出版部の中の学事課
第八話
昭和四十三年五月八日水曜日、朝から雨で、天気予報では花冷えの肌寒い一日となるようだ。松宮たち五人の新入社員の歓迎を兼ねた【敬文館再建十周年記念パーティー】から一ヵ月が過ぎた。
「課長、お早うございます。」「お早うございます。塚本課長。」
松宮と白石は、課長の塚本に揃って朝の挨拶をした。
「やあ、お早う。二人とも早いね。」
塚本は、新人二人が来たことを人一倍喜んでいた。それと、販売課長として営業部に居た時よりも、出版部の新設部署としての学事課に異動できたことが、営業マンとして新しいことへ挑戦できるようで嬉しかった。
出版部は、松宮のいる学事課と製造課、編集課がある。学事課は課長の塚本慶次と共に新入社員の松宮隼と白石松音の三人である。
製造課は在庫の少なくなった書籍の重版(増刷)と書籍の製作に必要な用紙店・印刷会社・製本所などへの手配から資材管理までを行う部署で、三十五歳の立教大学出身の課長の今村雪夫に松宮たち新入社員の一年先輩となる昭和四十二年入社で明治大学出身の道端裕子と神奈川県立茅ケ崎高校出身の梁瀬千夏の三人がいた。梁瀬は出版部全体の受付的業務も兼ねていて、取引先や著者関係の来客にも忙しく対応していた。
そして、書籍の企画立案・原稿入手・校正・レイアウトなどを行う頭脳集団の編集課には、昭和三十八年に敬文館のライバル出版社である会計経理協会から転職してきた四十五歳で法政大学出身の課長の丸川和夫、三十二歳の主任の簑輪豊、昭和三十九年八月入社で日本大学芸術学部出身の坂本行信三十歳、千葉大学医学部卒業後、約八カ月で東京海上を辞めて、昭和三十九年十二月に途中入社した武村隆男二十八歳の四人である。
そして、彼ら十人の出版部員を率いているのが、父親が最高裁判所判事であり、大正十年生まれで京都大学法学部出身の常務取締役出版部長の中田朝彦四十七歳である。
この総勢十一人が各人各様に最大限の専門的な技能と知識を活用しながら、さほど広くはない部屋で黙々と業務をこなしていた。
とくに、窓際の四人の編集者は部屋の入り口を背にして、仕事柄ほとんどが下を向いて校正・原稿整理などをしているので、松宮は、仕事をしている彼らの表情を伺い知ることはできないものの、彼らの後姿から醸し出される様はまさに命を懸けた武士の真剣勝負のようで、話し掛けることすら憚られる雰囲気であると思った。
ただし、入り口正面に席のある松宮のいる学事課は、いわば営業的な仕事柄、朝から夕刻まで電話をしたり、外回りをしたりで出版部の中ではひときわ異質のエリアと言えよう。
そもそも、松宮が配属になった学事課は、親会社から派遣された社長の熊川の特命によって松宮の入社と同時に新しく設けられた部署であった。
もともと学事課とは、都道府県などに置かれた公の組織で、教育関係の業務を行う部署の呼称である。熊川が常務取締役をしていた五省堂出版では、主に全国の小学校・中学校・高等学校などに向けて学習参考書の販売促進を目的とする部署に、公的組織のイメージ効果を考えて学事課という名称にしたようである。
もちろん以前から、敬文館でも大学向け教材の販売促進を営業部の書店・取次会社の担当者が手分けして、毎年一月から三月にかけて短期的に新学期向けの教材の販売促進を行っていたが、この度、熊川の提案で今春から親会社の五省堂出版に倣って、より一層集中して大学向け教材の販売促進に力を入れることとなった。
したがって、熊川は学事課を営業部に置く予定であったが、学事課を出版部に置くことで、将来的に教科書の出版企画に活かせるのではないかと、出版部長でもある常務取締役の中田の強い希望で出版部に設けることとなったようである。
この結果、松宮が昨年十一月十五日に敬文館の面接試験の際、【是非とも御社への入社をお願いします。出版編集を希望します】と熱望したことと期せずして合致したのである。
昭和四十三年十月八日火曜日は、暑かった夏も終わり、街は銀杏の葉が色づいて、すっかり秋になった。四月八日の如水会館での【会社再建の日】から半年が過ぎた。松宮は、現在、自分に与えられた仕事すなわち学事の仕事内容が、当初の期待とはかなり異なっていると感じていた。
それは、学事課が出版部に置かれてはいても、日々行う仕事は敬文館における新刊もしくは既に発行されている書籍を大学の先生方へ向けて販売促進するセールス業務で、松宮の考えていた出版会社における企画の立案・校正・レイアウトと言った【編集】とは凡そ掛け離れた仕事内容であると思えた。
それでも、松宮にとっては、敬文館で出版されている簿記・会計・経営・経済・法律といった分野の専門書を、全国の国公立・私立大学へ訪問して、そこで講義をしている教授・助教授・講師の先生方に宣伝するといった仕事は、思っていたよりも難しく、それこそ毎日が刺激的で、今更ながら自分自身の不勉強さを知らされたのであった。
大学の研究棟へ目指す先生を訪ねて行く。飛び込みセールスが基本のため、事前の予約はしていない。
「お早うございます。敬文館です。」
すると、研究室の中から、教授の声で
「どのようなご用件ですか?」
恐る恐る研究室のドアを半分ほど開けて、おもむろに頭を下げながら、
「はい。敬文館の松宮と申します。この度は教科書・参考書の宣伝に伺いました。」
「あ、宣伝ですか。申し訳ないけど、今は忙しいので又にしてください。」
先生方の多くは、松宮が【出版社です】と名乗っても編集関係の用件ではなく、営業活動だと分かると会話すらして頂くことは少なかった。
最初の三ヵ月ほどは、塚本と二人で訪問した。さすがに、三十五歳になっていた塚本は、長年、書店・取次会社への営業経験が豊富なこともあって、研究室の中へ通されたものの、やはり教科書の宣伝だと分かると、多忙を理由に退出を余儀なくされた。それでも、三人に一人の割合で、会社の図書目録を手渡し、先生との名刺交換をすることはできた。
「松宮君、何と言っても、先ずはできるだけ多くの先生方に敬文館を知って貰うことだよ。」
塚本は、神奈川県の横浜国立大学と神奈川大学、横浜市立大学と三校の大学廻りをした帰り、ににこにこ笑いながら松宮に向かって、
「諦めずに粘ることだよ。どうだい、お互いに百人の先生方に会うことを目指そうよ。」
それは、塚本自らに言い聞かせるように、学事課という大学の先生方への販売促進が、書店などへの営業活動とは異なる仕事に挑戦しているかのように松宮には思えた。
七月から八月の二カ月間は、大学が夏休みのため、先生方も研究室にいることは少なく、専ら社内において学事関係の資料作りと、九月半ばから始まる大学の後期授業に向けた販売促進用の新刊情報チラシ【敬文館ニュース】、【好評・教科書特選目録】などの作成業務をすることが多かった。
そして、松宮は、後期の授業がそろそろ始まる九月からは、塚本と担当エリアを分けて、黒い大きな鞄に販売促進用の宣伝物とサンプル用の書籍を入れて、単独で都内の国公立・私立大学から千葉・群馬・埼玉・栃木など関東近県の大学廻りを始めた。




