表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/49

45.靴下の行方

 その日の夕方、ご隠居様が私を訪ねてきた。


「これは、オレストも知らないことなんだけどね」


 そう前置きをしてご隠居様が話してくれたことは、「運命のただ1人」同士の魔力の大きさは同じくらいになるってこと。

 そうじゃないとどちらかの属性が勝ってしまって、子どもが無属性にならないからだと推測されているんだとか。


「オレストが魔術学校に入る頃、急激に魔力が大きくなってきて、寝込むことが多くなってしまって。学校に入るのを1年見送ったほどだったんだ」


 それって私が寝込むことが多くなった時期と重なっているのかも……?


「こんなに魔力が大きくなってしまっては、この子の『ただ1人』は見つからないかもしれないと心配したんだよ」


 そのことをオレストさんに知られれば、もしかしたら自分の「ただ1人」は見つからないかもしれないと悲観的になってしまう懸念があったので、王族みんなに箝口令を敷いて、それでオレストさんにはそのことは教えなかったのだという。


「だから、オレストとメラン、あぁ今はフィリスだったね。2人の魔力の大きさは桁外れだったし、これはオレストの『ただ1人』はフィリスだろうと予測してたんだよ」


 確かに研究所時代の魔石の魔力補充の量を考えても、私とオレストさんの魔力の大きさは他の人たちの追随を許さなかったですもんね~。


 そうか、そういうところでも「運命のただ1人」って分かるものなのね……。

 本当に遠回りしてたんだな、私たち。


「ジークの馬鹿やオレストの考え無しのおかげで拗れたところもあったけど、漸く落ち着くところに落ち着いてくれて良かったと思ってるよ」


 そう言って微笑むご隠居様。


 一応聞いてみたら「ジーク」と言うのは国王様のことだそうです。本名「ジークハルト・オロス」様。


 ちなみに、この国の名前は「オロスアクロ」。王家であるオロス家と王家の分家であるアクロ家が興した国なんだそうだ。今のアクロ家は王家の分家と言うより、宰相を排出する家として有名だけれど。

 ……歴史の授業は苦手だったから、そんなこともあったかなってくらいしか私の頭に残ってない。


 一度、王位継承権を放棄して「ヴノ」を名乗ったオレストさんは「オロス」に戻ることはできなくて、それで一応分家であるアクロ家の預かりとなったのだそうだ。もちろん、アクロ家の誰かと結婚したとかそういうことではなかったらしい。

 慣例として、「ヴノ」と言えば王族のどっちつかずってことになるので、男になったオレストさんは「ヴノ」のままではいられなかったんだそうだ。


 ……平民には予想もつかないことで、そういうところも関係が拗れる原因になったんだろうなぁと遠い目になる。


「私の『ただ1人』のことは聞いたかい?」


 不意にご隠居様が真面目な顔になって聞いてきた。


「はい」


 私も真剣な顔になってそう答えると、遠くを見るような目でご隠居様は語り出す。


「私は『ただ1人』と出逢っても、結ばれることはなかったから、若い人たちが結ばれるのを見るのは本当に嬉しいんだ。実は私の兄とあの子の姉が結婚してオロス家が続いているから、ジークやオレスト達は私とあの子の子ども達でもあるような気がしてね。……私と、あの子も生きていれば、きっとこんな風に子どもや孫やひ孫に囲まれていたんだろうって思うと、救われる気がするんだよ」


 あぁ、ご隠居様がそこまでの心境に至るには、どれだけの時間が必要だったんだろう……?


 本当に、誰もご隠居様には頭が上がらないはずだよ……。




 そうそう、ご隠居様が帰り際に爆弾発言を落としていった。


「……次はマルとハルスがくっつきそうだよ」


 そ、それはハルスさんが男になるのか女になるのか、凄く気になるわ~!

 私の中のおばちゃんがあれこれ想像して、なんだか盛り上がってしまったのだった。




 ☆ ☆ ☆




 ご隠居様が帰った後、国王様がニクス様を伴って現れ、男装の件でオレストさんとの仲が拗れてしまったことを謝罪してくださった。

 国王様曰く、私たち2人を会わせさえすれば、すぐに上手く行くと思っていたとのこと。

 スミマセンね、素直にくっつかなくて……。


 もう今更、国王様相手に怒っても仕方ないことだし、過ぎたことなので謝罪は受け入れた。




 その後、夕食を一緒に食べようとオレストさんが部屋に来て、一緒にご飯を食べた。

 食事をしながら、私の体が大丈夫そうなら私の両親に結婚の許しを請いに、明日にでも出発したいとオレストさんは言う。


「たぶん大丈夫だと思いますから、明日出発しましょう」


と言ったのだけど、眠る前に私の様子を見に現れた王妃様が「大事をとってもう1日休ませなさい」と反対なさり、私はもう1日だけ離宮に滞在することとなった。




 ☆ ☆ ☆




 滞在を決めた翌日、午前中から王妃様をはじめとして、王太子妃様やオレストさんのお姉様方がいらっしゃって、私を囲んでオレストさんとの出逢いとかなんかそういうことを根掘り葉掘り聞かれまして……。


 研究所に来たばかりの頃、オレストさんから「洗濯機の使い方を教えてくれ」とか「掃除の仕方がよく分からないから一緒に掃除してくれ」とかそんなことを頼まれて、第8子殿下なんて知らなかったので、ビシバシ指導してしまってゴメンナサイって話をしたら何故か「良くやった!」と褒められた。


 それから、オレストさんがクッキーやアイスクリームを作ってお姉様方のお茶会に手土産として持ってきてくれたなんて話になって、貴方から「教わったんだ」ってはにかみながら言っていたわ~という話まで聞かされた。


 えー、オレストさんのそんな顔、見たかったかも……! 絶対にレアだ。


 とにかく、ただでさえ末っ子で甘やかされていたオレストさんが、魔術学校に入って取り巻き達にちやほやされ、どんどん鼻持ちならない子になっていったので、お姉様方は大変心配していたらしい。

 その後、オレストさんが最終学年になっても性別が決まらなかったことで、ちやほやしていた取り巻きが離れていき、オレストさんはふさぎ込むことが増え、引きこもりになってしまった。部屋に閉じこもって誰にも手がつけられなかったのを、ご隠居様と国王様が強引に(壁を壊して)引きずり出して、なんとか研究所に入れたんだそうだ。

 そのときは無理矢理引きずり出されたことと、国王様の身分が高い所為で仲が良い友人だと信じていた人にも裏切られたっていう反発心で、とにかくすっごいふて腐れた態度だったらしい。

 ふて腐れた態度のまま、研究所の仕事をちゃんとしないんじゃないかって懸念もあったそうだけど、ご隠居様との賭けやら、私との食事係とか掃除とかその他諸々を経て、オレストさんは本来通りの真面目で明るくて活動的でちょっぴり頑固なオレストさんに戻ったらしい。


 それで、オレストさんを本来のオレストさんに戻した「恩人」はどんな子だろうってお姉様方は噂をしていたんだそうだ。


 ……恥ずかしい。

 恩人なんて大層な者じゃないのに~。


 それとやっぱり、オレストさんの魔力が大きくなりすぎて「運命のただ1人」は見つからないんじゃないかって心配もあったそうで、「見つかっただけでも奇跡なのよ!」ってみんなで喜んでいたんだって。


 お姉様方に囲まれて、あれこれ訊かれて、なんか疲れてきたなぁ……と思ってたら、ワゴンを押す侍従さんを引き連れたオレストさんが現れた。


「フィリスは体調が万全ではないのですから、あまり疲れさせないでください」


 そう言うと、オレストさんはワゴンに載っていたプリンを侍従さんに合図してお姉様方に配ってもらっていた。


「これはオレストが作ったの?」

「はい。姉上達がフィリスとお茶会をしたいと言っていたと聞いたので」


 王妃様、王太子妃様、それから4人のお姉様方(出産を控えた真ん中のお姉様を除く)にプリンが配られ、最後に私にもプリンが配られた。


「騎士団長の奥様が『主人の作ったプリンは最高ですのよ』なんてお茶会で自慢なさっていたけど、オレストが作ったものも負けていないわね」


 一番上のお姉様がプリンを一口食べてそう言った。


 ちなみにオレストさんの兄弟は、上からオレストさんの10歳上のお兄様(←王太子様)、9歳上のお姉様、7歳上のお姉様、5歳上の双子のお兄様とお姉様(←出産間近)、4歳上のお姉様、2歳上のお姉様となっているそうで、名前も教えられたけど多すぎて覚えられなかった。それに、みんな似たり寄ったりの顔立ちと色彩で、ちょっと区別が難しい。かろうじて一番年上そうな人が9歳上のお姉様かな……という程度。

 それと、みなさん既婚者です、念のため。

 王太子妃様だけは明るい茶色の髪に緑色の瞳だから分かるけど。あ、王太子妃様はオレストさんの9歳上だそうで、もう3児の母だそう。


「騎士団長にプリンの作り方を教えたのもフィリスですよ」


 オレストさんったら、今それを言わなくても……!


「あら、それは知らなかったわ~。今度お茶会で話題にしないと……!」


 でぇ~ッ!? お貴族様のお茶会で話題になるなんて、恐れ多いことです~。


「い、いえ、私はしがない平民ですので……」


 そう言って恐縮していると、王妃様が爆弾発言を落としてくださった。


「フィリス、そんなに平民であることが気になるのなら、ニクス家あたりの養女になれば良いのよ」


 はいぃ~? お貴族様の養女ですか???


「こんなのは貴族の間ではよくあることよ?」


 遠縁の子を引き取って、政略結婚とかの駒に使うってヤツですね。


「えぇっ!? そんなのダメよ! 騎士団長の奥様がまた自慢を始めちゃうじゃないの!」


 一番上のお姉様が声を上げる。


「カテリナのところのウェントゥス家はどうなの?」


 カテリナ様というのは王太子妃様のことだろうか? ウェントゥス家って言ってるし。


「あら、同じ家から娶るというのではバランスが悪くなるわ。オレストは『ヴノ』を名乗ったとは言え、一応王族の血を引いているのだし」

「それなら、前騎士団長のキューマ様のところは!?」


 え? キューマって前騎士団長だったの!?

 それでいて、パンが焼けて簡単な調理もこなして執事としての能力も高いって、どんだけ多才なんだ!


 お姉様方はもう既に私そっちのけで白熱していらっしゃる……。

 これはもう、しばらく静観するしかないな~と諦めた。

 オレストさんを見やれば困った顔をしていたけれど、お姉様方に口を挟む気はないようだ。……うん。あの議論に口を挟む勇気は、私にもない。


 ……それにしてもお姉様方の白熱する話の端々を聞いていると「運命のただ1人」が信じられている王家や高位の上級貴族の間では、高位の貴族家へ養女に入るというのは私のように身分の低い「ただ1人」と結婚するための方策らしいことが分かってきた。

 政略結婚ばかりじゃないんだね~。


 ちなみに「運命のただ1人」以外と結婚した場合、大概は結婚生活が破綻するとか、子どもができなくて離縁されるとか、結局はそんな風になっちゃうんだって。


 「運命のただ1人」のことを、国民全員、特に欲に目がくらんだお貴族様に知らせた方が良いような気がしてきたよ……。




 ☆ ☆ ☆




「今日は疲れただろう?」

「……えぇ、まあ、……はい」


 お姉様方がお帰りになって、かしましいお茶会というか女子会というか、何かそういうものが終わり、ちょっとお昼寝をして午後をのんびり過ごした後。


 またもや夕飯を一緒に食べようとオレストさんが現れた。


 夕飯……と言うより晩餐って感じの豪華な食事を摂りながら、今日の王妃様の爆弾発言についてオレストさんが説明してくれる。


「フィリスが平民だってことを気にするから、一応、騎士団長あたりの家にでも養女に入ってもらったらどうかって話を父上にしたんだ。あの家は男子ばかりで女子がいないから、ちょうど良いんじゃないかと思って」


 女の子が欲しいと思ってた騎士団長の奥様が喜ぶことは目に見えていると、騎士団長であるニクス様も言ったらしいし。

 お姉様方の議論も結局は結論が出ず、国王様と王妃様の希望でニクス様の家が有力な線となっている。


 いや、問題はそっちじゃなくて、私の父さんなんだってば! 小心者で堅実な父さんは、上級貴族家の養女になるなんて聞いただけで、ひっくり返っちゃうかもしれない。

 母さんと祖母ちゃんは、なんて言うか揺るがない気がするのよね。

 「フィリスが幸せになれるんだったら、それで良いよ」って言ってくれると思う。


 そういう家族の様子をオレストさんに話したら、父さんの説得は任せてくれってにっこり笑った。

 ……本当に大丈夫かなぁ?

 っていうか、オレストさんを家族に紹介することを想像したら、急にドキドキしてきた。

 だって平民と元王族だよ? 住む世界が違いすぎるんだもの~。




 あとは私の実家に行って家族に会ってみないことには話が進まないってことになり、なんとなく他愛のない話になる。


 研究所時代の思い出話とか、なんかそういう内容。


 2人で運んだ顔料が重かったね~とか、手の上で切った豆腐が血まみれになって驚いた……とか。


 マルさんが研究所へ見学に来て、オレストさん(当時はオルトさん)が激高したときの話とか。

 実はオレストさんがどっちつかずになって、仲が良い友人と信じていた人たちがみんな離れていったのが「自分は要らない」って言われたように感じて、かなり傷ついたんだそうだ。そんなところへ私から「食事係は私1人でも何とかなります」なんて言われたものだから、また「自分は要らない」と言われたと思っちゃったんだって。


 そっか、オレストさんの地雷はそんなところにあったんだね。

 そういうところも少しずつ、これから知っていきたいな……。


 それから私の方も、自分が研究所を出ると決まったときはとても辛かったとか、みんなで記念撮影した写真が宝物だったとか、そんな話をして。


 そう言えば、あの年の冬至祭に送った靴下だけれど、ちゃんと研究所のみんなに配られたそうだ。

 みんなはお礼の手紙を出そうと思ったけど、所長さんが私の住所を教えてくれなくて、そのままになってしまっていたらしい。

 オレストさんは、今では小さくなって履けなくなってしまった靴下を、お守りのように今でも持ち歩いているとか……。

 オレストさんが着ていた上着の内ポケットから見覚えのある靴下が出てきて、恥ずかしくなってしまった。


 しかも、ちゃんと私が編んだ方。祖母ちゃんが編んだ方じゃなくて! 形がちょっと(いびつ)だから、私が編んだって分かるというシロモノなのに~。

 もう、この人は私をどれだけ赤面させれば気が済むの!?


 私が死んだって聞かされたばかりの頃は、形見のようにそれを肌身離さず持ってたから、もう上着のポケットに入れるのは癖のようなものになっているそうで。入ってないと落ち着かない感じなんだって。


 持ってるのは良いけど、それ、人には絶対に見せないでくださいね~!





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ