正できないかと周囲に気を配ってみる——
〝がんばれー、お姉さーん!〟
〝弟くんを護れーっ!〟
〝無架がんばれーっ!〟
「…………」
人が多い。だからすぐ逃げる——と思っていたのに、見せ物か何かと勘違いされているのか、あまり人が避難していない。
近くの店から人は出てきているようだが、……なんかテーブルセッティングして見学とか始めてるし。
お前ら自分の避難はいいのかと。
思わず言いたくなる気持ちをグッと堪えて、再び立ち上がるフードと対峙する。
「…………ん?」
何か違和感。あるべきものがない、というかいるべき存在が消失しているような空虚さが……。
周囲に耳を澄ましてみる。
〝がんばれー、お姉さーん!〟
〝弟くんを護れーっ!〟
〝無架がんばれーっ!〟
……。
「…………」
「……——」
隣にいたはずの少年が、いつの間にかギャラリーの一員と化していた。
…………。
つかつかつか。
「……無架?」
がしっ。……ずる、ずる。
「天袖。……危ないから、勝手に離れないで」
側にいてくれないと護れない——そんな理由で、天袖を連れ戻す。
「無架……?」
「……側にいてくれないと、守りきれないから」
「……っ、無架」
「でも……手伝ってくれたら、嬉しい。天袖を護りたいし、天袖に護られたいし……天袖の隣にいたいから」
……なんて、言っておきながら。
どの口が言っている、と無架は自分で自分を見下す。
「…………————」
飛んできたフードに、回し蹴り。その足先はフードの胴体を捉えて、吹き飛ばす。
「……らァっ!」
……こうなれば仕方ない。適当に迎え撃って、オートロに退避を促すしか無いだろう。
設定された状況。
用意された襲撃者。
この状況を作り上げたのは自分だ。
全ては天袖の力を確かめるため。……だがそれは、そもそも天袖に戦闘能力が備わっている事を前提とした考え方だ。
『天袖からはあまり強い匂いがしない。……なんていうか、アレをやったのはもっと獰猛な——』……無架自身も言っていたこと。
天袖には特殊体質があるというだけで、戦闘能力に関して言えば彼は微塵も——
「……わかった」
——天袖の周囲で、火花が起こった。
「……!?」
その光景を見た時、最初は電気設備の漏電かと思い、無架はその場から離れようとした。
……でも、違う。
ばちばちと音が鳴るのは、天袖の周囲。
(……静電気……?)
……最初から、本人に確認しておけば。戦えるのかどうかを聞いておけば良かったと、無架は後悔する。
「……消し飛ばすから、ちょっと待ってて」
消し飛ばす。……何を?
(電気? 雷撃?)
天袖が掌に溜めている、エネルギー状の何か。
空気中のチリを火種もなく消し炭にするそれは、莫大な破壊の奔流と言える。
当てるつもりだ。……あの、フードに。
(もし放たれたら——)
……想像するだけで恐ろしく感じた。
フードを倒すだけに留まらない被害が発生するに違いない。
無架はまだ加減ができる。それは、幾度も重ねてきた経験によって培われたもの。
だが、恐らく天袖には戦闘経験が無い。もしくは危機管理能力が低いかのどちらか。
殺気を纏うことができない。自らの危険性を他者に知らしめる術を知らない。
——それは未熟さの話でありつつも、天袖の戦闘能力を否定する話ではなかった。
ここで無架は、フードの人影が必死に無架に合図していることに気づく。
〝ヤバイヤバイヤバイ。アレヲ撃タレタラ数万人ガ死ヌ〟——と。
周りで観戦していた衆人も、いつの間にか我先にと逃げ去っていくのが遠目ながら確認できる。
「……天袖、天袖」
「え? なに?」
「……申し訳ないけど、今回はわたしがやる。……だからそれはちょっと……収めてくれる?」
「……でもっ、これくらいしないと無架の隣に立てないよ? ……あっ」
一瞬力が乱れたのか、天袖の指の隙間から稲妻が飛び出る。
掌の球状エネルギーに比べれば毛先のような小ささのそれは、天袖から離れたあと、彼らが横にしているフードレギオンの中心店舗にぶつかって——
ビッ——ズ——ドォォォォォン……!!
「…………」
「…………————」
「……ほわー」
立ち尽くす、フードと無架。
降ってくる瓦礫も、店に残った残骸も何も、跡形もない。
……その威力は、轟音と共に店舗を燃やすことなく消滅させていた。
「……天袖」
「なに?」
「それ、ダメ。絶対」
うんうん——と、なぜかフードもしきりに頷いている。
「……わかった。やめとく」
手に浮かべたエネルギーを掴み、握る。するとエネルギー球はパキュ、と音を立てて中身が液体のように溢れ落ちた。液状になったエネルギーは、地面に落ちるよりも前に光の粒にまでバラバラになって、消滅する。
「……うん、ありがと」
素直で良かった、と思いながら、無架は天袖の手を取った。
「それじゃ、逃げるよ」
「……まって、いまのでへとへと」
「——ああもう!」
言って、無架は天袖を抱えて走り出す。フード——オートロは別方向に逃げていた。
自分達を襲う人間はいなくなったというのに、それでも逃げる。……一体なにから? それは勿論——
『君たちィィィ! 止まりなさァァァい!』
——事情聴取から、逃げるため。
彼らを追う、大量の警備員。この都市では警察にも匹敵する権力を持つ彼らが、商業エリアで起こった謎の大爆発という大事件を放置しておく筈がない。
「お巡りさん悪いのあっちだよ! こっちはせいとうぼうえー!」
天袖を腰に抱え、屋根に飛び移る。そのまま商業エリアを抜けて、別階層へ逃げる。
(……やっぱり後処理が大変……)
「大変ではない事後処理などない」というのが無架の経験上の知識だが、彼女の場合は作戦に参加さえしなければ大変にはならないという後処理係の裏の見解もあったりする。
店舗の補償。天袖の情報分析。そして、襲撃者情報の抹消。どれも無架の仕事ではないが、これからそれらをこなさなければならない彼らに、手を合わせたくなっていた。
『正当防衛で単独年間一〇億の売り上げを誇る店を丸ごと消滅させるってどんな理屈だァァァ! こっちはこの後彼女と行こうって楽しみにしてたのにィィィ!』
「ふわふわもちもちで美味しかったよ! あ! 代わりにこれあげる!」
『……! そのフクロはまさか、俺達の為に取っておいてくれたのか!? ……ってそんな訳——』
「ごみー!」
『シバキ倒してやるから覚悟しろ貴様ァァァ!!』
今日は本当に変装してきて良かったと、無架は思った。




