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虚構の男  作者: HYG
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虚構の男10

 日本リージョンの天空高くを遊覧航行するフライングメガヨット。この3Dオブジェクトは、イタリア人CGクリエイターが船体と内装をデザインし、スイス人プログラマーが3Dオブジェクトの機能とセキュリティをプログラミングした物だった。流線型の美しい形をしたこのメガヨットは、それ自体がパーソナルスペースとしても使用でき、様々なアプリケーションにより拡張機能を持たせることが出来た。船体はVRの水面を航行する以外に、VRの空中を航行することを考慮して一部が透過オブジェクトとなっており、船内からVRの水中や空間を眺める事も可能だった。このような3Dオブジェクトはほとんどが一品モノのデザインで、暗号化されたシリアルナンバーが付与され、コピー対策がされている。価格は758000bv$ で、現実世界のメガヨットと比較するとかなりの低価格だが、それでも一般庶民の感覚では決して安いものではない。

 雅臣のアバターは、そのメガヨットのラウンジに立って下界を見下ろしていた。berryverse で捜査活動を開始してからの一週間は怒涛のごとく過ぎ去っていった。初日に洋子と共にVRカジノで大勝ちした雅臣は、同様の手口で他のVRカジノを渡り歩き電金を荒稼ぎしたのだった。その金額は、今や400万bv$を超えて膨れ上がっていた。最近では日本リージョンのほぼすべてのVRカジノで、雅臣は要注意人物となっていた。実際、雅臣が過去に大勝ちしたいくつかのVRカジノは雅臣の不正を疑い、あるカジノでは雅臣のアバターを拘束し不正ツールのチェックを行ったのだが、彼らが満足する証拠は何一つとして出てこなかった。そんなこともあり、日本リージョン内のすべてのカジノはAIディーラーの更新を余儀なくされ、莫大な出費をしたとのうわさも流れていた。これ等VR界での動きを鑑みこれ以上派手に稼ぐことは賢明ではないと判断した雅臣は、捜査を別の段階に移行しようと判断したのだった。フライングメガヨットの購入もその一つに過ぎなかった。これはなかなかハッタリが効いて良い買い物だと雅臣は思った。おかげで、VRカジノで大立ち回りを繰り広げてきた羽振りの良い雅臣の噂を聞きつけ、周りにはおこぼれにあずかろうと寄ってくる取り巻きが増えた。そんな連中から何気なく、悟られないようにBOGEYDOGの情報を集める…… それが今の雅臣にできる事だった。少なくとも、今は雅臣本人が動き回る段階ではない、待ちの時期であった。

 眼下に広がるバースのオブジェクトビル群や、時折視界を横切る他のフライングメガヨットや、フローティングアイランド。VR空間とは言え――いや、だからこその――爽快な眺めだった。成り行きでこの仕事を始め、まだ捜査の準備段階であるにもかかわらず今や雅臣はちょっとした金持ちだ。現在持っている資産のそれ全部が電金ではあるが、一応はまともな金であり、やろうと思えばそれをすべて現金に換金できるのだ。もちろん、これをそのまま雅臣のリアルの口座に送金すると色々と面倒なことになる。例えば税金だ。その点で言うならば、ギャンブルで稼いだ大金はまだ普通に税金を申告できるから良いが、後ろ暗い仕事で稼いだ大金はそうはいかない。BOGEYDOGにマネーロンダリングを依頼する連中は、そんな悩みを抱えていたのだろう。また、この大金は捜査資金から作った金なのだからと、笹野は何らかの手を打ってくるだろう。目の前にある手を伸ばせば届くであろう大金を、みすみす逃す手はない。大金はそれ自体が力であり、権力なのだ。それを抜きにしても雅臣は、ここに築いたひと財産から河邉の遺族にいくばくかの見舞金を渡してこの件を終わりにしても良いのではないか、そう考えていた。もちろん、そんな訳にはいかないことを雅臣は十分に理解している。そして出来る事なら、河邉の無念を晴らすために骨を折るのもやぶさかではない。だが正直な所、このまま笹野の都合の良いように使われるのは気に食わなかった。恐らく、今回の仕事をそつなくこなしたとしたら、それが更に今後にも影響を及ぼすことになるに違いない。笹野にとって雅臣は手足として使える外部の人間、便利な道具、その程度なのだ。

 不意に雅臣のアバターからメッセージウィンドウがポップアップする。メッセージの発信者は、バースで新たに知り合った情報屋のうちの一人“JohnyBoy”だった。メッセージの内容は、今からこちらにくるとの事。フライングメガヨットへのリンクポイント登録は、フライングメガヨットの所有者である雅臣しか行えない設定になっている。従い、JohnyBoyがどのような方法でここまでやってくるのか、雅臣は若干興味をもった。それは、彼がこれからここへ持ってくるであろう情報への興味と同じくらいだったかも知れない。そんな事を考えながら、雅臣のアバターはデッキへ上がった。

 日差しとそよ風が雅臣のアバターを包み込む。視界のはるか彼方を浮かぶ巨大なクジラ。恐らくあれもクジラを模したフライングメガヨットの類のなのだろう。そんな事を考えながら雅臣は前部デッキでJohnyBoyが現れるのを待った。するとどこからともなく、エンジン音らしきものが聞こえてくる。雅臣は音が聞こえてくるデッキの手すり近くへ移動した。途端、フライングメガヨットのそばを眼下の雲海から飛び上がる一筋の雲、いや、それはホバーボードに乗ったJohnyBoyのアバターだった。JohnyBoyはホバーボードの下部に着いた噴射ノズルを器用に吹かす。さながらアメコミヒーローかそれに出てくるヴィランのごとく、空中をサーフォンするかのように滑空し、やがてフライングメガヨットのデッキに静かに降り立つ。それがどんなアメコミだったか、雅臣は思い出す事が出来ず既視感だけが残った。

『へー、なかなかいい船ジャン』JohnyBoyはボードを抱えると当たりを見回し、フライングメガヨットの値踏みを瞬時に終えたようだった。

『そっちこそ、なかなか味な登場の仕方だな』対して、VRサーフィンさえもおぼつかない雅臣にとって、この言葉は本心だった。『中に入るか?』

『いやここでいい、この後も用事が立て込んでるんで』

『わかった。それじゃあブツをくれ』

『あいよ』JohnyBoyは懐からデータオブジェクトを取り出す。『アンタが言った通り、特徴的なeスポーツのディーラーやプロモーターやマッチメーカーについて調べといたよ』そう言うとJohnyBoyはデータオブジェクトを雅臣に投げてよこす。それを上手くキャッチした雅臣は、500bv$のEingotをJohnyBoyへと投げ返す。

『毎度ありー!』Eingotを受け取ったJohnyBoyはそのまま走り出してひらりとデッキ端の手すりを飛び越える。飛び降りたのか! おどろいた雅臣は急いで手すりへと駆け寄った。

『Woooooooooooooooooooo!』叫び声をあげながらみるみる落下していくJohnyBoy。やがて空中で器用にホバーボードを足に装着すると、そのままボードの噴射ノズルを勢いよく吹かしJohnyBoyは雲海の中へと消えていった。

 まったくバースにいる連中はイカレてる、そう雅臣は思った。アバター越しにVRを体感し続けるとそうなっていくのだろうか。少なくともVRなのだから例えば今、雅臣自身がここから飛び降りても死ぬことは無かろう。そんなことが理屈では理解できるが、実際に――疑似的にでも――体験できるここ“バース”で、現実の肉体と自身の精神の剥離と言うものが起きていくのではないか。それとも、まさか……

 いや、今はそんなことに思考のリソースを使っている場合じゃあない、雅臣はそう思った。気を取り直すと、雅臣は入手したデータオブジェクトを手に船内へと降りていく。

 雅臣はラウンジに戻りソファーに腰掛けると、思考コマンドでデータオブジェクトを展開する。格納されてたデータは、同梱されているアプリケーションがそれぞれのデータをウィンドウ化して空間に展開表示する。まずはサマリーで内容をざっと確認する。

 情報屋に指示した特徴的なeスポーツのディーラーやプロモーターやマッチメーカーについて、雅臣は特に情報をあたえず情報収集させたので、データの内容は情報屋の主観で集められたものだった。これは、先入観にとらわれない――いや、完全に情報屋の先入観ではあるが――第三者的視点からどれが特徴的なのかを知りたかったからでもある。

 雅臣はこんな作業は洋子に任せてしまえば、多分怪しい情報屋に払う不要な出費もなく、瞬く間に終わっていたのかもしれない、そう考えてはいた。だが、バース内で洋子に目立った行動をさせることは得策ではない気がした。洋子本人もほのめかしていたが、彼女が過去にバース内でどれだけの悪行を尽くしたかが測り知れなかったからだ。カジノでも洋子の素性が露見しないように、雅臣が矢面に立って目立つ行動をし、チェックを受ける時も洋子だけは先に逃がしていた。それがを証明するかのごとく、雅臣が呼ばない限り洋子がバースに接続することはなかった。

 雅臣はサマリーの中から一つの名前に目をとめた。それは名前欄に単に“BD”とだけ書いてあった。そして、サマリーから詳細情報を展開してそれは確信に変わった。


登録名:BD、登録者アカウント名:BOGEYDOG、特徴:登録者はカトゥーン調のイヌのアバターを使っていることで有名な個人プロモーターで……


 餅は餅屋だな、雅臣はそう思った。バース内で右も左も分からない雅臣が、闇雲に探し回ってたならこうも簡単に目当てのアカウントにたどり着けなかっただろう。そして洋子は多分、この情報には興味が無かったに違いない。

 雅臣はデータの詳細を確認しつつ、河邉直人が残した捜査資料の内容を思い出す。河邉ら電脳捜査課は、恐らく結果を急ぎ過ぎたのだ。そして組織内で成果を出さなければいけないと言う立場上、急ぎ過ぎたあまりノウハウのないおとり捜査でダイレクトにマネーロンダリング組織を探すと言う失敗を犯したのだ。他の課と連携を取ることが出来たならばもっと上手く捜査をすることが出来たのは簡単に想像できるのだが、電脳捜査課が単独で捜査を行っていた背景にはおそらく組織内政治の力が働いていたのだろう。その結果が、捜査官の死……

 雅臣は苛立ちにも怒りにも似た感情が湧き上がってくるのを感じた。

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