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7.買い物

 本当の初日ではない初日を終え、自分の部屋に戻る前に、そういえば……と忘れかけていた部屋の鍵を所長さんからもらう。ついでに研究所の所員だという身分証明書も渡された。

 えへ、本当にここの所員になったんだな~って実感して顔がにやけてくる。


 これから部屋に戻って、夕飯を食べて寝る準備をして……と考えて、そろそろ歯ブラシが古くなっていたし、夕飯も調達しなくてはならないことに思い至る。

 王城の食堂に行っても良いんだけどな~、1日に2度もイヤミを言われたくはないのよね。食堂のおばちゃんの癒やしは1日1回限定かも。


 うーん、買い物に出かけてもいいのかな? 城門で通行証の提示とかあるし、あまり出入りしたらいけないのかな? どうなんだろう……。

 もし買い物に出かけても良いなら、ついでに新しいタオルも買おう。あの新しい部屋にぴったりのヤツ。自分への就職祝いだ。


「あの、歯ブラシとかタオルとか買い足したいので、これから街へ出ても大丈夫ですか?」

「いいよ。……あ、ついでにパンとか果物とか、ここに置いておける食料を少し買ってきてくれる? 荷物持ちにハルスを連れてっていいから。……ハルス~! 新人さんを街まで案内してあげて」


 所長さんに聞いたらあっさりOKが出て、しかもお使いを頼まれて、ハルスさんもお伴につけてもらってしまった。


 さっそく部屋に戻って私服に着替え、出かける準備をする。出かけるときは制服を脱いでも大丈夫らしい。王城内に住んでいる人間の特権なんだって。外庭を通るだけだから大目に見てもらえるみたい。

 時間が惜しいから灰色ローブで出かけてもいいのかもしれないけど、もし万が一、街中で王城勤めのお貴族様に会って、絡まれたり嫌なこと言われたりするのもいただけないもんね。


 私服と言っても、学校を卒業するまで制服ばっかりだったから、持っている私服は少ない。

 ローブの下に着てた白いシャツと灰色のズボンはそのままで、その上にワインレッドのカーディガンを羽織った。上衣を変えただけで、魔術学校の制服と大差ない感じ。

 灰色ズボンは学校の制服の下衣で、本当なら男性に変化してから穿くもの。どっちつかずと一目でバレないよう、誤魔化すのに購入したヤツ。前世のおばちゃんだったときと違って胸は真っ平らだし、女性の振りは無理だったからね。

 クローゼットの扉の裏についていた姿見に全身を映してみる。全体的に地味かなぁ? まぁ、けど仕方ない。学校の最後の方は半分引きこもり生活だったから、おしゃれをする余裕もなかったし。


 新しい鍵を使って部屋に鍵をかけ、着替え終わっていたハルスさんと連れだって歩く。


 ハルスさんの私服も私と似たり寄ったりでホッとした。ベージュのズボンにピンストライプのシャツ、あと青の上着(ジャケット)がハルスさんの目の色と合っている。

 けどハルスさんの方が顔立ちも整っているし、身長もあるし、私と違って地味な感じはしない。

 やはり重要なのは顔か……、顔なのか!


「時間をとっていただいて、すみません。お付き合い、ありがとうございます」


 所長さんの指示とはいえ、ハルスさんを巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じて、謝罪と感謝を伝える。


「いや、いいよ。可愛い後輩のためなんだし。……研究所では、今まで私が一番年下だったから、後輩ができてうれしいんだ」


 あぁ、整ったお顔でフワッと花が咲くような笑顔。

 ハルスさん、眼福です! ありがとうございます!!


「でも、新人担当って言われて、正直、責任重大だーって緊張してもいるよ。私にきちんと新人を教えられるんだろうかって……」


 朝のあの困ったような笑顔はそれか~と思い至る。


「いえいえ、ハルスさんの教え方は上手いと思いますよ。今日一日でだいぶ仕事の流れが分かりましたもん」

「そう言ってもらえると光栄だなぁ。ありがとう」


 本当にハルスさんが担当で良かった~って思ってますよ。


「あと、他の所員さんも覚えていかないと……ですね」

「クセのある人もいるけど、基本的に研究所の所員はみんな気のいい人ばかりだし、気が長い人が多いから焦らなくて大丈夫。フードをとらない人が殆どだから、顔を覚えるのは大変だろうけどね」


 苦笑するハルスさんに、作業場の様子を思い出して納得する。

 みんな、ローブのフードを目深に被って、顔を見せないようにしてるから。

 例外は所長さんとハルスさんと、あと2~3人だけ。


「みんな、ちょっとしたトラウマを抱えてる人ばかりだから、仕方ないんだけどね」


 うん。それは分かります。自分も大変だったから。


 そんな話をしている間に城門に着いた。

 衛兵のおっちゃんから通行証の提示を求められる。

 王城の通行証は研究所職員である身分証明書と一体型になっているから、それさえ持っていれば城門の出入りは簡単なんだって。


 見学のときとか就職で来たときの通行証は仮のものだから、出入りの際に城門の詰め所でいろいろ手続きが必要なんだけど、王城に勤めてる人の身分証明ならそういうのはパスできるんだそうだ。

 ハルスさんの説明に頷く。


 ハルスさんはけっこう街中へ出かけるらしく、衛兵のおっちゃんとも顔見知りみたいだった。


 研究所の人の中には、人間関係のトラウマのせいで出歩けなくなった人もいるんだそうだ。

 実際、どっちつかずの無属性の人間と言っても黙ってれば分からないし、街での買い物くらいは普通にできるんだけれど。平民の中では貴族ほどどっちつかずを蔑むような風潮は強くないから。……急に絡んできて罵ってくるような人はお貴族様くらいのものだし。


 でも、お貴族様の中でだけ暮らしてた人にしてみれば、その人間関係が崩壊したことは大きなトラウマになってしまうんだろうなぁ……やれやれ。




 私は魔術学校に所属していた分だけ王都に住んでいるから、市場の場所も知っている。

 けど、王城から市場への道のりは魔術学校から行くのとはまた違うし、見るもの全部が新鮮って気がする。


 誰かと一緒に出かけるってことが久しぶりだからかもしれない。なんだかワクワクするし、話しながら歩くのが楽しい。


「歯ブラシが古くなってたから、新しい歯ブラシとタオルを買いたいし、夕飯も調達したいんですよね」

「歯ブラシやタオルなら良い雑貨屋があるよ」


 ……なんて、ハルスさんとの会話が心地良い。


 しかし、買い物って言えば、所長さんに頼まれたものが気にかかる。

 パンと果物だけじゃ栄養偏らないか?


 前世で元アラフィフだったおばちゃんの魂が何かを訴えたけど、今はそれどころじゃないと意識を切り替える。


 ハルスさんオススメの雑貨屋さんは小洒落た感じの良いお店で、置いてある品物も店主のセンスが光るものばかりだった。

 女の子が喜びそうな可愛い小物もあれば、シンプルでスタイリッシュな男性が使ってもおかしくないような実用品も置いてある。

 ハルスさんのお店選びのセンス、さすがだな~。


 私は猫の後ろ姿が端っこにひっそりプリントされたシンプルな小物シリーズに一目惚れ。ハートを射貫かれた。

 そのシリーズには歯ブラシもタオルもあるじゃないか!!! 値段はちょっぴりお高かったけれど、自分の就職祝いなんだし、絶対にこれにする! と決めた。


 そのお店で無事に当初の目的だった歯ブラシとタオルを買い、夕飯を買おうと市場へ足を運ぶ。


 所長さんから言われたパンと果物を見て歩くけれど、やっぱり栄養面が気になって仕方ない。所長さんの肌つやの悪さは栄養不足なんじゃないかと思う。

 ハルスさんの顔色の悪さも鉄分不足とか、何かの栄養不足って気がするし。


 この世界の人って治癒魔法があるせいか、栄養学的なところはおろそかになってるみたいなのよね。具合が悪かったら魔法で大まかに治して元気にして、薬で足りないところを補うって感じで。

 ビタミンとかカルシウムとか、そういうことは良く研究されていないというか。

 だから、ちゃんとした食事をしなくても、とりあえずお腹が満たされればOKって感じなんだろうなぁ。


 これはお節介かもしれないけど、ちゃんと野菜たっぷりビタミンたっぷり栄養満点のご飯を食べさせなきゃ!

 元アラフィフ専業主婦のおばちゃん魂が燃え上がった瞬間だった。




 ハルスさんに聞いたら、研究所の湯沸かし室には、年越し恒例の闇鍋パーティー用大鍋とけっこうな数の食器があるらしい。

 シチューなら野菜をたっぷり入れて、大鍋で煮込めばいけそうな気がする。


 さっそく市場を巡って食材をゲットだ。


 夕方の市場って、売れ残りを売り切ろうと安売りしてるところが多いのよ。これは見逃せないじゃない?

 ジャガイモ・ニンジン・タマネギ・ブロッコリー。牛乳、チーズにバター、小麦粉、塩・こしょう。それからお肉屋さんでソーセージを30本ほど買ったら、おまけだよって鶏肉をくれた。うれしーい!

 ついでにキャベツとセロリにレタス、オレンジとリンゴ。卵と見切り品のパンも大量に!!


 帰りは2人して大荷物になっしまって、ハルスさんにも迷惑かけちゃったけど、後悔はしていない。お金は所長さんから預かったのを使わせてもらったので、後で返さなきゃならないけど。

 所長さん、多めにお金を預けてくれたの、感謝です!


 荷物が大変なことになったので、風呂敷のような布を買って野菜を包んで背負い、両手にも大きな袋を下げながら研究所へ向かう。


「大荷物になっちゃってすみません。けど、夕飯は任せて下さいね」


 ハルスさんに謝りつつ、その苦労に見合うだけのものは夕飯で返そう……と心に誓った。




 研究所に戻って、湯沸かし室にあった大鍋に野菜たっぷりのクリームシチューを作る。

 ……「なんちゃってシチュー」だけどね。


 野菜の皮をむき、一口大に切って鍋に入れ、バターで炒める。ジャガイモのまわりがうっすら透明になったような感じになったら、水を入れて煮込む。このとき水は少なめ。

 沸騰したら鶏肉を投入してあくを取り、牛乳もドバッと投入。ふつふつっとしたら一旦火を止め少し冷ます。小麦粉を水に溶いて鍋に投入し、もう一度火にかけてとろみをつける。沸騰して熱いままのところに水溶き小麦粉を入れると、ダマになっちゃうから一度冷ますのがコツ。隠し味にチーズでコクをだし、それから塩こしょうで味をととのえた。

 よく考えたら、鶏肉は他の野菜と一緒に最初に炒めちゃっても良かったのかもしれないけど、前世ではこの作り方だったから、つい同じになってしまった。

 ブロッコリーが良い感じに煮込まれてバラバラになり、緑色が散らばるキレイなクリームシチューになったから許してもらおう。


 本当はなー、小麦粉をバターで炒めたかったんだけどなー、フライパンってものは湯沸かし室に存在しないから諦めたのよ。

 ここには薬缶(やかん)と大鍋しかないんだもん。


 私がシチューを作ってる間、ハルスさんにはオレンジを切り分けてもらった。

 部屋で休んでて良いですよって言ったんだけど、料理してるところを見たいって言うので、手持ち無沙汰にしておくのも……と思ってさ~。はい、たぶんこれも「おばちゃん魂」のなせる技だと思います。

 前世のスーパーの試食とかランチバイキングとかでよく見た一口大オレンジの感じにしたかったので、お手本に少し切って見せて「この要領で」とお願いしたの。


 シチューができあがると、四苦八苦してオレンジを切り分けていたハルスさんにシチューの味見をしてもらった。ハルスさんは「美味しい」と笑顔になる。


 小さめの皿がたくさんあったので、それにオレンジを2切れずつ並べる。

 本当のところ全部で何人いるか分からないので、オレンジは30皿ほど用意した。余ったらおかわりしてもらえば良いのよ、うん。


 パンは大きめの皿に山盛りにして、各自にとってもらえるようにする。

 その横に布巾を敷いて大鍋を置き、深皿を用意して盛りつけ可能にする。


 用意が調ったところで、作業場にいたみなさんに「シチューを作ったので、夕飯にしませんか」と声をかけた。




 さて「余計なお世話」と出るか、受け入れられるか、ドキドキの夕飯が始まります……。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明後日、朝5時に更新いたします。

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