46.裏事情
翌日、私とオレストさんは馬車に乗り込んでいた。私の実家へ行くためだ。
今回は馬ではなく馬車。侍女さんとか侍従さんもついてきている。未婚の男女を2人きりで宿に泊まらせるわけにはいかないから、らしい。……今更? って気もしないでもない。うん、でも今は男装じゃないし、仕方ないのかも。
えぇ、わたくし、今は男装を解いて、ちゃんと女装? いや、普通に女物の服を着ております。
旅先で目立たないように地味な服をお願いしたのだけど、王族の皆様が用意した地味な服ですので……察して頂戴~。
オレストさんは騎士様の制服を普通に着用している。……ズルい。
あと、実家へ行く途中にノーティアナにある屋敷に寄って、キューマとクロエに事情を説明することになった。結婚したら、あの屋敷は引き払ってしまう予定なので、荷物の整理などを頼むのだ。
国王様と王妃様の希望は王城内に新しい離宮を建てて、私たちが結婚したらそこに住んで欲しいんだって。王城内に離宮というのは恐れ多くて心苦しいので、オレストさんと2人でどうしたら良いか話し合っているところ。
できれば離宮とかそういう立派な建物じゃなくて、どっちつかずの人たちとも交流できるような、通話器の量産をする作業場を含むような、そういう宿舎的なものが良いなと思っている。
夢は「食堂のおばちゃん」みたいな、誰かに元気をあげられる人!
それにしても、まずは私の家族達から結婚の許しをもらわないといけない。
家族にオレストさんを会わせるとか、凄く緊張する。
ノーティアナの屋敷で事情を説明すると、クロエにぎゅーっと抱きしめられ、「良かったですね」と涙ぐまれた。
キューマをみればクロエと同じように涙ぐんでいる。この人、元騎士団長様だったのよね!?
え? みんな私とオレストさんの事情、知ってたの???
疑問符いっぱいの私の顔を見て、キューマが説明してくれたところによると、この屋敷で使用人をするにあたって、騎士団長様から直々に私とオレストさんの事情説明があったのだという。
国王様と王妃様が私たちをくっつける気満々だから私に悪い虫がつかないようにすることと、ゆくゆくはオレストさんを会わせる予定なので、その時は協力ヨロシク! ってことだったらしい。
しかも国王様から「オレストをビックリさせたいから、男装のことは内密に」との厳命を下され、ただただ黙って見守るしかなかったそうだ。
ただ、クロエはオレストさんの新しい名前を知らなくて、私の相手は第8子殿下だとだけ聞いていた為、初対面であんな発言をしてしまって「ヤバい!」と青くなったそうだ。
まぁ、何もなかったけどね?
それで、つまり、なかなかくっつかない私たちに業を煮やした騎士団長様が強攻策に出ることにしたそうで。あのオレストさんとの二人旅は、私たち2人をくっつけるための方策だった……と。
道理であのとき、クロエが反対しなかったはずだよ~。そうじゃなきゃ「私が護衛しますから、若様は私とペアでお願いします」とか言っているはずだもの。
いろいろと説明を聞いて、オレストさんと顔を見合わせて苦笑してしまった。
気がついていなかったけれど、思ったよりたくさんの人たちが私たちの様子をうかがって気をもんでいたらしい。
屋敷では3泊ほどして、通話器をできるだけ組み立て、届いていた魔石に魔力補充なんかもした。
しばらく留守にしていて通話器やら魔石やら、あれこれ滞っているなぁと、ちょっと気になっていたのだ。侍女さんと侍従さんには待ってもらって申し訳なかったけど、湖や市場などを見て回って観光してもらったので、それはそれで良かったみたい。
その後の屋敷のことはキューマとクロエに頼んで、私たちは今度こそ私の実家へと出発した。
☆ ☆ ☆
ノーティアナを出る前に髪の毛を黒に戻し、一般の平民女性が着るような服を何着か購入。私はそれに着替えて旅を続けた。
……髪を染めたままだと、顔見知りになったお店では「若様」と勘違いされそうだったから、一応ね。
ちなみに御者は侍従さんが務めてます。
「母上達が用意したものだと、街中では悪目立ちしていたからなぁ。今は街中に自然に溶け込んでいて良いと思う」
そう言って微笑むオレストさん。
あ、そうそう。研究所時代、初めて2人で王都の市場に行ったとき、箸を買うのに財布を出したら途端にけっこう見られてる! と感じる視線があったそうで、オレストさんは私が言った通り「スリに狙われてるかも!?」と戦慄したそうだ。そのとき、服装というのは大事だなって思ったんだって。
あぁそれであのとき箸の包みを大事に抱える振りで、コートのあわせをしっかり閉じてたんですか。おとなしくなっていいなって思ってたけど、そういう裏があったとは……。
ところで、女装? のせいか、なんかオレストさんが普通に私を女性扱いしてエスコートしてくれるので、慣れない私は終始緊張するというか赤面しちゃうというか、ドキドキしっぱなしで心臓に悪い。
馬車の乗り降りで手を差し出されるとか、もうね、恥ずかしいというかくすぐったいというか……。
どっちつかずの頃は友人扱いだったし、今までは男装だったし、平民の私にはエスコートされるような機会もなかったから、経験不足なんだってば! こ、こんなときどうすれば!? と頭の中がパニック状態です。
宿の部屋に入って、やっとリラックスできたというか、なんというか……。
慣れないことはしないで頂きたいわ~。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで、始終至る場面で赤面させられつつ、なんとか実家がある街まで辿り着いた。心臓、壊れるかと思った……。
父さんにオレストさんを紹介したら、案の定、腰を抜かした。
予想通り、母さんと祖母ちゃんは動じず。
私の兄弟達はちょっとばかり興奮状態にあった。
それで、元とは言え王族に嫁ぐにあたって平民という身分では横やりが入ることもあるかもしれないので、ニクス様の家に養女に入ったらどうかという話が出ていると説明した。
ニクス様は私を迎えに来た騎士団長様だから、家族のみんなも覚えていた。
やはり父さんが「養女に出すのは……」と渋り始めて、思った通りの展開だな……と思ってたら、祖母ちゃんが爆弾発言をかました。
「養女になんか行かなくても大丈夫。私の血筋は東の国の宰相家だから、弟に連絡したら喜んで身元を保証してくれると思うよ。……あの子に頼るのは癪だけどねぇ~」
祖母ちゃんはちょっと苦々しい表情だ。
「……は?」
これには父さんも固まってしまった。いや、私もオレストさんも、兄弟達もだけど。
母さんは知ってたのか、何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。
「だいぶ前から、フィリスの魔力が大きくなったってことを弟が聞きつけて、『それならうちで引き取りたい』とか言われてたんだけど、バカ言うんじゃない! って断ってたのさ」
え? いつ? どの場面で!?
「数年に1度、行商人に紛れてウチに来てたんだよ。……あれでも宰相家の当主なのに、下の弟や息子に仕事を任せて、ほいほい気楽に出歩いちゃってねぇ~。ホントに困った子だよ」
「……でも祖母ちゃん、魔力はそんなに大きくないよね?」
確か普通に平民並みの魔力量だったと思う。貴族なら、もっと魔力が大きいはず。
それに、貴族って魔力量がものを言う! みたいなところがあって、それで魔力が小さい平民を見下してるからなぁ~。
「そうなんだよ。なんでか私の魔力は小さくてね。それで東の国ではけっこう貴族の中でいじめられててさ。貴族ってのは気位ばかりが高い者が多いからね。これは『貴族ではダメだ。将来は平民となって1人で生きていかなきゃ!』と思ってさ。若い頃から料理とか裁縫とか1人で生活するのに必要そうなことは、使用人に頼み込んで一通り覚えたんだよ」
「……そうだったんだ」
「あの人が父様の買い付けにくっついて東の国に来て、私は市場で野菜なんかの目利きを教わってたかなんかで偶然出逢ったんだよ。あぁ、本当に懐かしいねぇ……」
それからは毎年のように祖父ちゃんと会って話をして、祖母ちゃんは「貴族として生きるより、この人と一緒に生きていきたい」と思うようになって、ある年、政略結婚で嫁がされそうだってときに駆け落ちを決行したらしい。
そういう出逢いがあって、今に至る……と。
「母さんは知ってたの?」
動じていない母さんを不思議に思って私が問えば、
「私の祖父ちゃんが『アレは東の国の宰相家のお姫様をかっ攫ったから、もうあちらには顔向けできないし、東の国で商売できない』って、飲む度にくだを巻いてたからね。もう耳にタコができそうだったよ」
と涼しい顔で言う。
「え!? それ、私は聞いてないぞ?」
父さんが驚いて母さんを見る。
「言ってないからねぇ。お義母さんは『もう捨てた名だ』って言ってたし、わざわざ言いふらすことでもないでしょう?」
「そりゃ、そうだが……」
そう言いながらも、納得いかない顔の父さん。
きっと、父さんの兄弟達も知らない事なんだろうなぁ……。
「だから、フィリスの魔力が大きくなってきたとき、これは私の血が出たんだろうって思ったんだよ」
祖母ちゃんは、そう言って静かに笑った。
まぁ、とにかく。
オレストさんとは、どっちつかずだけが入れる魔道具研究所で出逢ったことを話すと、
「どっちつかずだったんでは、貴族達の風当たりが強かったでしょうねぇ……」
と祖母ちゃんがしみじみ呟き、
「研究所に入ってからはそうでもありませんでしたよ」
とオレストさんが穏やかに微笑んだ。
「ただ気位が高いばかりの貴族だったら許さないところでしたけど、オレスト様なら私は賛成だよ」
祖母ちゃんがそう言うと、父さんが目をむいた。
「なっ! 元とは言え王族だぞ!? 平民育ちのフィリスが、そんな上流の暮らしに耐えられるわけがない!」
「そこはオレスト様の腕の見せ所だ。……そうだろう?」
声を荒げる父さんに、祖母ちゃんが静かに語りかけ、最後にオレストさんを見やる。
「はい。私にはもう王位継承権はありませんし、ただの一貴族の身。ですが、フィリスと2人で幸せな家庭を築きたいと強く思っています。フィリスが望むなら、平民の住居に住んで、平民の暮らしをすることも厭いません。騎士の身分を捨て、衛兵になってもかまわない。2人で料理屋を始めたっていい。とにかくフィリスと2人で生きていきたいんです」
うわ~。衛兵は魔力が小さい平民がなるもので、騎士は魔力が大きい貴族が多い。どうしても衛兵さんはお貴族様から見下される。でも、そんな衛兵になっても良いとか、オレストさんのそんな覚悟は初めて聞いたし、なんかなんか、2人で料理屋もいいなとか思っちゃって、想像してたらくすぐったいというか恥ずかしい~! 顔が赤くなるのが止められない。
「ここまで言われて、反対できるかい?」
「……」
祖母ちゃんの言葉に、父さんは黙りこくる。
「フィリスはどうしたいの?」
父さんが黙りで話が進まないので、母さんが私に問いかけた。
「私は、オレストさんと一緒に生きていきたい。何か辛いことや苦しいことがあっても、オレストさんと一緒なら2人で乗り越えて行けると思うから」
それから……と続ける。
「きっと私、オレストさんと出逢ってなかったら、今でもどっちつかずのままだったと思う。私はオレストさんのために女に変化したんだと思うから、だから他の人ではダメなの」
そう言ったら、祖母ちゃんが大笑いした。
「あっはっはっ! お前は祖父ちゃんと同じことを言うんだね! さすが私たちの孫だ」
え? そうなの?
「ザック、これは結婚の許しがないと、私たちのように駆け落ちでもしてしまうかもしれないよ?」
「ザック」というのは父さんの名前。ちなみに母さんは「アイリス」で、祖母ちゃんは「カオル」だ。
「今は死んでしまったけれど、あの人が言ったことはよく覚えてる。『私はカオルの為に男に変化したんだ。だから他の人ではダメなんだ』ってね」
祖母ちゃんは、祖父ちゃんの遺影が飾ってある自分の寝室の方を向いて、遠くを見るような目で教えてくれた。
父さんも自分の両親のそんな話を聞かされては反対できないと思ったらしい。最後にはオレストさんを睨むようにして「娘を不幸にしたら許さないからな!」と言いながら、結婚の許しを出してくれた。
その晩はみんなでご馳走を作って食べた。
オレストさんも大皿にでっかいオムライスを作って見せ、家族みんなをビックリさせた。
しかも卵10個を使ったフワフワのオムレツを大皿に盛ったチキンライスの上にのせて、切り込みを入れて開いていくヤツだったよ!
……オレストさん、腕を上げたわね。
「王族ってのは料理もできるのかい?」
と祖母ちゃんが問えば、
「研究所時代にフィリスに鍛えられました」
とオレストさんがニヤリと笑い、
「ふふふっ。もう尻に敷かれてるんですね」
と母さんが笑った。
私はただただ赤くなるばかりだった。
たくさんのご馳走が並んだ食卓で、ワイワイとお祝いを兼ねた食事会。
あ、そうそう。大皿のオムライスは、オレストさんが作ったんだよって祖母ちゃんが言ったので、私の兄弟達もその子ども達もみんな驚いていた。少しずつ取り分けて、みんなが「美味しい!」と言ってくれた。楽しい食事だった。
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