入学式の前の出来事
俺は今、猛烈に困っていた。
入学式の一週間前に中学の担任が家へ来て、「紹介状を書いた鳳凰学園の理事長が会いたがっているから入学式の3時間前に学園に行ってくれ。迎えも門の前によこすそうだ。」と言われ、その通りの時間に来てかれこれ30分ぐらい待っているのだが迎えが来ないのだ。
俺は幼等部と小等部より、この学園の敷地は大体把握しているので別に自分で理事長室まで行けるのだが、そんなことをすれば怪しまれるのは 必須なのでそれもできない。
だが、理事長を待たせるのもどうかと思うのでどうかするべきか迷っていた。
そして、それからまた30分ほどたった頃、校舎へ続いているだろう長い道の先から一人の青年が歩いて来た。
やっと迎えが来たか、と思い俺は何気なく青年を見たのだがその瞬間に顔にこそ出さなかったが内心で最悪だ、と思っていた。
まさかこの学園に来てから一番最初に会うのが昔の知り合いなんて。
俺が鳳凰学園に入学すると決めてからもう何度目になるかわからない後悔をしていると俺の前まで来た青年が笑顔で話しかけてきた。
「あなたが河野 慎哉君ですね?ようこそお越しくださいました。理事長がお待ちです。ご案内致します。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
俺は笑顔で言葉を返しながらも内心緊張していた。だが、そのまま笑顔で頷いて「こちらです。」と案内をし始めた青年に気づかれなかったか、と俺は内心で息をはいて安心した。
その後、20分ほど歩いて(敷地がやばいくらい広いのだ)青年に理事長室まで案内されたのだが理事長に急な用事が入り、10分ほど前に出ていってしまったと秘書らしき人に言われ、結局会うことはできなかった。
思いがけず時間を持て余してしまった俺は寮の部屋の片付けに使おうと思い、一応寮の場所を聞いてそこで青年と別れたのだった。…はぁ、一体何のために3時間も前に来たのか。
その後、寮の部屋(二人部屋)で入学式まで片づけをして時間をつぶした俺は式が始まる40分前に部屋を出た。
俺は寮を出ると入学式の会場であるホールへ向かった。
寮でも思ったのだがやっぱりこの学校は金を無駄遣いしすぎだと思う。
俺が通った校舎だけでも、いたるところに金が使われていたり、天井にシャンデリアが下がっていたりと俺のような平民には恐れ多すぎる作りになっていた。
ここまで言えば俺が何を言いたいかも分かるだろう。
そう、校舎でそんな作りなのだから行事や式を行うホールが一般の学校のホールと同じわけがないのだ。
俺はホールへ入った瞬間、すぐに回れ右して帰りたくなった。だがその気持ちを押し殺して入学生専用の最後尾の端の席に座った。
俺はしばらく座っていると眠くなってきたので式が始まるまで眠ることにした。
昨日はおじさんとおばさんが鳳凰学園の制服を着た俺にうかれて魔写(写真のようなものを魔法で撮ること)を撮りまくってあまり寝かせてもらえなかったからずっと眠かったのだ。
ということでお休みなさい。
グー…
目をつぶるとすぐに寝てしまった俺は、隣の席に座った男子生徒が俺の方をじっと見ていたことにも気付かなかった。
「「「「「キャーー!!」」」」」
「「「「「うぉーー!!」」」」」
俺は悲鳴が聞こえて飛び起きた。悲鳴の出所はすぐにわかった。ホールにいた生徒達が、壇上に向かって叫んでいたからだ。
俺は壇上に視線をやると納得して頷いた。
壇上には美男、美女が数人立っていた。
悲鳴はあの人たちに向けてのものだろう。
俺がそうやって壇上をじっと見つめているといきなり隣から声が聞こえた。
「あ、やっと起きたんだ。おはよう。良く眠ってたね。」
「えっ!」
隣に人がいると思っていなかった俺は驚いた。
俺が隣を見るとこれまた金髪碧眼の王子様のような容姿をした男子生徒が座っていた。
「あの、あなたはいったい。」
俺の至極もっともな質問に何故か驚いた様子で男子生徒は答えた。
「俺のことを知らない人がいるとはね。俺は君を見たことがないからやっぱり外部生の子だったのかな?」
俺はその言葉を聞いて自意識過剰だろ、と思ったのだが間違ってないはずだ。
「はい。俺は今日から入学することになった外部生の河野 慎哉と言います。」
内心でそんな失礼なことを考えていることはおくびにも出さず俺は自己紹介をした。
「ああ、やっぱりそうか。自己紹介がおくれたけど、俺は1年の風間 俊也。一応君の暮らすことになる寮の監督生補佐をしているよ。」
へぇ、一年で寮監督補佐ってすげぇな。…えっ、てかっ今こいつ風間って言ったか?風間ってあの栄光七家の風間家か?
「あの、風間ってもしかして」
「ああ、そうだよ。俺は優秀な風魔法の使い手を多く輩出してきた栄光七家の風間家の者だよ。俺はそこの長男で風間 俊也っていうんだ。ははっ、やっぱり驚いたかな?」
「ええ。それはもちろん驚きますよ。」
俺はしっかりと返事を返してるように見えるだろうが内心はパニックだった。
だが、俺は別に風間家の者と話しているからパニックになっている訳ではない。
いや、ある意味ではその通りなのだが少し、いや大分普通の人たちと驚きの内容が違うだろう。
まず、俺はこの学園に入るにあたり、いくつかの決まりを自分の中で定めていた。
その最たるものにできるだけ財閥、特に上流財閥や栄光七家の生徒とは距離を取って生活するというものがあった。
俺は今、その決まりを最初から破ってしまったことに動揺していた。
そして、迂闊すぎる自分にがっかりしていた。
「にしてもやっぱり似てるな。」
「え、何にですか?」
俺は聞こえてきた風間の言葉に内心ものすごく動揺しながらも平静を保って答えた。
「あ、いや河野君がある人に似ている気がしてね。髪や目の色も君みたいな茶色じゃないし、顔の形だって全く違うのに何でだろうね。」
「そうなんですか?その人はどんな人なんですか?」
俺は内心、ビクビクしながらも聞いてみた。
「どんな人か。…すごい人だったよ。いつも輪の中心にいて強くて優しくて、栄光七家の現当主様たちも認めていて仕事にも参加して何でもできるすごい人だったよ。でも、何でも出来てもまだ小さい子どもだってことに当時の誰も気づけなかった。もし、気づいていたならあんなことにはならなかったのかな。…」
俺は聞いたことを早速後悔していた。
おそらくこいつが話しているのは俺のことだろう。
自分のことをこんなふうに聞くことになるなんて恥ずかしいし、何より空気が重い。
いったいどうすりゃいいんだよ、この空気。
その後、お互いに話さなくなり、重い空気のなかで式の終わりに少しだけ会話をして別れたのだった(式が終わったとたんに風間は大勢に囲まれていて話しかけずらかったから黙って出てきた)。