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虚構の男  作者: HYG
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虚構の男9

『で、そのメチャクチャ働いてもらうってのが、これぇ?』洋子は信じられないと言った声で雅臣に聞き返す。

『ああ、それもコミだ。』雅臣は何とか真面目を装って答えた。しかし、頭の中では今の洋子の状況を見て笑いをこらえるのに必死だった。これからの捜査を行うために雅臣が必要だと判断して、洋子のアバターに装備させたフォーマルなナイトドレスに戸惑う洋子が、面白すぎてたまらなかったからだ。

『せんせーの方は楽そうじゃない』恨めしそうな言葉を雅臣に投げかける洋子。雅臣のアバターはタキシードを装備していた。

『おしとやかに歩けよ』雅臣は洋子をたしなめるように促す。

『……』不満まみれの洋子は、もう何も言う気力もなかった。

 雅臣のパーソナルスペースで作戦会議を行った後、二人のアバターは普段の二人らしからぬ装いに身を包んでVRカジノのラウンジに立っていた。ここのVRカジノは、ヨーロッパにランドカジノを持っている企業が経営母体になっているらしい。バースにはこのようなVRカジノが何件かあるのだが、雅臣と洋子がここのカジノに決めたのは単に偶然だった。

 スロットマシンが置いてあるブースからは、マシンやコイン排出のSEとプレイヤー達の熱気が、テーブルゲームのブースからは物静かなディーラーの所作や、テーブル上にもたらされた結果に一喜一憂するプレイヤー達の喜怒哀楽が伝わってくる。ラウンジの壁にある大きなモニタには、スポーツベットやeスポーツベットのオッズと開始時間が一覧表となって表示されていた。中には、先日雅臣が手痛い目にあったMMORPG“下剋上”のオッズもeスポーツベットの一覧の中に載っていた。

 平日の夜だと言うのに、カジノは活気に満ちていた。雅臣がこの作戦を思いついたのは、洋子が“あらゆるゲームに強い”と吹聴していたのを思い出した時だった。ここで活動資金を増やし、それを餌にしてBOGEYDOGに接触する。恐らく、笹野経由で供出された資金は何らかのデータ的な仕掛けがされているだろうと雅臣は考えていた。そしてそれを、そのまま餌にすると警戒されるのではないか。ならばその危険性は一旦排除しておいたほうがいいだろう。それに、ここで稼いだ大金を持て余した風を装えば、BOGEYDOGに警戒されないのではないか。そう、雅臣は判断したのである。

 こうしたVRカジノ等の第三者を経由させる電金の扱いは、実際のマネーロンダリングでもよく使われる手口であった。後ろ暗い金を、いずれかの政府が正式な許可証を与えているカジノを経由して奇麗な金にする。発想は悪くないと思った。ただし問題はカジノで勝てるかどうか、その一点だけだった。

 二人のアバターはカジノの中にいくつかあるルーレットテーブルで手近なテーブルの空いている席についた。そこはヨーロピアンルーレットのテーブルだった。既に席についていた他のアバター達は雅臣たちに一瞥をくれる程度で、すぐに自分たちの賭けに集中した。そして、ディーラーとそのアシスタントのアバターも同じく。

『チップに変えてくれ』そう言うと雅臣は、テーブルにいるアシスタントに装備から外した200BVEを渡す。すると、たちまち雅臣の席の前に200vb$分のチップが現われた。

『最初のうちは適当に賭けるから、お前は流れを見ててくれ』洋子にそう告げると、雅臣は手際よく最低額の1vb$チップを賭け始める。洋子は言われた通りに見守ることにした。もっとも、洋子が準備した解析ツールにデータ入力を行うには、ルーレットの何回かのパターンをデータとして入力しておく必要があったからだった。

 ここのようなVRカジノのディーラーはほとんどがAIである。中には例外として、AIではなくアバターを使ってディールしている、いわゆる“中の人”が人間のディーラーもいない訳ではない。

通好みなカジノ客に言わせると、AIディーラーは味気ないと言われるのだが、それでもAIディーラーは今やほぼすべてのVRカジノで使用されていた。それは、人件費もかからず、カジノの支配人のコマンドに正確に従い、挙動も正確だ。そして、体調も崩さず不眠不休で働き、おまけに賄賂も受け取らない、そんな理由からだった。

 雅臣のアバターはウィールの“0”を起点にして90度ごとの地点をカバーするよう、合計二十箇所のスポットそれぞれに1vb$チップをベットする。これは、VRではないカジノのルーレットの場合によく行われる賭け方なのだが、VRカジノではどの程度通用するのか、雅臣には判断がつきかねていた。リアルのカジノでは、ディーラーはある程度狙ったスポットの近くにボールを投げることが出来ると言われているが、VRではどうなのか。多分、AIディーラーのほうが正確にそれを行うに違いない。ただ、雅臣が行った賭け方だと賭けたスポットに当たる確率は単純に三十七分の二十、54%程になる。仮に雅臣が同じ賭け方を続けて勝ち続けたとしても、他にも賭け客はいるのだから、勝ち続けた雅臣だけを狙って負けさせるようなコマンドをAIディーラーに出すとは思えない。もしそう言った操作が行われ、それが明るみになったとしたならば、公平性というカジノの普遍的なルールは破られることになり、営業ライセンスも剥奪されることになるだろう。だからAIディーラーはそれ自身で状況を判断しながらも、ある程度はランダムにボールを投げるようプログラミングされているのである。まずはセオリー通りに、それに外したとしてもそんなに立て続けに負けることはあるまい、雅臣はそんな楽観的な考え方で場を見守った。

『なんか、それっぽい賭け方じゃない?』洋子が問いかけた。

『昔そう言う件も扱ったことがあったから知識で知っていただけだ』迂闊な事は言えないと、返事に言葉を選ぶ雅臣。警察官たるもの、品行方正であってしかるべき、ギャンブルなぞもってのほか。建前上はそう言うものなのだが、現実にはその枠からこぼれ落ちる者も少なくはなかった。組織も、火が回ってこないうちは容認することが出来たが、規格外の問題が発生した場合はそう言う訳にはいかない。そして、そんな事態が発生した場合にトップダウンで現場は埃を被る。雅臣は違法カジノ摘発に係わった時、そのカジノが扱っていたゲームのルールを覚えたのだった。その経験が、まさかこんなところで役に立つことになろうとは。だが、知識と実践は違う。いくらセオリー通りの賭け方とは言えはじめての実践で、はたして上手くいくのだろうか。既に退官したとはいえ、警察官の習性が染みついた雅臣にとって、これは初めてのギャンブルだった。

『ノーモアベット』やがてディーラーが告げ、賭けが締め切られる。CG描画されたボールはゆっくり回るウィールを周回し、速度を落とし始め、文字盤上を踊りながらスポットへとおさまる。

『34番、赤』ディーラーが告げた番号は、雅臣が賭けていたスポットだった。配当は36vb$、トータル16vb$の勝ちである。雅臣のアバターが座った席の前に、36vb$分のチップがレーキで押し出されてくる。すかさず同じスポットに賭ける雅臣……


こうして雅臣は、計十回の賭けをおこなった。的中は十回中七回、確率が若干寄ってくれたおかげで悪くはない結果となった。収支は192vb$のプラスだ。

『プレイスユアベット』続けるならば、雅臣にとって十一回目の賭けの開始をディーラーが告げる。雅臣が十一回目の賭けをしようと動き出すのを洋子は止めた。

『どうした?』洋子に尋ねる雅臣。

『36』洋子は雅臣に耳打ちした。

 即座に状況を理解した雅臣は、手持ちのチップ392vb$全部を36にベットする。瞬間、テーブルがどよめきに包まれた。他のプレイヤー達は何が起こっているか理解できないようで、自分の賭けを忘れる者も何人かいた。

『ノーモアベット』そしてディーラーが告げ、賭けが締め切られる。今や、雅臣を含めた全プレイヤーは、回転するウィールとその周りをまわるボールに注視する。やがて速度を失ってウィールに吸い込まれるボール。そして……

『36番、赤』テーブルは歓声に包まれた。事実、雅臣自身も信じられないこの出来過ぎた状況を理解するのに時間がかかり、雅臣のアバターもそんな表情だっただろう。いきなりにして、14,112vb$ものチップが雅臣の席の前に積みあがる。

『プレイスユアベット』テーブルを包んでいる熱気を意に介さないAIディーラーは、プレイヤー達の次の賭けを促す。途端、今度は静まり返るテーブル。それは他のプレイヤー達が、今やこのテーブルで唯一の強運を持ったプレイヤーである雅臣が、どこに賭けるかを見守る為であった。完全に注目の的となってしまった雅臣のアバター。雅臣のアバターは、肩をすくめ両手のひらを上に向けるジェスチャーをしてから、両手をおろした。テーブルの下におろされた雅臣のアバターの左手のひらは洋子のアバターが座っている席に向けられている。すかさず洋子のアバターは、雅臣のアバターの手の平に数字の4を指で書く。まだ、雅臣の賭けの仕組みを他人に気取られてはならなかった。

『4番にリミット上限まで』雅臣がそう告げると、積みあがったチップからこのテーブルで賭ける事が許される最上限の5000vb$分が消え、テーブルの4番のマス目におごそかな雰囲気のプレートが一つ置かれた。ふたたびどよめきがテーブルに流れる。

『まさかそんな……』

『本当か?』

『ひょっとしたら……』

 同じテーブルの他のプレイヤー達からそんな声が漏れ聞こえたかと思うと、他のプレイヤー達も素早く動き出し、賭けだした。ある者は雅臣の賭けたスポットに少しだけ賭け、ある者は雅臣が賭けたスポットが絡むアウトサイドに賭け、またある者は雅臣が賭けたスポットに絡まないように賭けた。

『ノーモアベット』そしてディーラーが告げ、賭けが締め切られる。先ほどこのテーブルが発していた熱気が、いつの間にか何人かのギャラリーも呼び寄せていた。やがて、運命の時間が訪れる……

『4番、黒』

テーブルは興奮のるつぼとなった。雅臣は――そして洋子の予想は――見事にスポットを的中させたのだった。大半のギャラリーは熱気に呑まれて歓声を上げた。そして、同じテーブルのある者は喜び、ある者は落胆する。きっと賭けに参加した各々は、自分の判断に満足し、あるいは後悔したに違いなかった。雅臣の席の前にさらに180000vb$のチップが現われた。それを見て、再度テーブルは歓声に包まれる。

『信じられないよ!』

『アンタ、やるなっ!』

『ありがとう、おかげで勝てたよ』

そんな賞賛の言葉に晒されながらも、雅臣は冷静に思考する。これ以上は不味い、ここは潮時だな……

『終りだ、換金する』雅臣は、アシスタントに告げる。この一言で雅臣のまえに巨大な城のように積み上げられていた189,112vb$分のチップは、霧が晴れるように消えた。アシスタントは雅臣に額面189,112vb$のチケットを差し出す。雅臣のアバターはチケットをひったくるように受け取ると、洋子と共に即座にテーブルを後にしようとした。そんな雅臣に、他のテーブル客が尋ねる。『アンタ、名前は?』

『ボンド、ジェームズ・ボンド』雅臣は、何となくそう答えるのがこの場はシャレが効いていて良さそうな気がした。途端、テーブルは今日何度目かの歓声に包まれた。


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