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48.それから……

 結婚から10ヶ月ほどして。今、平民の間では私とオレストさんの出逢いの物語が空前のブームに……。

 曰く「どっちつかずのまま、魔道具研究所に就職した2人は『運命のただ1人』と知らずに出逢った。そして2人は様々な紆余曲折を経て結ばれた!」ですって。最初は薄い本が1冊出版されただけだったのが、いつの間にやら旅芸人さんが演劇に仕立てちゃって、それが大人気だとか。演劇の題名は「運命のただ1人」。


 とある休日、その旅芸人さんが王都に来てるっていうので、オレストさんと一緒に行ってみたんだけど、2人で身悶えしちゃったわよ!

 何あの、甘ったるい台詞回し~。

 しかも私役の女の子が物凄く可愛くて、本人とかけ離れすぎ~とか思ったわー。

 オレストさんはオレストさんで、自分の役をやってた役者さんが演技過多で見てられなかったとか言ってたし。


 その上、クライマックスのシーンでは「私はこの人のために女に変化したんだと思うから、だから他の人ではダメなの」なんてどっかで聞いた台詞があって、恥ずかしさで死ねると思ったわー。いやホント!




 それから数ヶ月後には、なんか王都の劇団もそれを上演しだしたらしく、お貴族様の間でもその演劇を見るのが流行してるとかで、原作となった本の売れ行きも好調。どっちつかずの人たちも「私はまだ『運命のただ1人』に出逢えてないだけなんだ……!」って言って、引きこもりをやめる人が続出中……らしいよ?

 本気であの台詞が恥ずかしいんだけど、これで将来を悲観して自死する人とか減れば良いな~とも本気で思う。そうじゃなきゃオレストさんと私の恥ずかし損だもん!


 この大ブームの原因である弟の彼女は、弟から私たちの話を聞いて感銘を受けて、ちょっとした本を書いたらしい。

 あ、私たちの話を聞いてから、彼女は弟の恋人になったんだけどね。


 弟が「この前、姉の結婚式のために王都に行ってさ」なんて、お土産を彼女に渡すついでに私たちの話をしたらすっごい萌えられて、毎日、いろいろ私たちの話を聞かれているうちに恋人になったんだって。

 ……順番が違う気がしないでもないけど、本人達が幸せそうだから何も言うまい。

 あ、その子から私にも問い合わせの手紙が来て詳細を教えて欲しいとか……。一応オレストさんにも了承を得て、彼女と手紙のやりとりをしてて、だんだんには面倒になって来ちゃって実家に通話器を送って、暇なときに通話することにしたの。けっこう魔石代がかかる~って言ってたけど、たまにこっちから魔石を送ってるからそれで我慢して!

 それで、その本が故郷の街で人気を呼んで王都でも出版される運びとなり、この空前の大ブームなワケですよ。

 しかも続編は、祖母ちゃんと祖父ちゃんの駆け落ちを題材にするとか張り切ってたし、祖母ちゃんは祖母ちゃんでノリノリで義妹(←予定)に昔話をしてるそうだ。




 そんなこんなで、空前の大ブームに乗っかって外に出始めたどっちつかずの皆様が、今日も今日とてウチの工房で生き生きと働いていらっしゃる。平民もお貴族様も関係なく。……私たちが元王族と平民で、でもそんな身分なんて関係ないって感じで暮らしてるから、みんなそれをお手本にしてるって話もある。

 それと、街中のお店なんかでも、どっちつかずの皆様が受け入れられて、普通に働けるようになったとか。うん、あの空前の大ブームは恥ずかしいけど、みんなが幸せならそれはそれで良いかな……とも思っているところ。




 それから、大きいニュースとしては、所長さんが男に変化したよ!


「これからは『叔父さん』とお呼びしますね?」


とニッコリしながら言えば、


「よろしく頼むね、姪っ子ちゃん」


とニカッと笑って下さった。新しい名前は「ヨアニス」だって。

 うん。美人は「男」になっても美人だね~。……なんか悔しいな。


 相手はマルさんと同期で研究所に入った子。赤茶色の髪に琥珀色の瞳で、雀斑が散る愛嬌のある顔のおとなしそうな人だった。「シンシア」って名前をもらったんだって。

 ちなみに2人は20うん歳差だそう。

 所長さんって、確かオレストさんの20歳上、あれ、ハルスさんだったかな……?

 なんにしても、所長さんはどっちつかずで老化が遅かっただけはあって、まだ20代にしか見えない。詐欺よね~。


 所長さんは、これからも所長さんとして王城上層部の会議に出たりするそうだけど、実質的な研究所内部のことは副所長のポタモスさんとご隠居様に任せることにしたんだって。

 今知ったよ、副所長……。


 それで、シンシアさんはうちの工房の方で働いてもらうことになった。

 属性がね、水になっちゃったらしくて、研究所では働けなくなったのよ。……ってことは、所長さんは風属性なのかな~。

 まぁ、職場が隣同士だから、あまり支障はないみたい。

 新居はね、王城の西門を出てすぐの一番街に、小さい屋敷を買ったんだって! 食事はうちの工房で食べていくから、実質、休日に2人でのんびりするためだけに買ったらしいよ。

 うちの工房は「土の日」と「太陽の日」はお休み。完全週休2日制だから、シンシアさんは休日は所長さんに手料理を振る舞いたいって、工房でお料理をがんばってます。

 ちなみに普段は寝に帰るだけだから、屋敷には執事さんと通いの掃除人さんがいるだけなんだって。




 あと、ご隠居様が言った通り、マルさんとハルスさんがくっついた。けど私たちに負けず劣らず、紆余曲折あったみたいだから、それはまた別の話として語られるべきだろう。




 ☆ ☆ ☆




 それから更に数ヶ月後。もうすぐ結婚2年になろうかという頃。


 工房の事務室にいたキューマが「お客様です」と、オレストさんと私を呼びに来た。

 誰だろう? と思って応接室へ行ってみれば、なんとクラウス先輩がいた!


 甜菜の栽培と砂糖工場が軌道に乗り、その報告に王城へ来ていたのだそうだ。そして、最近評判の演劇を見て私たちの事情を把握したとかで、それでお祝いに来たのだという。

 ……クラウス先輩と飲んだときは男装してたし、今はちゃんと女性の格好になってるから、なんか照れくさいところもあったけど、平静を装って挨拶した。


「ご結婚おめでとうございます」

「「ありがとう」ございます」


 オレストさんは短めに、私は先輩への態度として敬語で応えた。


「いや、それにしても驚きました! 私の知る2人が演劇になっているとは……。しかも私らしき役どころの人間も出てくるし、なかなかハラハラドキドキの観劇になりましたよ」


 クラウス先輩は苦笑しながら演劇の話をして、それから結婚祝いに砂糖を持ってきたのだという。


「この工房の食堂でも砂糖を使うでしょうから」

「大変助かります! ありがとうございます!!」


 最近、魔道具研究所のみんなにもこっちの工房で食事をしてもらうようにしているから、食材をいただけるのであればありがたい。

 「土の日」と「太陽の日」はうちの工房は休日とは言え、宿舎で寝泊まりしている人がいるから、食事は提供しているしね。


 結婚祝いの砂糖は袋とかじゃなくて、でっかい樽で5つ。いや、これ当分の間保つわ~。

 とりあえず、結婚記念日を祝してケーキでも作っちゃおうかしら???


 ……と考えたところで、なんだか胃がむかむかした。

 あれ? なんか胃腸の調子が悪くなるような物、食べたっけ?

 そう言えば、昨日も今日もあんまり食欲はなかったけど……。


 そこへお茶の準備をしたクロエが入ってきて、今日のおやつ用にってシンシアさんが揚げたドーナツを持ってきた。

 油の匂いがホワッとして、私は胃のむかむかが抑えられなくなり、口に手を当ててトイレに駆け込んだ。


「フィリス! どうした!?」


 オレストさんが慌ててついてくる。

 ……あー、そう言えば今月の月のもの、来てなかったかも~。忙しくて、うっかり忘れてた~なんてことを吐きながら考える。


 ある程度吐いて幾分スッキリしたところで個室から出ると、オレストさんがトイレの前で心配そうに待っていた。


「具合が悪いのか? お医者様に診てもらうか?」

「……うん、王城の医務室に行ってくる」

「心配だから、私もついて行く」

「いえ、胃がむかむかするだけだから大丈夫。オレストさんはクラウス先輩と話でもして待ってて下さい」


 王城の医務室にはお医者様が常駐しているから、行けばきっとハッキリするだろう。

 昔から油っこいものは苦手だったし、月のものの時は特に油の匂いがダメだったけど、ドーナツの油の匂いにまで負けちゃうなんてな~と自嘲する。




 ついて行きたいというオレストさんを押しとどめて、1人で王城の医務室へ向かって歩いていると、王妃様に出くわした。

 工房近くの庭の花を見に散策がてらにいらっしゃったらしい。


「あら、どちらへ?」


 挨拶すると、何処へ行こうとしているのか聞かれたので「医務室です」と答える。


「どこか悪いの?」

「……いえ、悪いというか、一応、確認に」

「?」


 王妃様が首を傾げるので、「月のものが来てなくて、さっきは吐き気も……」と言えば目を見開いて、側にいた女性騎士様に命じて私をお姫様抱っこで医務室まで運ばせた。

 一応「1人で歩けます」と抵抗したんだけど、有無を言わせない王妃様の迫力に負けました……。




 お医者様に診ていただいたら、思った通り私のお腹には子どもが宿っているとのこと。


「待望の孫が……!」


 王妃様がぎゅーっと私を抱きしめてくれて、侍女さんの1人が国王様の元へ走って行ったようだ。

 ……えーっと、あの、私としてはすぐにでもオレストさんに知らせたいと思うんですが、今の状況では身動きがとれないよう~。


「あの、お義母様。私、オレストさんに知らせたいです」


 私がそう言えば、王妃様はやっと私を離してくれた。


 王妃様ったら、孫なんてもう何人もいるでしょうに、やっぱり末っ子で「運命のただ1人」が見つからないかも……と心配されていたオレストさんのことは気にかかってたみたい。


「あ、そうよね。すぐオレストに知らせないと……!」


 焦って転んだらダメだから……と、またもや女性騎士様にお姫様抱っこされた。妊婦に負担はかけられないからと振動が響かないように慎重に、でも、できるだけ急いでくれた。


 女性騎士様にお姫様抱っこされて戻ってきた私を見て、オレストさんは焦った様子。


「何か悪い病気だったのか!?」


と駆け寄ってくる。


「えーっと、あの、ここに赤ちゃんがいるって……」


 なんて言おうか……と考えたけど、結局、自分のお腹に手を当てて分かりやすくそう言えば、オレストさんが目を見開いた。


「ここに……?」

「うん、そう」


 恐る恐る私のお腹に手を当てるオレストさん。


「私とフィリスの子が……」

「……そうよ」


 女性騎士様に下ろしてもらった私の体を、感極まった様子のオレストさんがぎゅーっと抱きしめる。


「やった! フィリス、嬉しいっ!」


 オレストさんのするがままに任せていたら、なんだか周りが騒がしい。

 よく見たら、王妃様はもとよりクラウス先輩やシンシアさん、キューマやクロエ、その他工房や研究所のどっちつかずの皆様まで私たちの周りに集まっていた。


「おめでとうっ!」

「体を大事にして、健やかな子を産むんだよ~」

「やったな! オレスト!!」

「フィリス、おめでとう~!」


 押しくらまんじゅう状態でみんなから祝福される。


「こらー! フィリスがつぶれてしまうッ!!」


 オレストさんが喚いているけど、みんなには聞こえていないようだ。

 散々もみくちゃにされ、やっと落ち着いた頃に国王様がニクス様を伴って現れた。


「体を大事にな。……オレスト、気を遣ってやるんだぞ」

「もちろんです、父上」

「早く元気な子を見せてくれ」


 うん。そうなんだよ。まだ生まれてないんだから。ちゃんと元気にこの子を産んであげなくちゃ……と思う。




 前世では子どもができなかったから、今世こそは……と思った。

 もう少しでその願いが叶う。

 あれからオレストさんが過保護になっちゃって、ちょっと閉口する場面もあるけれど、あんまり幸せすぎて怖いくらいだ。

 ときどき、今のこれは全部夢で、私はまだどっちつかずのまま、研究所の自室で眠っているだけなんじゃないかと思うことがある。

 その度に手の甲を抓って痛みを確認しては、夢じゃないって実感する。

 あぁ、この子が無事に産まれてきますように……。




 そうして生まれた子は髪と目が黒だった。顔立ちがハッキリしてくるにつれて、だんだんオレストさん似だって分かってきたところ。

 平らな顔じゃなくて良かったね~と母は思う。うん。私に似たのが、髪と目の色と福耳くらいで良かったと思うよ、ホント。

 オレストさんはすっかり子煩悩なお父さんだ。おしめを替えたり、お風呂に入れてくれたり、甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。

 王妃様や国王様も時折いらっしゃって、第1子(モノ)の様子を見ていかれる。

 研究所のみんなも、うちの工房にいるみんなも、うちのモノの可愛さにハートを打ち抜かれたみたい。


「私たちも早く『運命のただ1人』と出逢いたーい!」


 そう言って、引きこもりをやめてフードから顔を出した研究所員続出中!

 ポタモスさんも、とうとうイーリスさんのとこの末っ子さんと結ばれた。イーリスさんとこの末っ子さんは私たちの工房で働いてて、ポタモスさんと出逢ったんだよ!


「自分と同い年の息子ができるとは……」


とイーリス古書店の店主さんが嘆いていたけれど、ずっとどっちつかずのままで心配してた末っ子さんが女に変化して安心したところもあったみたい。

 イーリス古書店の店主さんは、実は高位のお貴族様の家の出で、どっちつかずになったポタモスさんを遠ざけたことがあったらしい。けど、自分の子がどっちつかずになって、すごく反省したんだそうだ。

 あ、ちなみに、イーリスさんは実家の家督を継ぐ筈だったんだけど、お母様とお姉様の散在が酷くて家が没落したとかで、それで趣味だった古書集めから古書店を始めたらしいよ。


 そんなポタモスさんとイーリスさんとこの結婚式を見てて考えた。

 きっとね、どっちつかずの人たちは「運命のただ1人」に出逢うのを待つために老化が遅くなるんだと思う。

 30代に見えるポタモスさんは、とても新婦の父親と同い年には見えない素敵な花婿になったし、お嫁さんも本来の年齢を聞いたら信じられないほどの若い見た目だったもの。


 あ、そうそう。ポタモスさんは研究所を辞めて私たちの工房の方で働くことになった。火属性になっちゃったらしいのよ。で、次の副所長さんはソールさんなんだって。




 あの演劇のおかげだろうか? どっちつかずの無属性でお貴族様から蔑まれる……なんて風潮がなくなった。

 どっちつかずなのだとしても、みんな気軽に出かけられるようになったのが嬉しい。私とオレストさんの恥ずかし損じゃなくって良かったわ~。……自分の子どもにあの演劇は小っ恥ずかしくて見せられないけれど。




 今日も私は厨房で料理をしている。来週はオレストさんが厨房係で、私は工房で通話器作り。

 魔石の魔力補充もある。


 日々やることがあって、愛する家族がいて、美味しいご飯があって。

 充実した毎日に幸せを噛みしめる。


 それから、次はフリーズドライができる魔道具か、メールをやりとりできるような魔道具を開発したい……なんて野望もある。通話器の生産が落ち着いたら、じっくり取り組みたいと思ってる。




 前世の憂いも、今世で果たせた。

 でも欲張りな私は、もう3人は産みたいと思ってたりする。自分が4人兄弟だった所為かな? 8人兄弟だったオレストさんなら8人欲しいって言うのかも。……今度聞いてみよう。

 そんなことを、オレストさんと我が子の寝顔を見ながら考えた。


 朝、カーテン越しにもお日様の明るさを感じる頃合い。そろそろ愛しの旦那様(オレストさん)を起こす時間。

 そうっとオレストさんの頬にキスをして覚醒を促す。

 夜明けを思わせるオレストさんの色合いに、笑みがこぼれた。


「「おはよう」」


 どちらともなく挨拶を交わして、マウストゥマウスの「おはよう」のキス。いつも通りの朝。

 さぁ今日も1日が始まる。

 オレストさんを抱きしめ、次にモノを抱きしめて今日のパワー充填完了! さぁ、今日もがんばろー!




 ── 完 ──

読んでいただきまして、ありがとうございました。

これにて完結です。


マルとハルスに関しては、この話のシリーズものとするかどうか迷っています。

そのうち、何らかの形でお披露目できたら良いな……と思っております。


あと、オレスト視点を書こうかと思いましたが、どうしてもR18になりそうな予感。

そちらの方もムーンさんで書くかどうかなど、大変迷っております( ̄▽ ̄;)

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