12:不死の少年
「何故!? お前が生きているんだ!」
年甲斐もなく大声で荒げてしまう。今まで百人以上殺してきたが初めてだ。
映画やアニメ、フィクションでしか見たことのない現象。
現実で死者が、しかも自分で殺した死者が目の前に現れるというのは…感情が上手く纏まらない。腰が抜けそうな衝撃だ。
だが、ナイフを構えたては降ろさない。
「ふふふ、そこまで警戒なさらなくても大丈夫でございますよ。私めがカシワダ様に襲い掛かるということは決してありません。それに私は幽霊でもゾンビでもございません。どうでしょう、手でも握られてみますか?」
握る訳がないだろう。
「では、私めの方から触らさせていただきますよ?」
馬の頭を数度撫でるとこちらに近づいてくる。
翡翠の目にジッと見つめられていると何故か足が全く動かなくなってしまった。
どういうことだ。昨日腐るほどあの目を見たのにこんなことはなかった。魔法の類なのだろうか。それとも本能的な恐怖故か。
しかしこのままでは…翡翠の眼を持つ少年は俺の胸に触れると優しく微笑みかけてきた。
「どうでしょうか?」
幽霊や幽霊やゾンビではなく、触れた手は暖かく実体を持っていた。
「…じゃあなぜ君は生きているんだ」
足が動かないが手は動く、最悪太ももに軽くナイフを刺して強制的に動かすしかない。
「私は確かに昨日カシワダ様食べられました。でもその数時間後蘇ったのです」
「蘇った? 君は人間ではないのか?」
「私は普通の人間でございます。しかし、呪いのせいで、不老不死なだけなのでございますよ?」
とコトッと首を横に傾げる少年。
その様子はあざと可愛いが、ゴブリンと同じかそれ以上の化物なのではないかという恐怖や驚きの方が大きい。
「不老不死の呪い…そんなものが」
俺がいた世界では科学的にあり得ない事だ。だけれどもこの世界は魔法的な力がやはり存在していて、それは死さえも超越してしまえるモノなのか。
「はい呪いでございます。死にたいのに死ねない。何回死んでも死ねない。そういう呪いでございます」
そう話す少年の目には俺でさえも飲み込まれそうな狂気が渦巻いていた。
グッと力を入れると少しだが足を動かせるようになっていた。
心理的な恐怖のせいだったのかもしれない。
話をする分には容姿の麗しいただの少年だ。
いや、不老不死ということは少年という年齢ではないかもしれない。
「不老不死ということは君はその見た目より年上なのか?」
「いいえ。カシワダ様。私めは見た目の通り15歳でございます。老化が止まるのは成長しきってからだそうです」
よかった。精神年齢だけがおっさんだったらちょっと…な。
不老不死というものはこの世界では珍しいくはないのだろうか。食べた相手が毎回生き返っていては証拠の隠滅が図れない。
いや、考えようによっては生き返るから飛び散った血肉を片付けるだけでいいのかもしれない。なんだ楽できるじゃないか。
「そうか。その不老不死というのは珍しいものなのか?」
「? いえそんなことはございません。この呪いは…魔王の気まぐれによってかけられたものですから」
「魔王?」
本当にRPGのような世界だな。まさか魔王がいるとは。
「…はい。魔王でございます。呪術大国タルタロスの王ですが。お知りにならなのですか?」
魔王といえばそのタルタロスの王というのが常識なのだろうか。知らないのが不思議だというように訊ねてくる。誰か拷問して常識や知識を得るつもりだったから、こういう状況は想定していなかった。
「…ああ。俺には記憶がなくてな。気が付いたら森の中にいたんだ。それで」
「食べ物に困っていたから人を食べて暮らしていたということでしょうか?」
ただの野生人じゃないか。だが、普通に別の世界から来たことを明かすメリットがない。
少し困った表情を浮かべている少年にそうだと返す。
会話の主導権は俺が握ったままの方がよさそうだ。
ちょうど聞きたかったことがあるし。
「なんで俺が寝ている間に逃げなかった?」
不老不死だろうと自分を殺した相手から逃げないのはおかしい。
「カシワダ様はずっと森の中で住まわれるのですか?」
「いや、街に行くつもりだ」
答えになっていないが…。
「それならばよかったです」
「どういうことだ?」
「実は私めをカシワダ様のお付き、従者にしていただきたいのです」
なに?
「はい? どういうことだ? 俺はお前を食ったんだぞ? いくら不死だからといって生きながら食われる痛みは相当答えたと思うが…」
「いえカシワダ様。私めは初めて愛を感じたのでございます!」
と何故か恍惚な表情を浮かべ語り始めた。
「私めは今まで色々な殺され方をされてきました。時にモノのように扱われ、時に快楽のため、全て自分勝手なモノでした!」
俺も自分が食べたいから食べただけだから随分自分勝手な理由だと思うのだが…。
「だけれども、しかし、ですが! カシワダ様は、違いました! 最初は肩の肉に噛みつかれ激痛が走りましたが、その時私は意志だけは折らないように睨みつけながら死のうと思い、カシワダ様の目を睨みつけました。しかし、私めを貪る目には他の人間にはなかった愛情がありました! 愛情が! こんなことは初めてで! 心の臓がバクバクと音量と速さを上げていきました! それに気づいてからは痛みは徐々になくなり快感に変わり、苦痛という感情から至極幸福の極みに昇華したのです! そうつまり私は! この愛の恩返しをしたいのです! さぁどうか私をお供にしてくださいませ!」
「…えっ。あっ」
早口に捲し立てられるものだから口をはさむ余地もなく、体をくねらせながらまだ話し続けている。
先ほどとは違うがそれを上回るほどの恐怖を覚えた。この子はイカれている。狂人そのものだ。
食べるときに愛情なんて持っているわけないだろう。
あるとすれば好物を見るときの目を勘違いしたのだろう。
死に過ぎると人はここまでおかしくなってしまうのか。
自分のことは棚に上げるが、こんな狂人をそばに置けるわけがない。ここは穏便に済ませて走って逃げよう。
子供と大人の対格差だ。逃げ切れるだろう。
「いや、すまないが」
と否定から入り始めると謎の迫力がある翡翠の瞳がこちらの目をじっと捉えてくる。
「私めがいると色々とお役に立つと思います!」
「いや、だが」
「実はここで置いて行かれましても私めは他に行くところがないのでございます。家族は既に死んでいますし、奉公先の辺境伯のところでは私めは死んでいることになっています。どうかカシワダ様にお供させていただけないでしょうか?」
何か複雑な事情があったのだろう、けれども。
「いや、まぁそれは可哀そうだけれど」
「私めは色々な経験が豊富でございます。炊事洗濯シモの世話何なりとお申し付けくださいませ」
「いや、男色家じゃないし、一通りの家事はできるよ」
「昨晩ですが、私めの体は美味しいと申されておりましたね?」
「まぁ…確かに君の肉は今までの中で一番だったが…」
「私めは不老不死です故、食べ放題でございますよ?」
「よし。オーケーだ」
勝手に口が動いて声を出していた。
なっ、まずいぞ!
「よろしいのですか!」
きらきらとした翡翠の瞳が喜びに満ちた感情を持って見つめてくる。
そんな目で見つめられたら前言撤回などできない。俺は殺人鬼ではあるが、感性は普通の人間と同じだ。
「…わかった。確かに俺には常識がない、君がいてくれると助かる。腹が減ったら食べてしまうかもしれないがそれでもいいならよろしくだ。まだ聞けてなかったが君の名前は?」
「私めの名はリィルでございます! どうか、どうかよろしくお願いします! カシワダ様!」
勢いに押されて一緒に行動することを許可してしまった。
確かに俺の食人衝動を満たすのに相応しい相手ではあるし、他の人間を攫って拷問してこの世界の常識や知識を得るという初期段階は省略できる…か。いや、服はどうしようか…。街に入るのに身分証明が必要かどうかもまだわかっていない。どうだろうか。
しかし、便利であるしこれといって俺に不都合はない、のか?
だが、この子はイカれている…。折を見て考えよう。
食人衝動に対して本能がちょろすぎるのが悔やまれるな。




