第9話:新しい場所へと引っ越しました
ここに来て2週間が過ぎた。まだまだ皆には勝てないが、何とか討伐でも足を引っ張らない程度には魔術も上達した。
ただ、相変わらず騎士団長には毎日毎日怒鳴られまくっているが、人間慣れるものである。最初は恐怖でしかなかった騎士団長の怒鳴り声にも、随分と慣れた。
ちなみに私が来てから2週間、誰も命を落としていない。
副騎士団長からは
「クレアはどうやらうちの隊の守り神の様だ。君が来てから誰も命を落としていないよ」
なんて事を言ってくれた。嬉しくてつい頬が緩む。
そんな私を、鬼の形相で睨む騎士団長。そう言えば、騎士団長は女嫌いだったわよね。私がもてはやされるのが、きっと気に入らないのだろう。
そしてついにこの辺りの魔物は全て退治してしまったので、もっと奥の方に引っ越す事になった。そう、今日はお引越しなのだ。朝早く、皆のお弁当を作った。どれくらいの距離を移動するかは知らないが、念のため移動中でも食べられる様に作っておいたのだ。
「よし、テントも全部片づけたし、そろそろ行こうか」
副騎士団長の言葉で、皆が馬にまたがる。あら?もしかして、馬で移動するのかしら?そう、そのまさかである。どうしよう、私、馬に乗れないわ。アタフタしている私に気が付いたのはジークだ。
「どうしたんだ?クレア。そうか、お前馬に乗れないのか。仕方ないな。俺が一緒に乗せてやるよ、こっちにおいで」
「ありがとう、助かるわ!」
良かった、ジークが乗せてくれる事になり、ホッと胸をなでおろす。その時だった。
「お前、馬に乗れないのか?」
この声は…
恐る恐る声の方を振り向くと、やっぱり騎士団長だ。
「申し訳ございません!」
必死に謝る。きっとまた怒鳴られるのだろう。そう思っていたのだが…
「ジーク、お前の馬だと負担が大きいだろう。こいつは俺の馬に乗せる」
え?騎士団長の馬に?それだけは嫌…じゃなかった、恐れ多い。どうしよう!周りをキョロキョロしていると、副騎士団長と目が合った。
「ウィリアム。僕がクレアを乗せていくよ。クレア、おいで!」
天の助け!優しい副騎士団長が助け舟を出してくれた。
「俺が乗せると言っているだろう!ほら、とっとと来い!」
副騎士団長の元に向かおうとしていた私の腕を掴み、無理やり馬へと乗せられた。まさか騎士団長に乗せてもらうなんて!恐ろしすぎる…
「それじゃあ、行くぞ」
騎士団長の声で馬が走り出した。ここに来た時ぶりに乗る馬。でも、なぜだろう。案内人の時よりずっと乗りやすい。それに、私の事を後ろからしっかり支えてくれているので、以前の様な恐怖は全くない。
でも、さすがに馬ぐらい乗れないとまずいわよね。きっと“お前、馬ぐらい乗れないなんて騎士失格だ!”そう言われるのだろう。そう思っていたのだが…
「速さは大丈夫か?怖くないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、怖かったら言えよ」
これは本当に騎士団長なのかしら?そう思う程、優しい言葉を掛けてくれる。気になって後ろを振り返ってみたものの、やっぱり騎士団長だ。
「おい!しっかり前を向いていろ!落馬したいのか!!」
すかさず騎士団長に怒鳴られた。やっぱり騎士団長だわ!1時間くらい走ったところで、どうやら目的地に着いた様だ」
「騎士団長様、馬に乗せて頂き、ありがとうございました。私も今後は馬に乗れる様に練習します」
だから許してね、そんな思いで伝えたのだが…
「別に馬になど乗れなくてもいい!とにかくお前は魔力を上げ、魔物を倒す事だけを考えろ。もし馬に乗る事があったら…俺がいつでも乗せてやるから…」
ん?最後の方がよく聞こえなかった。
「おい!聞いているのか?」
「はい、聞いております!分かりました、騎士団長様!」
いつもの様に怒鳴られたので、とりあえず返事をしておいた。次の寝床になる場所は、川の近くの開けた場所だ。早速この場所に、テントを建てていく。よし、自分のテントくらいは自分で建てないとね。
そうだわ、魔法で建てられるのかしら?そう思ったが、皆自力で建てていた。やっぱり自分の力で建てないといけないのね。でも、どうやって建てるのかしら?
「クレア、お前どうせテントの建て方も知らないのだろう。俺たちが建ててやるよ」
そう言ってやって来たのは、ジークとハルだ。本当に2人は私の事を気に掛けてくれている。
「ありがとう。でも私も自分のテントぐらい自分で建てたいの。どうやって建てればいいのか、教えてくれる?」
自分で出来る事は何でもやりたい。ここに来て、そう強く思う様になった。
「よし、それじゃあ、3人で建てよう。クレア、ここを持って」
ジークの指示に従い、テントを建てていく。でも、結局ジークとハルがほとんどやってくれた。私って、やっぱり役立たずだわ…
「クレア、ここにいたのか?悪いが料理を作る為の場所を今準備しているのだが、どんな感じがいいかな。結局料理を作るのはお前だろう?」
別の騎士が呼びに来てくれた。
「まあ、わざわざ私に聞きに来てくれたの?ありがとう。今から行くわ」
騎士と一緒に料理を作る場所へとやって来た。既にある程度形が出来ており、後は調味料や食材を置いて行くだけだ。
「もうここまで出来ているのね。ありがとう。後は私がやるからいいわ」
早速自分が使いやすい様に調味料と食材を並べていく。まあ、こんな珍しい調味料もあるのね。今度使ってみましょう。いつもつい同じ調味料ばかり使ってしまうので、最近は味のマンネリ化を感じていたのだ。
ちょうど調味料などを整理し終わった頃、お昼の時間になった。朝作ったお弁当を皆で食べていると、1人の騎士がこちらに向かって走って来た。
「おい、魔物の群れだ!こっちに向かっている!」
「何だと!今すぐ戦うぞ!急げ!」
騎士団長の指示で、早速魔物の群れの場所へと向かう。次々と攻撃魔法を掛けて行き、あっという間に退治した。
「お前本当に強くなったよな。たった2週間で大したものだ!偉いぞクレア」
そう言って私を後ろから抱きしめ、頭を撫でるジーク。完全に女だと思われていない。
その時だった。
なぜか不機嫌そうな顔の騎士団長が、ジークの腕を掴み、私から離した。
「おい、ジーク。お前のさっきの攻撃魔法は一体なんだ!あんなんじゃあ、これから通用しないぞ。午後は俺がお前に稽古を付けてやる!覚悟しろよ!」
なぜかそう言って去って行った。私の目には、完璧な攻撃魔法だったと思うのだが、騎士団長には納得行かなかった様だ。
「何だよ、ふざけるなよ!大体私情を挟むなっていつも言っているの、騎士団長なのに!」
そう言って怒っているジーク。
「ジーク、大丈夫?私も一緒に参加しようか?」
「バカ、そんな事したら、余計騎士団長に俺がしごかれるだろう!とにかくお前は、自主練でもしていろ!」
そうジークに言われた。どうして私が一緒にいたら、余計しごかれるのかしら?さっぱり分からない。
そして午後、騎士団長に連れていかれたジーク。遠目からも、恐ろしいほどしごかれているのが分かる。どう見ても私の100倍は厳しそうだ。
やっぱり騎士団長は鬼ね。一緒に稽古に参加しなくて良かったわ。騎士団長にしごかれるジークを見て、心からそう思ったクレアであった。




