表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

2杯目:一緒に食った方がうまい


「はぁい! マヒットリザードのあぶりたたきお待ちでーす!」


 店員が軽快な掛け声と共に料理を置いていく。

 マヒットリザードの炙りたたき。

 体長1メートルほどのマヒットリザードの胸肉を筋取りし、さっと炙った後、冷やしながらじっくりタレに浸した一品。刺激のある香辛料との相性が抜群。


「お、来たようじゃのう。うんうん、やはり一品目はすぐに出てくる料理に限る。揚げ物や炒め物は、出てくるまで時間がかかるからのう」


 うきうきとジョッキを置き、魔王はマヒットリザードのたたきに箸を伸ばした。

 皮目の炙られたほのかな苦みと、内側でみずみずしく残った赤身の絶妙なバランスに、魔王は幸せそうに足をばたつかせた。


「くぅ~! たまらんたまらーん! ここの居酒屋の店主は相変わらず腕が良いのう! ビールが何杯でも進んでしまうというものじゃ! ……どうした。食わんのか?」


 ふと、目の前に座った勇者が箸をつけていないことに気付き、魔王は声をかけた。


「腹でもくだしたか?」

「いや、体調は万全なんだけど……」


 勇者は歯切れ悪く答えた。


「マヒットリザードにはちょっとしたトラウマがあってさ……」

「トラウマ?」

「……あれは、まだ俺が勇者として冒険を始めたばかりの頃だった」

「なんか始まった」

「あの頃は、まだパーティーのメンバーもそろってなくてさ。俺は一人で旅をしていたんだ。その時は次の街に行くために、『黄昏たそがれの森』を抜けなくちゃいけなくて――」


 黄昏の森と言えば、辺境にある規模の小さな森だったはずだ。

 場所はたしか……勇者の生まれた町の近くだったか。

 まあ気のすむまで語らせておくかと、魔王はビールを口に運びながら、黙って続きを促した。


「近所のじいちゃんに、『夜は黄昏の森に近づいちゃいかん!』って言われてたんだよ。マヒットリザードが出るからって。でもさあ、マヒットリザードなんて雑魚じゃん? 街に入ってきた時、俺一人でも余裕で倒せたし。だから――」

「ははーん。強行突破しようとしたわけじゃな」


 魔王は楽しそうにたたきをつまんだ。

 一方の勇者は、遠い目で小麦色の液体を見つめている。


「明かりのない森って暗いんだよ……。暗いっていうか……闇? おまけに木の根っこにつまづくわ変な虫は付くわで、泣きそうになりながら進んでたら……ぼぉって明かりが見えて……」

「マヒットリザードの表皮は、夜になると光るからのう」

「しかもあいつら、群れで行動しててさあ。一斉に襲いかかられて……マジで死ぬかと思った……」

「なんじゃ、その程度でトラウマになるのか。勇者も存外、大したことないのう」

「し、仕方ねえだろ! あの時はまだ旅を始めたばっかりで、すっげー弱っちかったんだから!」


 勇者は頭をかかえた。


「それ以来、リザード系の魔獣は苦手なんだよ……。食べるなんてもっての他だ」

「もったいないのう。こんなにうまいのに」


 けらけらと笑って、炙りたたきをポーンと口に放り込む。

 悪鬼羅刹を一網打尽に切り倒し、勇猛果敢に啖呵を切ったあの光の勇者に、こんな弱みがあったとは。

 いいことを聞いたと鼻歌交じりにビールを飲み――そしてふと、壁にかかったメニューをながめた。


「……ふむ」


 それから少し考えて、魔王は勇者に問いかけた。


「のう、勇者よ。お主はマヒットリザードの、何がそんなにトラウマなんじゃ?」

「そうだなあ……。群れで襲ってきたのも怖かったけど、一番怖かったのは……麻痺液をぶっかけられたことかな」

「ほう、麻痺液か」

「俺も知らなかったんだけど、あいつの麻痺液、すげぇ強力なんだよ……全身痺れて、ろくに身動きも取れなくてさあ……。そのくせあいつら警戒心が強いから、ゆっくり近づいてくるんだよ……! あぁこいつら意外と歯が鋭いんだなあとか、そういえば肉食って聞いたなあとか、いらんことばっかり考えちゃって……」

「よく助かったのう」

「たまたま通りかかった猟師の人が助けてくれたんだ。もしあのまま誰にも見つかってなかったらと思うと……ぞっとするぜ」

「ふむふむ、なるほど。あい分かった」


 魔王はうんうんと頷くと、華奢な右腕を挙げて店員を呼んだ。

 近くにいた女性の店員が、ぱたぱたと笑顔でかけよる。


「はいはーい! ご注文ですかー?」

「んむ。ピリリンサワーを一つ頼む」

「はぁい! かしこまりましたー!」


 元気よく注文を受け、店員が小走りにキッチン奥に消えて行く。

 数分後、薄いレモン色をした液体が運ばれてきた。


「ピリリンサワーお待ちでーす!」

「そいつの前に頼む」

「え、俺?」


 勇者は目の前に置かれたグラスを眺め、目をしばたかせた。


「まだビール残ってるけど」

「いいから飲んでみぃ。おすすめじゃぞ」

「お前、普段こんなの飲んでたっけ?」


 小首をかしげながらも、勇者は素直にピリリンサワーに口をつけた。

 瞬間、口の中に弾けるような刺激が広がった。


「うぉ、なんだこれ! なんか変わった味だな!」

「うまいじゃろう?」

「そうだなぁ……」


 勇者は再び、グラスに口をつけた。

 クセはあるが、独特の刺激がやみつきになるというか……。

 舌がぴりぴりするが、嫌な感じもない。むしろ爽やかで、油っぽいものと相性が良さそうだった。


「うん、うまいな。ちょっと舌がしびれるけど」

「そうか、うまいか。それは良かった」


 魔王はにっと、いたずらっぽく笑うと、


「それ、マヒットリザードの麻痺液を焼酎で割ったものじゃぞ」

「んごふっごふっごふっ!!」


 危うく噴き出しそうになるのをなんとかこらえ、勇者は思いっきりせきこんだ。

 口の中やら鼻の中に、独特の刺激がぶわっと広がる。


「てめぇ! なんてもの飲ませやがる!!」

「でも、うまかったじゃろ?」

「おいしかったけど!」

「そもそもじゃなあ」


 魔王は勇者の手からジョッキをひったくり、一口すすった。


「マヒットリザードの麻痺液は、小さな魔獣を狩るためのものじゃ。人間くらいの大きさであれば、本来はピリッとするだけで大した効果はない」

「……え? でも俺はあの時――」

「おそらくお主の場合、複数のマヒットリザードから麻痺液を浴びたために、効果が増大していたのじゃろう。それだって、まったく動けないほど強力な毒とは思えんが」

「……ただ単に、恐怖で足がすくんでたってことか」

「ま、そういうことじゃの」


 けろっとサワーを飲み干して、魔王は続ける。


「怖がる気持ちも分かるがの、せっかく大人になったんじゃ。ここは過去の自分に打ち勝つつもりで、リザード食を試してみるのも、悪くはないと思うがの」

「それは……」

「存外、食してみるとうまいものじゃぞ。ほれ、ピリリンサワーは、おいしくいただけたようじゃし?」

「過去に打ち勝つ……か」


 勇者はつぶやいて。

 そして、箸を手に取り、炙りたたきに勢いよく突き立てた。

 そしてそのまま、大口をあけ、放りこむ。


「……」

「……どうじゃ?」

「……んまい」

「きひひ、そうじゃろそうじゃろ」


 魔王は上機嫌で頷いた。 

 なんだか照れくさくなって、勇者は頬をかきながら言った。


「なんか……ありがとな」

「んむ?」

「いや、俺のリザード嫌いを克服するために、色々考えてくれたみたいだからさ。一応お礼を――」

「はあ? なぁにを寝言を言っておるんじゃ」

「へ?」


 魔王はふんと鼻をならし、


「ぜーんぜん、お主のためなんかじゃないわい」


 そう言うと、再び店員を呼び出した。


「はいはーい! ご注文ですかー?」

「んむ。オデブリザードの尻尾の丸焼きを一つ頼む。あと、リザードのホルモン焼きと、クロイワイバーンの前足、串焼きで」

「はぁい! かしこまりましたー!」


 注文を終えると、魔王は壁にかかったメニューに目を向けた。

 リザード系の肉は高タンパクで、味に大きなクセもない。

 そのため、料理人たちに重宝され、実に様々な料理に使われているのだ。

 

「お主が食べられなければ、どれも注文できんじゃろ。だから無理やり矯正したまで。ぜーんぶ、我のためじゃ」

「い、いや。言いたいことは分かるけどさ」


 勇者は言う。


「別に俺が食べられなくても、頼めばいいじゃないか。お前が全部食べれば、それでいいわけだし」

「くはは! ばっかじゃのう、お主は!」


 魔王は威勢よく笑って、そしてジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。


「せっかく一緒に飲んでおるのじゃ。話しも料理も――共有した方がうまいに決まっておろう」

「……お前」


 勇者は目を大きく開き。

 そして相貌をわずかに崩し。

 思わず、といった調子で、つぶやいた。


「たまにはいいこと言うな」

「たまとはなんじゃ。我はいっつも、いいことしか言わんじゃろがい」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ