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虚構の男  作者: HYG
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虚構の男8

 雅臣がバースに再INしてから最初にやった事は、笹野から情報として受け取ったリンクポイントへ行くことだった。そのリンクポイントでは、VR貸倉庫が営業していた。それは無味乾燥な正立方体のオブジェクトで、単にドアとその横にVR貸倉庫の広告が表示がされるオブジェクトが埋め込まれているだけだった。広告の表示内容によると、このVR貸倉庫の運営はCyberry社自体が行っているらしく、強固なセキュリティで守られていると殊更に強調していた。“まずは会員登録を。手続きは簡単、安くて安心!”定期的にループ表示される広告が、しきりに会員登録を促してくる。雅臣は、それを無視してドアを開けて中に入る。

 オブジェクトの内部は、これもまた何の装飾もない無味乾燥でほんのりと明るい正方形四方の部屋の中央に、入力装置を模したオブジェクトが鎮座していた。この入力装置で会員登録を行うことによって、希望契約形態の倉庫が借りられるようになっているらしい。VR倉庫にデータを預ける、もしくは取り出すには入力装置にアカウントとパスワードの入力を行う。すると、壁の一部が引出となってせり出し、その中にアイテム化されたデータオブジェクトを入れる、あるいは取り出すことが出来る。雅臣は引き出しから笹野が置いたであろう電金アイテム――これは“Eingot(アインゴット、Electric moneyとingotを合わせた造語)”と呼ばれた――を取り出しアバターに装備する。そして、装備アイテム欄の表示が1000bv$Eingotと更新されたのを確認する。次に雅臣は、アイテムメニューからEingotの使用を選択して実行する。すると今度は、雅臣のアバターウォレットの残高表示が1000bv$となり、装備欄のEingotが無くなった。バース内の経済活動で一般的にいう電金での支払とは、個人アバターのウォレットから残高の範囲内で直接支払うことであり、それ以外の方法はない。それ以外の取引は、ほとんどがアイテム交換として扱われることになる。

 首尾よく活動資金を手に入れた雅臣は、次にフリーエリアの一座標を運営から借り受け、そこをパーソナルスペースにすることにした。座標には一番安いボックスオブジェクトを購入して配置する。このオブジェクトも先のVR貸倉庫と同じような単なる正立方体だった。ボックスオブジェクトはドアを取り付けることで、パーソナルスペースとして出入り可能な部屋となる。ドアにはもちろん鍵をつける。ドアを開けて中に入ると、さらに購入した金庫オブジェクトを配置する。これには簡単な番号入力装置と鍵がついている。この金庫オブジェクトは電金データを保管するためのもの――厳密には電金以外の使用者が保管しておきたいデータを入れておくことも可能――であり、かつ電金をEingot化することも可能だった。個人のアバターは単体の場合、Eingotを電金に展開することはできるが電金をEingot化することはできない。従いこのようなEingot化が行えるアイテムが必要となってくる。これらのオブジェクトはすべてがセキュリティはすべて保証されているCyberry社製の正規品でまかなった。借り受けやオブジェクト購入に必要な金額は合計で36bv$だった。雅臣はアバターのウォレットから、今持っている電金データの全額を金庫オブジェクトに移すと、200BVE(bv$ Eingot)を一つ、100BVEを二つ作成してアバターに装備させ、残りの500bv$はそのまま金庫に保管し、端数の64bv$はそのままアバターのウォレットに入れた。これで雅臣のアバターに何かあったとしても、電金をすべて失う危険性はなくなった。

 少しばかり精神的余裕ができた雅臣は、フレンド登録リストウィンドウを呼び出し、そこから洋子の連絡先にメッセージを送る。早めに連絡しておかないと洋子のことだからへそを曲げるかもしれない、そんな判断からだった。程なく、ドアをノックする音が聞こえる。VR空間内での音の認識と言うものも面白いなと雅臣は思った。効果音の設定をデフォルトから変更しこれらの効果音も違った音声データを当てることが出来るらしいのだが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。雅臣は部屋のドアを開ける。『やほー』当然のごとくそこには洋子のアバターがいた。

『まぁ、中に入れ』雅臣は洋子を促す。

『おじゃましまーす。うわーなんもない! なんか寂しすぎない?』中に入った洋子はあまりにも見た通り、そのままの感想を述べた。

『ここには仕事をしに来るだけだからな。必要最小限のものさえあれば十分だ』そんな事は重要ではない、そんな思いが雅臣の返事に込められていた。事実、首尾よくこの仕事を終えた後で、再度バースにINしている自分の姿を雅臣は想像できないでいた。それだけ、このVR世界は居心地が良くないと感じていたからだ。その主な原因は、酒を飲んでINすることが医学的にも推奨されていない、という点にもあった。

『ふーん……』少し思案するモーションをする洋子のアバター。『それにしても、はじめて会った時には無職でグータラな生活をしていたのに、今はまっとうに仕事に励むようになったなんて、あたしはうれしい!』

『あぁっ?!』洋子の言いざま聞いて、雅臣は苛立ちを隠さずに聞き返した。『お前、ふざけてるのか?』

『いーえ、ソンナコトナイデスヨ』思いがけず雅臣の逆鱗に触れてしまった事を不味いと思った洋子は、しどろもどろな返事をする。そして、その逆鱗がどの部分だったかも大体の見当がついていた。

『いーや、聞き捨てならない! 言わせてもらうが俺はお前にだけはそんな風には言ってもらいたくはないぞ。俺の言ってる意味、分かるよな?』だが雅臣はそんなことを意に介さずまくし立てる。

いや、“意に介さない”という表現は正確では無かった。普段の洋子の言動に対して、これ以上そう言う態度をとるのは止めておけという雅臣なりの警告だった。そして、雅臣と洋子の関係は、今までこういったやり取り――たまに行われるお互いのはっきりした物言い――を行ってきたことによってお互いの不可領域のような部分を、お互いが理解し合ってきていたのだった。

『えーっと…… まぁ、その件に関してましては…… お互い様ってことで』

『何がお互い様だよ……』“いい若者が暇つぶしに、こんなくたびれたおっさんにかまけているほうがよっぽどまっとうじゃあない”、雅臣はそう言いそうになったがなんとか言葉を飲み込んだ。

『それでさ、どうやってBOGEYDOGを探すの?』空気を察した洋子は話題を変えた。

『いや、探さない。』雅臣はきっぱりと言い切った。『向こうから出てきてもらうことにする』

 この雅臣の言葉とその態度から、洋子のアバターの表情がパッと明るくなった。それは多分、洋子自身にとってこれから面白いなにかが始まるに違いないという期待の現れでもあった。

『じゃあ、おびき寄せるの? どうやって?』洋子は雅臣の策がどんな物なのかと、質問を浴びせかける。

『見せ餌で釣るんだ。だから、お前にはメチャクチャ働いてもらう』雅臣は、そう静かに答えた。

 この答えを聞いて、洋子はやっと自分の手番がまわってきたと、心を躍らせた。


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