1.始まり
テンドケードの月が紅くなってもう三日がたつ。
エドナは一人夜空を見上げていた。
ここテンドケードでは、三日前から異常な現象が多発している。
1つは月が紅く染まっていること。
2つめは朝が来なくなったこと。
そして3つめは、他街との通信・交流手段が一切途絶えた事。
他の町とコミュニュケーションがとれないのでこの現象が他でも起きているのかはわからない。もちろん他の町に続く門を潜り抜けたりもしてみるが、隣町に行き着くはずがまた反対側の門に戻ってしまう。何度やっても結果は変わらなかった。
それにしてもリディはまだ来ないのだろうか。待ち合わせの時間をとっくに過ぎている。
エドナは幼馴染のリディ・レンドラに誘われてここに来ているのだ。
「自分で誘ったくせに!」
そう叫んだ瞬間、両肩に重みがかかった。
「エードナッ!」
後ろを見てみるとリディが抱きついていた。
エドナはムカついたのでリディの体をおもいきり振り落とした。
「おーっとっと!あれ…なんかエドナ、怒ってる?」
「なんか…じゃないでしょ!こんの寒い中人待たせといてッ」
「わかったわかった;謝るから!ね!ね!ごめんごめん!」
ほとんどの言葉を2回繰り返している。
「そんな事よりどうしたのこんな時に」
自分で謝らせておいてこんな事なんていうもんじゃない。
「こんな時だから呼び出したの!」
「?」
「なんとね?月時計が動き出したらしいの!」
「月時計がぁッ?」
「そうなの!びっくりでしょ?」
「う、嘘…」
「ほんとだってば!」
エドナが驚くのも無理は無い。月時計は、テンドケードが月の町と呼ばれる理由の一つで、月を象った大きな古時計のことだ。町の中心にある広場に建てられており、おそらく全長は6m以上。時計のてっぺんには大きな丸いアーチがある。
満月の夜に決められた場所から決められた時間にそのアーチを見ると、月がすっぽりはまって見えるらしい。噂では、それを見ると願いが叶うと言うが、面倒なので試した事は無い。
話が反れてしまったが、月時計は町の歴史によると100年以上動いておらず、
型も古いのでなおしようがないと言われていた。
その月時計が独りでに動きだしたのだ。しかもリディの話では、
とまったままだった深夜十二時ぴったりから。
そんな馬鹿な話があるわけない、とも思ったが、『馬鹿な話』ならこの町ではもういくらでもおこっている。100年動いていなかった時計が動くくらいの話はあってもおかしくない。
「ね!だから、見に行こ?」
「うん。」
そう答えた時にはもう走り出していた。
月時計までは5分もかからなかった。
広場には時計を見に来た住民達が溢れかえっていた。
確かに月時計は動いていた。
「すごい…」
月時計は長針だけで2mはある。その針が1分ごとに動くという事がエドナにはとてもすばらしい事に思えた。
2人は10分間もの間時計に目を奪われていた。
だがそのうち、周りがざわつき始めたのに気付いた。見たところ周りに居る殆どの人の視線がこちらに向けられている。
リディさえもこちらを見ている。たまらずエドナは聞いた。
「…なに?」
「エドナ…その髪…」
リディが視線をエドナから話さないまま言った。
風が街路樹を揺らした。同時にエドナの髪も揺れた。
揺れた髪は、エドナ自身の視界にも入り込んできた。
エドナは一瞬幻を見たのかと自分の目を疑った。
それもそのはず、エドナの深い赤色だった長い髪は、光る銀髪に変わっていた。
「ぎ、銀髪だ!捕まえろ!」
誰かが叫んだ。
捕まえる?なんで私が?
時が止まったようだった。足が動かない。
「エドナ!逃げよッ!」
リディが手をひぱってくれなかったらそのまま捕まっていたかもしれない。
もう何も考えられなかった。
ただただ足を交互に前に出した。できるだけ早く。これ以上できないくらい早く。
だが道は走っても走っても変わらず、エドナにはずっと同じ道を走っているように思えた。
* * * * * *
「はぁ、はぁ、はぁ…。逃げ切れて良かったぁ…多分ここならしばらくは…ごめんね?私が誘ったばっかりに。」
エドナはしゃがんで膝に顔をうずめたまままま黙っている。
「エドナ?」
「これ…夢じゃないよね」
エドナが顔を上げた。
「たぶん。違うと思う、よ?」
「そっか。そうだよな。コレが本当に夢なら夢かもしれないなんて思わないもんなぁ。」
「…うん。」
「それよりこの髪……いつから銀色になってた?」
エドナは髪を指でつまみ自分の目の前に持って来ながら言った。
「わかんない…でも合ったとき赤だったのは間違いない。走ってる時も赤だったような気がするし…月時計見てる時かなぁ」
「そっか…」
詳しい時間は分からないが、エドナの髪は銀色に染まった。
そして町人達に追われた。
何分かの沈黙が続いた後、リディが口を開いた。
「でもなんで追われたんだろう。銀髪だ!って叫んでたよね」
「うん」
「確かにこの町に銀髪は一人もいないけど…だからって銀髪だと何か悪い事でもあるのかな…」
「さぁ…でもこれからどうしよう。きっと家には私を追った人たちが来てるし。もうこれ以上迷惑はかけれない。リディはもう帰って?」
「そんなんできるわけないじゃん。ていうか今帰ったってさっき逃げる時に顔見られちゃってると思うし。エドナ逃がしちゃったんだからきっと私も追われるし」
「でも…」
「気にしない気にしない!」
「…ありがと。」
「うん!でも、ほんとに今からどうしよう…」
「そうだね…」
「ウチ来いよ」
いつの間にか2人の横には、同じく幼馴染のレオが立っていた。
「レオ!」
リディが叫んだ。
「声がデケーよ!見つかったら元も子もないだろ!」
「あ、ごめん」
「なんでレオがここにいるの?」
「なんでって…ここ俺んちの前。」
「そうか。そういえば。」
「とりあえず俺んち入れよ。」
「よし!じゃあ入ろーう!」
相変わらず能天気なリディが言った。
「ちょっと待って!無理だって。私たち終われてるんだよ?」
「そうだったね…」
「俺が良いって言ってんだから良いんだよ」
「あんたは良くてもお母さん達に迷惑がかかるの!」
「母さん達がお前ら連れて来いって言ってんだよ」
「ホントに良いの?」
「さっきから言ってんだろ?」
「じゃぁ…お邪魔します」