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虚構の男  作者: HYG
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虚構の男14

『突入!』笹野の下命でマシン室入り口のドアが――内部被害を最小限に抑えるよう調整された爆薬が――破裂する。そして瞬時に突撃捜査員達が左右と前方を同時に確保するように次々と室内に突入してゆく。コンピューターサーバー群の作動音が響き渡り、マシン室内の温度を調節するための冷気が隊員達を包み込む。隊員達は効率的に距離を稼ぎ面積を広げるように、コンピューターサーバー群を縫うように、内部を確認しながら進む。だが突入した隊員達は、誰も室内に人の気配を感じなかった。「A1、マル被確認できず」隊員達はさらにマシン室内の捜索を続ける。やがてマシン室奥の一角の光景を目の当たりにした隊員は、思わず呟いた。「……なんだ、こりゃあ……」そこには複数の通信端末を操作するドロイドがあるだけだった。無秩序に積み重なった通信端末と、それを操作する複数の腕を持ったドロイド、それはまるで蟻塚に覆いかぶさる巨大な昆虫のようにも見えた。『どうした? 状況を報告せよ』突入を指揮していた梶原が隊員に尋ねる。

「誰も居ません。このマシン室には誰も居ないんです。被疑者と思われる人間はいません!」

『どう言う意味だ?』

「ドロイドです。端末を操作しているドロイドがあるだけです」

「何だって!」廊下にいた梶原は、状況を確認するためにマシン室の隊員のもとに急いだ。梶原がそれを目の当たりにし佇む中、まだドロイドは動作を続けていた。「どうしますか? 管理官」梶原は笹野に次の指示を仰ぐ。『専門家に確認させるしか無いようですね』笹野もそう言わざるを得なかった。

 だがその時、梶原の防護服のセンサーが警報を鳴らす。「いかん! ガスだ! 全員退避!」まさかこんな場所で化学兵器を使うなんて。対化学兵器装備なぞしていなかった突捜の隊員達は、梶原のその一言で素早く後退する。それと同時に、端末の前に鎮座していたドロイドは立ち上がり、脇にある物体を覆っていた化学繊維製のカバーを取り払った。「ミニガン!」それを目の当たりにした隊員が他の隊員に伝えるべく大声で叫ぶ。ドロイドはミニガンを手に取ると、それを構え室内に向けて乱射し始めた。ミニガンから雨のように放たれた銃弾がマシン室のコンピューターサーバー群を次々となぎ倒していく。

 辛くも隊員達は全員がマシン室からの退避に成功したが、室内ではまだミニガンの射撃音が鳴り響いている。その銃弾は一部がマシン室の壁を貫通して廊下にまで達していた。梶原は隊員達を下の階まで退避させつつ射撃が止むのを待った。だがそれと同時に、梶原の頭の中に恐ろしい考えが膨れ上がって来た。もしこれが、マル被が証拠を隠滅するために引き起こした状況とするのならば、もしかするとこの次は……

「全員、この場から離れろ! 急げ!」梶原は隊員達に怒鳴る。隊員達は次々と廊下を進み階段を駆け下りる。次の瞬間、マシン室のあった四階から轟音と共に振動が伝わって来た。それは明らかに爆薬を使用した結果に違いなかった。

 ビルの外に逃げ延びた隊員達はみなが、何が起きたかを確認するためにビルの上を見上げる。やがて、撤退の殿を務めていた梶原もビルから出てくると、そこに加わる。グッディグ日本支社のビルは無残にも三階建てになっていた。

「どーすんだぁ、これ……」さすがの梶原もこの惨状を目の当たりにしてぼやかずにはいられなかった。



 原子力発電所ステージの制御室内でエンゲージしたMr.Dとボルゾイの戦いの決着は意外な結末を迎えた。Mr.Dはグレネードの投擲の為に身を乗り出したボルゾイのアバターに弾丸を叩き込む事に成功したのだが、ボルゾイの放ったグレネードは不幸にもMr.Dに致命傷を与えたのだ。電源室内で銃撃戦を繰り広げていたMs.A――洋子のアバターと言う事になっている――とMr.Cは、敵のダルメシアン、ボクサー、シェパードの三体のアバターを何とか釘づけにしているが、数の優勢は敵側に合った。今この場に居ないMr.BとMr.Eは、結局Mr.Dの救援には間に合わなかった。このまま、まだ発見していないBOGEYDOGのアバター――BOGEYDOG自身もプレイヤーとしてゲームに参加していた――の捜索にMr.BとMr.Eを振り向けても良かったのだが、それはいたずらに時間と物資を消費するだけの結果にもなりかねない。ならば周辺を警戒しつつMr.BとMr.Eを電源室まで移動させて、敵三体に対して挟撃をかけるほうがまだ確実な成果を得られるだろう。

 この銃撃戦が膠着状態に陥る前に状況を有利な方へ引き寄せる、そう決心した洋子が攻勢の機会を伺っている最中に突然表示されるアラームメッセージのポップアップ。それはWar Dogs側の全プレイヤーアバターの頭上に表示された。”Transmission Disconnect” のポップアップを冠したWar Dogsのアバター達は完全にその動きを止めてしまった。本当に通信障害なのか、それとも罠なのか、洋子は慎重に相手側の出方を伺う。

 VRスタジアム内にどよめきが起こる。佳境に入った対戦を、大金がかかっている勝負を、まさか放棄する様な事を誰がするのだろうか。そうでなくとも、こんな大勝負をする様なプレイヤー達が、まさか回線切断が起こる様な不安定な通信環境を使っているのか。そのどちらもが考えられることではなかった。だが、その光景を目の当たりにしたスタジアムの観客達や洋子でさえも表示されているアラームメッセージに前に何も行動を起こすことが出来なかった。

 やがて運営が対戦の一時中断を宣言する。この様なアクシデントで一時中断が宣言された後の賭けeスポーツでの対応としては、回線切断が発生したチームがそのまま対戦の意思を示さなかった場合、それは不戦勝として処理される。その状態を免れ、再び回線が接続されて対戦が再開されることが決定したとしても、回線切断を起こした側は対戦再開時にある程度のペナルティを受ける事となる。それが例え事故だったとしてもだ。賭けeスポーツのプレイヤーは対戦中の接続回線を維持する義務が課せられるからだ。少なくともバースでは、それが規約として取り決められているのだった。

 運営は十分間の協議に入る旨を告げた。それを聞いて、控室に戻るチームBTのアバター達。この後、この対戦がどの様に処理されるかを待つ事となるのだが、どう転んでもろくな結果にはならないだろう。そう、洋子は思った。そこへ雅臣のアバターが駆けつける。『一体どういう事なんだ? 洋子』

『なーんか、やられたって感じ』不貞腐れた態度をとる洋子。

『逆探知は出来たのか?』

『その辺一切合切ひっくるめて、今ここで詳しくは説明出来ないんだけど、少なくともせんせーが期待してる成果は得られなさそうよ』

『どういう意味だ?』

『この状況を片付けてここを離れるまではちょっと説明できない』盗聴を警戒してか洋子の返答は歯切れが悪かった。

『そうか……』雅臣はこれほどまでに不機嫌になっている洋子を見るのは初めてだった。だがその不機嫌さの中でも本来の目的を忘れていない、冷静さをまだ保っている様にも見て取れた。ここで説明できないと言う事は、洋子は恐らくなぜ今このような状況になっているのか知っているのだろう。そして、盗聴を警戒するとその話は出来ないと言う事なのだろうう。ならば、バースで新参の者の俺が洋子に対してあれこれ指図するよりはいっその事……

『洋子はどうするのが良いと思う?』雅臣は素直に洋子に尋ねる。

『せんせーが良いっていうんなら、この後の事はあたしに預けて欲しいんだけど』

 雅臣は一瞬考える。もとより洋子がいないと出来なかった仕事だ。そしてこの様なゲームの場での作法は、洋子のほうが俺よりも十分にそれを知っている。だが、果たして今の洋子は冷静なのか? 勝てるゲームをふいにされた腹いせに何かとんでもない事をするのではないのか? 『分かった、お前に預ける。ただし、お手柔らかにな』結局雅臣は洋子に任せることにした。そして入力した思考チャットが雅臣の出来る精一杯の頼みだった。それにしても、他のチームメンバーのアバターは控室でいまだに微動だにしていない。彼等は皆洋子の決定に素直に従うのだろうか? 現時点ではそれが、雅臣にとって唯一の不安材料だった。

 やがてスタジアム運営の管理者アバターが雅臣達の控室に仰々しく現れる。それはいかにも運営側のアバターだと分かる事務的で無味乾燥なものだった。『待機いただき感謝します』運営アバターが告げる。『対戦相手の再接続が見込まれませんので、規定通りチームBTの不戦勝として処理されることとなります。よろしいですか?』

 なるほどそう言う事か、運営のアバターが示す態度を見て雅臣は理解した。規定はあくまでも規定だが例外があると言う事だ。それは労せず不戦勝を得られるのならば誰もがそうする様に、大金のかかっているゲームならなおさら、運営の問いかけ通りに処理をした方が利益になる。我々はその権利を有しているのだ。だが、洋子はこの不戦勝を恐らく良しとしないのだろう。そうでなければこの場を預けて欲しいなどと言うはずがない。その原因が何であれ――何となくその理由については雅臣は察する事が出来るのだが――洋子はこの対戦をこのまま終わらせる気が無いのだ。

『いいえ』洋子のアバターが答える。『不戦勝として処理されることを拒否します』

『分かりました、では本件について再度協議します。そちら側からも協議に参加する代表者を選出してください』

『ああ、それはもう決まってるんだ』雅臣のアバターが答える。そして、洋子は恐らく以前にもこういう状況を経験し対応したことがあるのだろう事を理解した。チームBTの他のアバターも同様にうなづく。

『分かりました。ではこちらへどうぞ』運営のアバターがリンクポイントを開く。

『洋子、行ってこい。何かあったらメッセージを送れ』雅臣が洋子を送り出す。運営と洋子のアバターはリンクポイントの中へと消えた。



 スタジアムは運営の発表を待つ観客たちが暴動を起こしかねない不穏な空気を漂わせていた。『一体いつまで待たせるんだ!』『さっさとしろよ!』『何やってんだよ運営!』自然と観客の苛立ちが漏れてくる中、観客席に戻っていた神田はこれは運営の対応発表がどうなっても一波乱ありそうだと思っていた。そしてこの発表時間の遅れは、恐らく不戦勝としての対応が覆されるのではと言う根拠になりつつあった。だが、そうなった場合の決着はどのように付けられるのだろうか? 神田はそれに興味があった。

 一方、他の観客に紛れている田所と芳賀の両電脳捜査課員も、このスタジアムの熱気は異様だと感じていた。この対戦中断から待機の時間があまりにも長いのは、明らかにBOGEYDOGのガサ入れが予定通り行われたと言う事だろう。現に回線切断の起こったBOGEYDOGのチームは、誰も接続が復旧していないように見受けられる。これは上手く一味を一網打尽に出来たのではないか、田所はそう考え始めていた。芳賀は周りの観客の空気に動揺しながらも、田所と共に撤収指示を待っていた。

『大変長らくお待たせしました。運営による決定事項を発表いたします』そんな最中、待ちわびた運営の決定事項が発表される。運営の説明する決定事項は異例のものだった。今回のエキシビジョンマッチの最後の対戦は、本来ならば規定通りチームBTを不戦勝とする事となるのだが、チームBTの希望により対戦の決着を後日に持ち越す事となった。これはチームBTがこのまま不戦勝で勝つ事を良しとせず、完全に決着をつけるのが希望であるとの事。しかしながら、チームWar Dogsとは依然として連絡が取れていないため、対戦の日程を後日に延期するのが妥当だろうとの結論に至った。従い、後日としている再戦の日程については現状未定なため、確定次第関係各所に連絡すると言う事。尚、チームWar Dogsとの連絡が不可能と判断された場合、具体的には本日より二週間の期限内にチームWar Dogsからの連絡がなかった場合は再戦は中止となる。

 次に、ベッティングチケットの扱いについても発表される。ベッティングチケットは後日の再試合の結果をもって、払い戻し額が確定する事となる。しかしながら、再試合の予定が現在未定なため現時点で払い戻しを希望する者がいる場合はこれを受け付ける。チケットの払い戻しを希望する者についてはチケット購入分額の払い戻しを行うが、これは単純に購入額の返還となる。払い戻しを希望しない購入者についての対応は、再試合の結果を経て確定した払い戻し額を受け取ることが出来る。ただし、勝ちゲーム数の予測込みでチケットを購入している場合、それは単純にチームBTとチームWar Dogsのどちらが勝つかの結果のみを予測するチケットへと変換される。例外として、現時点でチームBTの四勝を的中させているチケットは、そのチケットを四倍の単純な勝敗予測チケットへの変換とする。例えば五勝四敗でチームWar Dogsの勝利と予測した100vb$チケットの場合、それはWar Dogsの勝利を予測した400vb$のチケットとなる。加えて、払い戻しをしないチケットはそのまま再試合当日のスタジアム入場チケットを兼ねる。尚、再戦が中止となった場合はチケットの払い戻しは通常通り行われる。以上が、運営の発表した決定事項だった。

 この発表にスタジアムの観客たちは色めき立った。特に賭けに対しての処遇が申し分なかったからだ。現時点でベッティングチケットを購入した観客は払い戻しさえしてしまえば誰も損をしなかったことになる。もちろん観客の中にはそれを疑問に思う者もいたのだが、だれもそれを口にしなかった。観客は誰もが、誰かの異議申し立ててこの決定事項が覆り、購入したベッティングチケットによる金銭的損害が発生する事を警戒した。だが、その警戒もついには杞憂に終わった。

『以上を持ちまして本日のエキシビジョンマッチは終了いたします』運営の閉会の言葉にスタジアムのどこからともなく歓声と拍手が沸き起こった。



『お待たせ―』ロイヤルボックスで待つ雅臣のもとに洋子のアバターが戻る。

『お疲れさん』雅臣も洋子にねぎらいの言葉をかける。

 結局の所、洋子の希望を押し通す形で運営の試合に対する処遇を決定させるに際し、多額の電金を使うことになったのは痛い出費だったが、もともとこの電金自体が洋子が稼いだ様なものだと雅臣は自分に言い聞かせた。それに、どうせ捜査が終わったら稼いだ電金は笹野の野郎に没収されるに決まってる。それならいっそパーッと使ってしまうのも悪くはないだろうし、その気になればまた洋子が稼ぎ出してくれるだろう……

 いかん、俺は一体何を考えているんだ。雅臣は思った。今日は悪い空気に中てられたに違いない。『一旦アジトに戻るぞ』そう言うと雅臣は、洋子と共にスタジアムの出口に向かった。


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