表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

Ⅰ (3)

「昔、あたくし、結婚を約束した殿方がいましてね。でもその人、ある日を境にいなくなってしまったの」


 唐突に、めでたい席でとんでもない話が始まった。聞き手たちの間に緊張が走る。


 そんな皆の様子をものともせず、静香の母はよく響く声で話し続けた。


「そりゃもちろん悲しかったけど、なんとか前を向いて家業を継ぎ、あたくしそれなりにがんばりました。その後、夫に出会い、娘も授かって。幸い仕事も順調で、今はとっても幸せ。あのとき消えてくれた彼に、感謝したいくらいなのよ」


 始まったかと思えば、ヘビーな導入部に反して、話はあっさり終わるようだ。


 彼女に見据えられた目をそらせないまま、無言でひたすらこくこくとうなずいていた恭二は、内心胸を撫でおろした。


 さすがは、長年人の上に立つ仕事をしてきた人物。少々強引ではあるが、こうした場での身の処し方は心得ているのだろう。


「だからもう、お恨みしていません。どうぞ、お気になさらないでね……鈴木さん」


 そう言うと、不意に振り返った静香の母が、にっこり笑った。


 その視線の先にいたのは――恭二の席の二つ隣、彼女から見れば斜め向かいの席で、先刻から汗が止まらなくなっている、恭二の父だった。


(――えーーー?!)


 恭二は機械仕掛けのように、二人の顔を見比べる。


(え、ちょっとどういうこと? 親父が、静香のママさんの元カレ?)


 静香の母が、ふと遠い目になった。


「おつきあいの始まった頃は、結婚したら玉の輿だ、いや逆玉だ、なんてふざけていらしたけど。いざ将来のことがリアルになってくると、重たくなられたのかしらね、家付き娘に婿養子に行くだなんて。あたくし、こんな勝気な性格ですし」


 苦笑して、恭二に視線を移す。


「でも恭二さん、安心なさって? 静香はこの通り、父親似で穏やかな娘ですから」


 たしかに、彼女の隣に座る静香の父は、こんな爆弾発言を聞かされたというのに動じる様子もなく、娘とよく似た涼しげな顔で妻を見守っている。


 だが、自分の両親は、そして静香は、いったい今、どんな顔をしているのだろう。

 様子をうかがいたいけれど……う、動けない。


 まるで、蛇ににらまれたカエルのように。貫禄たっぷりの静香の母の圧力に、恭二は声も出せずに固まっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです(ぺこり)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ