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1:目覚めの咳

 急に胸が苦しくなり、喉の奥から空気が這い上がってくる。

 カハッと咳込む。

 空気が欲しい。

 咳き込んでしまうが深呼吸しようとするのを止めることができない。

 水中で息を吐き切った後のような肺の痛み。

 喉をカサカサと空気を通る。


 それでやっと自分が目を覚ましたと認識できた。

 いや、何故目が覚めたのか?

 疑問に思い、体を起こして周囲を見回す。

 此処は何処だ? 


 俺がいる周りだけ雑草すら生えていない地面。そしてその周りを円形にして木々が生い茂っている。勿論のこと人の気配がない。

 森、のように思える。では一体何故俺は森にいるのだろうか。


 走馬灯だろうか? 

 いや俺はこんな場所に深い思い入れなどないしましてや見たこともない。

 それでは死後の世界があったのか? 

 いや死後というにはどうにもリアルが過ぎる気がする。

 片膝を地についてしゃがみ込み土を抉って掴み取る。

 

 サラサラと指の隙間から砂が零れ落ちる。

 どうにも俺はこれが現実に思える。


 手を叩いて、立ち上がり空を仰ぐ。

 青い。憎いほどの快晴だ。燦燦と太陽が照り付けてくる。

 グッと伸びをして息を吸う。

 今度は意識をして肺の奥まで深く吸う。

 空気が澄んでいる。

 田舎や自然が多いとこでしか味わえない美味い空気だ。

 いい。

 両手を見ると手錠は付いていない。

 そうだ。

 久方の自由だ。

 そういえば。

 ただの四角の部屋は窮屈で退屈だった。

 それが最近の日常であったのだから、今は少しでも自由を噛み締めようか。




 しばらく時間が経ち、流石に自然の空気を吸うのにも飽きてきた。

 この場所から動くことはしていなかったし、ただ眺めているだけなのだから当たり前か。

 そして他の事を考える余裕ができた。


 視線を空から自分に向ける。

 そういえば私服を着ている。自らの体を確認する。

 パッパッといろんな場所を弄ってみるが特にこれといった物はなく、唯一相棒といえるサバイバルナイフがポケットに入っていた。




 ここに至る前、目を覚ます前を回想する。

 軽口をたたくと看守に暴言を吐かれ、そのまま絞首台に立ち、地面と別れを告げたはず…。

 それ以降の記憶はない。

 まさかだが、死に切ら無かったために山に捨てられた、とか?

 じゃあ何故サバイバルナイフを持って私服なんだ?


 余りにこれは現実的じゃない。

 死刑を執行され、死ななかった時には罪が許されるという都市伝説を信じてはいない。

 だが、これは肌に触れる全ての触感が現実だと訴えかけてくる。

 


 では何故なのか? 此処は何処で、どうしてこの様な状態になっているのか。


 


 がさり、と森の中の茂みが音を立てた。

 かと聞くや否や、バッと猪の様な生き物が俺に向かって飛び出してきた。

 咄嗟に転がって回避する。生存本能がそうさせた。

 冷や汗が背中を伝う。

 暇な刑務所内での唯一の娯楽、鍛えられた身体は健在のようだ。


 ジリジリと獣と牽制し合う。

 距離は縮まらないが、俺から仕掛けることはない。

 いや、仕掛けようがないといった方が正しい。

 相手は野生動物だ。

 こちらが使えそうなのはサバイバルナイフだけ。

 しまったな。

 外敵の居ない刑務所で危機感というものが薄れてしまっていたのかもしれない。

 獣が突如現れる、なんて空を見上げてボケっとしていた俺には想像の片隅にもなかった。

 「はぁ…」、熊や猪だけは出会いたくなかった。

 無用心にしていた事に後悔と反省をする。

 今度から気を付けよう。


 そう、今度から。

 何故か生きている身だ。例えここが地獄だろうともう一度死ぬには早すぎる。だから今を如何にか凌いでまだまだ人生を謳歌するんだ。

 だから、気は抜かない。

 

 走ると追いつかれるか?

 闘うなんて選択肢はただの無茶。

 実質一択だ。

 逃走を選ぼう。


 対面の緊張が弾けたからか、またもや愚直に突っ込んでくる。

 それを転がりで回避し、その脚でジグザクと森の中を駆け出す。

 足元に注意しなければ、蔦や泥濘に足を取られると大事だ。

 背後を振り返るのではなく、音だけで感じ取り、逃げる。

 野生動物の唸り声が少しずつ距離を縮めてくる。

 大丈夫俺ならいける大丈夫諦めるな。

 「うぉおおおおおおお」

 脳内麻薬がドパドパと脳を支配する感覚がわかる。

 だが、このチェイスにも終わりが訪れる。

 ちょうど息が切れてきた時、足元が崩れた。


 「クソッったれ!」


 気合で持ち堪え、その勢いのまま真横に跳んだ。

 猪の吠える様な息遣いがさっき迄、自分がいた場所を通過する。

 今し方踏み締めた地面は崖であった、そのまま飛び込んできた猪も崖から転落した。

 ビチャリという肉が地面に叩きつけられた音が遠くで鳴った。

 崖下を覗き見る。

 猪の死体が無残にもひしゃげている。

 冷汗がまた背中を伝う。

 踏ん張らなかったら俺もこうなっていたと。

 ははは。二度目の死は転落死だったかもしれないか。

 …なかなか笑えるな。


 張り詰めていた気が抜けて、腹が鳴った。 

 何食べようか。何かないか?

 あ、潰れた猪でも食べようかななんてまた崖下を見ているとそこからすぐ離れたところに川を見つけた。

 しかも、そこから少し上流に村? いやここからでもかなり荒れている様に見えるな。

 多分、廃村だろう。

 廃村があるということは…。

 今はいいか、どうにかしてこの崖を降り方を考えよう。


 大きく回り道をし崖を降ることが出来た。

 そして猪の死体を回収する。

 俺より余裕で重い。


 だが、早く血を抜かないと他の生物が襲ってきても不思議はない。

 川の近くまで、引きずっていき蔦で足を固定して木に吊す。

 そこである違和感に気づいた。

 なんだこの猪。

 目が四つありやがる。

 奇形か? 変異体か?

 凄く歪、だがこれはそういう生き物として完成しているのだと直感が囁く。

 一回こいつについて考えることをやめよう。


 よし。

 手をパンパンと払う。

 これである程度の血抜きが出来るだろう。あとは待つだけ。

 川の水を見てみる。

 目視では綺麗に思える。

 匂いを嗅ぐ。

 異臭はしない。

 口に含んでみる。

 グシュグシュ。

 いけそうだな。

 緊張で渇いた喉が水を求めている。

 我慢できず、顔を水面につけて飲んだ。



 

 数十分程経っただろうか。

 あまりここに長居はしてられない。

 灯はないし、寝袋のない場所で夜を過ごす事など考えたくはない。


 ある程度、猪の血抜きが終わった。

 流石に全部は持っていけないので、ナイフで切り分ける。

 かなり筋肉質で硬い。

 これは味に期待はできないだろうな…。

 仕方がない。

 数本の骨と肉そして胃袋とこれはなんだ? 肝臓の横に硬い石のような物がついている。これも取っておこう。

 崖の上で見かけた村を見に行こうか。




 やはりここは廃村だった。

 だけれども、雑草はまだ伸びきっておらず、人が居なくなってそんなに長くないらしい。

 小屋や長屋が円形に配置されており、その中心に教会? らしき建造物もある。というのもステンドグラスが設置されていたり、十字架が掲げられているからだ。


 だが、電柱らしきものはなく、村の中には井戸があるだけ。

 試しに汲んでみるが、まだ生きている辿ってきた川の水を引いているのかそれとも地下水が沸いているのか。

 家屋を調べるとガスはなく井戸があったことから勿論、水道もなかった。そして電気を使う様なものも置いていない。




 探索した結果、文明が止まっているかのような廃村ということが分かったが所々何者かに荒らされた形跡が見られるし、古い日本の家屋等とは構造が違い過ぎる点も気になる。

 ここは日本ではないのか? 

 海外なのだろうか。


 並んで建っている家屋と比べると随分立派な建物の扉を開ける。

 まだ見ていなかった教会だ。

 天井は吹き抜けており、陽の光で凄惨な光景が照らされている。

 黒ずんだ血液と腐った死体の臭いがした。


 「くっ」


 流石の俺もこの量の死体は見たことがない。

 腐りかけであることから、殺されて2週間が経っていない。

 家屋や畑は荒らされていた。

 そしてここにある死体は男ばかりに見える。

 盗賊の類だろうか。


 ふむ。


 正面を見ると見慣れた十字架が飾られていた。

 如何やらここは何かの宗教を信仰する場所、教会だったんだろうな。

 グチュグチュと黒い血液を踏み締めて祭壇まで歩く。

 其処には手付かずの古い書物が置いてあった。

 これは、経典か?

 随分と使い古されているというか、古汚いな。

 パラパラとめくる。

 手書きで綺麗な謎の文字が描かれている。

 読めない。

 日本語でも、英語でも、中国語でもない。

 アラビア語は読めないが、こんな文字ではなかった気がする。

 パタンと経典を閉じて、外へ出る。


 太陽が沈みかけ橙色が辺りを照らしていた。

 歳を取ると時間が過ぎるのが早い。

 暗くなる前に火を起こさないとな。

 まず、乾いた木を集めないと。

 確か、小屋の方に…

 振り返る。

 ふと映り込んだ空に違和感を覚える。

 なんだ…あれ。

 そこには夜を告げる二つの月が顔を覗かせていた。

 



 成る程ね。なるほどなるほど。


 ここは俺が生きていた現実世界、俺が生きていた地球ではない。


 それだけ分かれば十分だ。


 何故、俺が今も生きているのかなんていう理由はどうでもいい。


 そうだ。


 ここが異界の地であったとしても、ここが、地球だったとしても、衛星が月以外に存在しているとなると何百年、いやもっと経っているかもしれないが、つまりの所、俺という殺人鬼の顔を知る奴も居ないのだろうな。


 冷えていた思考と感情が騰がってくる。

 神が居るとしたら本当の馬鹿か間抜け、それか頭のネジが飛んでいて俺には理解できない気狂いなのかもしれんな。

 ふと笑みが溢れた。

 この廃村があり先ほどの死体から、人若しくはそれに似た生き物がいることは確かだ。

 それに害意をもった者も存在するし、獣も沢山いると考えていいだろう。

 文明レベルはまだよくわからない。

 それ以外の事はさっぱりだ。


 だけれども。


 だけけれども、久々に人の肉が食べれそうだ。


 ということだけはわかった。

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