虚構の男16
Mad Info のメインロビーにダークマンのアバターが現れる。昨夜バースで行われたチームBT vs WarDogsの一戦で、WarDogs の突然の回線切断について何らかの情報が得られないかと、神田はしばらくぶりにMad Info にアクセスしたのだった。あの一戦から明けてバースの一部では、チームBT がWarDogs のメンバーにSwatting を仕掛けたと言う話が持ち上がった。最初は誰もが根拠の無い噂話と一笑に付した様だったが、次いで公開された警視庁特殊部隊の昨夜の活動を撮影したものと思われる画像ファイルが何処からともなく流れてくると、一転してその噂を祭りへと変え燃え上がらせた。勝つために手段をえらばないチームBT、Swatting を仕掛けられるWarDogs脇の甘さ、そしてそれに伴って動いたであろう莫大な電金や、茶番を目の当たりに観客たち。燃え上がる要素に事欠かなかった。
“あのまま対戦を続けていたらチームBT は勝確だっただろうに、なぜWarDogs にSwatting を仕掛けたのだろうか”
“WarDogs はあの局面でもひっくり返して逆転する実力があった、過去の対戦でWarDogs は同じ様な局面でも逆転勝利している”
“過去の対戦でのWarDogsの逆転勝ちは八百長かチートなのではないか、それがバレそうになったから今回はWarDogs が自作自演で自身をSwatting させたのではないのか、そしてSwatting の情報リークが都合よすぎる気はしないか”
“なぜスタジアムで暴動が起きなかったのか”
“チームBT 側の主催でこの流れは凄く胡散臭いが対戦自体は、両チームとも手を抜いているようには見えなかった”
“いや、あれは全部台本通りの動きに違いない”
“バース運営はこの件について何も動きが無い、むしろ祭りを歓迎している節さえある様に思える”
バースで流れる噂についてはおおよそがそんな感じだった。神田はその噂の確定的な出所が気になった。だが、バース内では情報が流動的に動き変化していく上に、バース内でのあらゆるアプリやツールのたぐいの使用は運営の監視対象になりうるので神田はそれが気に食わなかった。もちろん、神田にも卓越した技術を持つ専門家には敬意を払う。だが、それに全てを委ねてしまうのはリスクが伴うと言う事を神田は理解していた。だから神田はバース内ではなく、そこから一歩引いた位置で状況を分析できるMad Info を情報収集や情報分析に利用する事にしていた。
ここに集まってくる情報は鮮度と信用が命だ。キャスターの署名入りでアップされる情報が、いかに金になるかはその二つにかかっている。従い、Mad Info に上がってくるバースの情報は――キャスターの主観があるとは言え――ある程度ソースが明確になっている物だった。神田は自らが情報を収集して分析するという作業が好きではなかった。それ以外にも、イデオロギーの違いで起こる戦争や紛争、宇宙移住政策や軌道エレベーター利権、政治家や官僚の腐敗、利益率の高そうな投資先にも興味が無かった。もちろん、自らが入手した情報が正しいものか吟味するくらいの力量が神田にはあるのだが、そんな事に労力を使う暇があったならばもっと別な事に時間を使いたいと思っていた。だから神田はMad Info の情報分析能力を利用するし、よほどのことが無い限りはそれを信用し、それをもとに状況を判断し、そうする事に問題がないと思っていた。だが、やはりバース内での噂よりも目新しい情報は上がって来てない様だ…… 神田はそう結論付けた。そして、ひょっとしたらこれは面白い事になっているのかも知れないとも思った。確かに佐伯雅臣が、昨夜この件には警察が関わっていると言っていた。これは恐らく、関係者以外だと俺しか知りえない情報だ。当事者、関係者、第三者…… 彼らが情報をリークすることにどんな利益があるのだろうか。もちろん、現にそれが行われた訳なのだから、誰がそれを行っても得られる利益はふんだんにあるのだろう。しかし、神田が知りえる関係者――あるいは当事者――である佐伯雅臣がこの情報をリークする事によって得られる利益が、いまひとつ神田には判断できなかった。だとするのならば、この情報は他に詳細を知りえないWarDog 側からのリークであると考えるのが自然ではないだろうか。そうでなければこの様に、タイミングよく警視庁特殊部隊の画像ファイルを流す事など出来るはずが無いのだ。それとも、これは単に警察無線を傍受し解読するのを生きがいとしているマニアックな連中の努力の結実なのだろうか。
神田は、Mad Info に集まりつつある情報の精査を行う。結局の所、一時ソースはバース内のゴシップローカルニュースアカウントのいくつかだった。噂が流れる事で利益を得る出資者から、報酬を受け取り喧伝していくための専用アカウントをバース内に持つ連中の仕業だ。そして、それら情報から類推するにBOGEYDOG はバースの利点を利用して色んな連中のマネーロンダリングの手助けをしているらしく、それは公然の秘密なのだそうだ。旦那も面白そうな厄介ごとに巻き込まれている、神田はそう思った。この様子だと、佐伯雅臣が自ら言っていた警察案件はこれで終わった気がしないでもない。警察が表立った行動をする時は、何かが終わる時だ。あのクソッタレな警察の連中は自分たちの利益になる事でしか動かないし、勝てない戦いはしないのだ。
なんかもう色々と面倒くせぇな、神田はそう思った。この件に関して興味が尽きない様ならば等の当事者である佐伯雅臣本人に話を聞けば良いだけの事だ。現にあの旦那のもたらした情報が――ゴシップを信用するのならば――警察を動かしたのは確かなのだろうから。そして日本の警察はWarDogs の背後に居るBOGEYDOG 、厳密にはそのアバターを操る人物に用があったのだろう。これは近々にどこかの大物が逮捕されるニュース報道が拝めるかもしれない。そうしたならば、旦那の忙しさも多少は緩和されることだろう……
『あれ? №5じゃん』不意に神田に投げかけられる思考チャット。恐らく、リアルの神田だったなら舌打ちをしているだろう。『……、№7か。なんか用か?』神田はぶっきらぼうに思考チャットを返す。
『なにそれー、感じわりー、超機嫌悪そう』悪びれる様子もなく答える№7。Mad Info 創設メンバーのシングルナンバーズの中でも、この№7だけはつかみどころがない、そう神田は思っていた。『会合でもないのにここに来てるなんてめずらしーなって思っただけじゃんよー、単なる好奇心だよ』神田の意に介さず続ける№7。
『ちょっとした調べものだ。それももう終わった』面倒くさい事になる前に、神田はこの場を切り上げようとした。
『まー、いいけどさ。そんな事より……』
『分かってる、首を洗って待ってろよ』神田は№7の思考チャットを遮るように返すと、そのままログアウトした。今までは何とかはぐらかしてきてはいたが、さすがにもう時間的余裕が無いかも知れないと神田は思った。早くVR‐FPS のチームメンバーを集めないと、このままだと№7との対戦は不戦敗になってしまう。これが神田が雅臣にVRポッドの使い方を丁寧に教えた理由に他ならなかった。そして今、神田はひょっとしたら№7のチームとの対戦にガチで勝てるかもしれないと考えていた。店の常連客であるVRプレイヤーよりも、旦那は元警官だから射撃訓練も受けた事だろうし、VRでの銃撃戦も難なくこなせるはずだ。そして特筆すべきは旦那が言っていた姪とその仲間の存在だ。多額の電金が動く賭け試合で、バースでは少しばかり名の知られているWarDogs 相手にあれだけの戦いをやってのけたのだからスカウトしない手は無い。何にせよ旦那には貸しがあるし、そう簡単に嫌とは言わせないさ。そんな事を考えながら神田は雅臣からの連絡を待つ事にした。まだこちらから取り立てに行く時期ではないのだから。




