第10話「デートの前の下準備。高まる期待と不安」
無架がレッテル解析班の基貞に頼んだ『依頼』について。
無架の予想よりも早く結果が届いた。
その報告は周囲に悟られないように彼女のファンを装う形で手紙の中に紛れ込んでいて、非常にわかりにくいものだった。危うく捨てそうになった、というか無架がゴミ箱に捨てていたところを、オートロが保持する「百機能」のひとつ「線見走査」で確認し、拾い上げたのだ。
『シカモ、ゴテイネイニ普通ニ読ンデモソウダトハ気ヅカナイヨウニナッテル』
袋とじのように間に本物の手紙を挟んで、その上下はさもファンが書いた手紙であるかのように偽装する。
重ねても違和感のないレベルに紙の厚さを調節する技術力と、オートロの「線見走査」がなければ成立しないやり取り。
慎重に慎重を重ねているということか。
そう思い、無架は手紙を読んだ。
中身は簡潔に、一言だけ。
——組織内に疑わしき者の存在は確認できず。
「……、」
ほっ、と胸を撫で下ろす無架。でも、それも今だけだ。
内側でないなら外側。意図的なものでないなら、レッテルの対応もしくは協力組織の仕事に何かミスがあったということ。問題が解決した訳ではない。
(……それより)
それよりも無架が気になったのは、報告の内容によって新たに生まれた疑念の方だった。
相変わらずの仕事の早さに感心する……いや、早すぎるだろう。
報告が早いに越した事はないのは事実でも、それにしたって頑張りすぎではないか。
依頼してから1週間も経っていないというのに。というか、昨日の今日。
昨日は特に【エニモミスト】という特大の解析ネタが飛び込んできたのだ。
報告があるとしても、早くても一週間後くらいだと無架は思い込んでいた。
「……どう思う?」
側にいるオートロに訊く。
基貞の技量を甘く見ている訳ではない。それ程に解析班の仕事は大変だということ。
彼らが請け負う通常業務は、主に域物の肉体を構成する成分を記述して調査書に纏めること。天袖を調査しようとしていたの時のように、複数人を集めて調査に参加することは滅多にない。でも、通常業務をこなしながら内部を独自に調査するには、一日でやり切れる量ではないことを知っているからだ。
一日に一体、多ければ三体もの域物の解析仕事が一つの支部にやってくる。それで手一杯なのだ。何せ、それらはほぼ一〇〇パーセント新種の域物であり「固定化された調査手順」が存在しない。
体の構成物質、構造、あとは——どのような能力を保持していたのかを調べるのだ。
域物は基本的に〝渇望の力〟と呼ばれる異能を保持している。それは単に再生力だったり、属性を侍らせる超能力であったり。
〝渇望の力〟の仕組みを解明できたのなら、それを防衛力として組み込むことも可能になるだろう。
だが〝渇望の力〟にしてもその構造にしても、一体ごとに世界観とも言うべきレベルで構造が異なっていて、その全てにおいて暗中模索していくしかない。
正直なところ、組織の内部調査なんてやってられる筈がないのだ。
『……驚ク程簡単ナ理由ダッタ、トイウコトジャナイカナ』
「……?」
驚くほど簡単な理由。……それは、一体。
『ムコウカラ言ッテキタンダロ。時間ト場所ヲ間違エタッテ』
「間違えた……?」
何を間違えたのかはわかる。場所と時間が違っていたのだから、そこだろう。問題は……誰がそれを間違えた?
意図的でなければこんなの間違えようがないし、一歩間違えば組織全体を危険に晒すことにもなる。
それを……誰が?
『白々シイガ……サリカノ連中ダロウナ。ワザトヤッテル』
サリカ。それは今、無架達がいる都市の名前だ。そして、それを運営する組織の名前でもある。
「わざとやってる、って……」
『連中ガイカレテルノハ知ッテルヨナ? 奴ラハ「親切」ノ為ナラ手段ヲ選バナイ。……ドウセ「人ヲ集メルナラ多イ方ガイイ」ナンテ思ワレタンジャナイカ』
サリカには「異常な親切心」がある。人にはあり得ない「何よりも圧倒的に人のために」。その気持ちで動く彼らは、他人の不都合を考えたりはしない。
「完全供給なんてやってる理由もわからなかったけど、……なんでそんな」
『ソレコソ親切ダロウサ。「善カレ」ト思ッテ、奴ラハ全テヲヤッテイル。立場的ニハ「人種魔妖」ハ世ノ中カラ排除サレル風潮ニアルガ、サリカニトッテ「人」デアルコトニ違イハ無イカラナ』
人を集めるなら、より多い方が良い。それと同時に誰かに不幸をもたらす何かを無くせるなら、もっと良い。
不幸をもたらす何かとは、天袖を調査し、必要であれば消そうとするレッテル達の目論み。でも、彼らの動きはそれ程積極的では無い。
『……雪蕎麦天袖ガ久那無架ノ正体ニ気ヅキ、逃ゲルナラソレデヨシ。知ッタ上デソレデモ近ヅクナラ、アトハゴ自由ニ。イズレニシテモ、モウコレ以上サリカハ出テコナイ』
妨害する気があるのなら、無架達が利用したホテル周辺に警備隊やトラブルの元を置くなどしてもっと積極的だったに違いない。
「なら、天袖を殺すのにもう障害は何も無いってこと」
グリップを握る指に力が入る。無架が手にしているそれは、域物を殺す為に造られた無架の身の丈の倍ほどもある大剣だ。
人一人、まして子供相手ならその胴体を両断するのもわけはない。
気軽に命を絶てる。……とはいえ。
『オイオイ、マダ雪蕎麦天袖ガ域物ダッテ決マッタワケジャナイゾ』
まだ調査の途中であるにもかかわらず、天袖が域物であることを確信しているかのような無架の口ぶりに、オートロがツッコミを入れた。
「……ん。そうだった。気が早りすぎた」
(……無理モナイ、カ)
クロウディプレートは無架の仇と言ってもいい存在。自分から全てを奪った敵。それが天袖だったなら、と考えずにはいられないのだろう。
心は体に宿る。憎しみは顔に表れることもある。それは、仕方ないことだ。
『…………』
だが、その一方で不安もある。……天袖のことだ。
彼は無架に殺されてもいいと言った。それは比喩的なものではなく、直接殺されても構わないということ。
……そんな人がいるだろうか?
確かに、人種魔妖である吸血鬼は肉体の一部を欠損しようと問題なく再生するなど、人間よりも不死に近い。でも決して不死であるわけではなく、銀の弾丸や十字架、木の杭に日光など殺す手段には事欠かない。
その体に死のない存在は、生き物ではない別の何かのだ。それこそ域物と呼ばれているようなもの。
(ソレヲ見極メル必要ガアル——カ)
『トニカク、デートニ誘ッテミヨウ』
もしかしたら本当に域物かもしれない。そうなったら〝本当〟に厄介だ。
どちらにせよ、調べるためにあと一回は天袖と接触する必要がある。
だが、どうせなら。……本当に外れていることを願って、デートを楽しんでほしい、という思いがオートロにもあった。
「……ああ。もう一回検体を採取する必要があるってこと」
『チガウネ』
気持ちを落ち着かせて、あくまでも任務として振る舞おうとする無架にオートロはアームを突きつける。
『恋人トイエバ、デートスルモノダロ』




