終わりと始まり
一台のバスが山の山道を走っていた。
やがてバスは大きな門の前で止まり、16・7歳くらいの一人の青年が降りてきた。
青年が大きな門を見上げているとバスの運転手が話しかけた。
「兄ちゃんも物好きだねぇ。こんな山奥の金持ちの通う学園なんか来て、何するってんだい?」
「ははは、本当ですね俺はいったい何をしにきたんでしょうね、ここに」
「はは、どういうことだよそりゃ、兄ちゃん自身も何しに来たか分かってねぇんじゃねぇか。」
バスの運転手は、青年に笑って言葉を返すとそのまま来た道を引き返して行った。
一人残された青年はもう一度大きな門を見上げてため息をついた。
「本当、なんで俺がここに入学することになったんだか。ずっと近づかないようにしてたっていうのに。…はぁ、まさか自分からこの学園に戻って来ることになるとはな。」
一瞬遠い目をした青年は、時間を確認するとゆっくりと学園の門を通って行った。
★★★
突然だが俺の名前は河野 慎哉という。
まず初めに、俺がこの日本を代表する財閥の御子息、御令嬢の通う全寮制有名私立高校である《鳳凰学園》に入学することになった訳を話そう。
★★★
俺には生まれた時から前世の記憶というものがあった。前世の俺はしがない中小企業の社員で両親は他界していたが友人もおり、充実した生活を送っていた。そんなある日、彼女に振られたという友人のやけ酒に付き合い、愚痴る友人をなだめすかしてやっと帰路についたその帰り道、青信号を渡っていた時に急にカーブから飛び出してきたトラックを避けられずにあっけなく死んだ…はずだった。
次に目覚めた俺は何故かこの世界に生まれ変わっていたのだ。
俺が生まれ変わったこの世界は地球の並行世界のようなもので国の国名や時間、日付の数え方なんかは全く同じで、違うことといえばこの世界の公用語がレディア語(日本語)であることと、日本では財閥制度が残っていて火・水・風・土・光・闇・氷の属性魔法というものの優秀な使い手が生まれる栄光七家(赤井家、白宮家、黒宮家、水門家、風間家、土御門家、氷河家)が日本を守っていること、科学の変わりに魔力や魔法が発達しており、この世界では魔法の強さがすべてだということだろうか。
この世界の寿命も魔力の質や量で決まるらしく、質が良くて魔力量も多い人ほど長生きするらしい。
例えば、質が良くて魔力量が多い人は長くて200歳ぐらいまで生きれるが、質も悪くて魔力量も少ない人は70歳ぐらいまでしか生きられない。俺の魔力は質も良くて量も多いらしい。
そして、魔法の強さがすべてだと先ほど言ったが、その魔法の強さを決めるのは年に一度開催される世界ランク戦というものだ。そこで毎年集まった世界中の18歳以上の人々が戦い、強さを競うそうだ。世界ランク戦には毎年大体50億人の人が参加するらしく、死者こそ出ていないが怪我人は大勢出るらしい。
日本にも世界ランク上位者はもちろんいて、財閥のトップに君臨する栄光七家のうち土魔法を主に扱う家の当主が世界ランク八位でそれ以外の家の当主も全員三十位以内に入っているらしい。
…まぁ、この世界について語るのはこのくらいにするとして今度は俺自身のことについて話そう。
俺は14歳の時から居酒屋「丸の屋」でおじさん、おばさんの手伝いをして暮らしている。だが俺は別におじさんたちと血の繋がりはない。養子とかそういうものでもない。俺は元々、12歳の頃からおばさんのお父さんであるじいちゃんと暮らしていた。色々と事情があり、俺が一人暮らしをしようとしてたときに一緒に暮らそうと言ってくれたのがじいちゃんだったのだ。
その日から俺は前の名前を捨て、じいちゃんの姓(苗字)と慎悟という名前からとった、「河野 慎哉」になった。じいちゃんは豪胆な人で普通よりも魔力は多く、長生きだったが、診断された寿命になってもまだ元気な人だった。
しかし、俺が13歳(中学2年生)のある冬の日、川で溺れていた子猫を助けるために飛び込んでそのまま凍死してしまったのだ。子猫は助かったのだから無駄ではなかったのだと思うのだがやはり悲しかった。だが悲しくてもじいちゃんらしいとも思った。じいちゃんは「男なら誰かを守って死ね」ということをモットーに生きていた人だったので最後までその通りに生きたという事だからだ。
だが、問題はそんなことではなかった。
何故かじいちゃんの遺書には遺産を全て俺に渡すと書かれていたのだ。
もちろんじいちゃんの親戚たちは猛反発した。当たり前だ。どこの馬の骨とも知れない子供に、じいちゃんの莫大な遺産を渡そうと思うはずがない。
そんな中、じいちゃんの一人娘であったおばさんが「この子はお父さんと暮らしてたんだよ。お父さんは馬鹿な人だったけど、人を見る目はあった。そんな父さんが遺書に遺産は全てこの子のものだと書いたんだ。ていうことはさ、お父さんは私たちよりもこの子にあげた方がいいって思ったってことなんだよ。だから遺産は全てこの子のものだ。この子は、私が引き取って育てるよ。だから口出しはしないでくれ。あんたもそれでいいね。」そういって強引に話を決めてしまったのだ。 「それでいいか。」と聞かれた俺は、おばさんの勢いに押されてつい頷いてしまい、その日からおばさんたちに引き取られて一緒に暮らすことになったのだ。
だが、正直に言えばありがたかった。
じいちゃんが死んでしまい、赤の他人である俺を引き取って育ててくれるなんてところがあるはずがないと思っていたからだ。
俺は生まれた家に戻る気はなかったし、このままどうやって暮らしていけばいいのかと思っていたのだ。だから、俺を引き取って育ててくれたおじさんとおばさんに少しでも恩返しがしたくて俺はその日から必死に勉強し、魔法も鍛えた。
俺は元々頭の出来が良かったのか、中学3年の夏には国内でもトップレベルの進学校に入学できるぐらいの学力を身につけていたし、魔法も普通の人より圧倒的にできた。
そして、入試当日。
なんと俺はインフルエンザにかかっていた。
昨日から体が重いな、とは思っていたんだ。だがまさか、入試当日になって風邪を引くなんて思わないだろう。
それでも俺は休む訳にはいかなかった。
何故なら俺は、入試希望願書というものを一校しか出していないのだ。理由は簡単で、中学の教師たちからも絶対に合格すると言われていたし、俺自身もその進学校以外に行くつもりがなかったからだ。
だから、無理をして受けた入試でも合格できると思っていた。
だが、届いたのは不合格通知だった。
俺は絶望した。
もう今更、新しい高校を探したところで、あるのはそこら辺の低レベルの学校だけだろう。
だが、高校には絶対に行かなければならない。高校にも行かずに浪人した人間を雇ってくれる会社なんてあるわけがないからだ。
この魔法実力主義の世界で学生時代の実績なくして一人で生きていけるなんてことは絶対にない。
だから、俺はどんな学校でもいいから入学しようと思った。
だが、そんな時に俺の中学の担任が鳳凰学園の紹介状を持ってきた。
どうやら学園の理事長が友人らしく、どうしてもと頼み込んで「お前がそこまで言う生徒なら、さぞ素晴らしい生徒なのだろうな。」と、書いてくれたらしい。
(おい!何ハードルあげてんだよ!めっちゃ困るよ!)
…だが、俺は紹介状を受け取らなかった。俺は絶対に、鳳凰学園だけは行くつもりはなかったからだ。だから、俺はどんなに言われても拒否し続けた。
しかし、担任はそんな俺の様子にある日こう言ってきた。
「河野、お前がそこまで鳳凰学園を拒絶する理由は知らない。だがな、今のままではお前は本来の才能を活かすこともなく、お前の育ての親である方たちに恩返しをすることもできずに一生過ごさなければならないことになるぞ。お前だってわかってるだろう?そこら辺の低レベルの学校に入ったところで、将来安定した職につけることはないことぐらい。」
「…分かってます。ですが先生、俺は鳳凰学園だけは行けないんです。ごめんなさい。」
「行かないんじゃなくて、行けない、か。俺は別にいいけどな、お前を育ててくれた方たちがお前のこと、心配してるんじゃないのか?親たちを安心させるためにも早くどうするかを決めて報告してやれ。まだ迷ってるから他の学校を探してないんだろう?」
「…はい。今週中には伝えます。失礼します。」
俺はそれから悩み続けた。
だが、俺は結局鳳凰学園への紹介状を受け取った。
その後、おじさんとおばさんにそのことを伝えると、
「行く高校がやっと決まったのね!それにしても、鳳凰学園って凄いじゃない!いくらコネだとしても入れるなんて一握りなのよ!頑張ってきてね!私達に恩返ししようなんて思わなくてもいいから、高校生活は楽しんできて!」
俺はその言葉に微妙な気持ちになりながらも笑顔で頷いたのだった。
★★★
以上が俺が鳳凰学園に入学することになった経緯だ。