殺人鬼が跋扈する風景より
今朝の新聞を開くと、今日もいつものように殺人鬼の記事で埋めつくされていた。
曰く、
『老人ホームが殺人鬼に襲われ、一夜にして54人が殺されました。殺人鬼は生産性のない年寄りは生きる価値がないとと犯行声明を新聞社に送り付け・・・・』
『昨晩病院に殺人鬼が侵入し、重い病気を患った子供達を殺害しました。内臓を持ち去る手口から、近年活動を活発化している殺人鬼Aの仕業かと推測され・・・』
『刑務所に護送途中だった政治犯が、ライフルで狙撃され死亡しました。警察はかねてから犯行予告を出していた殺人鬼を容疑者として緊急手配を・・・・』
ニュースの後に論評が続く。殺人鬼が増えるのは教育が悪い、殺人鬼が一向に逮捕されないのは警察の怠慢である、殺人鬼を発見するためにもっと町中の監視カメラを増やすべきである。
コトリと目の前のテーブルにコーヒーカップが置かれた。
「どうぞ、コーヒーです。」
目を向けるとウェイトレスがお盆を持って立っていた。二十歳程度のの髪の長い、目元のぱっちりとしたかわいらしい娘だ。
「ああ、ありがとう。」
私がそう言うと、ウェイトレスはにっこりと笑顔になる。私はこの喫茶店の常連客である。だからこのウェイトレスとも顔見知りであり、客が少ない時などには言葉を交わすこともある。
コーヒーカップを手に取り、砂糖を少々投入して一口飲んだ。今日も素晴らしいコーヒーの味を堪能する。
「それ」
ウェイトレスが額に皺を寄せて、私が広げていた朝刊を指さした。
「最近物騒ですよね。毎日毎日殺人鬼のニュースばかり。あたしが子供のころはもっと平和だったと思うんですけど。」
平日の午後三時。どうやら客が私一人しかいないので、暇つぶしに会話したいようだ。
「そうとも言えないね。」
朝刊を畳みながら、私は答えた。
「え?」
「十年前と比較して、詐欺に障害、強姦に泥棒、全体の犯罪の件数自体は減ってる。増えたのは殺人鬼と殺人鬼が起こす殺人だけ。」
「ええ~~。そうなんですかぁ!? でも万が一殺人鬼に会ったら殺されちゃいますよね?そっちの方が危険じゃないですか?」
ウェイトレスはお盆を持ったまま両手で肩を抱きしめた。
「それはまあ・・その場合もあるだろうね。なんたって殺人鬼だし」
「・・やだ・・怖い・・」
潤んだ目で私を見つめた。
その時私の右のポケットに入っている、スマートフォンが振動した。それを取り出し、表示されている電話番号を確認する。
「ごめん、仕事の電話。」
スマートフォンをウェイトレスの前に掲げると
「あ、はい。」
とウェイトレスは気の抜けた声を出した。そして小さく一礼し、そそくさと厨房の方に去っていってしまった。
私はスマートフォンの通話ボタンを押し、耳元に当てた。
「○○介護センターですが」
「どうもいつもお世話になっております。」
私は誰もいない空間に頭を下げた。自分でも悪い癖だと思うが、無意識でついやってしまう。
「今月は92人殺害でお願いします。」
「おや? 今月はこれまでのご依頼よりも人数が多いですね。」
以前打ち合わせした時の相手の姿を思い浮かべる。中肉中背の真面目そうな中年で、喋るときにわずかに右の瞼が痙攣するのが特徴的だった。
「実は経営陣が突然いらぬ同情心を起こしましてね。無料で施設に入居できるキャンペーンを相談もなしに張ってしまいまして。金にもならない老人をタダで養うとか冗談じゃないですよ。あの死にぞこないども。本当はわざわざ殺さなくてもその辺の公園にでも捨るのが手っ取り早いんですけど、誰かが勝手に連れて来ちゃいますし。」
愚痴が多い人でもあったことを思い出した。
「ただでさえ最近人件費が上がっているのに、死にぞこないどもを処分しなければ会社が赤字なんです。いつだって上の方は我々現場の苦労を理解しようとすらしない。このまま経営陣の理想とやらに付き合って会社が倒産したらどうなります?あいつらはそれで本望かも知れませんが、社員とその家族が路頭に迷ってしまいます。だからですね」
「無能な上司を持つと苦労しますね。同情しますよ。」
このままでは永遠に愚痴が終わらなそうなので、口を挟んでしまった。勿論出来るだけ相手を思いやる口調のトーンにしたつもりだが。
他の顧客にも延々と上司の愚痴を垂れ流す人は多い。私は上司など持った経験はないが、話を聞く限り大変な苦労が伴うらしい。
電話の相手はしばらく荒い息を吐いた後、
「と、とにかく今月は数が多いので、刺殺や絞殺ではなく、建物ごと焼いてしまおうと会議で決まりました。火災保険が下りれば損はしません。」
私は手帳をテーブルの下の鞄から取り出し、焼死とメモを取った。
「それから日時は三日後の深夜、場所は会社の旧本社でお願いします。犯罪の証拠は処分が終わった後、部下に届けさせます。」
それも書き取っていく。基本的に自分の仕事のスタイルとして通信の証拠が残るメール等は使わず、会話のみで物事を進めていくことにしている。
「まったく毎回実行犯を集めるのが面倒です。あっさりと仕事を辞めちまう奴が多いんですよ。最近の若い人は汚い仕事をしたがらない。自分の若い頃はもっとがむしゃらに働いたものです。」
「私が直接手を下すのは業務内容に含まれておりませんから、私は手伝いませんよ。」
冗談めかして言うと、
「え、ええ。それは勿論です。それでは今月の連絡事項は以上です。また来月電話させていただきます。」
私が返答する前に唐突に電話が切れた。
少し冷めてしまったコーヒーに口をつける。
今月新聞社に送り付ける殺人鬼の犯行声明の文面を考える。先日は年寄りが生産性がないことを中心に文章にしたから、今回は見た目が汚いことを中心にしようか。街の景観が老人が存在することで、汚れるとかいい動機かも知れない。
喫茶店のドアが開いて、新しい客が入ってきた。品の良い老夫婦。夫とおぼしき老人が妻の手を引いてテーブル席に向かって歩いて行く。
私はその仲睦まじい姿を目で追う。
ウェイトレスがそのテーブル席へと速足で注文を取りに向かった。
私はその様子を何とはなしに観察した。
突然コーヒーカップの横に置いていたスマーフォンが振動し、私は驚き、思わず少しのけ反ってしまった。腹立ちまぎれに心持ち強めに通話ボタンを押す。
「あの、○○病院の田中と申します。」
若い女性の声がした。先月から契約した新規の客だ。
「どうもいつもお世話になっております。」
私はまた虚空に向かって頭を下げた。
「先日は急な依頼で申し訳ありませんでした。あなた様の仕事ぶりは当院の院長も満足しております。」
「ありがとうございます。そう言っていただけると苦労のかいがありました。」
電話の相手は少し黙り、
「今日電話させていただいた要件ですが、また急きょ子供の臓器が必要になりまして、ご依頼をしたいのですが。」
「ありがとうございます。殺す子供の目安は付いていますか?」
電話の向こうでゴクリと唾を呑む気配がした。
「はい。当院に身寄りのない重い心臓病の子供が入院しています。正直助かる見込みは非常に薄いので臓器を取り出すの検体にするのに相応しいかと。」
「それは素晴らしい。ただ、老婆心ながら忠告させていただくと、前回と同じ病院内での殺しは良くないかもしれません。今月は少し殺しの場所や殺し方を変える必要があるかと。」
「というと?」
「さすがに同じ病院に二か月連続で殺人鬼が侵入して子供を殺したというのは、病院の管理体制の不備が指摘される危険があります。その対案として、そうですね、例えば一度退院させてから、子供を襲うというプランはいかがでしょうか?心臓ごと臓器全てを抜き取ってしまえば病気が治っていなこともバレません。」
ウェイトレスが老夫婦のテーブル席へカレーライスを運んで行く。若干足元が危なっかしい。
「なるほど。自分はこの仕事の担当になって間もないので勉強になります。しかし野外で襲うとなると、麻酔等が使えません。出来れば子供には苦しまずに逝って欲しいのですが。」
「良心の呵責を感じているのですか?」
私は思わず指摘した。
田中さんは黙り込んでしまった。
「いいですか、何度も説明した通り子供を殺すのはあくまで殺人鬼であって、あなた方じゃありません。仮にあなたが子供を襲い、あなたがナイフを突き立て、あなたが内臓を抜き取ったとしても、それは殺人鬼の仕業なのです。だからあなたが罪悪感を感じる必要はないのですよ。そのために我々のような殺人鬼を扱うコンサルタントが存在するのですから。」
カウンセラーの真似事もギリギリ業務の内だ。
「それにここだけの話、似たような依頼はそれなりにありましてね。前回の依頼も急だったものですから、他の病院が依頼された際に創造した殺人鬼を使い回させていただきました。国から医療費が削減されているご時世、病院の健全な経営のために多少の非道は許されると私は思いますよ。」
「はあ・・・そうですよね。詳細が決まり次第、もう一度電話させていただきます。」
田中さんは消え入りそうな声で言い、電話を切った。
私は柄にもなく田中さんの将来を案じた。この手の優しいタイプはすぐに潰れてしまうことが多い。この業界では被害者に感情移入することは自分の身を亡ぼす悪徳でしかない。それに早く気がつけば良いが。
もっとも潰れたら潰れたで、この仕組みが金を生む限り、すぐに後任が決まることは間違いない。
テーブル席では老夫婦がカレーを食べながら楽しそうに談笑している。
この案件はどの殺人鬼はやらせるべきかと私は考える。子供の殺人には需要があるので活動中の殺人鬼を数人常にキープしている。先月と同じ子供の内臓を持ち去る殺人鬼でも良いが、実行犯が初心者だということを考慮すると、違う殺人鬼に交代した方が無難かもしれない。
そんな事を考えていると、また手に持ったままのスマートフォンが振動した。私は思わずため息を付いた。今日という日はどうもゆっくりコーヒーさえ飲ませてくれない日のようだ。
スマートフォンには非通知設定が表示されている。
「おい、くそ野郎。」
いきなり私を罵倒するようなことをするは、思いつく限り一人しかいない。
「どうも警部、お久しぶりでございます。」
顧客ではないので頭は下げない。
「ふんっ、慇懃無礼のサイコ野郎が。お前らのせいで殺人件数が上がりっぱなしだ。お前らのような奴はさっさと死んでしまえ。その方が社会のためだ。」
「全ての職業はそこに社会のニーズがあるから存在してます。ですから私どもが現れたのも時代の流れかと。」
電話の向こうで舌打ちの音が聞こえた。
「ふざけやがって、何が社会のニースだ。お前らは誰かの殺人の罪を架空の殺人鬼に擦り付けてるだけじゃねえか。そのせいでいつの間にか一般人の殺人に対するハードルが下がっちまった。悪魔ってえのはお前らのことを言うんだよ。」
「しかし警部もその仕組みを利用するために私に電話したのでしょう?ご用件をどうぞ。」
警部が言葉に詰まる。
誰もが自分を善の側に置きたがるものだ。それさえ確保してやれば、人は自分の利益のために殺人程度のことは簡単に行ってしまう。
「くそ野郎が。警察官を殺すから殺人鬼を用意しろ。」
「残念ながら手元に警察官を殺す殺人鬼のストックがありません。なんせ需要が少ないものでして。ですから一から殺人鬼を仕込むのに多少の時間をいただかないと。」
「三日以内に殺人鬼を用意しろ。さもないと・・・わかってるな。」
私の頬が引きつる。殺人鬼が世の中を跋扈する時代になっても、警官の横暴さだけは不変だ。
「・・・・わかりました。ちなみにどうして警察官を殺すのかを聞いても?」
「知ったら死ぬことになるぞ。」
「ハハ。冗談ですよ。怖い怖い。」
「心配しなくてもいつか俺がお前を殺してやるよ。」
電話が切れた。
私は天井を見上げた。警察との取り引きは金にならない上に、いつも無理難題を押し付けてくる。だが警察との関係は切るに切れない、困ったものだ。
とにかく至急オフィスに戻り、警察官を殺す殺人鬼の仕込みを始めなければ警察の区切った期限には間に合いそうにない。
コーヒーカップを持ち上げ、残りのコーヒーを一気に飲み干した。もっと味わって飲みたかったが、仕方がない。伝表と鞄を持って立ち上がり、レジに向かって歩き出す。
老夫婦が座っているテーブル席の脇を通る。
二人の会話が漏れ聞こえた。
「お隣さんの赤ん坊の泣き声、なんとかならんもんかのぉ。夜中に泣かれると眠れんわ。」
「そうよねぇ。流行りの殺人鬼が何とかしてくれないかしら。」
やれやれ、なんて微笑ましい会話なんだ。
レジに到着すると、奥の部屋からウェイトレスが姿を見せた。私は伝表をウェイトレスに渡すと、ウェイトレスは私を見上げ、
「630円になります。今日はいつもよりお早いお帰りですね。」
「ええ。急な仕事が入ったものですから。本当はもっとゆっくりとコーヒー味わいたいのですが、こればかりは致し方ないですね。」
私は手に持った鞄から財布を取り出す。
「えっと・・・それで・・さっき話していた殺人鬼に会わない方法についてなんですけど。」
ウェイトレスは手を組み合わせてもじもじとした。
「ああ、そんな話もしていましたね。うーん、そうだなあ。」
ドアの外を眺めると、人々が道路を行き交い、それを優しく陽の光が包み込む光景が見えた。今日も世の中は極一部を除いて実に平和だ。
「特に対策をしなくても、あなたはまだ殺人鬼には殺されるには早いと思いますよ。」
財布から取り出した千円札をウェイトレスに差し出しながら、私は優しく微笑んだ。




