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僕が編集者になれる日は?  作者: 松元 司
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初出勤の朝

第二話 


昭和四十三年四月一日月曜日、薄曇りの空の下を、期待に胸を膨らませた松宮は、晴れて社会人第一歩を踏み出すこととなった。

勤め先の敬文館けいぶんかんは国鉄の御茶ノ水駅から徒歩十分ほどである。松宮は、出版社への就職志望がかなったということだけでなく、御茶ノ水駅が四年間通いなれた東京千代田区神田三崎町の日本大学がある水道橋すいどうばし駅の一つ先の駅であり、これから週六日の勤め先が自宅から近いということも、敬文館に就職が決まった自慢でもあり、今更ながら自分自身の運の強さを感じていた。

初出勤の朝、やや緊張感と清々《すがすが》しい思いを胸にいだいた松宮は、颯爽さっそうとひと月ほど前に赤坂に住む母方の祖父である実業家として財を成した粟田霊導あわたれいどうの従兄が営む日本橋の【内田洋品店】で生まれて初めてあつらえた背広上下を着て、自宅の高級賃貸アパート【美好みよしマンション】から国鉄の飯田橋駅へ向かった。

実は、松宮は、卒業までの四年間、通学は勿論のこと、アルバイト先へ行くにも、ゼミナールや部活のコンパ・合宿に行く時も、決まって学生服であった。そんな松宮は、当時、若者に流行はやった【VANバンJUNジュン】のアイビーファッションすら関心がなく、だからと言って明治時代の書生風ファッションの【バンカラ】を気取っていた訳ではなく、単に節約志向と身なりを気にすることが面倒なだけと言った理由であった。

松宮は、飯田橋駅から二つ先の御茶ノ水駅に八時二十分に着いた。自宅から二十分足らずで御茶ノ水駅に着いたことになる。松宮は、ニコライ堂のある御茶ノ水駅の聖橋口ひじりばしぐちとは逆の神田川に架かる御茶ノ水橋口の改札を出ると橋のたもとに警察の派出所が見えた。

目の前の交差点を日大病院、井上眼科とは反対側の駿河台するがだい方向に渡ると、書店や数件の楽器店、喫茶店などが立ち並び、松宮が通いなれた水道橋駅三崎町の学生街とは異なり、学生よりもサラリーマンの目立つ雰囲気に如何にも大人おとなの街で働くのだなといった気持に改めて松宮はさせられた。

さらに、駿河台下の交差点に向かって【明大めいだい通り】の坂道を五分ほど下ると、四つ角の左側に洋式風で立派な門構えの【主婦の友社】が見えた。この出版社は明治二十九年創業の専門書出版社の同文舘どうぶんかん出版の社員だった石川武美いしかわたけみが、大正五年に創業した婦人向け出版社の大手である。

松宮は、このポストモダン建築の設計は、大正十四年に日本で数多くの建築を手懸てがけた米国人の建築家W・M・ヴォーリズによるものであることを、学生時代に出版社の歴史を調べて知っていた。

松宮が歩いている側には、赤や黒のペンキで独特の字体で書かれた【七十年・安保反対】【学費値上げ反対】などの立て看板が立ち並ぶ明治大学の正門が見えてきた。

昭和四十三年は、昭和三十五年に岸信介きしのぶすけ内閣によって合意した新日米安保条約しんにちべいあんぽじょうやく(六十年安保)の自動延長に反対する全共闘ぜんきょうとうや新左翼諸派の学生運動が、東京大学や松宮の母校である日本大学が口火くちびを切り、またたく間に法政大学、明治大学、横浜国立大学など首都圏の国公立大学・私立大学から全国一一五大学へと広がり、まさに政局不安を予兆させる年であった。松宮は、明治大学の立て看板を見るたびに出身校の日大新聞学科ゼミナールの後輩数人も留年・退学覚悟で学生運動に参加していることを知っていたため複雑な思いがした。

明治大学を過ぎると、駿河台下の交差点の左角にある消防署と進行方向に【辞書は三省堂】という大きな垂れ幕が下がっているグレーがかったピンク色の三階建ての三省堂書店さんせいどうしょてんが見えてきた。

松宮は、学生や通勤の人々と共に信号が青に変わるのを待った。丁度その間、路面電車の高田馬場たかだのばば駅から茅場町かやばちょう行きの都電とでん十五番と小川町おがわまちから九段下くだんした行きの都電十二番とがガタゴトとレールのきしむ音を響かせながら通り過ぎるところであった。

ここ駿河台下から神保町は、近代的な高層建築が立ち並ぶ東京駅丸の内とは異なり、同じ千代田区とは言え、精々《せいぜい》が三階建て止まりの建物がほとんどで、平屋ひらやか二階建てのモルタル建築や木造建築が当り前の街並みである。

とくに、松宮が初出社する敬文館のある神田神保町かんだじんぼうちょうのすずらん通りは、学生時代から度々《たびたび》訪れており、路面電車の都電が通っている靖国通りの裏手となり、古本屋と小さな飲食店、落ち着いた雰囲気の喫茶店、画材専門店、文具店などが立ち並ぶ昔ながらの商店街で、車の通りも人の行き交う数も少なく程よい騒音が松宮は好きであった。

もっとも、都会育ちの松宮にとって、自宅のある新宿区新小川町からほど近い牛込神楽坂のにぎやかな車と人通りに慣れているので、多少の喧騒けんそうは気にしない方であった。


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