1.王女の決意と幼き日の思い出
激しい雨が身体を刺す。
そこで、少女は初めて自分がまた誤ちを犯してしまったことを知る。
見物人達がヒソヒソと噂をしている。
「王子様の寵愛を一心に受けておられたのに……。」
「愛した女人に殺されるなんて、可哀想な王子様……。」
――私は、何を間違えたのだろうか。
少女の脳裏を過ぎるのは、母の最期の言葉。
そして、愛した人の最期の姿。
「決して、誇りを捨ててはなりません……。」
そう言い、簪型の刃物を残した母。
「愛しているよ……。」
腹部に刺さった殺意ごと私を抱きしめた王子様。
――そうか。私は、全て間違って居たんだ。
「王族殺害の容疑で、罪人アテール・セレジェイラを死刑と処す!」
――怖い…怖い…!助けて……
「スティーリア様……」
ガンッ――。
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――3年前……。
雨が地面を激しく打付ける音と、不安定に揺れる馬車の音。
それは、何故かどうしようもない不安を煽る。
「姉様…?震えているの?」
「いいえ大丈夫よ、シャン。」
大きなマントを深く被り、俯く少女。
そのマントの内に秘めるのは漆黒の髪に全てを飲み込んでしまいそうな瞳。
少女の名は、アテール・セレジェイラ。
旧王族、アテールの名を継ぐ者。
「姉様、馬車の中ですし、少しだけマントを取ったらいかがですか?凄く顔色が悪いです。」
サファイアの様な瞳に金髪の髪をした美しい少年――アテール・シャッテンは姉のセレジェイラを心配そうに見つめる。
「もしもの事があれば困るわ。シャン、私なら本当に大丈夫だから、心配しないで。」
蒼白な顔で、小刻みに肩を震わすセレジェイラをシャッテンはとてもでは無いが、大丈夫だとは思えなかった。
「僕が、変わってあげられたらいいのに。」
そう、呟いたシャッテンは優しくセレジェイラの頭を撫でた。
「この髪と瞳はいつまでも、私の誇りよ……私は、この国の王女ですもの。……だけれど、時々分からなくなるの。」
「姉様?」
「私は、間違っているのでは無いか……。」
セレジェイラの黒水晶の様な瞳は大きく揺れていた。
セレジェイラの瞳の奥には、まだあの絶望が鮮明に刻まれていたのだ。
愛した国民が自分達を悪魔だと罵る姿。
王都に攻め入る反乱軍の溢れる様な殺意。
紅く染まる城内。
目の前で殺された父である国王。
そして、セレジェイラを逃がした母である王妃の最期。
“これを……決して誇りを捨ててはなりません……王女であることを忘れないで……”
今もセレジェイラの髪に刺さる簪型の刃物。
それは、旧王妃がセレジェイラに残した最期の贈り物だった。
セレジェイラは、ずっと分からずにいた。
そして迷っていた。
――私は、今でもお母様の言葉のお言葉を理解し切れてはいません。それでも……お父様とお母様――大切な人達を奪った反乱軍の長――現王を私は決して、許すことは出来ません。私は、お母様のお言葉通り、誇りを守る為、に彼等に復讐します。
セレジェイラはゆっくりと瞳を閉じた。
全て夢であれば良いのにと、密かに願いながら。
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眠ったセレジェイラの頭を愛しそうに撫でるシャッテン。
彼は遠い昔を思い出していた。
――あれは……忘れもしない。両親を無くした僕が悲しみに打ちひしがれている時、姉様は太陽の如く僕の心を救ってくれたんだ……
「お、王女様……初めまして、アテール・シャッテンと申します。」
緊張した様子の幼いシャッテンは同じく、まだ幼いセレジェイラに挨拶を交わす。
「貴女がシャッテンね!何て可愛らしいんでしょう!」
「え?」
「私は、アテール・セレジェイラ。ねぇ、シャンと呼んでもいいかしら?私のことは姉様と呼んで?」
シャッテンは首を傾げる。
まさか、こんなにも早く受け入れられるとは思っていなかったのだ。
アテール王国。
それは、世界で唯一無二の魔術を使うことの出来る存在――アテール一族の治めてきた王国。
だが、アテールの血を引くものならば、皆が魔術を操る訳では無い。
摩訶不思議なことに、歴代王の血を直で引いた者のみが、魔術、そして美しい漆黒の髪に瞳を賜るのだ。
その為、それを持たない王族は虐げられることも少なくは無かったのだ。
「勿論です……王女さ……姉様。」
いじめられやしないかとすら思っていたシャッテンが動揺する中、セレジェイラは突然、彼をぎゅっと抱き締めた。
「叔父様と叔母様が亡くなってしまって、辛かったでしょう。もう、大丈夫よ。姉様が叔父様夫妻の代わりにシャンを守るわ。」
そのセレジェイラの言葉に、シャッテンの中でプツンと何かが切れた。
シャッテンは、もうずっと一人で生きていかなければならないと思っていた。
だけれど、その言葉でまだ自分にも味方がいたのだと気が付いたのだ。
シャッテンは彼の両親が亡くなってから初めて涙を流した。
「……ぅう、うっうっ」
その涙を見て、セレジェイラは安堵した。
父である国王から、彼が両親を無くしてから涙一つ流していないと聞いていたからだ。
国王は、幼いながら、強く立派な王族だと褒めると同時に、セレジェイラにシャッテンに気遣って欲しいと頼んだのだ。
セレジェイラはそれを聞いてから、まだ会ったことも無い弟を想い、今日まで夜も眠れない程に心配していたのだ。
「心が壊れちゃったんじゃないかって本当に心配で堪らなかったのよ。今まで我慢していたのね……いとこでは無く、本当の姉だと思って、わたしを頼ってね。」
「……っ姉様、うわぁぁぁん!」
壊れそうな程に泣き始めたシャッテンをセレジェイラは更に強く抱きしめ、背を摩った。
暫くして、落ち着いて来たシャッテンを見てセレジェイラは腕を解き、指先でシャッテンの涙を拭う。
「大丈夫だから、私を信じて。」そう言い、微笑んだセレジェイラをシャッテンは天使のようだと思った。
――今度は僕が姉様を守ります。
シャッテンは胸に誓っていた。
だが、誇り高く、強がりなセレジェイラはいつも弟に心配をかけないようにと気を張っている。
それを、嬉しいような悲しいような想いで見ていたシャッテンは今日、初めて自分の前で弱音を口にしたセレジェイラにそれまた嬉しいような、それ程までに弱っているのかと悲しいような想いを抱いていた。
――姉様は、何を考えておられるのだろう。
王宮を追放されて、もう一ヶ月。
初めは一週間ほどは、話すことも食べることもせず眠りこけていたセレジェイラ。
少し元気を取り戻したかと安心していたシャッテンだったが、行先もこれからのことも何も言わ無いセレジェイラにシャッテンは、何やら悪い予感がしていた。
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「お客さん、着きましたよ。」
「ん……。」
――どれくらい眠っていたのだろう。
セレジェイラは目が覚めて初めて、シャッテンに寄りかかりながら眠っていたことに気が付いた。
――私を気遣ってくれたのね。シャンは私が守ると約束したのに……しっかりしなくては。
「シャン、起きて。着いたわ。」
「ぅん……。」
セレジェイラとシャッテンは、馬車を降りると、残り少ない銅貨を馬車引きに渡した。
寝ぼけ眼のシャッテンは、そこで驚愕する。
「姉様!どういうことですか!」
何故ならそこは、踊り子の街――ブルーメだったのだ。
踊り子と聞けば聞こえは良いが、女性は慎ましく淑やかにとされるアテールでの踊り子と言えば、肌を激しく露出したドレスで妖艶に踊り、酒をつぎ、男性を魅了する。
言わば、娼婦であった。
「ごめんね……でも、こうする他無かったの。」
「何故です!それなら、僕が代わりに働きます!遠い田舎にでも家を借りましょう!姉様は昔と変わらず、優雅にお茶でも飲んでいて下さい!」
「シャン、目的はお金では無いの。」
セレジェイラの冷たい声にシャッテンは驚いた。
――姉様は本気なのだ。
「此処で待っていて。」
「いえ!一緒に行きます!」
セレジェイラは、何も言わなかった。
二人は夜のブルーメへと姿を消した……
初めてこちらのサイトを利用させて頂くので、不備も多いかと思いますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
初作品……緊張しております(⑉• •⑉)