44.内緒の話
しばらく眠って、起きた後。
国王様が部屋にいて、なんだか王妃様からこっぴどく怒られていた。
ぼんやりとその様子を見ていたら、私が起きたことに気づいた王妃様がにっこりと笑った。
「あら、起きたのね?」
まだ半分寝ているような状態だったので、王妃様相手だというのに私はコクリと頷いただけ。
後から考えても、アレはないわーと反省する場面である。
「もう、貴方は出てって! 頃合いを見てオレストでも呼んでらっしゃい。今から私とフィリスは女同士で仲良くするから、しばらく放っておいて」
あ、王妃様が国王様を追い出した。
……良いんだろうか???
まぁ、国王様は王妃様に逆らえなさそうだけども。
「うふふふ。寝ぼけたお顔も可愛いわ~」
え? いや、私なんて東の国特有の平らな顔なだけですよ~。
お目々もぱっちりじゃないし、平凡な顔立ちだと思いますけど。
「あら、嫌だ。自覚してないの? 東の国から来たお人形さんの様にキレイなお顔なのに」
は? えーっと、それは私の美的感覚と王妃様の美的感覚が違うってことでよろしいのでしょうか??
「あの子が執着するのも分かるわね~」
「あの子」って、「あの子」ですか???
オレストさんですよね、たぶん。
「体はもう大丈夫? 痛いところはない?」
「……はい、大丈夫です」
痛いところがないか、あちこち動かしてみてから返事をする。
「貴方が馬から落っこちて、打撲の手当てをしようと服を脱がせたら、女だったって驚いて馬を走らせて王城まで帰ってきたのよ? 貴方を抱えて血相を変えたあの子の顔、見せてあげたかったわ~」
王妃様が優雅に笑う。
え? 馬から落ちた私を抱えてオレストさんが王城まで走ったの???
そ、それで、女だって驚いたって!?
いや、それって、むっ、胸を見られたってこと!?
ぎゃー! 素面でも見られちゃったの!? あの微乳を~!!!
「もうね、貴方の体が大丈夫かってそればっかり。……前にも貴方はあの子をかばって怪我をしてるし、その時のことも思い出したようで『死んだらどうしよう』って青くなっちゃって」
王妃様が何か言ってるけど、私はそれどころではない。
また胸を見られた! しかも前の酔っ払ってたときとは違って、今度は誤魔化しようがない素面でだ。
私が心の中でムンクの叫びのような気持ちになっていると、バタン! と扉が開いた音がして、オレストさんが飛び込んできた。
「フィリス! 気がついたのか!? で、体は大丈夫なのか?」
オレストさんを見て、顔がボッと熱くなる。
こっ、この人に胸を見られたなんて……!!!
あまりの恥ずかしさに、毛布をひっつかんで頭から被ってしまった。
「……オレスト、最初に謝らないといけないことがあるのではなくて?」
ため息をつきつつ、王妃様がオレストさんを窘める。
「フィリス、済まない! 落馬したフィリスの打撲の様子を調べるのに、服を脱がせて、むっ、胸を見てしまった! こともあろうに乙女の胸を……。私は責任をとって、フィリスに結婚を申し込む!」
……責任で結婚?
サーッと私の中から熱が逃げていき、胸の奥がスーッと冷たくなっていくのを感じた。
好きでも何でもないのに、責任をとるためだけに結婚するとか、何を考えてるの!?
「責任なんてとっていただかなくてけっこうです! 私のささやかな胸ぐらい、見られたって減るもんじゃありませんし。オレストさんは気にせず、その指輪のお相手と幸せになってください」
最悪で、最っ低な気分だ。惨めな気持ちに涙がこみ上げる。
オレストさんの馬鹿!
「はぁ~、オレスト、求婚の言葉としては最悪ね。……出直していらっしゃい!」
王妃様がそう言って、オレストさんを追い出したようだ。侍女さんたちや王妃様付きの女性騎士様と押し問答している声が聞こえて、そのうちにオレストさんの声がどんどん遠くなっていった。
「ごめんなさいね、あんな息子で……」
王妃様がそう言ってまた私を抱きしめてくださって、私が泣き止むまで優しく背中を撫でてくださっていた。
☆ ☆ ☆
私が寝かされていた部屋は、王城本宮の裏に幾つかある離宮のうちの1つだった。
お隣の離宮には王太子ご夫妻が住んでいるのだという。
……そんな! 私は平民なのに! 恐れ多いことです~。
しかも、寝間着として着せられた服が、なんだか大変お高そうで落ち着かない。シッ、シルクとかじゃないよね? 汚したらどうしよう~。
「気にしないで? 私がここにしなさいと言ったのよ。あの人にも文句は言わせないわ」
王妃様ったら、国王様にも文句は言わせないとか強気な発言!
「だいたいね、こんなに事態が拗れちゃったのは半分はあの人の所為なんだから!」
何でも王妃様が仰ることには、私が男装することになったのは国王様の発案だったらしい。
曰く「悪い虫がつかないように」だそうで……。
「貴方、カレーやアイスクリームだけでもあの人に気に入られちゃってたのに、通話器なんてあの人の喜ぶものを作っちゃったじゃない? それに、あの写真機も実は貴方の発案だったのでしょう? もう貴方を囲い込む気満々で、男装させようって思いついたみたいなの」
はぁ、そうですか……。
「男装なんてさせなければ、オレストだって貴方だって、こんなに遠回りしなくて済んだのに、本当にあの人ったらしょうもないことを考えて……!」
あぁっ! 王妃様の怒りのどんどんボルテージが上がってる~!!
「しかも、あとから女だって分かった方がオレストの反応が面白いだろうって理由で、男装してることは教えなかったとか、本当にもう!!!」
扇を握る王妃様の手が、指が、力がこもって色が変わってるよー!
どうしよう!? と焦っているとノックの音がして、侍女さんが「オレスト様がいらっしゃってます」と告げた。
侍女さんの顔を見た途端に冷静な表情になる王妃様。……なんだか意識の切り替えがその道のプロっぽい。何のプロだか分からないけど。
「何か貴方とあの子の間に誤解があるようだから、ゆっくり話を聞いてあげて?」
そう仰って、王妃様は出て行かれた。
入れ替わりにオレストさんが入ってくる。耳がヘタレたわんこみたいだ。
「……フィリス、ごめん。今、ご隠居様に説教されてきた」
ご隠居様の説教……、なんて恐ろしい。
しゅんとしたまま、ベッドの脇に置かれた椅子に座るオレストさん。
「これは、王族とその伴侶にしか伝えられていない話なんだけど……」
「え? それを聞いたら、私は自動的にオレストさんの伴侶になるしかないんじゃ……」
「ご隠居様の許可は取ってきたから、大丈夫。……まぁ、王族の他にも、研究所の所長とか騎士団長とか宰相とか、知ってる人は知ってる話だし」
それなら大丈夫かな?
納得した私の表情を見て、オレストさんはため息を1つついてから話し出した。
「これは王族だけに当てはまることなのかどうか分からないんだけど、王族には『運命のただ1人』と言うのがいるそうなんだ。その『ただ1人』と適切な時期に出逢えないと、その人はどっちつかずのままで生涯を過ごすことになる」
現にご隠居様は「ただ1人」と思える人がいたらしいのだけど、その相手はご隠居様が8歳の時に事故で亡くなってしまったそうだ。
……それから約百二十年、独身で過ごすとか……ヘビーだな。
一応、補足しておくと「適切な時期」というのは「ある程度の年齢以上」という意味。早い子で9歳から変化するので、それ以上ではないかと言われている。
あと、普通の人たちが15歳までに変化を終えるけれど、私たちのように15歳を超えてから出逢っても変化は起こるとのこと。上限の年齢は未だに分かっていないらしい。
「それから、ただ出逢っただけではダメで、心も通わせないと変化はできないらしい。あと、その『ただ1人』とは属性が真逆になるって決まっているらしくて。例えば父上は風属性で母上は土属性だ。だから夫婦の間に生まれる子どもは無属性になると言われている」
ちなみに王太子様は火属性で、王太子妃様は水属性なんだって。
「だから、私とフィリスが無属性なのは、そういうことなんだと思う」
無属性の真逆は無属性……ってこと?
「私はフィリスと出逢って、心が通ったと感じた。だから私は男になったと思っていたんだ。でも、どっちつかずじゃなくなったフィリスに会ったら男だったから混乱した」
それから、指輪は女性避けだったと言う。
「王族だけに伝わるこの話は一般の貴族には出回っていないから、私が男になった途端、王族の血を狙う女性が後を絶たなくて。家から命令されて近寄ってくる女性も多かったんだ。……なんかもう面倒で、指輪をして婚約者がいる振りをしてた。でも、それでフィリスが勘違いしてるとは思いもよらなくて……ごめん」
ホント、その指輪さえなかったら、こっそり女だって教えてたかもしれないのに。
「酔っ払ったときの記憶はあまりないんだけど、ときどきフィリスにキスした光景とか、フィリスの胸を見てしまったところとか、頭の中にひらめくことがあって……。あれって、やっぱり酔ったときに私がやらかしたんだろうか?」
私が頷けば、額に手を当てて「マジか……」と天を仰ぐオレストさん。
「それからの帰りの道中は、フィリスと一緒に馬に乗ってると不埒なことを考えてしまいそうになる自分がいて、前はそうじゃなかったのに……と思って自分が嫌になった」
男同士なのに何を考えてるんだ! って悩んだらしい。
宿も一緒の部屋に泊まると、その、あれこれヤバそうだったから、あんな感じになっちゃったんだって。
「けど、男同士でもフィリスが好きだって気持ちは変わらなくて。自分はおかしいんじゃないかって悩んで、でも私の『ただ1人』はフィリスだとしか思えなくて。どうしたらいいのか分からなくなって、目も合わせられなくなってしまった」
そうか、あれは嫌われたんじゃなくて、そういうことだったんだ。
「私、避けられてるみたいだなって思って、もうオレストさんに嫌われたんだと……」
弱った涙腺から涙があふれ出る。
それを見たオレストさんがオタオタして、「嫌ったわけじゃないんだ、ごめん」と私を抱きしめてくれた。
あぁ、前世で言われたじゃないか、私の悪いくせ。
先回りして頭の中だけで考えすぎて、相手の思いや考えを聞かないで決めつけてしまうところ。
ちゃんとオレストさんに聞いていれば、こんなに拗れることはなかったのかもしれない。
悪い夢から覚めたみたいだ……と思った。
その後、オレストさんが求婚のやり直しをしてくれた。
私がいるベッドの脇に跪き、私の片手を取ってしっかり目を合わせた。
「フィリス、好きだ。愛している。私の『ただ1人』。生涯、貴方だけなんだ。どうか私と結婚してください」
どうしよう……、すごく嬉しい。
けど私は平民で、オレストさんは王族なのに、いいんだろうか???
「私は平民なのに、いいんですか?」
そう問えば、私がいなければオレストさんはずっと変化しないままだっただろうから、身分なんて関係ないって言われた。
「父上なんて、私以外の男が寄ってこないようにってフィリスを男装させたって言うんだ。それで私が混乱してたんじゃ、本末転倒だろうって話なんだけどね」
あぁ、確かに国王様のその発想は、私たちの関係が拗れる元でしたね……。
「母上は母上で、フィリスを娘にする気満々だったし。父上がフィリスを男装させた件ではかなりご立腹だった。……そういえば、フィリスがダウンしている間に、なんだか新しいドレスを作らせるのにお針子を呼ぶ手配をしたり、東の国から民族衣装を取り寄せる手配をしたりしていたぞ?」
は? もしかして、また着せ替え人形をさせられるの……???
「えぇ~」
私が嫌そうな声を出せば、オレストさんが苦笑して「2人の家を建てよう」って言ってくれた。
「そうしたら、母上につかまる確率も減るから」
あ、完全にゼロとは言わないんですね?
まぁ、あの王妃様では、たまにはつかまっちゃうのも仕方ないのかもしれない。
「ふふ、オレストさんができるだけ阻止してくださいね?」
「じゃあ……?」
「はい、こんな私で良ければ、私と結婚してください」
にっこり笑ってそう言えば、ぎゅーっと私を抱きしめてくるオレストさん。
「フィリスがいい。フィリスじゃなきゃダメだ! フィリス、大好きだよ」
「私もオレストさんが大好きです」
そう言って、改めてキスをした。そっと触れるだけのキスだったけど、今度のキスはお酒臭くなかったよ~。
「あ、そうだ。私の家族はオレストさんが説得してくださいね?」
「元」だけど王族と結婚するなんて言ったら、父さんが卒倒して、その後、猛烈に反対しそうだ。母さんと祖母ちゃんは「フィリスが大丈夫だって思うんならそれで良い」って揺るがない気がするけど。
「もちろんだ」
オレストさんは花が咲くような笑顔を見せてくれた。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




