第11話「デートには手榴弾? 楽しむより、一緒にいてくれること」
無架から天袖にメールがあった。
内容は、デートのお誘い。
ショッピングをしたり映画を観たり……恋人らしいことをしたい、とのこと。
「行ってくるねー!」
もちろん天袖はそれを了承し、二人がデートすることは決まった。……だが。
「ボクだけどわたしだって、付いてく!」
その日の朝になって、まるで子供のように「天袖のデートについて行く」、とデートのことを知らなかった(碌亡が天袖に隠させた)ラスノマィが駄々をこねたのだ。
でも、天袖に約束を破らせるわけにはいかない。
武器まで持ち出して天袖の外出を阻止しようとする彼女を乗り越える為、天袖は碌亡の手を借りて、なんとか家を出ることに成功。というか、碌亡の手助けがなければ家から出ることすらできなかったかもしれない。
「他の奴らだって、今回はお前に譲ってんだろ。ならお前も少しは天袖に譲れ」
碌亡に羽交い締めにされて、うるるるるるる……! と猛獣のような唸り声をラスノマィは上げている。
「それとこれとは話が別うううううがっ! ボクだけどわたしだってが勝ち取った天袖との今なんだよッ! 一分一秒でも一緒に長く居たいって思うのは当然だろ!?」
「らすのみ……っ!」
天袖が、ラスノマィの言葉に瞳を潤ませる。
「わかってくれるよな、天袖!?」
交わされる瞳と瞳。彼らの間には確かな絆がある——
「ごめんなさいっ!」
勢いよく、天袖は頭を下げた。
「……へ」
まるでフラれたような空気の悪さに、ラスノマィの言葉も縮こまる。
「……うれしいけど、約束は約束だから!」
「……そっか」
そうだ。そうだった。雪蕎麦天袖という人間は、約束に忠実で家族に誠実なのだ。彼が交わした約束は、取り消したり、捻じ曲げられるものではない。
「……わかったよ。楽しんでこい」
「ありがと。今度らすのみともデート行こうね」
これも、約束。
「……ああ、うん。約束だぞ?」
「うん!」
元気な笑顔。嘘偽りのない笑顔。その表情が自分から離れてしまうことに、キリキリと胸が締め付けられていく。わかっていても……耐えられない。
「……せめてこいつを持っていってくれ」
ぶん、とラスノマィが何かを天袖に投げてよこす。天袖がキャッチすると、それは見覚えがない、しかしそこそこに重さのあるものだった。
「これは……」
ゴツゴツしたデザイン。片手で握れるコンパクトなサイズ。それに加えた、確かな殺傷力。——手榴弾だ。
「いざという時はそれを使え! ていうか出会った瞬間に使っても良し!」
ぽかん、と碌亡がラスノマィの頭をはたき落とした。
「アホかお前は! デートだっつってんだろ!」
「……でも、でもっ……!」
護身用として使うには用途が不明過ぎる。
デートの相手を爆殺してしまえなんて考えるラスノマィを恐ろしく感じる碌亡だが、彼はラスノマィよりも注意を向けるべき相手がいることを失念していた。
「…………」
ラスノマィと碌亡が知っていて、それを彼も知っているとは限らない。
手の上で手榴弾を転がす手つきは、まるでおもちゃに対するもの。
初めて触るそれが人を傷つけるものだなんて、天袖は想像すらしていなかった。
「どうやって使うの?」
手榴弾の安全装置。それに彼は指をかけていた。
というか引っ張っているように見え、
「っ!」
「ああッ! 天袖ーー!」
っぴっ——。
「今引き抜くな馬鹿野郎ーっ!!」
△◯
「おまたせ! ……待った?」
約束した時間の三〇分前。待ち合わせ場所である商業エリア入り口に無架の姿を見つけ、天袖は走り寄る。
「……ん。待ってない。……けど、よくわかったね」
天袖の声に振り返る無架。……しかしその見た目は、CMや天袖と初めて会った時とはまるで違う、別人のようなファッションをしていた。——変装だ。
理由は、先日低階層に放送されたコマーシャルのせい。
その影響で無架の下にファンレターは届くし、街を歩けば声をかけられる。無架が引き受けた任務のことを考えれば、彼女は誰からも気にかけられないのが一番だというのに。
腰の辺りまで伸ばし、普段は結ばない髪をシュシュとヘアピンで留めて帽子と度の入っていないメガネをかける。
マスクやサングラスはしていないが、すれ違う人々はそれだけで彼女を無架だとは認識していなかった。
それなのに、天袖だけは無架に最初から気づいている。どういうことなのか。
「……えっと、血を吸ったひとのことはすごくよくわかるんだ。気配、とか、匂い、とかも」
天袖が口にした答えは、無架にとってある種不気味に捉えられていた。
これでは、天袖を殺す時に不意打ちが通じない。
(……いや、殺すと決めたわけじゃ)
いつでもどこでも——天袖を殺そうと思考をする自分が嫌になる。そうじゃないと首を振って前を見ると、天袖が彼女の顔を覗き込んでいた。
「……? 無架?」
「……今日は、デートの最後に吸血するってことで……いい?」
血について考えていた、というフリで誤魔化せただろうか。いや殺させてと口にしている以上、誤魔化す意味など無いようにも思える……。
また色々と考え込んでしまう無架をよそに、天袖は首を横に振る。
「ううん、今日はいいの。吸血鬼だけど、あまり強い味には酔っちゃうから」
「気持ち悪くなる、ということ?」
「気持ちは良くなるよ? だるさとか意識が飛んだりしなくなるし。でも、あまり強い血を吸い過ぎると、体の制御が効かなくなっちゃうから」
「……そうなんだ。それなら、次に血を吸えるようになるのはどれくらいなの?」
無架がそう聞くと、天袖は数秒目を瞑ってうーん、と唸った後に再び目を開く。
「明日……かな。たぶん」
「……なら、明日も会う?」
無架の提案に、天袖は顔を上げる。
「……いいの?」
「任務って言っても、殆どが待機番みたいなものだから。クオンティへの出発だって一年後だし」
だから時間はたっぷりある、と言って無架は天袖の手と彼女の手を繋ぐ。
「それじゃ、行こ。今日は少し、考えてきたから」
「……うん」
共に歩き出す二人。
「…………」
その二人の行く先、商業エリアに建ち並ぶ施設の屋上から彼らを見つめる影があった。
△◯
商業エリア、フードレギオン(飲食地域)。
一〇〇軒以上の飲食店が建ち並ぶこのレギオンでは、ありとあらゆる種類の料理を食べることができる。
二人は中でも流行りのドーナツを食べているのだけど……その表情は、あまり楽しげではなかった。
「…………うーん」
彼らが巡ってきた商業エリアには、一通り、何でも揃っている。
ファッションブランドのお店だけでも三〇軒以上、飲食店やスポーツ用品店、ペットショップに雑貨屋などなど、種別関係なく店舗の数だけを総合すれば五〇〇は下らない。
無人機対応により二四時間映画が見られる映画館やスポーツジムなどもあって、全てが揃っているというサリカの「発展階層」よりもこちらを好んで利用する客の数は多い。
「……なんか、ごめんね。何も、知らなくて」
無架は意気消沈し、天袖が気まずそうにしているのは、天袖が娯楽について何も知らなかったから。
天袖の趣味に合わせようとしていた無架のデートプランは完全に崩壊していた。
ファッションはわからない。スポーツを始めとして漫画やアニメ、ゲームなど天袖が好みそうだったコンテンツも見たことがない。
天袖の立ち入れない発展階層は論外として、商業エリアを一通り歩いてみても天袖が知っているものは殆ど何もなく、今は「もっちもちもっち」という名前の通りもちもち食感のドーナツを食べ、笑みを浮かべているくらい。
「……こっちこそごめんなさい、面白いところに連れていけなくて」
天袖と同じ「もっちもちもっち」を口にしながら、落ち込んだ表情の無架。
彼女は今まで娯楽と付き合わず、仕事だけに生きてきた。
デートに誘ったのは自分なのだから、と昨晩はデートについて色々と調べてきたものの、結局はどこか事務的なものになってしまっていることを痛感したのだ。
こんなのじゃ全然楽しくない。そう思う無架だが、……天袖は彼女の言葉を否定した。
「無架と一緒にいれたから、楽しかったよ?」
「……!」
「無架が頑張って調べてくれたのもうれしいし、気をつかってくれたのもすごくうれしい。……でも、一番幸せなのは無架と一緒にいれたこと、かな」
趣味がほぼ壊滅的な天袖にとって、娯楽とは「好きな人」の側にいること。
吸血が最大の快楽と言われている吸血鬼の天袖にとって、実は吸血行為自体さほど幸せなものでもない。
生きる為に必要であることは間違いないが、やりたいと思うかどうかは別なのだ。
そんな天袖が唯一やりたい、したいと思うことこそが好きな人の側にいること。
「食べ終わったら、今度は一緒に何かしてみようよ。ゲームセンター? とか。わからなくても、一緒にいるだけで楽しいから」
彼の言葉は無架に響いた。何をそこまで、どうしてそこまで無架に寄り添ってくれるのか。
「……天袖」
無架が天袖に手を伸ばす。——しかし。
「……!?」
天袖は無架を見ていない。——というよりも無架の背後に現れた〝そいつ〟に気を取られて、無架は視界に入ってすらいなかった。
「…………————」
フードを目深に被って、人相はまるでわからない。
けれどそいつは、間違いなく天袖を——無架を、見ていた。




