8.食事係
会議もできる広間で、みんなにシチューとパンの簡単な夕食を食べてもらう。デザートは、ハルスさんに切ってもらったオレンジだ。
「なんか、久しぶりにまともな食事したかも」
「ビックリしたよ。美味しいね~」
「今年の新人は料理上手だー」
「ホッとする味です」
シチューはおおむね好評で、ホッとした。
そしたら急に、白髪のご隠居っぽい人から
「食事係に任命する」
と厳かに告げられた。
言われたことの意味が飲み込めず、え? と固まっていると、
「「「「「さんせーい!」」」」」
とみんなが同意して、さらには
「明日も楽しみにしてるから」
などと声をかけられてしまう。
てか、みんな、思ったよりノリが良いじゃないか! 灰色ローブのフード集団なのに!
受け入れられたのはうれしいけど、食事係ですと!?
それより、このご隠居っぽい人って、いったい何歳なんだろう???
どう見ても実家の祖母ちゃんよりは年上に見える。けど、どっちつかずの人って老化が遅くて寿命が長いって言うからなぁ……。
もしかして、100歳、超えてる……?
諦め半分に
「簡単な物しか作れませんよー!」
と叫んだら、
「大丈夫。みんな料理は壊滅的にできないから、誰も文句は言わないよ~」
と返された。
その返事に本気で脱力していたら、
「これ、当面の食費ね」
と所長から巾着袋に入ったお金を渡された。
本気か……!? マジで食事係決定なのか!?
「あの、さっき預かったお金、使っちゃったんで後で返します」
「あ、いいよいいよ。こんな料理をまた食べられるんなら安いものだから」
所長さん……太っ腹ですね。でも、本当にいいの? こんな料理で?
私はまだ戸惑っていた。
「……美味しかった。また食べたい」
けど、そっとハルスさんが声をかけてきて、私は駄目押しされた気持ちになった。
夕食後、部屋に戻って食事係の事を考えた。
湯沸かし室の設備じゃ、ちゃんとした料理は難しい。
けど所長さんとかハルスさんの不健康そうな様子から、ちゃんと食事を摂れてない現状が透けて見える。そしてたぶん、フードを目深に被って顔を隠してるから分かりづらいけど、所員みんな似たり寄ったりの生活だと思われた。
所員のみなさんは10歳の頃から親元を離れて魔術学校の寮で生活してたから、ご家庭で料理の手伝いなんてほぼしてない。お貴族様なら尚更だ。
……というわけで、私以外の所員は料理は壊滅的。私は前世の元アラフィフ専業主婦だった頃の記憶があって、料理は苦じゃない。みんなよりはマシってだけ。プロ並みな料理はできないけどね。
まぁでも、あの王城の食堂に行って、朝っぱらから嫌な視線とか心ない言葉とか向けられるくらいなら、適当な食事でお腹を満たしちゃうよねぇ……。
しかし、あの湯沸かし室の設備じゃ……。
設備と言えば、シチューを作ってる間に大きなボウル2個とでっかいザルを見つけたけど、それも闇鍋の時に使用するものだったらしい。
微々たるものだけど、その装備でちょっとだけ「攻撃力」が上がった気はする。「守備力」かもしれないが。
あと職員さん達が自分の食料を冷やしておくための冷蔵庫があったから、今日残った食材で冷やしておいた方が良いものは、そこへ入れておいた。
23人分の食材を用意するなら、冷蔵庫はもっと大きいのが必須よね~。
それはさておき、とりあえず明日の朝食のメニューを考えてみる。
フライパンがないから目玉焼きやスクランブルエッグは無理でしょ。コンロだって1つしかないし、20人ちょっとって言われたけど、夕食時に数えたら私を入れて23人いたのを確認した。その人数分の朝食って、どうしたら???
卵料理はゆで卵か温泉卵が手間がなくて良いかも。最初に卵を調理して、レタスだけのサラダに茹でたソーセージと、調理した卵を添えれば格好はつく。あと野菜たっぷり具だくさんのスープにパン。リンゴを買っておいたはずだから、それをデザートにしよう。
あ、昼食はどうする?
昼食の準備をするとなると、本職の魔道具の仕事が少ししかできないんだけど……。朝、たっぷりのスープを作って、昼も同じものを食べてもらうか???
夕食は今日と同じでシチューのような汁物にすれば、なんとかなると思う。
うん。ここは交渉どころだな。
とりあえず本日は新しい環境で疲れたし、シャワーを浴びて眠っちゃおう。
翌朝、早めに起きて朝食を用意する。食材が多めにあって助かった。
なんか、昨日は元おばちゃん魂が炸裂して、ついあれもこれも……と買い込んで来ちゃったけど、結果オーライだったな。良くやった、昨日の私。そして荷物を持つのを手伝ってくれたハルスさんには感謝だ!
湯沸かし室と言うだけあって、でっかい薬缶が鎮座している。それにたっぷりお湯を沸かし、ボウルに卵とお湯を入れてしばし放置。途中お湯を足すなどして温泉卵にする。
卵を放置している間に野菜を切って鍋に入れ、具だくさんの野菜スープを煮込む。セロリの薄切りにざく切りキャベツ。タマネギやニンジン、ジャガイモ、ブロッコリーの茎、鶏肉は昨日の余り。
ブロッコリーの茎は固い皮をむいてセロリと大きさを揃えた。茎と侮るなかれ。けっこう美味しいのよ。
そういえば昨夜のシチューの残りは、夜中に作業していた人たちが夜食として美味しくいただいてくれたらしい。朝には大鍋がきれいになっていた。
スープは沸騰したら一旦コンロからよけておいて、鍋自身の熱で火を通す感じにして。薬缶にもう一度お湯を沸かして、温泉卵と同じ要領でボウルに入れたソーセージを温める。ソーセージはちょっと大きめのもの。茹でられたら良かったけど、温めるだけでもかまうまい。少ししたらお湯を取り替えて、ソーセージの芯まで温めた。
レタスを洗ってから適当にちぎって皿に盛り、チーズの角切りを散らす。ソーセージと温泉卵、ついでに切って食塩水につけたリンゴを添えた。前回の闇鍋で使用したと思われる酢と油を冷蔵庫の奥で発見したので、それでドレッシングを作って塩こしょうで味を調え、レタスにチョロッとかけて完成。
そうしてるうちにみんなが起きてきて、用意された朝食に目を丸くする。
もう一度大鍋をコンロにかけて温め直し、塩こしょうで味を調える。来た人から順に深皿にスープを盛って渡し、パンは適当に大皿からとってもらった。
「お茶は各自でいれてくださいね~」
正直、そこまで面倒見切れません。お湯は沸かしてあるから、後はセルフサービスで!
「りょうかーい!」
「いや、ホント、想像以上で感謝してます。お茶は自分たちでやれるから大丈夫。ね! みんな?」
「うんうん」
「こんなまともな朝食、いつ以来だろう……。感謝しかないよ~」
所長さんがみんなに確認してくれた。所員さん達はうるうるしながらご飯を食べていた。……そこまで碌なもの食べてなかったんですかッ?
「ところで所長さん、食事係の今後の事なんですが……」
所長さんに昨夜考えた事を話す。
「そっか、設備ねぇ……」
「……私が話を通しておくから」
ご隠居様っ!? いつの間に。
にこにことスープを口に運ぶご隠居様。何歳だか想像もつかないくらいの白髪で、シワの多いご隠居様の顔を凝視する。
「あぁ、ご隠居がそうしてくださるなら大丈夫ですね」
所長さんが困った顔から一転、安心した笑顔になる。
あ、ご隠居様はやっぱり他のみなさんから見ても「ご隠居」なんですね? たとえまだ現役バリバリで修理作業してたとしても。
「話を通せば2~3日中には何とかしてもらえると思うから、それまで我慢してね」
ご隠居様って何者? 話を通すって、どこに!?
「そうですね、昼食は朝食の残りを適当に食べる感じにしましょう。食べ損ねた人は、今まで通りに買い置きで済ませばいいでしょうし。朝食と夕食がしっかりした物になるだけで、だいぶ救われますから」
昼食は残り物で良いって言われて、少しホッとする。
野菜スープはたっぷり作ったから、昼用に15人分くらいは残りそうだし。
朝食と夕食だけでも……って、そうだよね。今までに比べたら雲泥の差なんだろうなぁ。パンと果物だけ、しかも作業に没頭して食べたり食べなかったりじゃ、体に良いわけないもん。
所長はビタミン不足、ハルスさんはきっと鉄分不足もあるんだろうし。
「朝ご飯も美味しかった。ありがとう」
食べ終わったハルスさんが声をかけてくれる。
美味しいって言ってもらえると、やっぱりうれしいなぁ。
朝食の片付けを終えて、作業場で連絡事項を聞く。あ、食事の片付けだけど、みんな自分が使った食器くらいは洗ってくれたよ! 所員さんみんないい人達だ。さすが~。
昼食は朝食の残りを適当に食べるとか、そういう食事の件は所長さんから伝えてもらった。
「昼は争奪戦かも」
誰かがボソッと呟いた。みんなの目がギラッと光った気がした。
うん。明日は食いっぱぐれる人がいないように、もっと多めに作っておくね。
その後は普通に作業に入って、今日は修理依頼のお客さんが来たので初めて受付をする。
お客さんと言っても、一般の人はここまで入って来られないから、城門の衛兵さんが受け取って届けてくれるんだ。そしてその衛兵さんは、私たちのようなどっちつかずの人間に偏見のない人が来るようになってるんだって、ハルスさんがこっそり教えてくれた。
壊れたときの様子と修理後の連絡先などがまとめてメモされた物を受け取る。そのメモをもう1枚作り、1枚は魔道具へ貼り付け、もう1枚は控えとしてとっておく。修理中にメモをなくす事もあるから、もしものときのためって感じかな。
本日、私に割り振られたのは、小型のライト。
机の上に置いて、書き物するときとか細かい作業するときに使うようなアレ。曲げ伸ばし可能な細い棒の先に明かりが点く部分が付いているもの。つまみを回すことでスイッチのオン・オフも含めて、明るさを調整できるようになっているタイプ。流れる魔力の大きさで明るさも変わる仕組みだ。明かりが点くところには小さい水晶の玉が配置されていて、それで光を拡散させる感じ。
分解していくと、予想通り曲げ伸ばしの棒の中に配置された魔力を通す経路というか、前世で言うところの導線が途中で切れていた。
もっと柔軟に、曲げ伸ばしに対応できるような素材じゃないとダメなのかな……?
いろいろ考えて、柔らかいけどすぐに切れたりしない針金を探し、それに魔力が流れやすい特殊顔料を塗って導線にしようと奮闘してたらけっこうな時間が経ってしまった。顔料を分厚く塗っちゃうと、乾いたときにひび割れて剥がれちゃうんだよね~。薄く塗るのが難しい。本当に曲げ伸ばしの激しい箇所は布に含量を含ませて針金を包もうかと思ってるけど。
だいぶ上手く塗れたかなぁというところで、ハルスさんがお昼に行こうと誘いに来た。
うん。あとは顔料が乾くまで何もできないし、お昼を食べたら良い具合に乾くかも。
広間ではお昼争奪戦が静かに繰り広げられた後のようで、ハルスさんと私が行ったときにはもう鍋は空っぽだった。
まぁ仕方ないねとハルスさんと苦笑して、今日も王城の食堂へ行った。
嫌な視線も心ない言葉もあったけど、食堂のおばちゃんの元気さに癒やされた。
昨日と違うおばちゃんだったから、順繰りにカウンターで料理を出す業務をしているのかもしれないな。
食堂のおばちゃん達はどの人もみんな偏見のない人たちなんだろう。きっと街から王城へ下働きに来ている平民なんじゃないかな。元気者の私の祖母ちゃんを思い出させるもん。
うん。午後もがんばろう。
作業が終わって修理記録を書き終えた頃には夕方になっていて、食事の準備の為に早めに抜けて良いよと所長さんから声をかけられた。こういう勤務時間のこととかもちゃんと決めた方が良いのかなって思った。
この日は私一人で市場に出かけることになった。
夕方ともなると、昨日同様売れ残りが格安で売られていて、ここでも元アラフィフおばちゃん魂が炎を燃やした。
そこで見かけた食材をバババババッと買い集め、できたのが「豚汁」だ。
豚肉入りの具だくさんの味噌汁だから「豚汁」で良いことにしてー!
どうしてもゴボウとコンニャクが見つけられなかったの! 王都には出回ってないみたい。
具材を炒めてニンニクをきかしたりして、豚汁風にはなったからいいじゃんか~と己を慰める。ゴボウがないと風味が足りない気がするんだもん。
研究所の人たちに説明するのに、「豚汁」は東の国出身の祖母ちゃん直伝……という事にしておいた。私の祖母ちゃんが東の国出身なのは本当だし、実家の食卓にのぼってたから。
実際は祖母ちゃんから教わったわけではなく、私の前世のレパートリーだっただけなんだけど、それでも問題はないはずだ!
それと、東の国の食材がけっこう王都でも普及してて良かった~。
あと、大きめの鍋を1つ買ってきたので、それでご飯を炊いて、主食はおにぎりにしてみた。「豚汁」だもん、やっぱり米よね。
「豚汁」にネギ味噌入りのおにぎりを1人2個。それとキュウリの浅漬け。デザートにバナナを1人につき半分。おにぎりは余分に作っておいたから、夜食で食べる人がいたら良いな。
「豚汁」初体験の人もいたみたいだけど、おおむね好評で安心した。
いやあ、前世と食材がほぼ一緒って、ホント助かります……。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明後日、朝5時に更新いたします。