7:逃げるが勝ち
「おい。本当に上モノじゃねえか」
ダンは下卑た笑い声をあげて仲間に話しかける。
「おい。お前らこいつは俺たちで楽しもう。頭には内緒だ」
目の前で自分の処遇が離されているにも拘らず、翡翠色の髪の娘は俯いたまま黙っている。
「いいっすね兄貴!」
「頭にばれませんかね、ダンさん」
今夜のことを考えてだろう、ダン以外の四人も揃って笑い始めた。
「おい。お嬢ちゃん。名前はなんだ?」
「…」
「喋れねえのかぁ? あぁ? 無理やりにでも喋らせてやろうか?」
翡翠色の髪をガッと掴み左右に揺すりながら鋭い眼光で睨みつける。
「…それで脅しているつもりでしょうか。何も怖くありませんね。それと言っておきますが、私はお嬢ちゃんではありません」
キッと睨み返され少し面食らったが所詮は何もできない奴隷だ。
「随分反抗的な態度だなぁクソガキがよぉ! えぇ? 今晩ひぃひぃ言わせてやるからなぁ!」
掴んだ髪ごと押さえつけ額を地面に擦り付けさせる。
「あ、兄貴! あんまり力入れて殺さないでくださいよ!」
「わかってるよ! お前こいつ気絶させて後ろに乗せとけ。おいカジ中にはこいつしかないのか金目の物は?」
「えーっと。あありましたよダンさん。金袋と香辛料が少しだけ」
「それだけか。っけシケてやがるな。この辺りは潮時だって頭に進言しねえといけねえな」
奴隷の首を死なない程度に絞めて失神させ、意識を失った奴隷と金目の物を馬に乗せ終えた。
「よしお前ら行くぞ」
と同時にグチャといった音と頭に衝撃が走り、勢いのまま横に倒れた。
そして視界が酩酊していく中、仲間の声が遠くで聞こえた。
ダンと呼ばれた野党は瞬く間に絶命した。
スリングを数回振り回し遠心力に乗せ石をぶん投げる。
これが結構難しく一時間の練習では二回に一回当たるかどうかだった。
ぐちゃりと骨が砕け中の具がつぶれる音が聞こえると同時に二発目を構える。
案外当たるもんだな。
もしかしたら俺は本番に強いタイプなのかもしれない。
「兄貴ぃ! 嘘だろ! どうしたやした!?」
等狼狽えて死体に駆け寄る四人の内一人の頭にめがけて投げる。
「グァ痛てぇ!」
やってしまった肩に当たった。
前言撤回だ。やっぱり二回に一回程度だわ。
流石に二回目の投擲なので場所がばれてしまった。
「おいゴラァ! 誰だ屑野郎! 陰からコソコソ狙いやがって! 兄貴を殺ったのもお前だな!」
ここで一回挑発する。
「そうだよ。無様だな! これは塵掃除だよ! 俺は一人だがお前ら全員殺してやるよ!」
激怒した野盗達が肩に怪我をした奴を除き三人が腰の剣を抜刀して俺がいた方向、茂みに向かって走ってくる。
幸いなことに陽がほぼ沈みかけており茂みの中は見えずらい。
音を殺して入れ違いに街道に出る。
俺の一人だという言葉を鵜呑みにしてくれたお陰で慢心しているな三人でかかれば十分だと思っているのだろう。
こっちは数が少ないから、孤立した奴から殺していくしかない。
肩を抑えながら、死体を未だに揺すっているバカの頭に石を打ち付ける。
バキッと頭蓋が砕ける音が響く。
脳震盪を起こして倒れた所を首筋にナイフを当て切り裂く。
残り三人。
どうするか。
音が奴らにも聞こえただろう。
正直に言って三人纏めて来られると分が悪い。
ここで改めて考える、俺の勝利は全員殺すことで得られるんじゃない。
この翡翠色の髪の娘を攫うことができればいい。
本音を言えば御者の服が欲しかったが、仕方がないしこれ以上考えている余裕もない。
判断は一瞬。
三人が茂みから戻ってくる。
「お前! カジをも殺しやがったな許せねえ死ね!」
三人共が直剣を上に構え振り下ろしてくる。
「おらぁ!」
「死ね!」
なんとか馬車の下に滑り込んで回避する。
頭に血が上ったせいで距離感を誤ったのだろう。
「くそ抜けねえ!」
「やらかした!」
「早く抜けろぉお!」
全員の剣が馬車に突き刺さり抜けない。
ファンブルでも出たのか日頃の行いのせいかは分からないがありえないぐらいの運の悪さを発揮してくれたお陰で行動に余裕が持てる。
馬車の下から這い出て、急いで翡翠の髪の娘が載せられている馬に飛び乗る。
乗馬の経験は一回、それも大学の時だから八年前。
やるしかない。
馬の腹を蹴って進むよう指示する。
三人の罵詈雑言を背に浴びながら、ヒヒーンと嘶きをあげて走りだした。