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奴隷少女はご主人様の帰りを待つ

作者: やまおか

 わたしは奴隷でした。

 

 ジメジメした冷たい地面の上で膝を抱える日々。

 一人、また一人と同じ部屋にいた人たちが鉄格子の向こうににつれていかれます。

 体の大きい男の人や、おっぱいのおおきい女の人、読み書きもできる頭のいい人がいなくなり、わたしだけが残っていました。

 

 わたしはいわゆる売れ残りというやつらしく、お店のひとはわたしを見るたびにため息をついていました。

 

「おい、出ろ」

 

 初めは自分が呼ばれているとは思わず呆けていると、もう一度名前を呼ばれました。

 久しぶりの日の光がまぶしくて目を細めていると、一人の男性の姿がだんだんと見えてきました。

 

 ほっそりとした体つきにあまり手入れされていないもじゃもじゃの髪。

 歳は、よくわかりません。端正な顔立ちをしているが、肌のはりつやから二十代半ばに見えました。

 しかし、彼がまとう雰囲気にはまるで疲れたおじさんのような気だるさがあった。長身なせいで枯れ果てた老木のようです。

 

 お店のひとから彼がわたしのご主人様だと教えられました。

 無口な人で、連れて行かれた先も薄暗い家でした。

 

 目が慣れてくると、家の中の様子が見えてきます。

 壁の本棚にはぎっしりと分厚い本が並べられ、使い道がよくわからない道具がたくさん並んでいます。

 瓶詰めのガラスごしにぷかぷかとみたこともない生き物が浮かんでいます。

 

「……これを飲め」

 

 初めて聞いたご主人様の声はボソボソとこもってうまく聞き取れませんでした。

 でも、目の前に差し出されたビンを見て、なんとなく察することができました。

 

 コルクの栓を抜き乳白色の液体がゆれるビンを傾けると、甘くて苦くてイガイガした味がしました。

 のどの奥を通り抜けると、途端にかっと体が熱くなりふらふらと体が傾きなんとか体を立て直そうとしたところで、背中に暖かい感触。

 無表情なままのご主人様の顔が見えたと思ったところで意識が途切れました。

 

 目覚めると、最初に感じたのは柔らかい感触。

 体をおこすとそこはベッドの上でした。

 

 見知らぬ部屋の中できょろきょろと視線をさまよわせます。ベッドの柔らかさを惜しみつつ、そっと部屋の扉を開けました。

 抜け出した先、そこには大人の男の人の背中。

 

 無言で作業を続けるご主人様に声をかけていいか迷っていると、踏み出した先で床がぎしりと音を立てます。

 思いのほか大きい音に驚いていると、視線がわたしに向いていました。

 

「……体はだいじょうぶか?」

 

 聞こえた声に驚きながらも、ここで初めて自分の体の変調に気がつきました。

 骨が折れて変なふうにくっついた足も、動かすたびに痛む火傷の跡もなくなっていました。

 

 もしかして、あの薬のおかげなのかと思い至り、ご主人様は魔法使いなのかと驚きました。でも、ちがうという短い答えが聞こえただけでした。

 

 それから、ご主人様のいいつけにしたがって手伝いを始めます。

 

 家のお掃除。

 たまった汚れ物のお洗濯。

 読めない文字が書かれた紙のゴミ棄て。

 

 ご主人様はいつも部屋にこもっていて、掃除は適当でいいといわれていました。

 よくわからない機材はいいつけ通り触らないようにしていました。

 

 でも、気になるのは飼育籠に入れられた子たちでした。

 実験用に使うものらしく、なにもしなくていいといわれていたが水もエサもあげていないのはかわいそうだと思ったものです。

 

「……彼らはもう死んでいる。錬金術によって作り出した霊薬によって不死の生物として蘇った」

 

 ご主人様のいうことはときどきわからないことがあります。

 でも、わかる必要もないのでしょう。

 ご主人様の言うとおり何もしなくても、彼らは変わらず元気でした。

 

 小さい体でひくひくと鼻先を動かしている姿はとても可愛く、赤い目は宝石のようできれいです。

 

 

 あるときのことでした。ずっと元気だった彼らが動かなくなりました。四肢を投げ出してぴくりとも動きません。

 ご主人様の手元には不思議な色の液体が詰まった小瓶が置かれていました。

 

「……そいつらは元々死んでいたんだ。それが元に戻っただけだ」

 

 いつの間にか表情に出ていたのかもしれません。

 ご主人様はいつになく優しげな声をかけ、おっかなびっくりといった感じで頭の上に手を置かれました。

 その手はひんやりと冷たくて気持ちよかったです。

 

 あれから、ご主人様は部屋にこもることが少なくなりました。

 たくさんの書類をまとめてゴミに出すように言われることが多くなり、だんだんとご主人様の部屋から物が少なくなっていきました。

 

「……明日、ここを発つ」

 

 夕食の席。

 いつもは一人きりで座っていたのですけれど、今日はご主人様が一緒でした、

 ご主人様はごはんはいらないといつもいっていて、いつ食べているのか不思議になるぐらい部屋にこもっていました。

 だから、今日はお母さんに教えてもらった料理で腕によりをかけました。

 

「……おまえに頼みごとがある」

 

 命令をされることはあったのですけれど、頼まれるということは初めてでした。

 

「……今から長い旅にでる」

 

 急な話です。

 いつ戻ってくるかもわからず、もしも、一年経っても戻らなかったら、部屋にあるものをすべて破棄してほしいと淡々とした口調で告げられました。

 

「あの……」

 

 不安になり、つい口を挟んでしまいました

 ご主人様の赤い双眸がわたしを見下ろします。

 奴隷にあるまじき行為に叱責が飛ぶかと身をすくませますが、静かに待ってくれおずおずと口を開きました。

 

 思えば、彼が声を荒げているところなんてみたことがない。いつも、やんわりと注意してくるだけであった。

 

「ご主人様は戻ってきますよね?」

 

「……戻ってこなければ、おまえは自由だ。この家に残っても、好きなところに行ってもいい。多少の金銭は残していく」

 

 どうして、とは聞くことができませんでした。

 

 翌日、コートを着たご主人様はわずかな手荷物だけをつめたかばんを置いて玄関口で靴を履いています。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

「いってらっしゃいませ。帰ってくるの、待っています」

 

 返事のないまま帽子を目深にかぶると、ご主人様は出て行きました。

 

 それから、毎日玄関口を見つめる日々を過ごしました。

 ですが、季節がひと巡りして一年がたっても扉を開けてくれる人は現れませんでした。

 

 言いつけどおり部屋の中は片付けて、ご主人様がいつでも帰ってこられるようにベッドもきれいにしています。

 

 まだですか?

 

 最近、急に背が伸びました。

 前は手が届かなくて、ご主人様に手伝ってもらってましたね。もう一人でできるようになりました。

 

 まだ、でしょうか?

 

 近所のおばさんからおいしいミートパイの焼き方を教えてもらいました。

 

 ……早く帰ってきてほしいとはいいません。

 

 町の噂でご主人様のことを聞きました。

 禁忌の錬金術師。

 不老の怪人。

 

 でも、わたしにとってはそんなことはどうでもいいです。話したいことはたくさんあります。

 

 おかえりなさい、と一言だけ言わせてください。

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