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絶品レストラン

 妻と二人で遠出をするのは久しぶりだ。

 今日は結婚して二十五回目の記念日。車を走らせ目指すのは、北関東の田舎にある小さなレストランだ。

 川を見下ろす高台にあるログハウスは、景色も良好で店内も落ち着いた雰囲気。そして何より料理が素晴らしい。

 ここ何年かは、結婚記念日に来るのが恒例になっている。


 店に着くと、窓際の眺めのいい席に案内された。

 眼下に流れるのは、東の四万十川と名高い那珂川の清流。そして彼方に望むは那須の峰々。

 その雄大な景色を眺めながら、ゆったりとランチを楽しむのだ。なんという贅沢。

 すぐにウェイトレスが水を持ってきた。


「お帰りなさいませ、ご主人様っ! 妖精の森の愛が溢れる泉で汲んだお水でーす!」

「「えっ」」

 私と妻は思わず顔を見合わせた。

「幸せいっぱい萌え萌えコースで御予約の中村様でございますね。私、本日のお世話をさせて頂きますキャンディですっ! よろしくね、うふっ!」

 ピンクの髪を見つめたまま固まっている私と妻に向かって、ウェイトレスじゃなくてメイドさんは「うふっ」と小首を傾げた。


「それでは早速ですがご主人様方、ニャンコとウサちゃんのどちらがお好きですか?」

「「は?」」

「どちらがお好きですか?」

「えっと……、じゃあネコ」

 と、私。

「じゃあ私はウサギ」

 と、妻。

「はいっ、では失礼しまーす」

 メイドさんは席の後ろに回ると、私の頭に何かを乗せた。

「ブッ」

 それを見た妻が吹き出す。

 続いてメイドさんは妻の後ろに回り、その頭にウサギ耳のカチューシャを被せた。

「ブハッ」


 メイドさんが去ると、私と妻は同時にテーブルに置かれたコップを鷲掴みにして、愛が溢れる泉の水を一気に飲み干した。

「ちょっとちょっと、これどういうことよ」

 ウサミミの妻がこちらに顔を寄せ、小声で話しかけてくる。ウサギというよりもむしろバニーちゃんだが、悪くはないな。

「俺だってわかんないよ」

「あなたが予約したんでしょ? 幸せいっぱい萌え萌えコースって何なのよ」

「知らないよ。俺、コースって言っただけだもん。店の名前も変ってなかったし」

 改めて店の中を見渡すと、あちこちの席で若者とメイドさんがキャッキャウフフと楽しそうに会話をしている。

「どうするのよ、出る?」

「うーん、そうだなあ」

 と唸っているうちに、料理が運ばれてきてしまった。


「お待たせしましたあ。前菜の『夢見るハートのテリーヌ』と、『ミルミルミルキーウェイのスープ』でーすっ」

 運ばれてきたのは、前回来た時と変わらぬ美味そうな料理だった。

 どうやら、シェフの腕は変わっていないようだ。だったらこのまま食事だけでも楽しむか。

 テリーヌがハートの形だとか、スープの皿がピンクだとかいうことには、この際目を瞑って。

「では、これから美味しくなる魔法をかけまーす。美味しくなーれっ、萌え萌えキュンッ! はい、ではご主人様方もご一緒に!」

 妻の顔が引きつる。

「えっと、私もやらなくちゃ駄目?」

「はい、ダメでーす。奥様も旦那様も、こうやって両手でハートを作って。はい御一緒にっ!」

「「「美味しくなーれ、萌え萌えキュンッ」」」

 まさかこんな日が来るとは思わなかった。


 その後も料理は次々と運ばれてきた。

 『幸せ畑のポカポカお野菜(地元産温野菜のサラダ)』、『虹の国からやってきたピンクの天使 (ニジマスのマリネ)』、そしてメインは『アユたんとキノたんのハートフルダンス(那珂川産天然鮎のムニエル茸ソテー添え)』。

 いずれも以前と変わらぬ絶品揃いだ。やたら目が疲れる盛り付けと、いちいち魔法をかけなければならないのはともかくとして。

 私と妻は半ばヤケクソになって、運ばれてくる料理に魔法をかけ続けた。

 最初はボソボソと呟くようだった声が、次第に大きくなっていったのは仕方のないことだろう。


 やがてステージでショウが始まった。

 私達も配られたサイリウムを振りながら、若者達と一緒に大声で歌った。

 そして最後にステージの上に呼ばれ、キャンディちゃんに「今日はこちらのご主人様方の結婚記念日なのでーす!」と紹介されると、店中が「「「おめでとうごさーいまーす!!」」」という歓声と拍手喝采で湧き上がった。


「有難うございましたー。またのお帰りをお待ちしてまーす」

 キャンディちゃんに見送られ放心状態で店を出た二人は、車に乗り込むと同時に「ハアアーッ」と大きな溜息をついた。

「疲れたな」

「ええ……」

「流石に五十過ぎてあれはキツかったな」

「ええ……」


「また来ようか」

「……ええ」



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