47.結婚のあれこれ
私の家族から結婚の許しを得て、ご馳走を作ってお祝いして実家に1泊。部屋が足りなくなりそうだったので、私は祖母ちゃんの部屋に泊まって、侍女さんには私の部屋で寝てもらった。
ベッドに横たわって祖母ちゃんと話をする。小さい頃、祖母ちゃんっ子だった私は、よくこんな風に祖母ちゃんと寝たものだ。
「あのね、オレストさんが言ってたんだけど、王族には『運命のただ1人』ってのがいるんだって」
「うん。それで?」
「ちゃんとした時期に、その『運命のただ1人』と出逢って心を通わせないと、その人はどっちつかずのままで一生過ごすことになるんだって」
「へぇ……」
「それでね、その『ただ1人』とは魔力の大きさが同じくらいで、属性が真逆になるんだって」
「……っ! ……あぁ、それは分かる気がするよ」
祖母ちゃんは一瞬息を呑み、ちょっと間を置いてから、静かに語った。
「私とあの人も『運命のただ1人』ってヤツだったのかもしれないねぇ……。だってそうだろ? 私の魔力が貴族にしては小さかったのは、あの人の魔力の大きさに合わせるためだったんだよ。天がすることには、何にでも意味があるもんなんだって、そう思うよ……」
そうか、そうなんだね。
祖母ちゃんと祖父ちゃんも、「運命のただ1人」だったんだ。
祖母ちゃんの部屋に飾ってある祖父ちゃんの遺影。似顔絵師に描いてもらったその顔が、なんだか今夜は誇らしげに「当たり前だろう?」って言っているように見えた。
☆ ☆ ☆
私たちは、翌朝には王城へ向けて出発した。
結婚式には、家族みんなで王都へ行くからって約束して。
王城へ戻って私の祖母の出自を伝えると、国王様と王妃様が大喜びなさり、ニクス様だけががっくりと肩を落としていた。そんなに養女になってもらいたかったのかな???
魔道具研究所に挨拶に行こうと思って、ついでだからと王城にある食堂のおばちゃん達に会いに行った。食事時ではなかったので、食堂は空いていて挨拶するのに丁度よかった。
「あぁ、あんた! 生きてたんだね……!」
「よかったよぉ~!」
「お久しぶりです」と声をかけたら、おばちゃん達は口々にそう言って、私を抱きしめてくれた。
何でも、平民のどっちつかずの中には将来を悲観して自死してしまう人が少なからずおり、おばちゃん達の中には親戚をそれで亡くした人もいるのだそうだ。
だから、どっちつかずだった私たちが食堂に来ると、その親戚の人を思い出して、元気に生きていって欲しいって思ってたんだって。
「無事に女に変化してたんだね! 本当によかったよ!」
「……うん、それで、今度結婚することになって」
そう言ったら、おめでとうの大合唱になり、またぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
それから、魔道具研究所に挨拶に行った。
「……メラン!?」
「生きてたのっ?」
みんなに囲まれて、ビックリされた。
「なんか、あの大怪我の後、女に変化してしまって。それで研究所には戻って来られなくなっちゃって、死んだことにしてもらってたんです。ごめんなさい」
そう言って謝ると、みんなは穏やかに「いいんだ」と言ってくれた。
「メランが生きてるって分かって、とにかく嬉しい!」
「あ、女になったってことは、名前ももらったの?」
「今はフィリスって名前をもらいました」
「フィリスか~。聞き慣れないけど、良い名前だね」
「聞き慣れないのに良いとか悪いとか分かるのか?」
「いや、響きがさ、良い感じじゃないか」
「うんうん。良い名前だと思うよ」
みんな口々にワイワイと大騒ぎだ。
あの頃の記憶がよみがえり、心の奥からじんわりと温かくなる。
「で? やっぱりオルト、あ、今はオレストか~と、くっついたわけ?」
ピュールさん、やっぱりそこ聞いちゃいます?
「え、あの……」
真っ赤になって困っていると、横からオレストさんが「そうだ」と口を出してきた。
「フィリスは私のものだからな!」
なんて言ってぎゅっと抱きしめるんだもん! やーめーてーぇっ! 恥ずかしすぎるっ!
「両方の親からも結婚の許しを得たから、あとは結婚式と新居の準備なんだ」
そこで、私たちが考えていた事を話すと、みんな賛成してくれた。
あとは国王様と王妃様の許可を得れば行けそう!
私たちが考えた事というのは、魔道具研究所の隣に「工房」兼「宿舎」を建てて、そこを私たちの新居にしようってこと。
工房というのは、通話器の組み立てをする場所を確保したかったのと、そこに平民のどっちつかずの人たちを集めて、働く場を提供したかったから。工房で働く人たちのための宿舎としても使う予定。
通話器の組み立てみたいなものが苦手な人には、食事や掃除の担当をしてもらうという手もある。
とにかく、街の中で暮らすのがしんどいだろうどっちつかずの人たちに、安心して働いて生活できる場を与えたかったのだ。
そこで心配だったのが、そういう場所を魔道具研究所の隣に作って良いのかどうか。
どっちつかずを集める施設とは言え、私たちのようにどっちつかずじゃない者が研究所のすぐ側で暮らすのは、研究所のみんなにとってストレスになるんじゃないか、大丈夫かって心配だったの。
けど、思ったよりあっさりとみんなが賛成してくれたので、なんだか拍子抜けしてしまった。「案ずるより産むが易し」って、こういうことを言うんだろうなぁ。
私たちの新居について、私たちの考えをを国王様と王妃様にお話ししたら、王妃様はかなり渋々だったものの「王城内に住むのなら……」と許してくださった。
国王様は「それなら、城門を魔道具研究所側にも作ろう」と言って下さって、王城の城門が魔道具研究所側(王城の西側部分)にも増えることになった。
そうすれば通話器の出荷や部品の納入なんかもしやすいし、どっちつかずの人たちや私たちが出かけるのにも都合がいいだろうって。
平民のどっちつかずの人たちを集めることに関しては、貴族のどっちつかずも受け入れることにして、募集をかけることになった。あとは面接とか試用期間等を設けて、様子を見ながらにしようと話し合う。
それと平行して、結婚式の準備も始まった。結婚式はほぼ1年後の6月だけれど、あれこれ決めることとかあってなかなか大変だ。
ウェディングドレスをどんな型にするかとか、招待状を出す相手とか当日に出す料理とか、なんかいろいろ。ドレス関係に関しては、私は王妃様やお姉様方に丸投げ状態。……だって、口を挟む暇がないんだもん。
そしたらね、東の国のモリカワ家から私宛に荷物が届いた。中身は白無垢と紋付き袴。紋付きには、ご丁寧にアクロ家の紋章が刺繍されてました……。やるな、大叔父様。
それを見た王妃様やお姉様方が大喜びで、私たちに「これを着せる!」と張り切りだした。
いや、さすがに教会でのお式に着物は似合わないんで、お披露目のお色直しに……って話に落ち着いたけど。
結婚式当日にはモリカワ家の大叔父様とその息子さんも出席予定だそうで、ご丁寧なお手紙が同梱されていた。
私も慌ててお礼状を書かせて頂きましたとも。
新居の方はどんどん建設が進んでいて、部屋ができたら家具を選ぼうってオレストさんと話している。
あと、新しい工房に入りたいって人たちの面接なんかもあって、本当に目が回る忙しさ。
その合間に魔石に魔力を補充したり、通話器の組み立てをしたりもしている。
あ、私の仮住まいは、あの離宮です、はい。
まだ結婚してないから、オレストさんは王城内の自分の部屋で寝泊まりしてる。アクロ家預かりとは言え、そこはまあ元は第8子殿下だし、アクロ家としてもその方が警備の上で安心らしい。……で、毎日、私と一緒に夕飯を食べた後、自室に帰りたくないっていうのがオレストさんの態度に出てるから、結婚したらどうなるんだろうってドキドキしている。今でさえベタベタで、私が赤面することばかりなのに……!
あんまり遅くまでいると護衛の女騎士様がオレストさんを引きずり出すんだけど、そうするように王妃様から厳命されてるんだって。さすがオレストさんの母親、分かってらっしゃる。
他にも、通話器の量産に関して進んだことがあった。
試しに街の工場へ単純な部品作りを依頼したのだ。それで納品の際には一つ一つの部品を検分し、サイズがちょっとでも違えば返品する……という方式を使った。
最初はそのやり方に反発していた職人さん達も、サイズが違う部品では通話器が組み立てられないし動かないのだと何度も突っぱねていたら、とうとう根負けしたようで最終的には部品をちゃんと規格通りに作るという意識が出てきたみたい。
返品された分は代金が払われないんだから、職人さん達もやっと「これは規格通りにしないとダメだ」と気がついたらしい。
それに伴って、魔道具研究所に持ち込まれる修理品も、部品の大きさの問題で故障したものがぐんと減って、本当に経年劣化とか間違った使い方をして壊れたとか、そういうものが大半になったそうだ。
☆ ☆ ☆
結婚式は王城内の教会で、王族の結婚式としてはこぢんまりとしたものにした。オレストさんは元王族だからそれで良いよねって相談したの。
それでも東の国から宰相であるアキラ・モリカワ氏とその息子さん(次の宰相様)が紋付き袴で出席してくださって華を添えた。そして私の身元を保証したものだから、王族の血を狙ってたお貴族様達は黙るしかなかったみたい。
しかし、宰相様と次期宰相様までいらっしゃって東の国は大丈夫なのかと心配してたら、副宰相様にお願いしてきたから大丈夫って黒い笑みを見せて下さった。……宰相様の黒い笑み、すげー怖い。
お披露目は誰もが気軽に参加できる立食パーティーにして、魔道具研究所の人たちもなんとなく雰囲気だけでも味わえるように、研究所近くの外庭を会場にした。
研究所にもお披露目会場と同じ料理を用意して、2階に上がれば私たちの様子も見られるように工夫したつもり。
そうそう、結婚式と言えば記念撮影でしょ!
……というわけで、お式の格好のまま、みんなで並んで記念撮影。
大叔父様は写真機が初めてだったみたいで、ビックリしてた。あとで写真を渡したら大喜びで、これは必ず2~3台買って帰る! と意気込んでおられた。
お披露目では最初はオレストさんはお式の格好のまま、私はウェディングドレスを脱いで山吹色のカクテルドレスを着たのだけど、後半はお色直し。モリカワ家から贈られた着物を着て会場を練り歩いた。
……歩くの大変だったけど、オレストさんが上手にエスコートしてくれたよ。
頭はね、日本髪を結うほどには髪が長くなかったし結える人がいなかったから、ちょっと誤魔化して綿帽子を被ったの。あの丸いフォルムが可愛いわよね。
オレストさんが着物姿の私を見て「惚れ直した」とか言うから、赤面しちゃったわよホントにもう!
いや、私も正装姿のオレストさんとか、紋付き袴のオレストさんに正直言って惚れ直しましたけどね!
大叔父様であるアキラ氏は大喜びで、「はしゃぎすぎだよ!」と祖母ちゃんに窘められていた。うん、顔立ちはやっぱり祖母ちゃんと似ていて、兄弟なんだな~と思った。
並み居るお貴族様達は、東の国の宰相様と同じ格好をしたオレストさんと、その宰相様と似た顔立ちで白無垢を着た私を見て、「これで東の国とのつながりも強くなりますな」とかなんとかおべっかを使っていたよ~。
父さんは男泣きに泣いていて、母さんは隣で呆れてた。私の兄弟達はお貴族様達の雰囲気に飲まれてて料理を楽しむどころではなかったみたい。お披露目が終わったら、できたばかりの新居で多少なりともリラックスしてもらおう。
オレストさんの兄弟達は着物姿のオレストさんと私を見て、自分たちも着てみたい! と騒いでいた。
「それなら、フィリスのために東の国から布を取り扱う商人を派遣して留め袖を作らせる予定だから、姉妹の皆様の分も一緒にどうですか?」
と大叔父様が言い出した。そして「女性用には様々な柄があるから楽しめると思います」と付け加えた。
「留め袖というのは何?」
とお姉様方から聞かれたので、既婚者用の着物だと答えると、
「独身用と何が違うの?」
と更に問われた。
「独身用は振り袖と言って、袂が長いんですよ。王妃様のお部屋にある、あのお人形のように」
と言ったら「へぇ~」と感心された。
そんな話をしていると、王妃様が
「この子達の分は自分たちで支払いさせますので、どうぞ商人さんだけ紹介して下さいな」
と仰った。キラリと目を光らせ、お姉様方に「甘えるんじゃないわよ」と無言の圧力をかけているように見える。……ちょっと怖いかも。
「商人ですか……。それなら、フィリスの家が布地を扱う商売をしていた筈ですから、ゆくゆくはフィリスの家が東の国の布地を扱えるよう、最初は見習いとして東の国の商人と一緒に派遣しましょう」
え!? 大叔父様、そんなことを約束しちゃって良いんですか?
「そうして東の国宰相の後ろ盾と、王族御用達の商人ともなれば、並み居る貴族もそうそう口は出せますまい。……それに、なんと言っても、フィリスが家族に会いやすくなりますから」
あぁ、そんなところにまで気を配って下さるなんて……!
大叔父様、ありがとうございます。
「……で、こんな風にフィリスに恩を売ったのは、ゆくゆくは生まれた子の1人をウチの誰かと娶せたいという思惑ありだから、そんなに感謝しなくてもいいんだよ」
なんて言って、茶目っ気たっぷりに笑って見せる。
「ふふふっ、東の国へ行くかどうかは、生まれた子次第ですからね~。親は口出ししませんよ」
と私もニヤッと笑って見せた。
国王様は写真機を持って着物姿の私たちや着飾った孫達を激写しまくってて、浮かれすぎですって王妃様からお叱りを受ける場面もあった。……お叱りを受けた後は、ニクス様に写真機を渡して写真を撮りまくらせてましたけどね~。
☆ ☆ ☆
お披露目のあとは新居に移り、私の家族とのんびり過ごした。
あ、その前に研究所に挨拶に行って着物姿を見てもらい、記念撮影もしたんだよ!
みんな、着物には興味津々で、取り囲まれて質問攻めにあったよ~。
でも、料理も美味しかったって喜んでたし、お披露目会場の様子も見られたし、みんな雰囲気だけでも味わえて嬉しかったって言ってくれて良かった~と思った。
そうそう、所長さんから「これでフィリスとは親戚だね。ヨロシクね」と言われた。
え? と思ったんだけど、そう言えば所長さんの名前って「テトラ・アクロ」だったじゃん!
いっつも「所長さん」って言ってたから忘れてた~。
オレストさんが「オレスト・アクロ」だから、私も今日から「フィリス・アクロ」だ。
……そうか、ご隠居様だけでなく、所長さんとも親戚か。なんか濃いかも、オレストさんの親戚って。
「まさか、東の国の宰相様が出てくるとは、私も私の兄(宰相)も思ってもなかったけどね~」
ソウデスネ。
そう言えば私の親戚も凄いもんでした。はい。
新居では、兄弟達がのびのびとくつろいでた。忙しくて食べる暇がないだろうなって思ってたから、お料理を新居にも運んでもらってて、それをみんなで食べた。
「あー、やっと落ち着いた~」
「ホント、自分の親戚が東の国の宰相様とか、緊張したわ~」
兄さんも姉さんも緊張しまくってたみたい。
その子ども達は人見知りして泣いた子もいたので、早々に新居に連れてきて寝かしつけておいたんだって。寝てる間はキューマやクロエが見ててくれた。その子ども達は、今は元気に食堂になる予定の広間を駆け回っている。2日前の晩から泊まってただけあって、もう我が物顔だ。
キューマやクロエはこの後、この工房の事務関係を担当してもらう予定。あの屋敷はもう引き払っちゃったからね。
私たちも着物を脱いで普段着になり、やっとのんびりしたところ。
「良いお式だったねぇ」
祖母ちゃんがお茶を飲みながら、しみじみと呟く。
父さんは目が赤くて、さっきまで泣いてたのが丸わかり。
母さんは孫達の様子を眺めて微笑んでいた。
「……自分も着物で結婚式したい」
弟がそう言い出したので、みんな、ちょっと驚いた。
「相手は? いるのかい?」
母さんがそう問えば「いる」という答え。
「まだ、仲が良い友人止まりだけど」
とふて腐れたように言うのが可愛い。
きっと、そのうち、家に連れてきて、紹介してくれるんだろうなって思った。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




