プロローグ
『悪いことは続くことが多いけど、いくらなんでもこれはないだろう』
憑神明は大きくため息を吐いて、半分燃えかすとなった数枚のお札と折れたロザリオ、さらには溶解したバールを抱えてうな垂れていた。
そんな彼とは対照的に、アロハシャツを着た大男が、シャツに短パンというラフな格好をした3人の少女を撮影していた。
「おい!さっき言っただろう!足並みがずれているぞ!」
「はー、いー」
「ボクはこんなことやるなんてこと言ってないのに」
「今日あったばかりのあたしらに何させてんの、このおっさんは」
「……どうしてこうなった?」
踊る度に体の一部が床に落ちるゾンビ娘、半ば透けておりまるでランプの精のように小さな箱から出てきた娘、ちらちらと鋭い犬歯が見える娘、そしてそんな人外娘を”アイドル”に仕立て上げようと指導するアロハシャツの社長を見ながら、憑神は今日起こったことを思い返すのであった。
――時を遡ること、半日前。
N県にある辺鄙な村。夕暮れ時に1台のハイエースが、朽ちたお屋敷の前に止まる。
「はぁ、この会社俺をこき使いすぎだろ。俺1人でこんな廃屋まがいの屋敷に泊まって映像を撮ってこいなんて」
憑神は大きくため息を吐く。そして肩を落としながらハイエースから撮影機材をガチャガチャと下ろすと、屋敷の中へと搬入を始める。
「幽霊が見える人、募集なんて会社に応募するんじゃなかった」
憑神が所属するホラービデオ制作会社、ぞぞぞ企画は社長と憑神だけという超小会社。
そして、憑神の給料は遅延し、明日にも倒産を迎えそうな気配を臭わせていた。
「まあ、ニートだった俺が入れた会社だしなあ。しょうがねーか、よっと」
憑神は恐怖を紛らすために、独り言をぶつくさ言いながら機材の準備を始める。
「あー、こんなところで一晩か-。ん?」
布団を敷いていた憑神はふと、朽ちた床板の隙間に手の平大の何かが落ちているのを見つける。
「ん?」
憑神は這いつくばって床の隙間に手を入れるとそれは白い箱、否。
古ぼけたお札が張られた小さな木箱。それが隙間から無理に掴みだしたたために、お札が破れてしまっていた。
「……ねぇ」
突然、背後から少女の声。
ありえない。自分1人しかいないはずの廃屋に、少女の声?
憑神はゆっくりと背後へと振り返る。
「……ねぇ、それ。 ……ボクの」
ショートカットで赤い着物着た背の低い少女がそこに居た。
ひんやりとした感触に加えてその少女には背景が透けており、人間ではないと憑神は直感的に理解した。
「……それ、返して」
その瞬間。
憑神は跳ねるように撮影機材のカメラと”木箱”を持って外へと飛び出すと急いでハイエースに飛び乗る。
そしてエンジンを掛けるとアクセルを大きく踏み込む。
「なんだ、あれ。急に何なんだ!?」
幽霊を見ることはあってもに話しかけられる経験はなかった憑神。
背後に小さくなった屋敷を見ながら、ようやく早鐘のようになった心臓が落ち着いてくる。
「はあ、とりあえず社長にどう報告するか……ん?」
憑神はふと横に気配を感じる。
そして嫌な予感を抱きながら、ゆっくりと助手席を向くと先ほど見たショートカットの少女が居た。
「ボクの箱をなんで持って行くの?」
「ひぃぃぃっ!????」
そこから憑神の記憶はあやふやなものとなる。
*
「確かあのあと、あの箱の女のお祓いするために神社に行ったらゾンビの子に捕まって、ゾンビの子を祓うために教会に行ったら吸血鬼娘に襲われて、なんとなく事務所に逃げ込んだら、もっと悪夢なことになって……」
憑神がイスに座ってへたり込んでいると、動画撮影を終えた土瑠衣《どるい》社長が憑神のほうへ歩いて来る。
「おう、憑神。生きてるか?」
「死にたいですが、生きてますよ。何ですか?」
「この動画を編集してウーチューブにアップしろ」
「は?」
「いまのままじゃ、うちは倒産しちまう。あいつらを使ってホラー映像を撮ってもすぐにネタ切れになる。顔は良いんだし、あいつらをアイドルにして売り出すぞ」
「へ?」
「ああ、ユニット名は考えているんだ。”ホロウ・アイドルズ”、略して”ホロウズ”だ。んで、お前があいつらのマネージャーな。好かれてるんだし、適任だろ?」
「いやいやいやいや!!!無理無理、無理ですってば!しかも好かれてるというよりも憑かれているだけですし!」
「業務命令だ、やれ」
土瑠衣の言葉に気圧された憑神は、その動画を受け取る。
土瑠衣は白い歯を二カッと見せると事務所から出て行ってしまう。
「人外3人に取り付かれた挙げ句、そいつらのマネージャー? ウソだろ……」
憑神はショックのあまりただただ呆然とするばかりであった。
後日、ウーチューブにアップされた”ホロウズ”の動画がアイドル界に一石を投じることになるとは、このとき誰も知るよしもなかったのだった。