6.魔道具研究所
ローブについて、ちょっと訂正があります(2016.10.16)。
魔道具研究所を見学した数日後、王城の通行証が進路指導の先生のところに届いたとのことで、進路指導室まで取りに来るようにと連絡があった。
先生は研究所勤務が決まった私に「おめでとう、良かったな」と祝いの言葉をくれた。先生は我が事のように喜んで、心からの笑顔だと分かる表情を見せる。
どっちつかずの無属性な人間の中には、たまに人間不信から引きこもりがひどくなって、どこにも就職しない人もいるんだそうだ。
お貴族様の態度を見れば、そうなってしまう人の気持ちも分かる。
私のような平民なら、お貴族様の中で過ごさなくてもなんとかなるけれど、家が上級貴族だとそうも行かないのだろうし、あんなお貴族様の中で過ごしてたらストレスも半端ないだろう……。
とにかく、卒業後の行き先が決まって、私は重苦しかった気分から解放され、心の中が晴れ晴れとしていた。
お貴族様から何か言われても、もう少しすればあの研究所に自分の居場所ができると思うと元気が湧いてきて、精神的に耐えられるようになったのだった。
卒業式の翌日、私は魔術学校の教員宿舎で無理を言って借りていた自分の部屋を引き払い、先生方に挨拶すると、わずかな私物を持って魔道具研究所に入った。
「トリ・ヒューレー、もうすぐ16歳になります。よろしくお願いします」
「今年の新人はもう一人いて、家の事情があって数日遅れてくるらしい。まぁ16歳ならまだ可能性はあるから短いつきあいになるかもしれないけど、長いつきあいになるかもしれないし、とにかくよろしくお願い」
自己紹介をしてお辞儀をすると、麗しの所長さんが周囲を見回して言う。
もう一人の新人というのは、きっと進路指導の先生から伝え聞いた例の人の事だと思う。顔も見た事ないから、よく分からないけれど。
所長さんの言葉に、みんな頷く。
「それから、新人の世話はモノ・ハルスを中心に、みんなでフォローしてあげて」
声をかけられて、ハルスさんがビックリした顔をしてこっちを見た。
うん、相変わらず顔色が悪いですね~。顔立ちは整ってるのに。
「やぁ、久しぶりだね。よろしく」
ハルスさんは困ったような笑顔で挨拶してくれた。新人のお世話なんて、ちょっと荷が重いのかもしれない。
「新人の仕事は明日からだから、とりあえず荷物を宿舎に運んであげて。後の人はいつも通り。じゃあ、今日も始めよう」
朝の打合せや連絡事項が終わって作業開始となる。
これからここが私の場所。早く慣れてがんばらなくっちゃ。
荷物と言っても着替えと数冊の本があるくらいだし、早く荷物を片付けて作業場に顔を出したい。
「ヒューレー、こっちが宿舎だよ。荷物はそれだけなの?」
「はい。もともと、そんなに物持ちじゃないので……」
ハルスさんの案内で作業場を出る。
こぢんまりした建物だと思ってたけど、実は思いのほか奥行きがあったみたいで、作業場の奥の方が宿舎になっていた。
1階は作業場からすぐのところにトイレがあって、作業中に催したらすぐに入れるようになっていた。それから湯沸かし室と会議もできるくらいの広間、奥の方に浴場があるという。
2階が所員それぞれの部屋で、全部で30室ほどある。でも今は、この研究所には20人ちょっとしかいないらしい。
「部屋は私の隣が空いてるから、そこが割り当てられてる。もう名札が入ってるよ」
言われて扉を見ると、ちゃんと「トリ・ヒューレー」の文字がついていた。右隣がハルスさんの部屋で左隣は空き部屋。
部屋は個室で南向き。ベッドと書き物机と椅子、作り付けのクローゼットに簡易なシャワー室とトイレがついている。前世で言うところのビジネスホテル的な感じ? ベッドの上には真新しいローブが置かれていた。
「これ、私のローブですか?」
「うん、そう。ここの制服のような物だから、それを着てね」
新しい制服! 聞いたら、ローブさえ着ていれば下衣は何でも良いらしい。
こういう新しい物って、なんでこんなにワクワクするんだろう。
魔道具研究所のローブは、パーカーの丈が長めになったような感じで、あまりずるずる引きずる感じはない。修理品が多い作業場で、物を裾に引っかけないように短くしたんだって!
「部屋ごとに簡易シャワーはついてるけど、ちゃんと入浴したいときは浴場がさっきの1階の奥にあるから使って。あ、洗濯機なんかも浴場の脱衣所に置いてあって、乾燥機もあるから洗濯物もすぐ乾くよ。あと部屋の鍵は所長が持ってると思うから、忘れないうちに受け取っておくと良い」
「ありがとうございます」
ここにいる人たちは、みんな私と同じでどっちつかずな人たちだから、浴場も気にしないで入れると思うと、とても気が楽だった。
「そうそう、ここは下働きの人はいなくて、浴場を含む共用部分の掃除当番があるんだ。当番表は毎月作業場のところに張り出されるから、よく見ておいてね」
「分かりました!」
魔術学校の寮でも、そういう掃除当番はあったから大丈夫。……と言っても、魔術学校の場合は子どもだけじゃ細かいところまでは行き届かなくて、そういう部分をやってくれる下働きの人がいたけどね。
「食事は、王城内の食堂で食べられるんだけど、ここの人たちは、だいたい作業に没頭してて食べ損ねるから、買い置きとかで適当に済ましてる。ヒューレーは初めてだろうから、案内も兼ねて今日は一緒に食堂で昼を食べようか」
「はい!」
誰かと一緒に食事を摂るってことが久しぶりで、なんだかうれしくなった。
荷物の整理も早々に済み、作業場の方へ行く事にする。
「新人は、最初は受付窓口と簡単な修理からだから。受付は修理の依頼を聞くか、修理済みの魔道具の受け渡し。お客が来たら受付カウンターにいけばいいから、まずは簡単な修理をしてて」
ハルスさんはそう言って、私に1つの魔道具を渡してきた。髪を乾かす道具──ドライヤーだった。
分解すると、火と風の複合魔法陣の端っこが欠けているのが見えた。
そのドライヤーは折りたたみ式で、伸ばせば前世で言うところのピストル型になる。伸ばしたりたたんだりするときに可動部の部品同士が擦れ合い、動きが渋くて、少し力をかけないと動かない。
そうやって無理に力をかけ続けたせいか、部品が壊れたときに魔法陣の端っこが欠けてしまったのだと思われた。
素材は堅い木……? 前世でプラスチックとか見慣れてたから、似たようなものなんだろうと思って、あまり気にしたことなかったなぁ。
ただ、金属だと温風で熱くなっちゃうから、熱が伝わりにくい素材を使っているんだろうなってことは納得できた。
分解した部品を合わせてみて、折りたたみの重要部分である可動部の動きの悪いところを動かしながら考える。
このまま直しても、また同じところが壊れるようでは修理といえないからだ。
何度か動かして見ると、丸い可動部の部品が左右で微妙に大きさが違っていて、それで魔法陣が書かれている場所に変に力がかかってしまうようだと気がついた。
部品の左右の大きさを削って揃え、欠けてしまった部分にはその削りかすを接着剤で固めた物を接着して元の形に直した。それから、元の場所より少しずらした場所に魔法陣を書く。一度欠けてしまった箇所は強度が弱くなっているだろうし、魔法陣を同じ場所に書くのは良くないと判断したからだ。
削りかすを元の形に固めるのに手間取ってしまったけど一応の修理が終わって、魔法陣も滞りなく機動する事を確かめると、ほっと息をついた。
ちょうど昼時だったようで、ハルスさんが「食事に行こう」と誘ってくれる。
「修理したら修理記録も書く事になってるから、午後はそれの書き方を教えるね」
食堂に向かいながら、ハルスさんが修理記録の話をしてくれる。
ハルスさんによると修理記録を元に修理料金を請求するし、破損箇所についても統計を取るのだそうだ。ちなみに修理の代金は王城の財務室に届けられて、そこから研究所員の給料が出るみたい。
そういえば、破損箇所の記録をとって改善点を見つけ、新しい魔道具に活かすんだっけ? それなら記録も大事な仕事だよね、そっかそっか。
ハルスさんの説明に納得しながら歩いていると、なんだか嫌な視線をどこからか感じた。
「……どっちつかずの名無し、無属性のお子様か」
「できそこないなんて、目障りだ」
そんな声が聞こえた。灰色ローブを着ているから、魔道具研究所の人間───どっちつかずの名無し───ってことは丸わかりなのだろう。
あぁ、ここでもか。
「灰色ローブを脱いで来ればいいんだろうけど、王城内は特殊な事情がない限り、制服で過ごす決まりだから……。もう少し規則がゆるくてもいいのにって思うけどね」
そう言われてみれば、騎士様たち、侍従さん達や侍女さん達、衛兵さんなど、みんなそれぞれに制服があって、それを着用しているようだ。
それ以外は外部の人間ってくくりになってて、警備上、仕方ないんだと言われた。
しかし、大人になれない、男でも女でもない、どっちつかずな私たちは、どこへ行ってもそんな視線や心ない言葉にさらされる……。面と向かって怒鳴りつけられない分まだマシなのかもしれないけど、やっぱり気分の良いものではない。
ハルスさんを見ると、困ったような顔で苦笑いしていた。
「初日からごめんね。でも、あぁいう人たちばかりじゃないから」
きっと研究所のみんながこっちの食堂に来たがらないのは、作業に没頭するから……ってだけじゃなく、こんな些細なことで傷つきたくないからなんだろうなと思った。
「街へ出て食べるって方法もあるけど、王城から出るだけでけっこうな時間がかかるし、街から研究所に戻るのにも時間がかかるから、難しいんだよね」
そうですね、王城って広いですもんね~。城門から研究所まで、けっこう歩くし。
……厳しいなぁ。
食堂へ行くと、厨房のおばちゃんが元気に声をかけてくれた。
「おや、久しぶりだね! そっちの子は新人さんかい? たくさん食べて元気に働くんだよ!」
そう言って昼の日替わり定食を心持ち大盛りにしてくれた。
前世、学生時代の心理学の講義で「『食べ物』=『愛情』」って聞いたことがある。
赤ちゃんは最初に母乳をもらうのが普通だし、小さい子は気に入った人には持っている食べ物を差し出すことがあるし、そこには愛情があると言えるから。
食堂のおばちゃんが心持ち大盛りにしてくれた、そこに愛情まで行かなくても何か温かい心を感じて、さっきまでの暗い気持ちが取り払われたように思った。
元気なおばちゃんの姿に、なんとなく実家の祖母ちゃんを思い出した。
こんな風に優しい人もいる。
ハルスさんはたまにだけど、こんな風に食堂に来て、食堂のおばちゃんたちと交流しているらしかった。
うん。おばちゃんに声をかけてもらうと元気になるね。食事も家庭の味って感じで美味しいし。体にも心にも沁みる感じがする。
疲れたら、また食堂のおばちゃんに会いに来ようと思った。
食事を終えて研究所に戻ると、午後は修理記録の書き方を教えてもらいながら、午前中に修理した内容をまとめた。
一段落ついてお茶をもらう。疲れた頭を休めつつ休憩していたら、今日は本当の出勤じゃないからもう上がって良いと所長さんから声をかけられた。
「本当の初日は明日だけど、今日はどうだった?」
「はい、楽しかったです。魔法陣を書くのは元々好きでしたし、ハルスさんも丁寧に教えて下さいますし」
私の心からの笑みを見て、所長さんもうれしそうに微笑んだ。
「うん、それなら良かった。また明日、ヨロシクね」
「はい!」
元気よく返事しながら、良いところに就職できて良かった……としみじみ思った。
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