5.職場見学
卒業式を一ヶ月後に控えたある日、私は進路指導の先生に呼び出された。
他人と顔を合わせるのは辛い。できれば誰とも会わずに引きこもって過ごしたいが、そういうわけにもいかない。
遠巻きにしたり腫れ物に触ったりするような同級生達と違って、先生方はこれまでの経験で変化しないままの生徒とも接してきている。そのせいか、すごく冷静に淡々と対処してくれるので、先生方と話すのは少し気が楽だったというのもあって、重い足を引きずりながらも私は進路指導室へ向かった。
まだ変化していない属性なしは、今年の卒業生では私とあともう一人いるらしい。
その人も先生から呼び出されていたけれど、私のように他人と顔を合わせるのが辛いということで、時間がかち合わないように先生が配慮してくれたみたいだ。
先生の話というのは卒業後の進路の事だった。
先生が言うには、私たちのような属性なしの人間だけが勤められる「魔道具研究所」というところが王城の中にあるという。
そこの仕事内容は属性なしでないとできないような仕事だそうで、詳しい事は先生にもよく分からないから、一度見学に行ってみてはどうかと進められた。
属性なしの私にもできる仕事がある! 実家に帰らなくてもいい!
それだけで気持ちがかなり浮上するのが分かった。
自分と同じような人たちがいる職場。自分の居場所があるというだけで、今まで暗く辛い思いで過ごした日々に光が差したような気がした。
「是非! 見学に行きたいです!!」
勢い込んで私がそう言うと、先生が連絡しておくから好きなときに見学に行って良いと言われた。なんでもその研究所では24時間、毎日誰かしら作業しているから、いつ見学に行っても大丈夫だという。
ただし、研究所は片隅とはいえ王城の中にあるため、王城の通行証が必要になる。先生が手配すれば2~3日中には通行証が届くから、その頃にまた進路指導室に来なさいとのことだった。
久しぶりに心が軽くなって、視界が開けたような気持ちで自分の部屋に戻る。私の足取りは行きと違って軽かった。
数日後、先生から通行証をもらった私は王城へ向かった。
門の所で通行証を見せ、通行記録に名前と要件を書き、本日限りという許可証を発行してもらって中へと通してもらう。
「魔道具研究所は外庭の左手の奥の方だから」
「ありがとうございます」
気のよさそうな衛兵のおっちゃんにお礼を言って、言われた方へと足を向ける。
そうそう、手続きの待ち時間中に気になってたので聞いたら、衛兵さんは魔力が小さい平民出身者が多くて、騎士様は魔法剣士と言われるように、魔法が使えるお貴族様出身者が多いんだって。
そして衛兵さんは王城や街の外壁、公共の建物の門扉で警備をするのが主な仕事で、騎士様は王族や宰相様などの高位のお貴族様を守るのが主な仕事なんだそうだ。
王城の中は想像以上に広くて、外庭には私の実家の建物が何軒建つんだろうというくらい。本宮と呼ばれる建物は白い石でできていて、明るい印象。見上げると首が痛くなるくらい、とても大きくて壮麗だ。
外庭をどんどん進んでいって、まだか? もしかして道を間違えたか? と思う頃、奥の方にこぢんまりした建物が見えてきた。淡いピンクの石でできた綺麗な建物だ。
入り口には「魔道具研究所」と書かれている。
「すみません、見学の者なんですが……」
入り口で声をかけると、灰色のローブをまとった人が受付カウンターから対応してくれる。
この人も私と同じどっちつかずなんだろうか……と思って凝視してしまったけど、ローブのフードを目深にかぶっていて、顔をうかがい知る事はできなかった。
「聞いてますよ。トリ・ヒューレーさんですね?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
挨拶すると、受付の人が奥の方へ声をかけて所長さんを呼んだ。
所長さんはテトラ・アクロと名乗って、ローブのフードを下ろして挨拶してくれた。銀髪に緑の目の美人さんだった。いや、この人だって男でも女でもないんだけどね。
惜しむらくは、この美人さんの目の下にクッキリした隈があることか。あと肌つやがもう少し良ければ……というところ。たぶん所長さんだから、忙しくて不摂生な生活になってるんだろうな。
「この研究所は、魔道具の開発や修理を請け負ってます。魔道具に内蔵されている魔法陣には、無属性の魔力を流すのが一番安全なので、そういう意味で私たちのような人間が必要とされるわけです」
確かに、一般的に売られている魔道具には魔石をセットして使うのだけど、魔石は無属性の物が推奨されている。
ドライヤーみたいな魔道具には火属性の魔石でも良いように思うが、それだと出力が上がりすぎて危ないらしい。
ここの研究所では、使い込まれて魔法陣がかすれてしまったり、破損して魔法陣が欠けてしまったりした魔道具の修理をして、うまく修理できて起動するかどうか自分たちの魔力を流してチェックしたりするのだそうだ。
それと、修理に出された魔道具の破損箇所をチェックして、壊れにくいように魔道具を改良するとか、そういうこともしているという。
魔法陣を書くのは好きだ。
ちまちまと文様を配置して魔法陣を書くために集中していると、全ての事を忘れる事ができる。大きい魔法陣の文様を変えて小さくする工夫など、パズルを組み替えるような面白さがある。
最近はちょっとしたストレス解消になってもいた。
私は話を聞いて目をきらきらさせていたらしく、所長さんが苦笑しながら「少し作業してみる?」と言うので、勢い込んで頷いた。
「モノ・ハルス-! 後輩だよ~」
所長さんが声をかけたのは、ちょっと背が高くてヒョロリとした印象の人だった。なんというか、背が高いと言うよりは全体の印象として「長い」という感じ。
「今年の新入りになるかもしれないから、何か試しに作業させてみて」
「……はい」
所長さんはハルスさんに「ヨロシクね」と言って去って行った。
灰色のローブはこの研究所の制服みたいで、この人も受付の人や所長さんと同じ物を着ていた。
「モノ・ハルス、18歳だよ」
「トリ・ヒューレー、15歳です」
「今は私が一番の若手だから、後輩ができるのは嬉しいな」
自己紹介しながらローブのフードを下ろしてくれたハルスさんは、濃いめの茶髪に切れ長の青い目で整った顔立ちをしていた。……けど、青白い顔色がちょっと不健康そうで残念な感じがした。
そっか、所長さんが「後輩」って言ったのは、ハルスさんより下の所員さんがいないからなんだね。
「作業の流れとしては、受付で修理依頼を受けて、こっちの部屋で修理する。……これ、簡単そうなヤツだから、やってみて」
「……これは、トースターですか?」
「うん。……たぶん、火の魔法陣が消えかかってて、それでトーストができなくなったみたいなんだ」
ハルスさんから渡されたのは、両手で抱えられるくらいの大きさのトースターだった。タイマーをセットした時間だけ魔石から魔力が送られて、それでパンをトーストするタイプの一般的な物。一度に2枚のパンをトーストできるヤツ。
故障の様子を依頼者から聞き取って書かれたというメモを見ると、チン! と音がしてパンは出てくるものの、うまくトーストされなくなったとのことだった。
分解して中を見てみると、4つある魔法陣は確かにどれも半分くらい消えていた。残りの部分もかすれている。
2枚のパンとパンの間に入る鉄板の裏表に魔法陣が書いてあるし、パンの外側にも1つずつ魔法陣が配置されている。魔法陣が電熱線代わりと言えば分かりやすいかな?
どうやら、パンを押し上げるバーが少し大きくて、魔法陣と擦れ合ってしまうのが原因のようだ。
「これ、魔法陣を書き直すだけじゃなくて、バーも調整していいですか?」
「……うん、いいよ」
私は道具を借りて、バーをやすりで少し削った。仮組みをして動かしてみると、引っかかることなくスムーズに動くようだ。でも、魔法陣を書き込むと顔料の厚さが加わるかもしれないので、もう少しだけバーを削っておく。
魔道具に使う魔法陣は、魔力が流れやすい特殊で高価な顔料を使うとの事で、書くときにすごく緊張したけれど、いつも書き慣れた魔法陣だけあって、なんとかうまく書けたと思う。4つも書くのは大変だったけど!
「魔法陣が書けたら、自分の魔力を流してみて」
「はい」
本来なら魔石がセットされる部分に自分の指を置いて、魔力を流してみる。
4つの火の魔法陣がほんわりと赤みを帯びた。
「うん、よくできたね」
ハルスさんが小さく微笑んで褒めてくれた。
あとは分解したトースターをきちんと組み立てて完了だ。
組み立てた後に試運転としてパンをセットし、また自分の魔力を流してみる。チン! と音がして、こんがりと焼けたパンが飛び出してきた。うまく焼けている。
「良い匂い」
パンが焼ける匂いについ呟いてしまったら、誰かのお腹がグ~ッとなった。誰だろう? と周りを見回すと、赤くなったハルスさんの顔があった。
トーストは2枚ある。
「一緒に食べようか?」
ハルスさんが恥ずかしそうに誘ってきて、2人で顔を見合わせてクスッと笑った。
常備しているというハルスさんの秘蔵の蜂蜜をトーストに塗り、いれてもらったハーブティーで一息ついた。
うん。この研究所でなら、私もやっていけそうな気がする。
とても居心地の良い研究所から帰ってしまうのは名残惜しかったけれど、その日の見学はそれで終わりになった。
帰りには「卒業式が終わったら来てね」と所長さんから言われ、王城の通行証は後から届くようにすると付け加えられた。私は嬉しくなって「はい!」と元気よく返事をすると、退出の挨拶をして自分の部屋へ帰った。
気分良く部屋に帰った私は、久しぶりに実家へ手紙を書いた。就職先が決まったという連絡程度だったけれど、元気でやっているから心配要らないと一言添えた。
そして、翌朝にはすっきりとしたお通じが有り、悩まされ続けたひどい便秘も治ったのだった。