第35話:どうやら連れ去られた様です
新居に引っ越してから、1ヶ月半が経とうとしていた。すっかりウィリアム様との生活にも慣れて来た。完全に新婚夫婦の様な生活を送っているが、もちろん初夜はまだだ。その為、寝る時は別々の部屋で寝ている。
ただ、ウィリアム様が騎士団の稽古から帰って来てから寝る前までは、ずっと一緒に過ごしている。とにかくウィリアム様は私に甘い。あんなに怖かった鬼の騎士団長は、今は甘々な婚約者にすっかり変わってしまった。
特に2人きりの時は、私に頬ずりしたり抱きしめたり膝に乗せて食事を与えたりと、物凄く構ってくれる。最初は戸惑ったが、もうすっかり慣れた。きっとこの姿を討伐部隊のメンバーが見たら、お腹を抱えて笑うだろう。
そうそう、討伐部隊のメンバーたちなのだが、あの後ちょこちょこ我が家に遊びに来てくれている。ウィリアム様は鬼の形相で追い返そうとしているが、あまり皆気にしていない様だ。
まあ、私も討伐メンバーに合うのは楽しみなので、皆が来てくれると嬉しい。とにかく、毎日充実した生活を送っているのだ。
もちろん結婚式の準備も順調で、今日はウエディングドレスの最終調整を行う為、ドレスを持ってデザイナーが家に来てくれる事になっている。
全てが順調すぎて怖いくらいだ。何を隠そう私はサミュエル様との結婚1週間前に、全てを失っている。その為結婚式当日を迎えるまでは、心のどこかで不安を抱えているのも事実なのだ。
「クレア、どうしたんだ?難しい顔をして」
話しかけてきたのは、ウィリアム様だ。今はウィリアム様と朝食を食べている。
「何でもないです。ごめんなさい、少し考え事をしていただけです」
「悩みでもあるのか?気になる事があるなら、何でも話して欲しい!」
物凄い勢いで詰め寄って来るウィリアム様。
「いいえ、今日のドレスについて考えていただけですので、大丈夫ですわ。それよりウィリアム様、そろそろ騎士団の稽古に行く時間でしょう。急いで準備をしないと、間に合いませんよ」
「そうだったな。すまん。今日はクレアのドレスの最終調整の日なのに、仕事に行かないといけないなんて…」
「大丈夫ですわ。ドレスを実際試着して、微調整するだけですので。それに今日は、騎士団内で大切な会議が行われる日でしょう。騎士団長のウィリアム様がいない訳にはいかないもの」
なぜか私の事になると、仕事をすぐに休もうとするウィリアム様。私は騎士団長としてのウィリアム様も好きなので、しっかり仕事はしてほしい。
急いで朝食を食べ、ウィリアム様を見送る為玄関までやって来た。
「それじゃあクレア、行って来る。出来るだけ早く帰って来るから」
「行ってらっしゃいませ。これ、お弁当です」
「ありがとう、クレアのお弁当を食べると力がみなぎるからな」
ウィリアム様に何かしたくて、毎日お弁当だけは作っている。たまに皆にも差し入れ用に作っているのだが、ウィリアム様はあまりいい顔をしない。
お弁当を持って私に口付けをしたウィリアム様が、馬車に乗り込んだ。馬車が見えなくなるまで手を振る。これが私の日課だ。
ウィリアム様が出掛けた後、しばらく中庭で本を読んでいると
「お嬢様、デザイナーの方がいらっしゃいました」
メイドが呼びに来てくれたので、早速デザイナーの待つ部屋へと向かう。いつの間にかお母様やお義母様も来ていた。早速ウエディングドレスを試着する。
「まあ、本当に素敵なドレスだ事!式まで3ヶ月しかなかったから、どうなる事かと思ったけれど、素晴らしいわ!」
「本当ね!クレアによく似合っているわよ!」
2人からも好評だ。確かに、物凄く素敵なウエディングドレスだ。お金に糸目をつけなかったという事もあり、ウエディングドレスには小さな宝石が散りばめられている。その宝石が、キラキラしていて物凄く美しい。
「クレア様、試着してみて何か気になる点はございますか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。こんな素敵なドレスを作っていただき、ありがとうございます」
本当にこのデザイナーには感謝してもしきれない。
「それでは少し微調整をして、完成させますね」
そう言ってデザイナーは帰って行った。せっかく両方のお母様が来てくれているので、お昼は3人で食べた。食後お母様達を見送った後、自室に戻って結婚式の準備を行う。
今回は花嫁が持つブーケを作る事にしたのだ。手作りは止めた方がいいかとも思ったのだが、やはり自分で作った物を持ちたい。そんな思いから、ブーケを作る事にした。
その時、ウィリアム様から通信が入った。昼間別々で生活している時は、通信機で連絡を取り合っているのだ。
“クレア、さっきやっと会議が終わったよ。今クレアの作ってくれた弁当を食べているんだ。やっぱりクレアが作ってくれた食事を食べると、疲れが吹き飛ぶよ。それで、ドレスの方はどうだった?”
「ええ、ばっちりでしたわ。このまま仕上げてもらう事で話は纏まりました」
“そうか、それは良かった!それで今は何をしているんだ?”
「結婚式の時に使うブーケを作っています!せっかくなので、手作りしたくて」
そんな話をしている時だった。
“団長、またクレアと通信しているんですか?クレア、聞こえるか?”
“ハル、ずるいぞ!クレア、ジークだ!たまには遊びに来いよ”
“お前たち!邪魔するな!あっ!勝手に弁当を食うな!それじゃあクレア、出来るだけ早く帰るから”
そう言うと、通信が切れてしまった。皆相変わらずね。
コンコン
「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」
メイドが訪ねて来たのだ。確かこの子は、2週間前に家に来た子よね。
「どうしたの?」
「ちょっと困った事が起こりまして。一緒に来て下さいますか?」
「まあ、それは大変ね、すぐに行くわ!」
一体何があったのかしら?急いでメイドに付いて行く。向かった先は、屋敷の外だ。その時だった、後ろから急に羽交い絞めにされ、何かを嗅がされた。
これはまずい!そう思った時には、時すでに遅し!
「お嬢様!」
向こうから血相を変えたマレアが走って来るのが目に付いた。でも…
そのまま意識を手放したのであった。




