アストリットの依頼話
2019.10.30 加筆修正しました。
修正に伴い、暴力表現等ありますので苦手な方はブラウザバックするようお願いします。
大陸の中央に位置するブフナー帝国。近隣諸国の猛攻を幾度となく、退けてきた大国である。
そんな帝国の東に、私たちが通うエイベル魔法学園がある。卒業したら、王都ニーチェにある王城に勤める者が大半を占める。次世代の人材を育成しているといっても過言ではない。12歳から15歳までの三年間を全寮制の学園で過ごす。
私はふぁ〜とあくびをしながら、教室の扉をくぐり、窓側最後尾の自分の席へと着く。
「おはよう、リト。眠そうだな」
隣の席の男子が、寝ていた顔を上げて話しかけてきた。
彼は、同日に転校してきたアロウ。
青い短髪に紫紺の瞳。長身で肩幅が広く、制服を着こなしている。街中を歩けば道行く人が振り返るだろう美貌を、今は眼鏡と前髪で隠し目立たないようにしてある。
私はショートカットの黒髪、赤い瞳。アロウより頭一つ分、低い。体型は細身で胸が乏しい。顔は普通と思っているが、彼氏いわくちょっと目つきがきつい美人さんらしい。
「おはよう。アロウの方が眠そうよ」
まだ眠気がとれていないのか、ぼんやりとした顔をこちらに向けている。
「先生が来るまで時間があるし、一緒に二度寝しないか?」
二度寝という嬉しい言葉に頰が緩むが、私は断りの言葉を口にする。
「やめておくわ。先生に注意されるのはごめんだもの」
教室には生徒たちが登校し始めており、がやがやと騒がしい。
「そうだな。ちょうど騒がしい連中が来て、眠気がどこかに消えたし」
アロウは伸びをしながら教室の扉の方へと目を向け、騒がしい連中と評した集団を見やった。
そこには、一人の女生徒を囲む五人の男子生徒。彼らは生徒会役員を示すバッチをし、それぞれ整った容姿をしている。
騒がしかった周囲は、いつのまにかコソコソとささやき声が響く空間となっていた。大半の生徒たちが集団を睨みつけているのだが、その視線をものともせず彼らの空気は甘い。
「面倒ね」
「関わりたくねぇ」
私たちは嫌そうにつぶやく。
そのつぶやきは誰にも聞かれることなく、彼ら集団の華やかな声によってかき消された。
男性に囲まれていた女生徒。名をキャロル・ランズベリーという。彼女は私たちと同様に転校してきた。編入試験の結果、全教科満点を叩き出した秀才である。
キャロルの転校初日、校門から職員室までの案内は先生が行う予定だった。しかし、職員会議と被り行けなくなってしまった。そこで案内に生徒会役員が選ばれた。案内して送り届ける簡単な仕事。役員全員が普段どおりの日常と思っていた。実際はその日から日常が崩れ去っていく。帰ってきた役員は仕事中、ニヤニヤし手につかない状態であった。一人がミス連発の仕事になってもカバーできる範囲内だったがキャロルに会った役員、全員がミス多発、最後は仕事放棄しキャロルを構いに向かう始末。
「キャロルのおかげで俺は栄養ドリンクが手放せんわ!!俺の書類が終わってもアイツらの書類あるし、増え続ける紙!紙!紙ー!あはは、ははは。俺は今、何徹目なんだろうなぁ。最近は紙しか見てねぇ。……悪いが仮眠してくるから後を頼む。一時間経ったら起こしてくれ」
私たちの転校初日、先生から放課後、生徒会室へ行くよう言われた。
部屋を訪れると、充血した目とくまがはっきり残る顔の生徒会長がいた。現状把握の説明とともにこれから放課後、仕事の手伝いをしてほしいと頼まれた。私たちがここにいる間は手伝うことを承諾し、生徒会長はベッドがある奥の部屋へ姿を消した。
「この惨状はひどいわね。会長さんは役員がいなくなってきた頃の2、3ヶ月間の書類処理、今は一人で全員分のため睡眠時間激減ってこと……」
不在な役員たちの机上に積み上がる書類、溢れた紙は床の上へ山のようになっている。
「後、数日で倒れてしまいそうな雰囲気だよな。俺たちで少しでも負担が減ればいいんだけど」
「そうね。できる限りやりましょう」
話しながらお互い、手を動かして書類をまとめていく。
「それにしても、会長の話しにあったキャロルって女が満点とは……。朝の様子からとてもそうは見えなかったけど」
「えぇ、驚いたわ。キャロルさんが初日で初対面の人に対して、『その前髪の下には美貌があるって知っているんです。私だけの特権ですよね。イメチェンしてくれませんか?』と言うのは秀才かしら……」
「違うだろ。俺たちみたいに師匠のスパルタ特訓を身につけて挑んだわけでもなさそうだし」
「キャロルさんの点数について不思議だけど、今はこの書類を会長さんが起きてくる前にどうにかしましょう」
「ああ。……何か起こったときのために情報収集だけしておくか」
アロウの最後の言葉は書類整理に集中していた私に届かなかった。
騒動が起こったのは会長が倒れた日。その日、私は移動教室に向かう途中で忘れ物を思い出す。一緒に行動していたアロウに先に行ってもらい、授業開始間近な時間の中、人通りが少ない階段を駆け下りていた。
「……きゃあっ」
悲鳴が聞こえた方を向く。数メートル先、桃色の長髪と茶色の瞳をしたキャロルがいた。階段を上がろうとして足を踏み外してしまったようだ。
「大丈夫?」
慌てて駆け寄りキャロルの腕をひいて体勢を整える。
キャロルはつむっていた目を開け私を認識するなり、射殺すような目で睨んできた。
「えーっと……とっさに体が動いてしまったんだけど怪我はない?」
睨んでくる理由がわからず、困惑した声で聞く。
「ええ、大丈夫よ。怪我もなし。あなたが助けてくれたおかげで。あなたのせいで私のイベントが台無しじゃない。階段で倒れた私を一番好感度の高い攻略対象キャラが助けてくれるイベントなのに。重要な好感度イベントよ。それなのに、なんてことをしてくれたのかしら!!」
「……??」
キャロルは私に指を突きつけて、言っていることがよくわからない話しをまくしたてる。
「なんで私の思い通りにいかない!ゲームではあなたが私をいじめるのに。なんでいじめない!」
「先ほどから何を言っているのか、理解できないのだけれど……。キャロルさんの思い通りに動いたら、それはかなりつまらないと思うわ。私は、自分からいじめるようなことをしないわよ」
「うるさい!うるさい!!シナリオが変わるのは許さないわ!」
キャロルは怒りで顔を赤くし声を荒らげる。彼女はポケットから折りたたみナイフを取り出し、自分の腕に傷をつけてナイフを手の届かないところへ放った。
「……な、なにをしているの!?」
私は一連の流れを呆然と眺めていることしかできなかった。キャロルのような貴族が自分の肌を自ら、傷つけるなんて考えられない。
傷は浅そうだか、すぐ保健室に行って処置をしてもらった方がよい。
「キャロルさ──」
「きゃーっ!!痛い!私から離れて!!」
「──は?」
キャロルが急に叫び私を突き飛ばし尻餅をつく。
「キャロル!叫び声が聞こえたが、大丈夫か?」
階下から現れたのはキャロルの取り巻き生徒会役員の一人である眼鏡をした男子生徒。彼はキャロルを認識するとすぐに駆け足で側に寄ってきた。
「か、彼女が私に向かってナイフを……」
キャロルは男子生徒に向かい、涙をにじませ悲愴感を漂わせる。
「キャロル、もう大丈夫だよ。俺がついている。キャロルを傷つけたやつは俺が許さないから安心して」
「えっ。ちょっと一方的な話しで納得しないでよ。キャロルさんは自分で傷を──」
「君、なにを言っている!キャロルを傷つけておきながら、自分の罪を認めないで他人になすりつけるなんて!キャロルが自分で傷をつけるわけないだろう。こんなに可憐で可愛い俺のキャロルなんだから」
私は手をついて上体を起こし、キャロルの言葉を鵜呑みにしている男子生徒に反論する。しかし、彼はキャロルの肩を抱き寄せ甘い空気をかもし出しこちらの言葉を一切、聞かない。
「本当にキャロルさんが自分でやったんですよ!私はしていません」
「はぁ。君、キャロルの状態を見ればわかるだろ?血のついたナイフがそこに落ちている。キャロルが暴れて君の手から落ち──キャロル?その腕の傷は君がつけたんだね」
男子生徒の言葉の途中でキャロルは彼の服の袖をひいて、傷がついた腕を見せる。彼の雰囲気は怒りに包まていく。
「一応、君は女の子だから顔はやめておくよ」
男子生徒は一言、声をかけると私に対しお腹を蹴りつけ始めた。
「……うっ」
私はなるべく攻撃があたらないよう、腕をお腹に回し衝撃を防ぐ。
「ちょ……やめっ」
「君は道具を持ち出してキャロルを傷つけたんだよ。同じ痛みだろう?」
同じ痛みじゃないわよ。男子生徒の蹴りが重く、返事もままならない。
キャロルは男子生徒の肩越しからうっすら笑みを浮かべながらこちらを眺め、数秒経つと飽きたのか髪をいじり始めた。
「ねぇ、私はあなたのおかげでもう怒ってないわ。彼女のこと、今は視界に入れたくないの。だからもう行きましょう」
キャロルは男子生徒を背中から抱きしめ甘えた声をだす。
「キャロルはこんなことをした君を許すんだね。なんて優しいんだ。君は俺らの視界に入らないように!!」
男子生徒は去り際に勢いよく私の片足に体重を乗せグリグリッと圧をかけ、キャロルの腰に手を回して立ち去って行った。
二人の足音が完全に聞こえなくなり立とうとしたが、あまりの痛さに立てず壁に体を預ける。
「……っっ、容赦なくやりすぎでしょう。これは片足、腫れる」
やられまくったことにより、他人事のようにしか感じられない。すっかり忘れ物を取りに行ける状況じゃなくなってしまった。
このままどうしようとボーっとしていたら誰かが階段を駆け下りてくる音が聞こえ振り向く。
「あれ……?アロウじゃん。授業、始まってるのにどうしたの?」
どこも怪我をしていないと感じるよう、アロウに笑顔を向ける。
「リト!!なにかあった?授業はリトが戻ってこないから先生に言って探しに来たんだよ」
普段は前髪で見えない顔をあらわにして、心配を含んだ声で私の顔をアロウが覗き込んでくる。
「……なにもなかったわ」
アロウに心配をかけたくなくて嘘をつく。しかし、顔をまっすぐ見れず視線はうろうろしており隠せてない気がする。
「ねぇ、リト。階段に座り込んでるけど立てるの?」
アロウの顔をちらりと見ると、私をじっと眺め挙動を観察している。
「あの……立てません」
アロウの視線に負けて白状する。冷や汗、だらだらで数秒前の嘘をついた自分を叩いてやりたい。
「リトは嘘をつくの、下手なんだから……。他に怪我はない?足だけ?」
アロウはしょうがないなぁって感じで私の頭を撫でる。アロウの手が私の髪をさらりと行き来するたびに安心感が胸の内に広がっていく。
「足の他にお腹とたぶん……背中も」
ピシリッと凍りついたようにアロウが動きを止めた。
「ん?俺はリトがドジって足を滑らせ挫いたと思ったんだけど。腹と背中ってなに?明らかに誰かにやられたよね。誰?」
「キャロルさんと生徒会バッチつけてる眼鏡かけた男子生徒」
ひどく腹立たしい声で言う。
「そいつら、俺のリトになんてことしてるの。どういう状況だった?」
キャロルを助けたところから今まで起こったことを説明した。頭の中を整理する形で話てみても相手の言い分は一方的なため、怒りの感情が満ちあふれる。
「なるほど。うーん、仕返しとして3日あればいけるな。リトが直接やった方がスッキリするかもしれないけど、その怪我だと難しいでしょ」
アロウは困ったように眉を下げていたが、腹わたが煮えくり返るほど怒っているのを感じる。
「そうだけど……。はぁ、わかったわよ。ほどほどにね」
怒っているのに私よりもさらに怒っている人を見ると怒りが冷めてしまった。
「さて、リトは保健室に行って休もうか」
アロウは私をふわっと横抱きにするなり、歩き始めた。
「ちょっ……」
ちょっと待てと声をかけたくても羞恥で顔が火照って何も言えない。
「ん?歩けないんだから仕方ないだろう。生徒は授業中、先生は生徒会の書類整理にかかりっきり。この格好を見られることはないよ。……俺以外は」
耳元で楽しそうに囁かれるアロウの声。私は楽しくないので、早く保健室に着いて欲しい。
階段には一人分の足跡が響いて消えていった。
キャロルと生徒会の取り巻きたちは三日間で処罰されていった。
今回、事件に関わっていなかった四人の取り巻きはそれぞれの家から注意をされていたのにキャロルと懇意にしていたことで廃嫡、学園を停学とし下働きとして働かせ性根を叩き直すそうだ。
事件に関与していた眼鏡の男子生徒は他の四人と同様に廃嫡、停学となった。女性に手をあげることを二度としないよう女性の扱い方のマナー講座と騎士道精神を学ぶために昇格なしの下働きを行うらしい。
キャロルは家から勘当、学園は退学となった。生徒会の方たちが彼女の取り巻きと化していたのは、彼女の持つ目に秘密があった。彼女が異性を自分の虜にしたいと思えば思いどおりになる魅了の魔眼を有していたからである。入学当初の計測機でわかるものだが、何人かの先生をキャロル家の当主が賄賂を渡し記録の改竄を行っていたため、発覚しなかった。魅了の魔眼の弱点として、異性に興味のない人、他に愛している人がいるなら効かない。
アロウが行ったことは、事件に関係ない四人はキャロルの魔眼による影響として軽めの処罰にするようそれぞれの家の当主に手紙を出した。
事件に関わった眼鏡の男子生徒は事の重大さを知り、謝りに来ようとしたが来る前にアロウが学園の裏に呼び出し、殴って気絶させ放置した。
キャロルについては魅了の魔眼を有していることと事件の詳細を学園に噂として流した。
「で、問題だったのは俺たちがキャロルのことを知るきっかけになったのは国からの依頼だったことだ。ギルドマスターに言われて仕方なく受けた依頼だったけど。本来ならSランクの冒険者が受けるのだが皆、筋骨隆々で学生に紛れ込めないとAランクの冒険者である俺たちに回ってきた。身長や体格で周りの学生と大差ないと言って……」
事の顛末を語っていたアロウが顔をしかめて言う。
ギルドは、登録料さえ払えば誰でも冒険者になれる。EからAと徐々にランク付けされ、最高ランクはSである。主に、人に害をなす魔物を討伐することを目的としている。魔物は、空気中の魔力の塊を取り込んで動物が凶暴化した。空気中の魔力は、人間に扱うことができない。
「依頼書には『魔法学園に通っている男子生徒たちを侍らせている女生徒を調査し、処罰を』というものだったわ」
「そうだ。俺たちが調査できたことを国が調査できないはずはない。国と学園は独立しているので、国は在学中の生徒に手は出しにくいんだろう。特にキャロルは魅了の魔眼だから、敵国の尋問などに利用しようと思えば利用できる。よって、それを阻止するため情報屋を使用し彼女を拉致、目の手術をして魔眼の摘出と能力がない普通の目の移植を行った。魔眼は情報屋に渡し魔族にすぐ売るよう言ってある。これで国が彼女を利用できないな」
ふふふっと笑っているアロウは愉快げである。
魔族は魔物と違い理性があり、空気中の魔力を使うことができる。1000年前に魔族と人間との戦争があったが、500年前に終結し今現在は人間と友好を築いている。人間が魔法を使うようになったのも500年前からで、魔族と人間の婚姻によるものといわれているが定かではない。
「事件の証拠はどうしたの?」
「それはリトがつけてるネックレスだよ」
アロウに誕生日プレゼントでもらった紫色のしずく型ネックレスで今もつけている。保健室に到着後、彼に貸したもの。
「普通のネックレスに見えるんだけど」
「それは魔道具になっていて俺がいないときに周囲の状況を記録する物だよ。プライベートのときは作動しないよう設定してある」
「そうなの。今回みたいに離れたとき、便利だからいいわね」
ほとんど一緒にいるから問題ないかな……。
魔法で作られた魔道具は、生活を豊かにするとともに魔法なしの人を補助する役割を担っている。形ある物体に魔法言語を書き記すことで使用する。豊かになった分、魔道具による犯罪が起こりやすくなったが……それは犯罪を取り締まる方々に一任されている。魔法なしとは体内に魔力がなく、魔法が扱えない者である。
「そのネックレスを用いて学園長とギルドマスターに事件の説明したんだ。またキャロルの家の当主が行っていた先生の賄賂問題、賄賂を受けた先生によるキャロルの入学不正と計測機記録改竄の証言を国に報告するよう伝えた。今はその結果待ちだけど、これが終わったらこの国を出ようか。依頼の報酬は報告したときもらった」
あ〜、疲れたって感じに伸びをして私の背中と腰に腕を回し抱きついてくるアロウ。お疲れ様と背中を撫でつつ尋ねる。
「この国に着いてすぐに依頼が入ってデートをする時間もなかったよね。どこの国に行こうか?」
「リト……いや、もう依頼完了したから呼び方を戻すか。アス、魔族の国に行くのはどうだ?」
「一度、行ってみたいと思ってた」
楽しみだなと思いつつ、うなずく。
アロウは偽名で本名はアローン。私のリトも偽名で本名はアストリット。
二人共、Aランクの冒険者として名を馳せているから偽名が必要だった。Sランクを期待されている冒険者で。しかし、二人はSランクになるつもりはない。たいてい、極秘依頼やギルドに出せない重要な依頼はSランクが受けることになっている。その中にはその国特有の依頼もあり、国専属の意味も強い。他国漫遊などもってのほかだ。
「よかった。ところでアス、この怪我はわざとでしょ?」
アローンの手が背中からお腹、足と触れる。声は耳のすぐそばでアローンの唇と触れそうなほど近い。
「この怪我はわざとじゃな……ひぅっ。耳!耳はやめてよ」
否定しようとしたらアローンが耳にふっと息を吹きかけ、言葉を全部言えなかった。
「だって、ごまかそうとしたじゃん。キャロルや眼鏡の男子生徒の攻撃は避けることができた。違う?」
アローンは耳から顔を離して私と向き合う。不満な顔と口調でぶすっとしている。
「違わないわよ。たしかにキャロルさんたちの攻撃は避けれたわ。でも、学生に扮してるから避けたらおかしいと思ったから避けなかったの。あと……ロンが証拠集めしているのは気づいていて、処罰までにはいかないと感じロンの助けになればと」
だんだんと顔はうつむき、声は尻すぼみになっていく。だから、アローンの表情がにやりとしていたと知らなかった。
「そうか。ねぇ、アス。顔を上げてくれない?」
怪我を負った思惑を黙っていたと怒られるのではないかと恐る恐る顔を上げる。
「ロン、あの……。んんっ……!?んぁ、なっ……」
私の唇に柔らかい感触。突然のことで思考が働かない。なにを、私はなにをされているんだ。落ち着け、私。
アローンが私にキスをして歯列をなぞって舌が入り、私と彼の舌が絡められている。彼が絡めていた舌を離し私の口内を縦横無尽に動く。
「はぁ……、はなっ……」
息継ぎで少し離れたときに言葉を紡ぐが意味をなさない。
頭が熱に浮かされるようにぼうっとしなにも考えられなくなる。生理的な涙が浮かび体から力が抜け、ぐったりとアローンに寄りかかる。ようやく、唇を離してくれた。
「かわいい」
アローンはご機嫌だが、私は不機嫌だ。はぁ、はぁと呼吸をするのにいそがしく抗議する気力もない。
王都の宿で二人っきりだからって私達、付き合いはじめてまだ一年もたっていないのに。
気力が回復したら急になにするのと言ってやる。うまく丸め込まれそうな予感がするけど……。
それまでもう少しアローンに寄りかかっておこう。
後日。
キャロル家の当主は田舎に隠居、当主権利の剥奪がされた。
賄賂を受け取っていた先生は学園を辞職し他国で新たな職探しとなった。
国から登城するよう要請があり、そこで第二王子が生徒会長という衝撃事実が発覚。生徒会長が私に求婚してきたり、国王がアローンにSランク冒険者になるよう命令してきたりしたが、二人共バッサリ断る。そのうえ、国王はアローンに私以外の女をあてがおうとしてキレたアローンが城を壊し、そのまま魔族の国へ向かう船へ乗ることになるのは、また別の話である。