諦め
「お前がシン。いや、河野 慎哉、か?」
赤髪の男は、既に分かっているだろうに確認するように名前を聞いてくる。
「はい。そうです。俺が河野 慎哉ですが。」
俺は、名前を既に知られている事に若干動揺しながらも、それを悟られないように慎重に言葉を返した。
「そうか……。では、お前が入試を受けていない、あの、河野 慎哉か?」
何故か知られていた。って、何で知ってんの!?ってか、入試の情報は機密のはずじゃないのか!?どういうことだよ!?
俺は内心で大いに混乱しながらも、それを表に出さないように表情を必死に取り繕った。
「何も答えられないのか?では、やはり事実だと言うことか。ああ、嘆かわしい限りだ。この由緒ある鳳凰学園に、実力の伴わない者がいるなどとはな。」
赤髪の男は、俺が何も言わないのをいい事に、好き勝手に話始めた。
だが、俺にはそれに反論できるだけの材料はなかった。実際に、俺は入試を受けていない。にも関わらず、このエリート校に入学出来たのは、やはり中学の担任のコネのおかげだろう。しかし、だからといってこのまま退学にはなりたくなかった。この学園で友人ができ、それなりに楽しい学園生活を送った俺は、入学当初とは少し考えが変わっていたのだ。
それに、……俺は、かつての友人達の成長した姿を、もっと見たくなってしまっていた……。
「……俺は、確かに入試を受けていません。」
「ふん!やはりか。では、お前は、…」
「ですが!俺は、まだこの学園にいたいのです!実力があるかないかは、一週間後の一年第一試験で判断してください!お願いします!」
俺は、無礼を承知で赤髪の男の言葉を遮って、一息に捲し立てた。
「おい、お前!蓮先輩に対して無礼じゃないか!」
俺が頭を下げたままジッと床を見つめていると、聞き覚えのある声が耳に入り、思わず頭を上げた。
「…四葉、渚?」
そう、その声は、四葉 渚の声だったのだ。
俺は驚きすぎて、名前を確認するように呟いた。というか、本当に何でここに居るんだ?
「そうだけど?てかさ、何幽霊を見た様な顔をしてるの?僕はさっきからずっとここに居たよね?もしかして気づかなかったとか言う気なの?まぁ、そんな訳ないよね!この僕の存在に気づかないなんて、目が見えないか、余程のバカしかいないからね!」
四葉 渚は、初対面の時と同じく、弾丸トークをかましてきた。この話の長さと異様な自信は、どんな場所でも健在らしい。だが、寮の時と同じ様に対応する訳にはいかない。いくら俺でも、コウの話とこの前の会食で、もう十分と言う程エリート生というものを理解したつもりだ。更に、ここは生徒会室。恐らくだが、ここにいる者達は、全員エリート生で、生徒会役員もいるのだと思う。ならば、俺の正体がバレぬよう、尚かつ、この場を穏便に抜け出す為に取るべき対応は決まっている。
「四葉様。これは申し訳ございません。私としたことが、つい必死で、この場がどのような場か失念しておりました。お許しください。」
俺は、表情を一瞬で取り繕うと、四葉 渚の自分アピールには一切触れずに、殊更殊勝に頭を下げた。
にしても、まさかこんな所で前世と、今世で培った社交術が役に立つとは思わなかった。前世で磨かれた俺の社交術に、水門家で練習した作り笑いが合わさったら、もう無敵だと思う。本当は学校でこの素晴らしい作り笑いを使う事はないと思ってたんだが、人生何があるか分からないものだな。
俺はそんな達観した思いで、次の言葉を待った。
「おい平凡。頭を下げたぐらいでこの僕が許すと思ってるわけ?謝る気があるなら、床に這いつくばって土下座しなよ。」
四葉は馬鹿にしたように笑った。出来るものならやってみろよ。そういう顔だ。俺は自分の中で沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。
「…………このく「ははっ!渚、もうそこら辺で止めとけ。」」
俺は余りの言われように耐えかねて、このくそガキが!と言おうとした。だが、その言葉は、絶妙なタイミングで四葉を諌めた男子生徒の声に掻き消されてしまった。
四葉は一瞬何故止めるんだ?と言う表情で男子生徒を見だが、直ぐに納得した表情で頷いた。
「それもそうですね。彰先輩の言う通り、こんな平凡に時間を割くのすら勿体無いですよね。早く話を終わらせて出て行って貰わないと。」
余りに酷い言われようだ。俺も出来る事なら、こんな所からは一刻も早く出て行きたいが、それを人から言われるのはイラッとする。それもこいつからなら尚更だ。
「何?何か文句でもあるの?」
四葉は、俺がじっと見つめていたのを文句があるからだと解釈したようだ。まぁ、その解釈で間違いはないが、バカ正直にそんな事は言えない。
「いいえ?そんな事は思っていませんよ?」
少し馬鹿にしたような言い方になったが、そこは仕方ない。そして、お願いだからそこは気付かないでくれ。
「河野 慎哉君。話の続きをしましょうか。」
俺と四葉が静かに見つめ合っていると、第二副会長に声をかけられた。口元は笑みを浮かべているし、話し方も優しいが、目は笑っていなかった。俺は恐怖を感じたので、直ぐに姿勢を正し、一度コクリと頷いてみせた。
「では、先程の続きを。」
第二副会長は俺の対応に満足したのか、一度頷くと、俺の処遇について話し始めた。




