第4話「訪れる異変と顕れる片鱗」
『映像途絶。音声断絶。通信破壊。一切の情報がシャットダウンです。端末がちぎれました。痛い、痛い、痛い』
壁一面に並ぶモニター。四五個の画面全てがブラックアウト、音声マイクもコードが焼き切れている。収集した情報を纏め、解析班のサポートをする役目を与えられていた情報支援特化型システム『オルトロ』が悲鳴をあげた。
域物対策専門組織、通称『レッテル』。域物に関するありとあらゆる調査・対策を行う専門機関の解析班に所属する男が、アラームの鳴り響く中で腕を振った。
「情報収集中止! オルトロへの接続を切断しろ! このままだと既に収集したデータまで焼け焦げかねん!」
男達解析班の役割は、監視対象の情報の収集。接触役が監視対象を部屋に留めている間、出来るだけの情報を探る。それが解析班に与えられた任務の内容だ。
そして監視対象は人種魔妖。それも吸血鬼。ヒトの意識に敏感な種族で、直接見張っていればこちらの視線に必ず気づかれてしまう。
だからこそ、警戒されないように「警戒」して、全ての監視を機器越しにすることでヒトの意識をシャットアウトしたのだ。
吸血鬼ではあるが、鏡やカメラ等にその姿が写ることは確認済みだ。
「切断、了解!」
部下達は男の指示通り、……いやそれよりも前にオルトロにエラーを送り続けるケーブルを引き抜き、コマンド操作により一部機能を停止させていた。
(何が起きたというんだ……!)
起きた内容はわかる。対処もできた。
敵からウィルスを送り込まれたわけではなかった。それまで接続していた端末との接続を強引にもぎ取られたせいで、エラーが起きたというだけだ。
でも、何が原因なのかがわからない。
男は命令の中に殉じながら、命令には無い混乱の渦に突き落とされていた。
……そんな異常自体の中、男は部下の悲鳴を耳にする。
「……くそっ、やられた!」
「どうした!?」
震える肩。頬を伝う涙。まさか、接触役に何かあったのか。
そう思い、駆け寄る——が。
「ショタとか聞いてねぇよおおおおっ!!」
「……は?」
部下は、男が聞いた耳にした中で一番の悲鳴を上げた。
「何だあれ! 何っっっっだ、アレ! 自分の容姿を自由に整形できるとか、ゲームのキャラクリエイトじゃねえんだぞ!!」
「…………」
右を見る、左を見る。——どの部下も、同じように涙を流している。
悔しげに。苦しげに。
「……、」
男はため息を吐いた。
任務をこなす技量さえあれば人格面は少々無視されがちなのが、人手不足の難しいところではある。
それでも。
「……お前の言いたいことはわかるよ。痛いくらいにな」
「……! リーダーっ!」
「……ここが監視場所とは別の建物で良かったな。叫んでたらアウトだったぞ」
その言葉に振り返る部下達。彼らの思いはひとつだった。
「……オレっ、……オレ!!」
かく言う男自身も、同じヒトでありながら人種魔妖の持つ特権の如き理不尽さに何度嫉妬心を抱いたのかはわからない。だから、部下の言うことは痛いほどよくわかって、
「オレもショタになって無架ちゃんに抱っこしてもらいてぇよおおおおおっ!!!」
「…………」
「大きいオレを可愛がってほしいって言ってるわけじゃないのよ……誰もが可愛いって思える可愛らしいボディが欲しいってだけなんだよ!!」
…………。
…………。
…………。
「……」
ぽん、と男は部下の肩に手を置いた。
「……! リーダー……!」
顔を上げる部下。微笑む男。通じ合う意思。
「アウトだ」
『何でチワワは大人になってもちっちゃいままなんだよおおっ!! ドーベルマンとかボルゾイとか、そういう見た目のやつにもっとなれよおおおおっ!』
変態を一名排除したところで、解析班は状況の確認と任務の立て直しを図っていた。
『……再起動完了。エハーチェック、開始します』
幸いにもオルトロのコアシステムに深刻なダメージはなく、再起動により復旧、エラーの原因を走査する処理を開始していた。
△◯
作戦本部も兼ねた解析班が謎の混乱状態に陥る、わずか数分前。
数分後にどこかの場所で起こるカオスとはまるで真逆。静かでゆったりとした穏やかな空気の中、天袖と無架は二人だけの時間を過ごしていた。
「……雪蕎麦くんには大切な人、いるの?」
「うん。らすのみ」
頬を撫でるとくすぐったそうに、ふにゃふ、と笑う。あまりにも無邪気な笑みに、無架もつられる。
「すぐに出てくるってことは、よっぽど大切……なんだ」
「うん。命より大事」
「うらやましい……」
本音が溢れる。そんなものがいるのが、単純にうらやましい。
「わたしは……」
なんて返そうか。自分の正体を告げるわけにはいかないし、天袖と親密になるには踏み込み過ぎた答えでもいけない。
ほどほどの回答を探して悩んでいると、天袖はきょとん、と表情を変えた。
「無架もそうだよ?」
「————」
無架もそう。無架も、命より大事。
(……!?)
予想していなかった天袖の答えに、意識が詰まる。
嬉しさとは違う。純粋な驚き。自分が目指していたはずのものに、まだ遠いと信じ込んでいたはずの場所にいつの間にか立っている。そのことに、無架は驚いた。
「……、えっと」
だが思い出せ。自分は何者だ。
久那無架がここですべきなのは、恋人の言葉に喜ぶことではないはずだ。
「——雪蕎麦くん」
無架は天袖の頭を撫でていた手を離し、腕を背中に回す。
「……え」
「……吸血、してもいいよ」
天袖が自分の首に噛みつきやすいように密着、天袖が自分の血を吸うのを待つ。……だが。
「…………」
「……? 雪蕎麦くん……?」
天袖は吸血しようとしない。というか、彼は無架のことを見てすらいなかった。
「……見られてるね」
二人以外に何の物音もしない四〇四号室を見回して呟く。
「……!」
……もしかすると天袖は、感じ取れる視線の種類がヒトのものだけではないのかもしれない。
その可能性に無架は気づくが、それでも納得できない部分が残る。
(……最初に入ってきた時は、明らかに気づいていなかった。それはどうして……?)
容姿。言葉遣い。性格。
最初と今、何が違うのか。
確証とは言えないが、思い当たる節はあった。
(……まさか、さっきのは封印……なの)
天袖から取り除いた悪意の中に、何かを封じているものがあったとしたら。
(悪意と見せかけた封印を解いてしまった……?)
それはつまり、罠ということになる。
……しかし、結果として無架のこの推測は外れることになる。
それが無架にとって幸運なのかは、わからないが。
「……入ってきた時から思ってたけど」
「……?」
無架の肩が跳ねた。……気がした。
彼女は、首を傾げる仕草に必死だった。
「……吸血は、人に見られたくないんだよ」
目の前の少年はこの部屋への入室時、すでに気づいていたのだ。
「ちょっと待っててね」
天袖が天井に掌を翳す。そして、空気をつかむかのように握った。……すると。
「……!?」
ぴき、パキッ……。あちこちから何かが割れる音が断続的に聞こえ始める。数秒すると収まったが、音が聞こえたのは全て盗聴器やカメラが設置されているはずの場所からだ。
「これでよし」
「……なにを、したの?」
問うまでもない。何をしたか、なんてわかりきっている。
「カメラとかが置いてあったから」
無架も、目で見るまでもなくカメラの存在は知っている。
だから天袖が「何」に見られ〝何〟を壊したのか、知らないはずはない。……でも。
無意識なのか、そうでないのか。
言葉にはならなかったが、無架の口は質問を続けようとしていた。
「全部こわしたんだよ」
どうやって? ——と。