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虚構の男  作者: HYG
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虚構の男12

 洋子の能力を疑う訳ではないが、FPSで対戦しつつBOGEYDOGの通信を追う事が出来るのだろうか? 雅臣のそんな心配は稀有だった。蓋を開けてみたら五戦先取マッチの四戦を、既に洋子たちのチームが先取したのだ。洋子たちのチームBTは、どのようなマップでもその連携を遺憾なく発揮し、対戦相手であるBOGEYDOGのチームWar Dogsを翻弄した。こんなに早く勝負を決めてしまったら、通信の逆探知を行う時間が稼げないのではないか。だが、その心配も大した問題ではなく、洋子は既にBOGEYDOGの通信端末のおおよその位置をつかんでいた。その端末はあらゆる中継点を迂回して偽装しているが、<出島>のどこかにあることを突き止めたのだ。洋子いわく、あと一戦で端末の位置特定は完了するとのことだった。

 スタジアムのプレイヤー控室で次の対戦に備えるべく待機するチームBTのアバター達。チームメイトのアバターは全員がPMCを模したものに統一されており、使用火器は突撃銃がメインだった。そんな彼らのアバターは微動だにしない。ブリーフィング自体は控室の盗聴を警戒して別の回線を使って行っていると洋子は言っていた。大金がかかっている対戦なので、その慎重さは当然の事だろうと雅臣は思った。

 それにしても、今回の試合で息もピッタリ合うチームメイトを四人も確保できるとは。それも、この試合の結果いかんも関係なく、今現在多額の電金が動いていると言うプレッシャーにさらされていのにだ。まったく、洋子という人物の底は計り知れなかった。“お前にも信頼できる友達がいたんだな”雅臣は危うく、その思考をチャットで入力しそうになった。もちろんそれは雅臣の洋子に対する率直な感想だった。だが、どう考えてもその思考は、洋子の機嫌を損ねるようなことであろうことに間違いないし、普段ならともかく今はそんな軽口をたたくのはやめたほうが良い。そう考えると、今の雅臣にできることは何もなかった。あるいは、なにか激励の言葉でもかけるべきだろうか?

『洋子』雅臣は思考チャットを入力する。『俺は客席に戻るぞ、あとは任せた』洋子のアバターは、軽く右手を振ってそれに答える。雅臣のアバターはプレイヤー控室を後にした。



『旦那ぁ~、俺に何も知らせずに面白そうな事やってんじゃあないですかぁ~?』プレイヤー控室からロイヤルボックスに戻ろうとする雅臣のアバターに、突如投げかけられる思考チャット。雅臣はアバターの視線越しに周囲を見回す。そこには神田のアバターが飄々とした調子で佇んでいた。ついに来たか、雅臣はそう思った。

 神田のアバターはにこやかさを装って入るが、ヤツの心中がそうでは無い事を雅臣は理解していた。だがここは迷っている訳にはいかない。笹野が捜査活動ログの提出を求めた時に神田との接触ログが残っていた場合後々厄介なことになる、そう思って今まで神田との接触は避けてきたのだ。雅臣のアバターは足早にその場を去ろうとするが、その行く手を神田のアバターが塞ぐ。『あれあれ? 無視ですか?』

『今急いでいるんだ』

『なんだよその態度!』さすがに神田も怒りを隠さなくなる。

 雅臣は思った。神田との接触もそうだが、こうなってしまったからには誤解させたままだと、それもまた厄介ごとになるのは明らかだ。今神田を放置したならば、神田はどんなささやかな復讐を企むことだろうか。そしてその復習が効率よく捜査活動を妨害してしまっては、本末転倒だ。少なくとも今は、神田を洋子に近づけてはならない。『わかった、ここじゃあ場所が良くないからついてきてくれ』雅臣はあきらめて事情を説明することにした。

『いいですよー、お供しましょーか』

『それから付け加えておくが……』雅臣は慎重な面持ちで続ける。『もう手遅れだぞ』

 この意味深な雅臣の言葉に神田は少々ひるんだかに思われ、それを気取られないようにふるまっているのも分かった。『その手には乗りませんよぉ!』神田の思考チャットの芝居がかったわざとらしさがそれを物語る。雅臣はどうやってこの場を乗り切ろうかと、思考をフル回転させていた。



 そんな雅臣らをよそに、スタジアムの観客席は興奮のるつぼと化していた。勝者が大金を得るこのeスポーツ対戦で、もしかしたら大穴となるオッズの試合結果が今まさに確定しようとしているのかもしれない。そんな状況で賭けに参加している観客たちは、あるものは期待に胸を躍らせ、あるものは一縷の望みに賭けるよう祈る気持ちになり、そしてあるものはもうただ結果だけを目撃ればよい、そんな空気が渦巻くスタジアムの祭りの終わりを待ちわびていた。いや、むしろこれからが祭りの始まりである、そう考えている者もいた。

 対戦相手の“War Dogs”はバース内でもそこそこ名の知られたチームである。そんな彼らがこのままストレート負けを喫するとは誰も思っていなかったからだ。注目の集まった大金の動く今回のような試合ならなおさらだ。そんなさ中、スタジアムのメインモニターに五戦目の対戦フィールドが表示される。それは3DCGでモデリングされた原子力発電所だった。このステージは、先の大戦で某国特殊部隊員と日本の特殊部隊員が戦闘を繰り広げた日本海外側にある原子力発電所を模したものだと、メインモニターに解説表示される。五戦目の対戦はその状況がゲームシナリオとなっていた。シナリオの勝利条件は攻撃側は施設の制圧、防御側はそれの阻止となっている。各対戦でのステージ選択は観客が投票したステージの中から得票数が多かったものからランダムに決定される。とは言え、この穏やかではない、さらに付け加えるならば悪趣味で不謹慎でさえもあるゲームシナリオに、そしてキルハウスとしては途方もなく巨大なステージに、観客はどよめいた。



『なかなかヒートアップしてるじゃあないか』ロイヤルボックスから観客席を見渡して、他人事とは言え神田はまんざらでもない様子だった。『まさか旦那がこんな大掛かりなイベントを仕掛けるとはねぇ』

『俺だって好きでこんなことをやっている訳じゃあない』それは雅臣の本心だった。『これはあんたの嫌いな警察の案件だ。俺だって渋々やらざるを得ないんだ』恐らく、神田を遠ざけるにはある程度の本音を伝えるのが大事だ。それが雅臣の考えだった。それと言うのも雅臣は、ひねくれた性格の前科者である神田が骨の髄からの悪人ではないと思ったからだ。それは確証のない感覚的なものなのだが、短い間とは言え神田と接してみて雅臣が感じ取ったものだった。

『なんだぁ、結局旦那はそっち側の人だったんですねぇ、復職おめでとうございました』

『馬鹿を言うな、だれが復職なんかするもんか! 外注の案件だよ。単なる一市民としての協力だ』予想はしていたことだが、説得に骨が折れる。いっそ事のいきさつについて全部話す事が出来たならどれほど楽だっただろうか。だが、それをする訳にはいかない。捜査情報の守秘義務があるからだ。

『だから俺には守秘義務がある。捜査の内容をおいそれと他人に漏らす訳にはいかないんだ、わかるよな?』引退したとは言え、さすがにそこの線引きを雅臣はわきまえていた。

『あーあー、そうですか。わかりましたよ。つまるところ俺に気を使って連絡しなかったって事なんでしょ。了解了解』神田はわざとトゲのある思考チャットを入力してくる。

『そうカリカリするなよ。この会合だって求められたら俺は報告するしかない。ヤバいんだぞ』

『そりゃあ、そうだけどよぉ。それにしたってこんな楽しそうなイベントをこっそり楽しむのはいただけねぇよなぁ。第一、どっからあんな玉見つけて来たんだよ』そう言いながら神田のアバターはスタジアムのフィールドを指さす。やはりな、そう雅臣は思った。今まさにこのスタジアムで勝ち続けてる洋子に、この男が興味を持たない訳はなかったのだ。しかし、洋子が神田の事を蛇蝎のごとく嫌っているのを知っている雅臣は、素直にそれを説明する事が出来ない。洋子に気取られたらなら非常に面倒くさいことになる。こうなったら当初の予定通りにするしかない。雅臣は意を決した。『姪だ……』

『はぁ……?』神田は雅臣の答えが理解できていなかったようだった。

『身内の事だからあんまり他人には言いたくなかったんだが……』雅臣はさもそれらしく聞こえる様に続ける。『あれは普段から引きこもってゲームばっかりやってる俺の姪と、その知り合いのチームなんだそうな』

『そうなの?』どうやらそのもっともらしく聞こえる嘘は、神田の毒気を抜くには十分だったようだ。

『ああ、あんまり自慢できない身内の恥みたいなもんだからな。そうそう他人には言いたくなかったんだが……』

『……』神田は何も言えないようだった。それは神田が、自身を社会不適合者ともっとも理解していることの表れだと雅臣は考えていた。いや、社会不適合者という点では俺自身もそうか……

『まぁ、社会復帰の一環として仕事を手伝ってもらっているって訳だよ』これで手は尽くした。あらかじめ決めておいた設定通りの説明もすべて出来たはずだと、雅臣は思った。

『なんか、旦那も色々大変なんだな。俺はまたてっきり、旦那が電脳女王と組んで楽し気なことをおっぱじめたんだと思ってたぜ』やはり神田の疑念は雅臣の想定範囲内だった。だが神田のこの反応を見るに、追及の窮地は脱したと雅臣は確信した。

『そんな訳だから、この仕事が終わるまではそっとしておいて欲しい』これ以上この話を引き延ばすのは得策ではない。そう判断した雅臣は話題を変えようと会合を閉めにかかる。

『OK、わかった。それじゃあ最後に……』神田はまだ気になることがある様子だった。

『なんだよ?』まだ何か悶着を起こそうと言うのだろうか? 雅臣は警戒する。

『あれ』そう言って神田のアバターは、部屋の一角を指した。そこにはウェルカムフラワーやドリンクやフルーツを模したオブジェクトが、いかにもそれらしい装飾で置かれていた。

『それがどうかしたのか?』雅臣はそれらがただ単に、賑やかし程度にロイヤルボックスに配置された家具オブジェクトだと思っていた。すると神田アバターは、その中でもシャンパンクーラーに入ったシャンパンとグラスが置かれているワゴンのオブジェクトに近づき、シャンパンのオブジェクトを手に取る。そしてそのオブジェクトを少し傾けたり、かざしたりして神田は感嘆の発言をする。『すげぇなこのオブジェクト、ちゃんと中身が入ってるぞ』雅臣は神田の言っている意味が最初は理解できなかった。だが、神田がそのシャンパンのオブジェクトの栓を開けて、グラスのオブジェクトに中身を注いだ時にやっとそのことを理解した。それがとても細部まで作りこまれているオブジェクトだということを。

『これは相当な作り込みだな。まさか飲めたりして』そう言うと神田のアバターがグラスを手に取り口に近づける。『おいおい、なんだこりゃあ』

『どうした?』

『ちゃんと炭酸もはじけてるし、香りもするぞ』そして神田のアバターはそれをあおる『……』

そんな馬鹿な、思わずそう発言しそうになった雅臣は、神田の次の反応を待った。

『まじかよ、信じられねぇぜ。ちゃんとシャンパンの味がする。旦那も飲んでみろよ』そういうと神田のアバターは別のグラスにそれを注いで差し出した。雅臣のアバターはそれを手に取り口に運び傾ける。『本当だ……』さすがにこれには雅臣も驚いた。『まさか……、技術的に可能なのか?』

『ああ、技術的には可能だ。だが……』

『だが?』

『ものすごく面倒なんだよ。原理としては……』神田は掻い摘んで説明する。VR内で味覚を感じる原理は、簡単に説明すると脳の味覚野に対してUSCBBや視覚を経由して味覚を刺激する信号を送り、あたかも舌が味を感じているように脳に誤認識させるのだそうだ。だが、味覚野は個人によって差があり、特定の味覚野に信号を送るにしてもそれを完全にカバーすることは不可能に近い。なぜならば、仮にそれを行うとするならば、細部までの情報が解明されている脳地図が必要となり、その情報は膨大な量となる。その情報処理をスムーズに行うためのプログラミングがとてつもなく複雑になる。それに加えて、USCBBや視覚を経由する味覚情報の入力は、舌から直接味覚情報を入力されるよりもはるかに情報量が少なく制限される。その少ない情報をいかに増幅して変換するかの処理もとても煩雑だ。そして、甘い、塩辛い、苦いと言った単純な味ではなく、恐らく神田自身や俺さえも本物を飲んだことが無いシャンパンと言う物の味を忠実に再現するためには、これまた膨大な情報量が必要となる。しかもそれはプログラミングを行う者がシャンパンそのものの味を熟知していないと、それらをシャンパンとしての情報に落とし込むことが困難であり、さらにこれらをリアルタイムで物理演算が行われる液体のオブジェクトに紐づけする作業も同様だ。極め付けは、これらの処理が行われている中でバグが発生しないように細心の注意を払わなければならない。『バグが味を劣化させるんだ』神田はそう締めくくった。

『そこまで精巧なオブジェクトならばさぞかし良い値が付くのだろうな』それは雅臣の率直な感想だった。

『オリジナルデータのオブジェクトだったら百万円相当の価値は下らないだろうね。スタジアムの運営もなかなか気前がイイもんだな』どうやら神田の評価も悪くはないようだ。

祝杯と言うには気が早すぎる気もするが、今までの戦い方を見るにもう洋子たちの勝利は揺るがないだろう。今はこの奇妙な感覚を楽しみつつ、洋子を応援するのも悪くはない。スタジアムを見下ろし雅臣は次の対戦がはじまるのを待った。


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[一言] レ○ンボーシッ○スかな? 味に感心する神田の描写がなにか不穏な示唆に思える……。
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