9.もう一人の新人
一般的に、私たちのようなどっちつかずの人間が血筋にいると、あの家の者と結婚したらどっちつかずが生まれるんじゃないかと横やりが入って、いくら本人達が良くても、せっかくの婚約が「ご破算」になってしまうことがあるらしい。
なんかそういう偏見を持ってる人がこの世界には少なからずいて、平民でもどっちつかずが出ると家族ぐるみで隠すってことが多いみたい。
それと、どっちつかずで名無しの人間をむやみやたらと忌み嫌う人もいる。そういうのはお貴族様に多い。しかも上級の貴族になればなるほどその傾向は強い。
お貴族様は政略結婚が多いと聞くから、家のための政略結婚もできないような者は役立たずの無駄飯喰らいってことなんだろう。
……いつまでたっても性別が決まらなくて大人になれない人間なんて、ただ単純に薄気味悪いのかもしれないけど。
それでも、衛兵さんや食堂のおばちゃん達みたいに気にしないで普通に接してくれる人もいるから、私たちは救われるのだけれど。
☆ ☆ ☆
研究所で修理をして過ごすこと数日。
だいたい、魔道具の破損の原因が分かってきた。
部品の大きさがね、元の設計図と誤差があるみたいなのだ。ものによって1ミリくらい大きかったり小さかったりまちまちだけど、酷いのは無理矢理部品をはめ込んだ感じだからね。
ハルスさんに聞いてみたら、設計図はこの研究所で作成して、見本として試作品も作っているけど、本格的な商品を生産するのは街中の工場なんだって。
すっごく厳格に設計図の大きさ通りに作ってくれる職人さんもいれば、「小さい事は気にすんな!」的な豪快な人もいるらしい。
左右対称なはずの部品が、対称じゃなかったりするもんなぁ。
てか、それって豪快って言うより、大雑把なだけなんじゃないの? と思ったけど、口には出さないでおいた。
まぁつまり、そういう「豪快」な人がいる限り、ウチの研究所は魔道具の修理で忙しいってワケです。
そんなことが分かってきた頃には、私はだいぶ研究所での生活にも慣れてきて、けっこう充実した毎日を送っていた。
所員のみなさんは私と同じどっちつかずの無属性なので、変に気を遣うこともないし、居心地も良い。本当に研究所に就職できてよかった~!
けど、ここって定年ってあるのかな?
どっちつかずで無属性の人って、子どもができない分、長寿だって聞くけど……。ご隠居様が何歳だか分かれば参考にするのに……!
もし定年があったら、老後はどっか私のことを知ってる人がいないような遠い田舎に行って、自分が食べられるくらいの畑ができる土地を買って、のんびり自給自足生活をしようかな。
どうせ、おしゃれするワケでも趣味に浪費するわけでもなし、無駄遣いの癖はないし、普通に貯金してけば土地を買って家を建てるくらいできるんじゃないかな?
よし! 給料をもらったら、できたら実家にいくらか仕送りして親(祖母ちゃん含む)孝行なんてしつつ、老後のために貯金しよう、そうしよう!!
私は自分の老後計画に向けて決意した。
それから、ご隠居様が「どこか」に話を通してくれたので、宿舎の改装がされた。主に湯沸かし室だけどね。
会議もできる広間を小さくして、広間隣の湯沸かし室を拡張。いや、今まで無駄に広かったから広間。夜会でも開けるんじゃないかってくらい。まぁ、夜会なんて平民の私は見たこともないけど、魔術学校でダンスを習ったときのダンスホールくらいは優にあった。2階に30室の個室があるんだから、1階の広間がそのくらい広くても当たり前なのかもしれない。浴場だって、一度に50人入っても大丈夫なくらい無駄に広いしね。とにかく奥行きがある建物なのだ研究所は。
あ、話が逸れちゃった。……湯沸かし室の拡張の話だったね。
コンロを増やし、作業台・食器棚・グリル・オーブンを備え付け、水場も少し大きくしてもらった。隣に食料の貯蔵庫も作ってもらったし、冷蔵庫的な魔道具も大きいのを設置してもらった。冷凍もできる優れもの! 普通の冷蔵庫的な魔道具は冷蔵までしかできないから、特別製ってことだ。
他にも調理器具などが増えたおかげで、作れる料理の幅が広がった!
あ、湯沸かし室の改装中は簡易の水場とコンロを広間のすぐ外に設置してもらって、そこで食事を作ったよ。
湯沸かし室改め『新生・厨房』をワクワクと見回していたら、ハルスさんが呼びに来た。
作業場に、もう一人の新人が来たとのこと。
あぁ、確か諸事情で数日遅れるって言ってたっけ。
作業場に行くと、すっごいふて腐れた感じの子がいた。
ハルスさんより頭半分くらい背が低くて、赤みがかったフワフワの金髪で紫色の瞳の天使みたいな外見の子。不機嫌そうな表情と態度が全部を台無しにしてるけど。
髪の毛、ショートカットだ! 『大人』になる前って、もしかしたら女性になることがあるかもって、伸ばし続けてる人が多いのに珍しい。
この国では女性は髪を伸ばすものと決まってるんだよね。長い髪は貞淑さのあらわれなんだとかなんとか言って。
男の人でも子どもの頃からのことで慣れてるからって伸ばしたままの人もいるし、短くするとすぐに床屋に行かなくちゃいけなくて煩わしいって長くする人もいるし、短い方が珍しいくらいなのだ。
「全員揃ったね。……この子が今年のもう一人の新人さんだよ」
「……」
「ん~、自己紹介してくれないかな?」
「……」
憮然とした顔で動こうとしない新人さんに、所長さんがすっごく困った顔してる。
「ちゃんと自己紹介しなさい」
ご隠居様が有無を言わせないって雰囲気の声を出す。
うん、ご隠居様、今の雰囲気は怖いです。
「……オクタ・オ……チッ。……オクタ・ヴノ」
ご隠居様に促されて、渋々挨拶する新人さん。途中、噛んだのか舌打ちが聞こえた気がする。
オクタって第8子か、すごいなーなんて単純に思ってると、所員さん達が自己紹介を聞いてざわめいていた。……あれ、なんだろう? どこにざわめく要因があったのかな。第8子って珍しいけど、全然いないわけじゃないのに。
この世界の子どもは、誰が男になるとか女になるとか分からないから、男の子に後を継いでもらった方が良い職業のお家なんかは、できるだけたくさんの子どもをもうけるのが普通。
7人も子どもをもうけて、それでもみんな女の子になっちゃったからって、婿取りした鍛冶屋さんも知ってる。
「うん、気がついたと思うけど、この子は私ジ・ヴノの親戚筋。小さい頃は病気がちで、学校は1年遅れてる。末っ子で甘やかされてるからわがままも出やすい。でも私の親戚だからと依怙贔屓せずに、ビシビシ鍛えてやって下さい。困ったところもあるだろうが、心根は悪くないので。どうか、よろしくお願いします」
そう言ってご隠居様が頭を下げる。
いやいやいや! ご隠居様に頭を下げられたんじゃあ、断れませんよ。
ってか、この人ご隠居様の親戚筋!?
そっか、私、ご隠居様の家名を知らなかったから気がつかなかったけど、所員の皆さんはそれを知ってて「ヴノ」って家名にざわめいてたのか。
言われてみれば、ご隠居様の瞳は赤紫。新人のヴノさんも紫色の瞳だし、紫系の瞳が出やすい血筋なのかも。
「じゃあ、ヒューレーは作業も慣れてきただろうし、ハルスは今日からこの子の指導をお願いね。みんなもフォローしてあげてね」
所長さんのその言葉で、またいつものようにみんな動き出す。
けど、オクタ・ヴノさんは動き出しそうになかった。ハルスさんの説明にもそっぽを向いている。
あんな様子で、ヴノさんはちゃんと仕事するんだろうか。
大丈夫かな???
そうは言っても、私もそろそろ夕飯の準備をしなくちゃいけない時間帯。
2人の様子を心配しながらも、『新生・厨房』に向かったのだった。
本日の夕飯のメニューは、ハンバーグ! 新しいオーブンを使ってみたくて! 天板にハンバーグとキノコを並べて焼いてみたの! フライパンで20個以上のハンバーグを焼くのは大変だから、オーブンならどうだろうって考えてさ~。で、焼きたてのハンバーグにチーズをのせてトロリとさせて。ソースはトマトをベースに休日に作り置きしておいたヤツ。あとキャロットラペ(ニンジンのサラダ)に彩りでレタスを添えて、具だくさんの野菜スープはベーコン入り。デザートは一口大に切ったオレンジを一人3切れほど。主食はパンです。ハンバーグ以外は多めに用意してあるから、おかわりしたい人はどうぞって感じ。
あ、そうそう。ご隠居様の口利きで、食材も前の日の昼までに注文すれば翌日昼には届くようになったの! パンも毎朝焼きたてが届くんだよ! ご隠居様さまです~。
ちなみに食材の代金請求は研究所の方に届いて、研究所の予算内で済ませるようにするって話だったけど、所員みんなで割り勘でも大丈夫だと思いますよ所長さん。
さて、用意を終えてみんなを待っていたんだけど、なんか作業を終えて来る人みんな、一様に困った顔だったり苦笑してたり。
どうしたんだろう……と思えば、新人のヴノさんがハルスさんに後ろから追われるように、ふて腐れた様子で現れた。そして、私が準備した夕飯を見て一言。
「なんだこれ!? こんな野菜ばっかり食べたくない」
え? ハンバーグもありますけど? そんなに野菜ばっかり……かな。
だって、みなさんの健康を考えるとこうなっちゃうのよ。今までビタミン(野菜)やらカルシウム(乳製品など)が足りなくて、栄養失調にならないのがおかしいくらいに偏った食生活だったんだし。
ハルスさんも所長さんも、やっと血色とか肌つやが良くなってきたところなんだからね!
せっかく整ったお顔なのに、血色が悪かったり肌つやが悪かったりじゃ残念感が半端ないもん。
「……これがお口に合わないようでしたら、王城の食堂で食事してください」
私は震えそうな声を抑えて、何とかそれだけ言った。
私の料理を食べられないというなら、そうしてもらう以外にない。
今まで所員のみなさんには好意的に受け入れられてきたから、そんな反応が返ってくるとは思ってもみなかった。みんなのためによかれと思ってがんばってたけど、みんな、やっぱり野菜が多くてイヤだったのかな……なんて考えが浮かんで、落ち込んでくる。
野菜より肉が好きって人は多いんだろうしな……。
でも、王城の食堂で食事するのは私の料理を食べるよりイヤだったみたいで、ヴノさんは仕方なさそうに渋々食卓についた。
不機嫌って態度を隠しもしないヴノさんが食事する様子を静かに見ていたご隠居様が、この後とんでもない発言をする。
「オクタ・ヴノ、食事係補佐に任命する」
えっ、ちょっと待って! 今なんて? なんか、変な単語が聞こえたんですけど。
食事係補佐っ!?
補佐ですって?
補佐ってことは食事係である私の手伝いってことで、こんな人と食事の準備!? 穏やかなハルスさんとならまだしも、この何にでも反抗的な人とはうまくいきそうにないんだけど!! 私、上手くやれる自信ないんだけど!!!
ご隠居様~、勘弁して下せえー!!!
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明後日、朝5時に更新いたします。