ウィリアム様にお弁当を届けに行きます
「クレア、クレア」
う~ん、この声はウィリアム様…
ゆっくり目を開けると、騎士団の服を着たウィリアム様と目が合った。え?騎士団の服?飛び起きて時計を確認すると、ウィリアム様がちょうど出掛ける時間をさしていた。いけない、完全に寝坊してしまったわ。
「ウィリアム様、ごめんなさい!すっかり寝過ごしてしまった様で」
「いいや、いいんだ。昨日は少し盛り上がってしまったからな」
ウィリアム様と結婚して以降、夜遅くまでウィリアム様と愛し合っている為、どうしても朝起きるのが辛くなってしまうのだ。それでも今までは何とか早起きしていたのに…
魔物討伐に行っていた時は、気を引き締めていたし魔法で体力を回復していたから寝坊する事は無かったのだけれどな…
もう時間が無いので急いで着替えを済ませ、治癒魔法を自分に掛ける。そしていつもの様に、ウィリアム様のお見送りだ。
「ウィリアム様、行ってらっしゃい。お弁当が作れずにごめんなさい」
「いいんだ、今日はゆっくり過ごすといい。なるべく早く帰って来るから!」
そう言って口付けをして出て行ったウィリアム様。食堂に向かい、朝食を1人で食べる。やっぱりウィリアム様に、私の作ったお弁当を食べてもらいたい。そうだ、今から作って騎士団に持って行けばいいんだわ。せっかくだから、沢山作って皆に食べてもらう。
基本的に騎士団に遊びに行く事を禁止されているが、今日は用事があって行くのだ。きっとウィリアム様も大目に見てくれるだろう。
早速厨房に向かい、お弁当を作り始めた。もちろん皆から人気の、特製肉入りサンドウィッチもたくさん作る。いつもの様に“美味しくなれ、美味しくなれ”と念じながら。
せっかくだから、お菓子も作って行こう。今回は食べやすいクッキーを沢山焼いた。バスケットに詰めれば準備完了。
早速馬車に乗り込み、騎士団を目指す。もうすぐお昼だ。ちょうど着いたくらいにお昼ご飯ね。騎士団に着くと、受付をして中に入った。以前2度ほどウィリアム様と一緒に騎士団には来ている為、ウィリアム様がどこにいるか知っている。
真っすぐ稽古場へと向かうと、まだ皆稽古をしていた。様相変わらずウィリアム様の怒鳴り声が聞こえる。私もああやって何度ウィリアム様に怒鳴られた事か…
しばらく待っていると、稽古が終わった様で皆がこちらにやって来る。
「ウィリアム様、お弁当をお持ちしました」
物陰から急に現れた私を見て、驚くウィリアム様。
「クレア、ここには来てはいけないと、あれほど言っただろう!どうして俺の言う事が聞けないんだ!」
私の顔を見るなり、怖い顔で怒るウィリアム様。喜んでもらおうと思ってお弁当を作って来たのに…怒られてシュンとしていると
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいだろう!クレアはわざわざ弁当を持って来てくれたのだろう?」
「そうですよ団長。クレア、これが弁当か?沢山あるな。おっ、クッキーもあるぞ」
私を庇ってくれているのは、副騎士団長とジークだ。さらに討伐メンバーも続々と集まって来た。
「よぉクレア、久しぶりだな。そろそろお前の料理を食べに、団長の家に押しかけようと思っていたところだったんだ!お前がわざわざ弁当を持って来たって事は、俺たちの分もあるんだよな?」
そう話しかけてきたのは、ハルだ。
「ええ、多めに作って来たから良かったら食べて」
「よっしゃーーー!早速食べようぜ」
お弁当と私を連れて行こうとするハルを阻止するのは、もちろんウィリアム様だ。
「ハル、弁当は俺のだ!それとクレアに触れるな。クレア!だから騎士団には来るなと言ったんだ!俺がどれほど大変な思いをして、こいつらを屋敷に寄せ付けない様にしていると思っているんだ!でも…来てしまったものは仕方がない!ほら、腹も減っているし、一緒に食べるぞ」
お弁当をハルから奪い取り、私の腕を掴んで歩き出したウィリアム様。やって来た場所は、騎士団内にある中庭だ。今日は天気がいいので、外で食べるらしい。早速お弁当を広げた。
「クレア、俺はまだ怒っている!もちろん、食べさせてくれるよな?」
ニヤリと笑ったウィリアム様。他の騎士団員も見ているが、仕方ない。早速料理をウィリアム様の口へと運ぶ。
「いいなぁ、俺もあ~んして!」
「俺も」
「僕も」
討伐メンバーたちが一斉に口を開けた。
「お前ら!!毎回毎回邪魔しやがって!!」
「まあまあ、団長もあんまり怒ると血管が切れますよ。それにしても、クレアの料理はやっぱりうまいな」
そう言って、私の作ったサンドウィッチを何食わぬ顔で食べているのはジークだ。
「おいジーク、勝手に食べるな!」
ウィリアム様がジークに文句を言っている間に、他の討伐メンバーたちもお弁当を食べ始めた。こうなったらもう止まらない。ウィリアム様の怒鳴り声なんて聞こえないかの様に、お弁当を食べる皆。
「ほら、お前も食べろよ」
ジークがある人物に私のサンドウィッチを持って行った。そう、サミュエル様だ。端っこの方にいたサミュエル様は、かなりやつれてしまっている。
「クレア、誰を見つめているんだ?」
私の視線に気づいたウィリアム様に、物凄く低い声で話しかけられる。
「誰も見ておりませんわ。ほら、ウィリアム様も早く食べないと無くなってしまいますわよ」
きっと私がサミュエル様を見ていたと分かれば、サミュエル様が酷い目に合うだろう。正直彼は十分すぎる程罰を受けている。これ以上、彼が酷い目に合うのは避けたい。
「そうだな、早く食べないと…て、もうないじゃないか!お前たち!!!」
ふとお弁当を見ると、キレイに食べられた後だった。
「団長がブリブリ怒っているからですよ。早くしないとクッキーも無くなりますよ!でも団長はいつでもクレアの手料理が食べられるから、今食べなくても問題ないか」
両手にクッキーを持って頬張っているのはハルだ。ふとバスケットの中を見ると、あんなにも沢山焼いて来たはずのクッキーも、残り僅かになっていた。
「ふざけるな!そもそもクレアは俺の妻だ!残りのクッキーは俺によこせ!」
ウィリアム様が騒いでいる間に、全てのクッキーが無くなった。結局ウィリアム様は、クッキーを食べる事が出来なかったのだ。
「それじゃあクレア、俺ら飯食ったから行くわ。また近いうちに遊びに行くから、しっかり料理と酒を準備しておいてくれよ」
そう言って去っていく皆。ウィリアム様は副騎士団長と何か話をしている。話が終わると、私の元にやって来た副騎士団長。
「クレア、君の謹慎が終わったら遊びに行くよ。それじゃあね」
えっ?謹慎?
「クレア、今日は俺と一緒に帰るぞ!」
ウィリアム様に腕を掴まれ、そのまま馬車へと放り込まれた。
「あの…ウィリアム様、謹慎って…」
「クレアは何度言っても俺の言う事を聞かないから、罰を与える事にしたんだ。明日から1週間、部屋から出る事を禁ずる!いいな!分かったな!」
そう宣言されたのだ。さらに屋敷に戻った後も、ウィリアム様に1時間みっちりお説教をされた。その後、晩ご飯は私が作る事になった。お弁当をほとんど食べられなかった為、どうしても私の手料理が食べたいと言ったウィリアム様のリクエストに答えたのだ。
そして翌日、部屋の外から鍵を掛けられ、本当に1週間部屋から出してもらえなかったクレアであった。




