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とりあえず食え⚓

 玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンなどに火が通ったことを見極めた上で、ちょうど具材が浸るくらいの水を入れる。ここからは、弱火でじっくりの時間だ。出てくるアクを掬っては親の仇のように台所のシンクに捨てる。アクを含んだ水が弧を描いてシンクに叩きつけられるのが気持ちいい。これはある種の芸術性が求められる案件だ。

 べっ別にストレス発散ではない。けして父に受けた数々のハラスメントに悲観したわけではない。

 そして時折、沸騰しすぎて吹きこぼれるのを避けるために水を足す。これはアクを捨てるときに失った水分を補充する役割も兼ねている。

「……さて、頃合いか」

 いい感じに父親由来の雑音も聞こえない。集中できているという証左だろう。ここでルーを入れる。

 ルーは決して煮立った鍋に入れてはならない。必ず火を消した上で、割って溶かす。水が少な目の我が家のシチューは、ルーを溶かしきれるかどうかにすべてがかかっている。

 まろやかなルーの味は、溶け残しが少しあっただけで台無しになる。そもそも溶け残しがあれば、その分ほかの場所ではルーが薄くなるのだ。均一に味がなじんでこそのシチュー。丹念にゴロゴロした大きい具材をひっくり返し、鍋の底にルーが残っていないか調べておく。この際多少冷めてもいいのだ。ルーは市販のものだが、いや、市販のものだからこそ、メーカーの開発者が心血注いで完成させた味を崩したくない。

 再び火をつける。中火程度で軽く温める感覚だ。――ここで、我が家だけの隠し味が登場する。

「緊張するなあ……分量間違えたらただの味噌汁になるし」

 そう、どの家庭にもある味噌である。入れすぎてもいけない。まろやかさを足すくらいの意気で、小指の爪の先ほどをスプーンでこそげ取って、鍋にイン。うまくいっただろうか。

「そろそろ味噌の時間かな?」

 父の声が背から響く。シチューの香りで勘付いたのだろうか。

「そうだとも」

「楽しみだな」

 心なしかさっきまでの元気がなくなった父の声を、やはり調子が狂うなあと思いながら聞き流す。


「どうしたってんだよ、おめえ」

 牛乳もいれて無事完成したシチューを持っていけば、父がなにやら感傷に浸っているのだ。

「いや……お前の後ろ姿見てると、カアチャンを思い出しt」

「食え」

 タピオカ食わされたカエルのような目をするんじゃない!

「ほら、冷めちゃうだろうが」

「まあ、そうだけど」

 私は舌打ちをする。よりにもよって、シチュー道の最中に不貞を働いたあの女のことを思い出すんじゃない。

「食い終わるまでがシチュー道だかんな」

 父親にはリマインドもかねて白い目を送っておいた。

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