深き森のエルフェン=バフェット
私の名前はエルフェン=バフェット。
深き森の美しい丘の上に1000年住んでいるハイエルフである。
1000年も住んで私はあきあきしているのだけど、ハイエルフの面々はこの何も変わらない生活を愛している。毎日変わらない食事を取り、毎日変わらない仕事して、毎日変わらない会話をする。
これはハイエルフはとても長生きなことが関係している。私たちハイエルフは数万年いきると言われていて、長老にいたっては10万年生きているらしい。
こんなに長生きしていては何かを変える意欲など失われるのだろう。
この1000年は私も同じように生活していた。毎日飽きもせずにアップルを食べ、毎日アップルをもぎ取る。
そして、毎日妹と会話をする。
私はアップルも妹も大好きだから、こんな生活もいい。こんな生活もいいが、少々あきてしまった。1000年やそこらであきるのだから、私はちょっと普通のハイエルフではないらしい。。
よし。
「妹よ、ちょっと深き森の外に行ってくる」
「行ってらっしゃい」
妹はそう言って私を送り出してくれた。笑顔のひとつもない。もう500年は一緒に暮らしているけど、ハイエルフはこんなものだ。他人にはあまり執着しないらしい。
私は身支度をして深き森を出た。
深き森の外には浅き森があり、そこは普通のエルフたちのたまり場になっている。エルフたちにとってハイエルフは珍しいようでよくしてくれた。
私が森の外に出たいというと、よくしてくれたエルフの一人が森の外まで案内してくれるという。私も深き森の外のことはよくわからないので、お言葉に甘えることにした。
浅き森のエルフのたまり場を出ること7日あまりだろう。多くの魔物を魔法で屠りながらだからけっこう日数がかかったけれど、やっと森の外に出ることができた。
森の外に出ると、案内のエルフはここまでだと帰っていった。ここまで案内してくれただけでもありがたい。ハイエルフもそうだけど、エルフも自分たちのたまり場からあまり出たがらない。そう考えると、深き森を出て、浅き森を抜けてきた私はそうとうな変わり者だろう。
森を出てしばらく歩くと街道らしきものを見つけることができた。ハイエルフの長老がいうには街道に沿って歩くとどっかの集落につくらしい。
なぜ、長老がそんなことを知っているのかは聞かなかったけど、10万年も生きているといろいろあるのだろう。
さてこの街道どっちの方向に行くかでこれからの結果もおおいに変わるだろう。どっちにいくかな。まあ、どっちでもいいか。
私は街道を北に進むことにした。
それからはしばらくはのどかな旅になった。
たまにすれ違う人にはあいさつをした。長老が言っていたけれど、森の外の人たちにはすれ違うたびに挨拶をする掟があるらしい。
そういった習慣は変だなと思いつつも、まあ外のしきたりにはおおむね従うつもりだ。ただでさえハイエルフなんて珍しいのに常識外れの行動なんてすごく目立つだろうしね。
街道でも魔物はでたけど、森の中ほどの強さではなかった。
ちょっとした魔法で倒せるくらいだ。
深き森の魔物もハイエルフにとってはそんなに強くはないけど、街道の魔物はもっともっと弱い。指先に浮かべたファイヤーボールで倒せるくらいに。
そんなこんなで数日は何もなかった。
けれど、
「きゃ~~~~~」
おや、何やら悲鳴が聞こえたな。
街道の魔物がそんなに危険とは思わないけど、もしかすると子供が襲われているのかもしれない。
よし、助けにいくか。ハイエルフが他人に執着しないとはいっても子供が死ぬのは目覚めが悪い。それに私はちょっと変なハイエルフだしね。
身体強化で駆けつけてみると、馬車が襲われているようだ。襲っている連中は凶暴な顔をしている。馬車を守るように立っている人間もいるけど多勢に無勢。このままでは馬車はこの凶暴な連中にやられてしまうだろう。
敵の数も多いしあれを使ってみるか。私は追尾型の魔法を使うことにした。追尾型の魔法とはロックオンした敵を追跡して攻撃する魔法のことだ。
私は馬車を襲っている連中をロックオンする。ロックオンする時、木とかに隠れているやつもいたのでそいつらもロックオンした。
「ファイヤーボール」
私は追尾型のファイヤーボールを使った。
全力で攻撃すると皆殺しになってしまうので手加減する。
もしかすると皆殺しでもいいのかもしれないけど、この世界の掟がどうなっているのか分からない。
皆殺しにして捕まってしまうと森を出てきた意味がない。
一瞬にしてけりがついた。襲っている連中はみんな気絶した。馬車を守っていた人間の何人かはやられてしまったようだけど、全滅は避けられたようでよかった。
「ありがとうございます」
馬車から人間の男性が出てきていった。
ふっくらとしていて街道で見たどの人間よりも着飾っていた。
ハイエルフはあまり着飾ることをしない。
男の名前はハインリヒと言った。街道の先にある街で商店をやっているらしい。
別の街に仕入れに行った帰りに盗賊に襲われたといっていた。ああいうやつらを盗賊というらしい。ひとつ勉強になったな。
ハインリヒは私に礼を言ったあと、一緒に街にどうかといった。いろいろ人間の世界の常識に疎かった私はこの話に乗ることにした。
死んでしまった仲間を街道近くに埋葬して、盗賊の連中は私の魔法で拘束することにした。使った魔法は森林魔法のひとつで、土からつたをはやして対象を縛ることができる。懸賞金のかかっている盗賊なら懸賞金がでるようで、街についたあと警備兵に報告するそうだ。警備兵があとで盗賊を移送するのだという。
ハインリヒが言うにはここから街までは一日くらいの距離にあるらしい。いい機会なので馬車の中でハインリヒにいろいろと街のことを聞くことにした。
街についたら金というものを使って生活するらしい。金を稼ぐ手段はいろいろあって、ハインリヒみたいに商人ギルドに所属して商人になる方法もあるし、冒険者ギルドに所属して仕事を斡旋してもらうこともできるようだ。
冒険者ギルドにはいろいろと仕事があり、冒険者のランクごとに受けれる仕事が違っているらしい。ランクはS~Fまであり、Sが最高でFが最低。Fランクでは薬草の採取や町中の雑用などが仕事で、Sランクにもなると、ドラゴン討伐などの仕事になるらしい。
どうやって生活するかはまだ決めていないけど、冒険者なんてのはおもしろそうだと思った。
◇◇◇
「エルフェンさん、どうもありがとうございました。これは少しものお礼です」
街に着いたあとハインリヒはそう言って、私に小袋をわたした。
小袋を開いてみるとその中には金色のお金が10枚ほど入っていた。
ハインリヒが言うには、このお金があれば数か月は遊んで暮らせるらしい。あと、冒険者ギルドに行くといったら紹介状を書いてもらえた。紹介状があればEランクからの出発になるらしいので、これはありがたい。
「賞金首の盗賊がいれば、あとからお知らせしますね。ハインリヒ商会にも一度訪ねてきてくださいね。それでは」
ハインリッヒは行ってしまった。
よし、冒険者ギルドに行こう。
冒険者ギルドは街の中心区画にあった。
ちょっと物々しい雰囲気を感じた。深き森の魔物ほどではないけれど、浅き森の浅層くらいのものものしさ。なるほどこれが冒険者ギルドか。
冒険者ギルドに入るとちょっとざわざわした。ざわついた理由は分からないけど、100年に一度しかならないアップルを食べていた時に妹がした目と同じ目をしている人間が何人もいるのでろくなことではないだろう。
ギルド内にはいくつか列ができている。あそこに並ぶと冒険者になれるのだろう。ならば、一番短い列にしようか。
「おい、そこのエルフ。ここはお前みたいな優男が来る場所じゃないぞ」
「ちげーねー」
「おうちに帰って、ママのお乳でものみなー」
周りが騒がしい。何人か、私のことを見て嘲笑しているようだ。
私はエルフではないのだがな。。
もしかするとこれが冒険者の掟というものかもしれない。
深き森にいた魔物に似ているな。あいつらはいったん下に見るととことん下に見てくる。
よしここは人間世界の掟に従おう。
私は決心した。でも、殺すのはまずいから手加減して。
「ウォーターボール」
私は嘲笑してきた冒険者に向かって追尾型のウォーターボールを放った。もちろん、威力はかなり落としている。嘲笑してきた人間を殺すのは掟に反するかもしれないからね。
「うげっ」
「うわっ」
「げひっ」
私を嘲笑してきた人間にウォーターボールが命中する。手加減をしてけれど、結構痛いはずだ。と思っていたら、3人が3人とも倒れて気絶してしまった。
冒険者というのはもっと頑丈だと思っていたけれど、そうでもないらしい。
「お、おい。Cランクの連中が一発でやられたぞ」
「あいつ魔法使いか。。」
「おいっ、やばいぞ。目をそらせ」
なんかざわついているけど、嘲笑している感じではない。正解のようだ。
よし、このまま列に並ぶか。
「次の方どうぞ」
しばらく列に並んでいると私の番が来た。
「本日は何の御用でしょうか?」
金髪のとても美人な猫獣人さんが聞いてきた。
猫獣人とはいってもこの人は、猫耳としっぽがついている人間といった感じだ。
「冒険者になりたいんだけど」
「冒険者ですね。ではこの用紙に基本情報の記入をお願いします」
氏名、性別、種族、使用武器など必要事項を記入して受付嬢に返した。すると、受け取った受付嬢はちょっと驚いた顔をした。
なんだろうか? 驚くようなことは何も書いていないはずだけど。
「ハイエルフなんて珍しいですね。エルフでさえあまり見かけないのに、ハイエルフだなんて」
まあ、ハイエルフは深き森から出ないからな。
「珍しいのか?」
「ええ、そうですね。私は見たのは初めてです。私でもこんなに驚いたのですから、エルフの人だったら拝みだすかもしれません」
「拝む?」
「そうですね。エルフの人はハイエルフの人を神聖な目で見ているので、会ったら拝んでお布施してくるかもしれませんね」
エルフが拝みだす……。
でも、浅き森のエルフは拝んでなんて……。いや、そういえば。。
浅き森でエルフに会ったときいやに親切だった。晩御飯は見たこともないほどの豪華料理だったし、止まった場所もやけに豪華だった。それで私が眠っているとき外から何やら聞こえたけど拝んでいたのかもしれない。
「基本情報の次はギルドカードの作成をしますね」
「ギルドカードの作成?」
「そうです。冒険者の方の身分の証明にもなりますし、お財布の機能もついています。冒険者の報酬はギルドカードに入ります。現金が必要なときにはギルドで引き出しもできますし、ギルドと提携している店ではカード払いもできます。それでは、こちらの魔道具に魔力を通してください」
「魔力を?」
「そうです。この魔道具に魔力を通すことで身分の裏付けにもなりますし、ほかのひとにお金を盗まれることもなくなります」
「ほう、それは便利だな」
受付嬢が魔道具を差し出してきたので、私はそれに手をかざして魔力を通した。
「あれ?」
「どうした?」
受付嬢が何やら素っ頓狂な顔をした。
「いや、故障かな。。エルフェンさんはすでにギルドカードに登録をしているようですね。しかも、すごい金額がギルドの銀行に預けてあるようです」
「ん? おかしいな。それにすごい額?」
「そうですね。ざっと1兆マネー」
「1兆マネー? これは?」
私はハインリヒにもらった金貨を受付嬢に差し出した。もしかして1兆マネーあるかもしれない。
「これは100万マネーですね」
「100万マネー?」
「そうです。100万マネーですね。これだけあれば数か月は遊んで暮らせますね」
「なぜ?」
私は首を傾げて猫耳の受付嬢に聞いてみた。アップルをもぎ取る仕事を深き森でしていたけど、アップルしかもらったことない。なら、この金はどこから出てきたのか?
「なぜ? たぶん魔道具の故障だと思いますけど。。ちょっと待ってくださいね。……よし、こっちの魔道具にもう一度魔力を通してくれますか?」
「分かった。むん」
私はもう一度魔力を魔道具に通した。
そして、受付嬢を見た。
受付嬢は、
「なぜ?」
と言ったきり、泡を吹いて気絶してしまった。
……、どうやら私は知らないうちに金持ちになっていたらしい。
ハイエルフが金持ちとは、とんだ冗談だな。